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無題

作者: 星散カリ



「あっつー……」


中学校での”夏休み入試小論文対策講座”が終わり、クーラーのきいた多目的室を出ると、もわっとした不快な熱気に包まれた。いつも登下校を供にしている同じマンションの友人も、隣で「うわあ……」とうだるように声を漏らした。


午後三時の太陽は弱まることを知らず、暴力的な日差しが降り注いでいる。アスファルトはそれをたっぷりと吸い込んでいて、足の裏で靴を隔てて熱を感じられる程だった。そんな太陽とアスファルトにはさまれ、眩しい白のポロシャツを汗で濡らしていく。肌との隙間に留まっていた、寒かった程の冷気も一瞬にして逃げていった。


早く灼熱地獄から抜け出し、涼しい家に帰ってアイスでも食べたい。その思いが無意識の内に重い足を無理矢理進めていた。


「小論文、本当にできないや。どうしよ……」


彼女のか細く可愛い声が熱気と一緒に昇っていく。


「私も私も。次までの宿題とか無理だよ」

「でも書かないと入室拒否されるんでしょ……」


当日の朝に慌てて小論文を書こうとしている自分を想像し、お互いに溜め息をついた(零した)。零れた(口から溢れた)重い不安の塊は青い空に昇ることなく、アスファルトに落ちて熱でも溶けずに残ったままだ。


「高校受かる気しないなあ。夏休みなのに全然勉強してない」

「私も全然勉強してないや……。家だとだらけちゃう」


”勉強してない”と口にしていても、なんだかんだでこの時期になるとみんな塾に通っているのだ。そんな人達が”勉強してない”と言っても信用ならない。夏期講習とやらで1日中みっちりと勉強しているに決まっている。みんな”勉強してない詐欺”をはたらいているのだ。


しかしそんな中でも彼女は信用できた。昔から彼女は家でだらだらごろごろと過ごすことと、ネットを愛してやまないと、長年の仲である私は知っているからだ。塾にも通っていないし、日中は両親が仕事で家を空けているから一人きり。パソコンで今はまっているオンラインゲームばかりしていて、怠惰な生活を送っているに違いなかった。


「家に出るのも面倒だから、全然高校見学にも行ってないや。高校とかもうどこでもいいよ……」


引きこもり気質たっぷりの彼女らしいなあ、と思って少し笑った。

だが私も彼女と仲間だから、本当は笑ってはいられなかった。”高校なんてどこでもいい”と言ったことがあるし、まだ志望校の見学や説明に行ってない。

とっくの昔に志望校は決まっている。中学二年生の三学期、学年末テストの結果が出た頃。初めて内申に含まれるテストだったため、そろそろ高校受験を意識し始めていた。動機が不純すぎるものの、その時にはもう既になんとなく行きたい高校は決まっていた。校則が無いに等しい高校だ。私服、化粧、髪染め、ピアス等の装飾品も特に禁止されていない。そもそも制服が存在しない。雑誌によく載せられている、可愛らしい”なんちゃって制服”というものが憧れだった。見たこともなかった程の地味な制服と、厳しい規律には辟易していた。???息苦しい中学校から解放され、自由な高校へ羽ばたきたかったのだ。


「私は行きたい高校はあるけどレベルがねぇ……」


自分で物事を正確に判断できる生徒が、集まる高校だからこそ自由が許されるのだ。全く勉強せずに合格できるような高校ではないだろう。


私も彼女みたいに夏休みもずっと家で、だらだらごろごろと堕落した日々を過ごしている。塾にも通っていない。時折読書はするものの、去年叔父さんから頂いたiPadを胸に抱き、一日中ネットサーフィンをしている。

私の家は彼女の家と違っていつも母がいるから、「勉強しろ」や「iPad取り上げるぞ」と頻繁に怒声が飛んでくる。夏休みの間に、溜まっていた通信教育の教材を終わらすようにも言われていた。

しかし今までは張り切って始業式前には終わらせていた、夏休みの宿題であるプリント冊子や、問題集すらもまだ微妙に残っている。何を言われてもとにかくやる気が出ないのだ。

同じ(私??)志望校に受かった部活の先輩の、受験生だった1年間の話を聞いて私も三年生になったら頑張ろう!と意気込んでいた三月と、その先輩が可愛らしい”なんちゃって制服”を着て部活に遊びに来てくれて、高校について質問責めした六月が懐かしい。

今は勉強するくらいだったら高校なんてどこでもいいような気がしてくる。


「私なんてまだ志望校すら決まってないよ。絶対やばいよね。どうしよ……」


彼女は心配そうに、憂いを帯びた目を伏せた。長いまつげが頬に影を落とし、寝不足でできた濃いクマのように見える。私も高校受験のことを考えると、心が押し潰されそうで夜も眠れなかった。



「ほんと、受験生、どうしよっか……」


 私の呟きは生ぬるい(あたたかい)風に乗ってどこかへ飛んでいった。


 漠然とした不安に飲み込まれたまま私達は歩く。

 不確かで先の見えない未来のように、坂の上では陽炎がゆらゆらと揺れていた。


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