ジャッジメント
精霊界 ブランシュ宮殿
「アリシア様、只今戻りました」
「ご苦労様です」
まるで水晶で造られている様に透明でキラキラ輝いている広々とした部屋の奥の玉座に金色に光っている長い髪に透き通るような白い肌、澄んだ空のような青い瞳の女性が豪奢なドレスを身に纏っている。
この宮殿の主で精霊界の女王アリシア ブランシュである。
「紅緋たちの様子はどうでしたか?」
アリシアは自分が座っている玉座の左側にある柱に姿を隠している者に尋ねた。柱は透明であるにもかかわらず光が乱反射してその者の姿を確認することが出来ない。
「紅緋は真っ直ぐで良い子ですね。少し無茶をしますが……。未來くんは血のなせる業でしょうか。潜在能力ははな計り知れないものがあると推測されます。しかし、彼もまた純粋な故に行動が危なっかしいですね」
「そうですか。紅緋を未來くんのところに行かせた私の判断は間違っていたのでしょうか?」
アリシアの心細げな声にその者ははっきりとした声で返す。
「いえ。早急に結論を出す訳にはいきませんが妖魔界が人間界に攻勢を始めた今、あの二人は人間界、ひいては精霊界、妖魔界にとっても重要な鍵を握っていると思います。純粋に互いのことを思い、助け合ってより高いところを目指す。あの二人にはそれが出来ると信じています」
「そう言って貰えると私も嬉しいです」
そんな二人の会話を遮るように床を蹴って歩く如何にも自分は意思が固いのだと言わんばかりの足音がアリシアたちがいる部屋の方へと近づいて来る。そしてその足音が部屋の扉の前で止まると宮殿に響きわたるようなソプラノの澄んだ声でアリシアに伺いを立てる。
「アリシア様! 漆黒です。今、お話してよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。どうぞ中にお入りなさい」
前方にある高さ十五メートル、横五メートルあろうかという大きな扉を開き、全身黒ずくめでフードを被っている漆黒がアリシアの座っている玉座の前まで歩みでる。
「アリシア様、紅緋を人間界に行かせたというのは本当のことですか!」
漆黒は感情を抑えきれない様子でアリシアに強い口調で問いただす。
「え、ええ、そうです」
「何故です? 紅緋はこれまで純粋な心の持ち主故に人間界行きを見合わせていたのではありませんか? それを今になって行かせるというのはどういうことなのですか?」
「うーんと、それはですね。えーと、ほら、人生経験を積むための勉強、学校の授業の延長みたいなものです」
アリシアの苦しまぎれの言い訳のような答えに、漆黒はフードの中の表情は見えないが苛立ちを隠せない。
「精霊界、人間界、妖魔界、相互不可侵は古くからのルールです! それはアリシア様もご存知のことでしょう」
「それはもちろん知っていますよ」
「では何故、人間界に染まってしまう可能性がある紅緋を行かせたのですか!」
アリシアは漆黒の語気の強さに少々困った顔を見せながら話す。
「妖魔が人間界を攻撃していることはあなたも知っていますよね。精霊の王としてそのことは容認ならざる事柄なのです。そしてその妖魔と戦うには紅緋が適任だと思ったからです。漆黒、紅緋の能力は学校時代に同級生だったあなたもよく知っているでしょう」
「…………しかし、私も精霊界の守護者としての役目もございます。なので、紅緋の監視役として人間界に行くことを許可していただきたい」
「うーん、それは……」
「アリシア様! これは私の仕事です! 私情は一切挟まない事をお約束致しますから是非、私を人間界に行くことをお許し下さい」
「…………」
アリシアはしばらく考え込んでからゆっくりと口を開く。
「わかりました。許可しましょう。ただし! これだけは約束して下さい。何か問題が起きた時は必ず私に相談すること!」
「了解いたしました。ありがとうございます」
漆黒はアリシアに深々と頭を下げてから踵を返して入ってきた扉から退室していった。
「ふぅ、困ったことになりましたね」
アリシアは漆黒が出て行った扉のあたりを見つめて溜息をつく。
「失礼ですが、あの漆黒というのは何者なのですか?」
漆黒がいる間は気配さえ感じさせなかった柱の影に隠れている者が再び口を開いた。
「漆黒、精霊学校を紅緋に次ぐ成績で卒業しその優秀さを認められて三界のルールを守る守護者として職務と違反した者を裁くジャッジメントの権限を持つ者です」
「何故、その者が執拗に人間界にこだわるのですか?」
「それは……」
柱の影の者からの質問に対してアリシアは複雑な思いを表すかのように一言づつ言葉を分けて話す。
「漆黒が精霊と人間のハーフだからです」
「ハーフですか……」
「はい。美しくて純粋で明るい性格だった精霊の母とこちらも純粋で熱血漢だった人間の父との間に生まれ精霊界で育てられたのです。」
「その母親と父親は今はどうなさっているのですか?」
「三界を巻き込んだ先の大戦で二人共亡くなられました」
「先の大戦……そうでしたか……」
先の大戦。その言葉を聞いて柱の影の者は声を落とし暫く沈黙した。
「漆黒は幼少の頃からハーフであるが故に不当差別にあっていたようです。しかし、その事を口に出さずに懸命に努力して今の地位に就きました」
「…………」
「だからこそ紅緋に自分の母親を重ね合わせてしまい人間界行ったことを納得していないのでしょう」
「…………」
「本当に無茶しなければ良いのですが……」




