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町内のヒーローから過剰に好かれてるぜ! シンイチくん  作者: 三村
大好き! わかば町内ヒーローズ! 編
8/26

第八話 流体金属のダザイ、流転の定めに抗え!

「いやっ、なんなんですかあなた!」

「へっへっへ、いいじゃねえか姉ちゃん。俺と今夜、種を繁栄させようぜえ……?」

「はなして! だれか、誰か助けてえ!」


 少女の声が虚空を漂う。助けはない。彼女の貞操が路傍の花よりも儚く摘まれようとした――そのとき!


「そこまでだ、悪党め!」


 マンホールを弾き飛ばし、勢いよく飛び出した銀色の水柱が、形を様々に変化させながら悪漢に巻き付いた!


「な、なんだ不定形のテメェ! くそ、離れやがれ! つかみどころがねえ、ぐ、ぐ、く、苦しい……!」

「あ――ありがとうございます、不定形の人! あの、お名前は……?」

「俺っちはダザイ、流体金属のダザイ! この町を守る、ヒーローだぜ!」


*


「――ダメです」


 事務的な声がにべもなくそう伝えた。


「なんでだよ、俺っちは今日だって人助けをしたんだぜ! 今日だけじゃない、昨日だってその前だって! なのになんで俺っちのヒーロー申請だけ通らないんだよ!」


 ダザイは身体を螺旋にねじくらせながら猛反発した。しかし受付事務の女性は目を伏せたまま首を横に振った。


「人助けをいくらしてもダメなものはダメです。この内容では、あなたの申請を通すことはできません。お引き取りください。――……」


 *


 土曜日、西園家の朝は遅い。いつもは六時に起きる母・ナツルも、この日ばかりは八時過ぎにようやく布団から這い出てくる。父・サカキに至っては呼ばれるまで起きようともしない。そして、シンイチも例外ではなかった。


「シンちゃん、起きて顔洗っちゃいなさい。そろそろご飯よ」

「うん……」


 眠い目をこすり、大あくびを連れて洗面所へ向かうシンイチ。眠気を冷水でかき消そうと蛇口をひねった、そのとき。


「――うわあああああああん、シン坊おぉおおお!」

「わはっ、うわ、うわっ、うわあ! うわビックリした! すげービックリした!」

「シン坊、聞いてくれよおおお!」

「ママ、蛇口から何か出てきた! ママ、ママーーーーーー!」

「違うよ俺っちだよシン坊! あっ、やめてやめて蛇口締めないで痛い痛い痛い、痛たたた中で噛んでる噛んでる噛んでるから!」


 *


「――ヒーロー申請が通らない?」

「そうなんだよ。こんなに人助けしてる俺っちがだぜ? ありえないだろ!」

「断りもなく蛇口から出てくるやつがどの口でって感じだけど、あれ申請通らないとかあるんだ」

「だからさ、ちょっと一緒に来てくれよ。俺っちがヒーローにふさわしいって、シン坊からも説明してほしいんだ! おかわり!」

「えっ、でも僕が行ったところで……」

「いいじゃないシンちゃん、助けてあげなさいよ。はい、おかわりどうぞ」

「頼むよシン坊~この通りだよ! 目玉焼きもう一枚もらっていいですか!」

「そんな簡単に言うなよ。あとなんで家族の食卓で一番食ってんだよ」

「……確か、ヒーロー推薦者は商品券がもらえたな」


 食器を重ねながらサカキがぼそりと言う。途端、ナツルの顔がぱあ、と明るくなった。


「まあ、そうなの? 本当に? だったら話は早いわ、みんなでダザイちゃんの申請を手伝いにいきましょうよ! そうよ、私ったら昔からダザイちゃんが一番ヒーローにふさわしいと思ってたし空気清浄機が欲しかったの!」

「親の物欲がこんなに醜いとはね。ていうか勝手に決めないでよ、僕行くなんて一言も」

「あなたが空気を清浄にできないからこんなことになってるのよ、シンちゃん!」

「その教育でグレてないのが自分でも不思議だよ」

「よし、朝食を済ませたらみんなで行くか」

「えっ、ちょっとパパまで!」

「やったあ! ありがとうシン坊、パパさん、ママさん……俺っち一生恩に着るよ! コーヒーもらうね!」

「遠慮しろよ」


 *


「今日も来たんですか、ダザイさん」


 ヒーロー課受付の女性はそう言って、気怠げに額の髪際を指でなぞった。


「俺っちをヒーローと認めてくれるまで、何度だって来らぁ!」

「そうよそうよ! この子は人助けもできるし心の優しいとても良い子なんですよ、さっさとヒーロー証と商品券を渡して、私たちに空気清浄機とオイルヒーターを買いに行かせたらどうなの! 私見たんだからね、、今度のは電気代も安くてしかもコンパクトになってるのを! CMで!」

「ママ、いきなり物欲アクセルベタ踏みはダメだよ」

「失礼ですが、そちらの方は?」

「私たちは推薦者です。胸を張ってダザイちゃんがヒーローにふさわしいと保証します! 五万円!」

「さすがに素っ裸の物欲はまずいよ」

「二万」

「金額の問題じゃないよパパ」


 受付の女性は、困ったようにこめかみをボールペンで押さえた。


「あ、あのう」恐る恐るシンイチが身を乗り出す「えっと、ママの物欲はともかく、ダザイが人助けをよくしてるのは本当なんです。少なくとも、僕が知ってるヒーローよりかなりマシだし……だから、あの、せめて何がダメか教えてもらえませんか?」

「わかりました」


 受付の女性は袖机から何か書類を取り出し、目の前に置いた。


「彼が前回来たときに提出した申請書類です。これが理由です」

「書類が理由? そんなことで申請通らないわけ――」


【ヒーロー名:ダザイ】

【ヒーロー名の由来:俺っちのマブダチがつけてくれたんだ、いいだろ!】

【身長:知らね~!】

【体重:わっかんねえなあ~!】

【能力:なんだってできらぁ! ワンワン、ワンワンワン! 今のは犬の真似だぜ!】

【長所:ワンワンワンワン!】

【短所:パオ~~~~ン!】


「通るわけあるかこんなもーーーーーん!」


 シンイチは申請書類を丸めて床にたたきつけた。


「あー何すんだシン坊、俺っち会心の一枚を!」

「何が会心だバカ、こんなもん通るわけないだろ! なんだ後半のワンワンからのパオーンて! 何も伝わってこないよ、何一つこの文章に込められてない! 無! この文章は無そのもの! 宇宙が生まれる前の状態がこの文章だわ!」

「おわかりいただけましたか。内容がヒーローにふさわしくないと、私どもはそう判断いたしました」

「んなこと言ったって、俺っち自分のことが何にもわかんないんだから仕方ないだろ! ダザイって名前だってシン坊がつけてくれたんだぜ?」

「シンちゃん、本当なの?」


 全員の視線がシンイチに集中した。


「えっ、いや、それは、その……最初に会ったとき名前がないって言われて、それで、その悩んでる顔が、なんか教科書で見た太宰治の写真に似てて、だから……」


 それを聞いたナツルが、何か思いついたように目を輝かせ、受付に向き直った。


「あの、ひとつお聞きしますけれど。その書類の内容について、ダザイちゃんの関係者が代わりにお答えすることに何か問題はありますか!?」

「いえ。内容に不備がなければ、それ自体に問題はございません」

「ですってシンちゃん。さあ早く思い出すのよ、ダザイという名前の由来を!」

「えっえぇ? だから、それはなんとなくだって……」

「なんとなくじゃダメよ、ヒーローにふさわしい理由があるでしょ、あったでしょ、あることにするの! こういうときそれらしい理由を考えられるのが、成功する大人の秘訣なのよ!」

「そんな汚い大人の階段昇らせようとしないでよ、急に言われてもわかんないよ!」

「んもうこの子ったら心が仮性包茎! パパお願い!」

「ダザイという名の由来は、彼の正体が実は玉川上水と間違えてグツグツの溶鉱炉に飛び込んでしまったパラレルワールドの太宰治というところから来てます」

「急に何言ってんのパパ!?」

「事実だ」

「大ボラにも程があるよ、太宰治はこんな田舎の転校生みたいな喋り方しないよ!」


 シンイチとサカキのやり取りに、受付の女性はぴくりと眉をあげた。


「……本当にそれが由来なんですか?」

「もちろんですわ。『潮騒』も『金閣寺』も読破した私が保証いたします!」

「ママそれどっちも三島由紀夫だよ!」

「ほらダザイちゃん、あれ言って! あなたの決めゼリフ、恥の多い人生を送ってきました、ってやつ!」

「俺っち恥の多い人生を送ってきたぜ~! ピース!」

「なるほど、いいでしょう」

「いいんだ!?」


 訝るシンイチをよそに、受付女性は淡々と手元の用紙を埋めていく。


「次は、身長と体重です。こちらもご本人はおわかりにならないとのことですが」

「自分の身長と体重わからないなんて、どういうことだよ」

「俺っち、身長なんて見ての通り自由自在だからよ!」

「体重も?」

「体重なんてその日食べたもので500グラムから2トンまで変動するしなあ~」

「なんていい加減な身体なんだ……。それならもう適当に書いちゃいなよ。身長2メートル! 体重100キロ! とかさ」

「身長163センチ、体重52キロ」

「……パパ?」

「上から92・56・84」

「パパ? それ大丈夫? お天道様に顔向けできる数字だよね?」

「F」

「だからそれ何のアルファベット!?」

「ママの全盛期だ」

「聞かなきゃよかったーー!」

「んもうパパったら、最近Gになったって言ったじゃない」

「うるさいよ! こんな真っ昼間からとんでもないパンドラの箱開けないでよ!」

「すげーママさんこんなナイスバディなのかよ! ヒエ~~~~!」

「ダザイやめろ再現するなダザーイ! 公衆の面前にママの全盛期を蘇らせるのは断固やめろ!」

「少し違う。ママのはもう少し上向き――」

「ピピーッ! そこまでだ! こちらはナイスバディ警察だ、全員動くな金輪際ナイスバディの話は禁止だー!」

「あらあらシンちゃんたら恥ずかしがっちゃって」

「この状況で動揺しないのは、感情を奪われた殺戮マシンか物言わぬ草花のどっちかだよ!」

「92・56・84のFカップ……で、よろしいですね」

「誰か動揺してくれーー!」


 顔を真っ赤にして突っ伏すシンイチとは対照的に、受付の女性は淡々と次の項目をボールペンで指し、目で促した。


「では次に、能力の項目ですが――」

「ハイハイハイハイ、これは僕が言うよ! ダザイの能力はなんといっても変幻自在に身体を変えられることで、たとえば――」

「ありとあらゆる性具を創造できます」

「パパ?」

「あらゆる貨幣の偽造もできるわ」

「ママ!?」

「あらゆる貨幣と性具の偽造が俺っちの生き甲斐だぜ!」

「ダッザーイ!」

「あらゆる貨幣と性具の偽造が生き甲斐……と」

「待って待って待って、何の疑問もなしに書かないで!」

「さっきからうるさいわねえ。反対してるのシンちゃんだけよ?」

「ここに残った最後の正義が僕だからだよ。おかしいでしょ町を守るヒーローの能力が性具と貨幣の偽造って!」

「あーじゃあ、あれにしよう。ほら、俺がママと初めて出会ったときにひっかかった、あれ。美人を金持ちにナンパさせて、そのあと俺の女を誘惑しやがったなとかいって、とんでもない金額を請求する、あの、なんだっけ」

「前置きからしてろくでもないから言わなくていいよ!」

「んも~シン坊はワガママだなあ」

「銅像建てられてもおかしくないぐらい頑張ってるのにその言い草?」

「あの、結局能力は何とお書きしますか」

「あーえっと……【身体を自由自在に変化させることができ、さらにどこへでも侵入することができる】でお願いします!」

「身体を自由自在に変化させ……さらにどこへでも侵入……」

「あわかった美人局つつもたせだ、美人局!」

「今思い出すなーーーー!」


 能力の項目を書き終えた受付嬢が顔をあげた。


「能力の項目はこれで問題ありません。では次ですが――」

「あ、あ、長所と短所ですよね!? えっと、長所はなんていったって【人を思いやる優しい心】ですね! 短所は――」

「あ、その二つの項目は現状で問題ありません」

「あ、無いんだ。えっ、無いんだ? 犬と象の鳴き声だけど、無いんだ!?」

「ありません」


 それよりも、と言って受付嬢はペンを置いた。


「後見人は、そちらの世帯主様ということでよろしいですか?」

「こうけん……にん?」

「はい。ダザイさんはわかば町の住民として登録されておりません。ですので、ここでヒーローとして活動を行うのであれば後見人をつける必要があります」

「あ、あの、それって、どういうものなんですか?」

「ヒーロー後見人には、対象となるヒーローに対し財産管理・扶養・素行監督義務が生じます。早い話が、家族が一人増えると思っていただいて構いません」

「ちょ、ちょっとまって、それは――」


 シンイチは、また後先考えずにオーケーを出しはしないかと、恐る恐る両親の方を振り向いた。


「後見人、か……」

「さすがにうちもそこまで余裕があるとは言えないから、ちょっと……ねえ?」


 声を潜めて相談している両親の姿に、シンイチは少なからず安堵した。


「そ、そうだよね。流石にその辺の良識はあるよね」


「しかし商品券がもらえなくなるぞ……」

「シンイチのおかずを何品か減らす……?」


「あれ? 良識即死した?」

「な、なあシン坊、俺っちやっぱりダメなのか? ヒーローにはなれないのか?」

「ダザイ……そんな顔で見ないでくれよ。ちょっと事情が変わっちゃったんだ。もちろん、僕としては君がヒーローになれるなら何でもするつもりだよ? でも、パパとママが……」


「ねえパパ、人間って何日ぐらい食べないと死ぬの……?」

「水だけなら一週間は生きれるらしいが、シンイチは子どもだしな……」


「前言撤回。君を家に入れると僕に死の危険があるから、断固として後見人にはなれないよ」

「そ、そんな! 頼むよシン坊、俺っちヒーローになって、もっとたくさんの人を助けたいんだよ!」

「ヒーローになることにこだわる必要はないんだよ、ダザイ。今だって君のやってることは立派なヒーローだって僕は思ってるよ!」

「シン坊、そんなこと言わないで頼むよお!」

「ダザイのわからずや! ママからもなんとか言ってやってよ!」


 シンイチの肩越しに、ナツルが申し訳なさそうにダザイを覗き込んだ。


「ごめんね、ダザイちゃん。その、とても言いにくいんだけど」

「ママさん……」

「本当に、気を悪くしないでね? その、あの……あのね」


 短く深呼吸してからナツルは口を開いた。


「あなた、空気清浄機になることはできる?」

「もちろん、朝飯前だぜ」

「電気代は?」

「ゼロさ!」


 西園家に家族が一人増えた。

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