第十二話 シンイチくん、町内のヒーローから過剰に好かれてるぜ!(前編)
「来てくれた、本当に来てくれた、マリー!」
シンイチはカイザーの手を握りながら、小さく飛び跳ねた。
「少し……待っていてね……すぐ……終わらせるわ」
「あ、マリー、待って――」言い終わるのを待たずマリーはタラバチンピラに飛びかかった。「マリー、そいつを倒すのはちょっと待ってよ、ゆうこちゃんが――」チンピラが構えるより先に胸板に左拳を二発「マリー、あの、マリー?」続けてガードの隙間を縫うように右足刀「いや、あの、ゆうこちゃんがね」撃ち込まれた足をチンピラが掴むや否や跳躍し、足刀を切り離して身体を反転、そのまま背甲を膝で砕いた「あの、僕の友だちがその辺にですね、あのう」着地するなり再生させた右足で、さらにカカト落としで追撃を加える。たまらずチンピラが悲鳴をあげた。
「シンイチくん……何か……言ったかしら」
「いえ、しゃべらせてくれないほどキレてる人初めて見たなって思っただけです」
マリーが動きを止めた一瞬の隙をついて、チンピラが襲いかかった。「危ない!」マリーは左右から襲いかかる巨大なハサミをすんでのところで防いだ。
「手癖の悪いカニね……この腕、二度と使えないようにしてやろうかしら……」
「マリー=サン ソイツ ノ 突起ニ 気ヲ・ツケテ クダサイ」
「えっ――」
チンピラの背部突起から生えた二本の触手が、マリーに襲いかかった。「しまっ――」ガードを解いて避けようとするより早く、触手が巨人の頭ごとマリーを掴んだ。
「くそ……こいつ……はなしなさい……!」
触手の中でマリーがもがいたが、触手はびくともしない。血の鎧でかろうじてガードをしているが、触手がすっぽり周りを囲んでいるため逃げ場がない。
「だ……め……力が……強すぎる……!」
両手のガードを解けばハサミの一撃が飛んでくる。しかしこのままでは、血の鎧ごと握りつぶされる。万事休し為す術も無し、あるのは敗北の未来のみと思われた。
――そのとき!
『待たせたな、ワシじゃ! ワシが来たぞ~~!』
聞き慣れた声とともに、巨大な鉄の塊が横合いからチンピラを思いきり吹っ飛ばした。
「その声は――プロフェッサー・マッド! よかった生きてたんだね!」
その姿を見たシンイチは絶句した。マリーのブラッド・ゴーレムに劣らぬ巨体は鋼鉄に包まれ、身体中に備わった窓からひっきりなしに蒸気が噴き出し、その頭上には二宮金次郎像と『わかば町正論小学校』の文字――。
「――学校! 僕の通ってる学校じゃないかこれ!」
『カーカカカカ! すまんのう、こいつを取りに行ったらちと遅れたわい!』
「遅れたわいじゃないよ、なに勝手に人の学舎に二足歩行させてんだよ! だいたい前それやって警察のお世話になったじゃないか!」
『心配無用じゃ! そのときはまたこの【便利脱獄キット】で抜け出してくるからのう!』
「よくもそこまで裁判で不利にしかならない名前つけれるね」
『それに来たのはワシだけじゃない、みんなもおるぞい!』
「みんな? みんなって、まさか――」
学校ロボのスピーカーから聞きなじんだ声がいくつも聞こえた。
『シンイチ、オレにもかっこつけさせろ!』『シンイチくん、ぼ、ぼくも戦うよ!』『シンイチ』『シンイチ!』『シンイチ~~!』
「ザツ、マル、それにクラスのみんな!」
「へへへっ、シン坊! 俺っちもいるんだぜ~~!」
学校ロボの頭上に乗った銀色の二宮金次郎像が大きく手を振った。
「――ダザイまで! ありがとう、心強いよ!」
『おっと待ちな、俺たち詭弁中学校のことも忘れてもらっちゃ困るぜ!』
「いや、君らはなんでいるの?」
『みんな事情を話したらついていくといって聞かなくての、ついつい連れてきてしもうた!』
「連れてきてしもうたじゃないよ、いま完全に部外者がいただろ」
『オレたち全員、運動会が中止になったせいで不完全燃焼なんだよ。かわりにちょいと暴れさせてもらうぜ!』
「運動会はどうでもいいよ、話を聞いてよ」
『違うぞ西園、俺たちが今からやるのは運動会じゃない』
学校ロボの胸元に巨大な黒板が現れ、文字が浮かび上がった。
『――雲童壊だ』
言うや否やゴング代わりのチャイムが鳴り、クラスメイトたちの昂ぶりが咆吼となって天地を揺るがせた!
『うおおおおおおおお!』
「話聞けよ」
釈然としない表情のシンイチをよそに学校ロボの指先が光り、放たれた光学レーザーが触手を根元から焼き切った。束縛から解放されたマリーが再び巨人を纏ってチンピラと対峙する。学校ロボは視線をチンピラに据えたまま、手だけをカイザーに向かって差し伸べた。
『カイザー、何をぼさっとしとる、貴様も手伝わんか!』
「マッド博士 シカシ 私ノ コノ身体デハ」
「そうだよマッド! カイザーは僕を守るために、こんなにボロボロに……!」
『何を弱気なことを言っとる。その程度のこと、ワシが見越してないとでも思うたか!』
「もしかして、修理する方法があるの!?」
『ワシは狂気の科学者プロフェッサー・マッドじゃぞ? ネジ一本でも残っとる限り復元してみせるわ! 受け取れい、カイザー!』
学校ロボの腕部格納庫から勢いよく何かが射出された。寸胴鍋のような形をしたそれは地面に突き刺さる勢いで着地した。
「こ、これは!」
『それが貴様の新しい顔――とか腕とか足とか全部じゃ!』
射出されたものは新品同様のイモニカイザーだった。新品カイザーは、半壊カイザーの頭部からチップのようなものを抜き取ると、自分の頭にはめ直した。
「アリガトウ マッド博士 復活シマシタ!」
『そうじゃろそうじゃろ!』
「待って待って、すげー納得いってないの僕だけ?」
『なんじゃ、シンイチはカイザーの修理見るの初めてか?』
「修理じゃないでしょ。新品交換でしょ。銀座のアップルストアでめちゃくちゃ似たような対応されたことあるよ僕」
「シン・イチ 無事ニ 戻ッテコレタノデ 海ヘ 連レテ行ッテ クダサイネ」
「今その話蒸し返す?」
「約束 シマシタ カラネ!」
「こんな風に復活するって知ってたら言ってなかったわそれ」
『――海か、いいじゃねえか。今度は俺も連れていってくれよ』
カイザーの胸部ハッチが開き、中からブラックスーツにピンクドクロがあしらわれたネクタイをした男が顔を出した。
「――ギャンブルマスター・甲斐! 無事だったんだね!」
「当然だ、この程度の博打に勝てないようじゃギャンブルマスターは名乗れんぜ」
「よかった、本当に……みんなやられちゃったんじゃないかと思ってたんだよ」
「怖い思いをさせて済まなかったな、シンイチ。あのままじゃどうあがいても時間稼ぎなんか出来やしなかったからな……だが奴がシンイチだけを狙ってるとわかったから、カイザーにお前を連れて逃げてもらったんだ。おかげで、助っ人を集めることが出来たぜ」
「そうだったんだ……ん? それって、僕を囮に使ったってこと?」
「よし、俺たちはもう行くぜ。カイザー、出発だ! あのカニ野郎をこてんぱんにしてやろうぜ!」
「おい、ダサネクタイ答えろ。僕を囮に使ったの?」
「カイザー! 頼む早めに出発してくれ! とりあえずハッチだけ先に閉めてお願い!」
「おい待て、待てってば、おい――!」
シンイチが掴みかかるより早くハッチが閉まり、カイザーは再び戦場へと走り出した。
*
『――くそ、ダーメじゃ!』
チンピラと対峙していたマッドが思わず吐き捨てた。学校ロボにマリーのブラッド・ゴーレム、さらには復活したカイザーの参戦によりチンピラと互角以上に渡り合えるようにはなった――が、それまでだった。
攻撃した瞬間はダメージを与えたように見えても、傷はすぐさま泡で塞がれ、次の瞬間にはより一層強固になって回復してしまうのだ。
『なんちゅう回復力じゃ、これだけのメンツでもまだ火力不足とは!』
「はじめは殴り放題と思って……喜んだけど……さすがに疲れてきたわね……」
『あやつを無力化させてゆうこちゃんを救い出すのは無理か……やはり擬態解除剤を打ち込むしか……――おおっ!?』
ふいにバランスを崩した校舎ロボがたたらを踏んだ。
『なんじゃあ、脚部に何かが……』
「きゃっ……な、何……これ……!」
マリーとマッドが視線の先にあるものを見て驚倒した。何十何百という小型のタラバガニがそれぞれの脚部に取りついて、彼らの動きを封じていたのだ。
『なぜ、一体こんなものがどこから……まさか!』
マッドは足下に目を凝らした。戦いの中で砕け剥離したタラバ甲殻の破片が、激しく泡だったかと思うと、小さなタラバガニへと変態するのが見えた。
『治癒するばかりではなく自己複製能力まで――イカン! シンイチが危ない!』
*
「うわああああん! 何なんだよこいつらはーー!」
突如としてわき始めた小型タラバに追いかけられ、シンイチは住宅街を涙目で遁走した。小型というのはあくまでチンピラ本体と比較しての話であり、実際は一匹一匹が大人程度の大きさを持っている。とても小学生が太刀打ちできる代物ではなかった。
「くそ、ダメだ囲まれた! もうどこの角を曲がっても磯臭い!」
カニで渋滞した路地の中でシンイチは立ち往生した。
タラバチンピラの一匹一匹が威嚇するようにハサミを打ち鳴らし、シンイチに躙り寄る。突如として現れた伏兵にシンイチの命運もとうとう尽きたかと思われた。
――そのとき!
「ホーク・ウイング・トルネード!」
「ブラック・ローズ・パラライシス!」
二人の男の声が同時に轟いたかと思うと、周囲のカニが一斉に動きを止め、さらに次の瞬間、巨大な竜巻がカニ達を巻き込みあっという間に天空の藻屑へと変えた!
「そ、その声、その技は――ゴールデンホークのリョウと黒薔薇のジョニス!」
「遅れてすまないシンイチくん! しかし我々が来たからにはもう安全だ!」
「フン、勘違いするなよ、俺は久しぶりに全力で暴れることができそうだから来てやったまでだ!」
「二人ともありがとう、助かったよ! ……ところで、リョウが両手に抱えてるそのおにぎりとかパンは、なに?」
「これ? いやこれはアッハッハッハッハ! 違うんだよそういうんじゃなくてさ、ちょっと小腹空いたからコンビニ寄ったんだけど何かレジの人も客もいなくて、参っちゃったな~なんつってアッハッハッハ!」
「盗ったの?」
「バッ、人聞きの悪い事を言うなよシンイチくん! これはちゃんと買ったものだ! コンビニ出るときちゃんとレジにお金みたいなものも置いてきたし!」
「一番曖昧にしちゃダメなとこがぼやけてるんだけど」
「本当だって! ちょっとハプニングがあってお昼食べらんなかったから、少し多めにもらったけど、お金的存在のものは置いてきたもんな、なー? ジョニス、なー?」
「俺はこいつの一口もらっただけだから無関係」
「どっちもクズかよ」
そうこうしているうち、路地は再び小型タラバで埋め尽くされた。
「どうやら立ち話してる時間はないようだな……行くぞジョニふ!」
「合点!」
「堂々とパン食ってんじゃねーよ」
「――た、助けて、助けてくれえ!」
カニ溜まりの中から白い手が見えた。人間の手だった。リョウは翼を広げ、声のした方にいるカニを次々と切り裂いた。カニの残骸の中からジョニスがその手を引っ張りあげると、中から白衣に身を包んだ男が現れた。
「は、はあ……た、助かった……ありがとう……」
青ざめ憔悴しきった様子で男は息を吐いた。
「あ、あなたは……?」
「私は、ボットン便次郎……ウロボロス首領の右腕にあたる科学者だ。君がシンイチくんだね? 君を探していたんだ」
「その名前――さっき鉄仮面が変な機械で話してた相手だね。でもどうしてあなたみたいなナメた名前の人が、僕のことを?」
「初対面なのに言葉のグーパンお構いなしだね。まあいい、私が君を探していたのは――いや、結構――実は君に渡したいものがあって――あ、本当に大丈夫、食欲ないので――本部から持ってきたこの――あ、気持ちは嬉しいんだけど、本当にいいから」
「リョウ、盗んだパン食べさせて共犯者増やそうとするのやめなよ。話が進まないだろ」
「話すより、まずこれを見てくれ」言って、便次郎は手に持ったジュラルミンケースを開けた。中から、大ぶりの拳銃のようなものが出てきた。
「これは……?」
「変身解除剤だ。これを君に託すために私は来た」
「これが……これを使えば、あのチンピラは元に戻るんだね?」
「そうだ。彼がああなってしまった責任は私にある。本来なら私がなんとかすべきだが……悔しいけれど、この事態に対し私は余りに無力だ。だから、頼む、君たちの力で彼を正気に戻してやってくれ!」
「わかったよ。あなたに対して色々言いたいことはあるけど、今はあのチンピラを元に戻すことが先だ。あなたを裁くのは、その後だ」
変身解除剤の装填された銃を受けとりシンイチは便次郎に背を向けた。便次郎はうなだれたまま、絞り出すように言った。
「ふまない……ふぁりがとう」
「だから食ってんじゃねーよ」
去ろうとするシンイチの後ろで、便次郎の通信機が甲高く囀った。
『便次郎、シンイチに変身解除剤は渡せたのか?』
「マッド……教授。はい、確かに指示通り彼に託しました」
『シンイチ、そこにおるのか? ワシの声が聞こえるか?』
「き、聞こえてるけど、どういうこと? 僕に託すように指示したって」
『聞いての通りじゃ。シンイチ、君がやるんじゃ。君が、その銃を使って決着をつけろ』
「ぼ――僕が!? ちょっと待ってよ、なんで僕が!」
『やつは――チンピラはまさか君が戦うとは思っておらん。だからじゃ、ワシらヒーローが全力でやつの注意を引きつけている間に、君が引き金をひくんじゃ』
「む、無理だよ! 僕にはカイザーのような力もなければ、リョウのように素早くも動けない! 無理、絶対に無理だ!」
『君には勇気がある。ヒーローにも誰にも負けない勇気が。チンピラを助け、ゆうこちゃんを救うのは、ヒーローではない、君にしかできんことじゃ』
「で、でも――」
『君がワシらを信じておるように、ワシらも君を信じておる――頼んだぞ』
その言葉を最後に通信は途絶えた。
シンイチはしばらく手元の変身解除銃を見つめたあと、チンピラを見た。
立ちはだかる二つの巨人の向こうで威を張る、異形の怪物を――。
自分がこれから立ち向かわねばならない敵を見た。




