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町内のヒーローから過剰に好かれてるぜ! シンイチくん  作者: 三村
激突! 悪の秘密結社ウロボロス! 編
23/26

第十一話 シンイチ、絶体絶命!

「カイザー、カイザー」


 カイザーの内部に閉じ込められたシンイチは、暗闇の中、あちこちを平手で叩きながら呼びかけたが、カイザーからの返事はない。断続的に伝わるかすかな震動がかろうじて彼が移動していることを教えた。


「返事をしてよカイザー! なんで何も言わないんだよ、なんで外の様子を見せてくれないんだよ、みんなは、マッドや甲斐はどうなったんだよ! カイザー!」

『大丈夫デス』

「大丈夫じゃないだろ! カイザーですら力負けする怪物に、マッドや甲斐が太刀打ちできるとは思えないよ。戻って、戻ってよ! カイザ――」


 ふいに雷鳴めいた音が轟きカイザーが動きを止めた。相変わらず映像回路は切断されたままだったが、何か巨大な質量が発する圧のようなものはシンイチにも感じられた。

 ――何か来る。

 そう予感した瞬間、シンイチは凄まじい力でカイザーの内壁に押しつけられた。


「ぐ、ぇ――!」


 遅れて浮遊感がやってきた。何者かによってカイザーがその巨体ごと吹っ飛ばされたのだとわかった。


『見ツカッタ』カイザーがぼそりと呟いた。

「見つかった、見つかったってどういうことだよ。まさか、あいつが、でも、あいつはマッドと甲斐が足止めしてるはずだろ!」


 カイザーはまた何も答えない。シンイチもそれ以上聞けなかった。マッドと甲斐が足止めしているはずのタラバチンピラが、既にカイザーに追いついている。その事実の意味するところはシンイチにも理解できてしまった。


『地上ハ ヨクナイ 地下ヘ 潜行シマス』


 言うなりコクピットの下から忙しない駆動音と共に震動が起こった。

 カイザーの身体が徐々に沈んでいく。いかな怪物とはいえ、あの巨躯では地下まで追っては来られない。シンイチは祈るような姿勢で掘削音に身を委ねた。どうか奴が気づきませんように、そればかり思った。

 だが、その祈りは無情にも引き裂かれた。


 がくん、という震動と共にカイザーの潜行が中断された。

 古釘を指で抜くときのような音がシンイチの鼓膜に爪を立てた。

 虚しく回り続けるドリルが悲鳴めいて響いた。

 再び浮遊感がシンイチを襲った。

 しかし先ほど吹っ飛ばされたときのような、襟首を掴んで引きずり回すようなものではない。エレベーターのようにゆっくりと、しかし際限なく上昇する感覚だ。

 為す術のない暗闇の中で、シンイチは絶望に頭を抱えた。


 やがて浮遊感はおさまり、今度は、ごん、という鈍い音がコクピット内部に響いた。


 シンイチの喉から細い悲鳴が漏れた。それが何の音かはすぐにわかった。

 シンイチは両手で口を塞ぎながら、その断続的に響く音――固く閉ざされた城門を丸太でぶち破ろうとするような――原始的で、無遠慮で、有無を言わせぬノック音に耐えた。中に自分がいることを悟られまいとした。


 やがて音は止んだ。安堵する間もなく、コクピットの中で重力が反転し、シンイチは狭い暗闇の中を転がった。カイザーの身体が逆さにされたのだろうか。そう思っていると、今度はコクピット内部を囲む映像回路に激しいノイズが走った。

 みし、みし、という音と共にゆっくりとカイザーの身体が軋んだ。その音はシンイチの頭上と足下から同時に聞こえた。


「か、カイザー、カイザー!」


 シンイチは思わず叫んだ。

 

「どうなってるんだよ。この音は何なんだよ! カイザー、返事してよ!」

『大――丈夫――デス』答えるカイザーの声にも激しく雑音が混じった。

「大丈夫なわけないだろ! 普通じゃないよ、何だよこの音は! 何をされてるんだよカイザー!」


 ばきん、という音と共にモニターの破片がシンイチの頭上に降り注いだ。見ると、液晶に斜めに亀裂が走っている。

 シンイチはようやく理解した。突いても無駄だと悟ったチンピラが何をしているか。落花生の殻を剥くときのような気軽さで、カイザーに何をしているか!


「逃げて、カイザー!」


 その絶叫は破砕音にかき消された。同時に、シンイチの顔を風が撫でた。シンイチは恐る恐る顔を上げた。かつてカイザーの腕のあった場所に、いびつに空けられた風穴のその向こう。暗雲の立ちこめる天空の向こう、シンイチを見つめる血走った眼差しを。


『イモニ・リモート・コレダー!』


 タラバチンピラの視線を強烈な閃光が遮った。もがれた腕を避雷針に、カイザーが稲妻を放ったのだ。側撃雷がチンピラの目を直撃した。言葉にならない呻きと共に、チンピラが顔を押さえ悶絶する。解放されたカイザーがそのまま落下した。


 住宅街に落ちたカイザーは、その身を引きずりながら路地に転がりこむと、おもむろにハッチを開いた。


「――えっ?」


 コクピットの内壁から芋煮鍋ホールド用のアームが出現し、シンイチを優しく抱きかかえると、ゆっくりと地面に立たせた。


「シバラク ココニ 隠レテ クダサイ」

「隠れて、って、カイザーはどうするんだよ」

「私ハ――」少しの沈黙のあとカイザーは言った「アイツノ 注意ヲ シン・イチ カラ ソラセマス」

「何、言ってんだよ。ダメだよ。無理に決まってるだろ。そんな身体で、一人で立ち向かうなんて!」


 シンイチは、行こうとするカイザーの腕にすがりついた。

 内側からではわからなかったが、カイザーのボディはあちこちが無残にすり切れ、へこみ、歪んでいた。もぎ取られた腕からは、神経配線がだらりと垂れ下がっていた。


「今度こそ殺されちゃうよ。そんなのダメだ! ねえ、ここにいてよ。一緒に隠れてればいいだろ、ねえ、カイザー!」

「シン・イチ」カイザーは膝を折り、シンイチと目線を合わせた。「私ナラ 大丈夫 ソレニ 隠レルニハ 私ノ身体ハ スコシ 大キイ」

「でも、だからって、自分を囮にするような真似するなよ。カイザーを犠牲にしてまで僕は生きたくないよ!」

「私ハ 死ナナイ 私ハ 機械デス」

「言い方なんてなんだっていい、カイザーがいなくなるのは死ぬのと同じだよ!」

「私ハ マッド博士ノ 最高傑作デス ソウ簡単ニ ヤラレハ シマセン」

「帰ってきてよ、帰ってこないとダメだよ。ねえ、約束してよ、カイザー」

「海・ニ――」


 ぽつり、と大粒の雨がカイザーの頬を伝って落ちた。


「海ニ モウ一度 行キタイデス 海ハ 楽シカッタ モウ一度 連レテイッテ クレマスカ」

「当然だろ。帰ってきたら、海でもなんでもまた行ける。芋煮会だって飽きるほどできる! 今度は斬九郎やダザイ、ジョニスとか……この際わかば町のヒーロー全員で行こう! 絶対だ、約束するよ! だから、カイザーも、約束してよ」

「ヨカッタ 楽シミデス 本当ニ 楽シミ……」


 雨は勢いをまし、とうとう一寸先も見えないほどの土砂降りとなった。容赦なく打ちつける雨粒はカイザーの頬を涙のように流れた。

 灰色の空に、身の毛のよだつようなうめき声が響いた。


「モウ 行キマスネ」


 カイザーは立ち上がり、シンイチに背を向けた。


「隠レテイテ クダサイ ヤツガ去ルマデ 決シテ 出テキテハ ダメデス 決シテ」

「カイザー帰ってくるよね、ねえ! カイザー!」


 大丈夫デス、何度目かの言葉を残して、カイザーは雨の向こうへと消えていった。

 

 残されたシンイチは寂れた路地の、錆びたトタン屋根の下にうずくまった。そしてようやくそこが、まだ人間だった頃のチンピラとギャンブルをした場所だということに気づいた。

 思えばあれが分岐点だった。

 あの勝負で甲斐に負けてからチンピラは変わったのだ。


「あのとき、適当に負けてあいつに花を持たせてやれば、僕が意地を張らなければこんなことには……」


 目映い閃光がシンイチの悔恨を寸断した。遅れて雷鳴のような音がすぐ近くで響いた。「カイザー……」戦っているのだ、すぐ近くで。何かが地面に叩きつけられるような音がした。何度も、何度も、繰り返し。

 シンイチは耳と目を塞ぎ、涙と鼻水と雨でぐちゃぐちゃになった顔をぶんぶんと振った。夢であってくれ、ただの悪夢であってくれ、そう願った。


 その願いを聞き届けたかのように、音はやんだ。

 不気味なほどの静寂の中、雨音だけが響いた。

 何かが激しくぶつかり合う音もなければ、身の毛のよだつ雄叫びも聞こえない。

 終わったのだろうか。

 シンイチを見失ったタラバチンピラは去ったのだろうか?


 シンイチが顔をあげた瞬間、何か巨大なものが路地のすぐ傍に落ちた。


「カイザー……?」


 応えは無い。だが豪雨の中ほの見える寸胴鍋めいたシルエットは、まぎれもなくカイザーだった。「カイザー!」思わず路地を出てカイザーに駆け寄った。


「ダ・メ デス マ・ダ 出テキテ ハ」


 路地を出たシンイチは絶句した。目の前に横たわるカイザーは胴体を無残にねじ切られていた。「隠レ テ」片腕と上半身だけとなった姿で、それでも尚、シンイチを路地へと押し戻そうとした。


 ――クソガァァァァァァキィィィィィィ!


 生き物全ての足を竦ませるような、魔神の雄叫びが天蓋を震わせた。

 怒りに燃える双眸が、遙か上空からシンイチをにらみ据えていた。


「逃ゲ テ 逃ゲ ルノ デス」

「カイザー……ごめんよ、僕のせいで」シンイチは横たわるカイザーの頬をそっと撫でた。「でももう大丈夫だよ」


 そう言うとシンイチは、タラバチンピラの前に立ちはだかった。


「何 ヲ シン・イチ ダメ デス ダ・メ」

「ダメ? ダメなもんか。あいつの狙いはこの僕だ。僕を負かすまで地の果てまでだって追いかけてくる。だったらこっちから迎え撃ってやる。あんなやつに、これ以上カイザーを傷つけさせやしない。――やい、チンピラ!」


 両手のハサミをがちがちと鳴らしながら距離を詰めるチンピラを、シンイチは傲然と指さした。


「お前なんか怖くないぞ! そんなでかい図体になってまで、僕みたいな愛らしさだけが取り柄の小学生を狙うお前なんかに負けない! いつだって負けて逃げてきたのはお前だ、それは変わらない、今日だって同じだ!」


 ――ガァキィ……? クソガァキィ!


 苛立ちをあらわすかのように力任せにハサミで地面を打った。

 砕かれた家屋がミニチュアのように、宙を舞った。


「ナ ゼ 怖ク ナイ ノ デスカ シン・イチ――」

「怖くないか、だって? 怖いよ。怖いに決まってるだろ。――でも」鳴り止まぬ歯の根を思い切り食いしばった。「ここで逃げてどうするんだ。そしたら誰がカイザーを助けてくれるんだ。誰が町を守ってくれるんだ。……僕がピンチから背を向けたら、僕がピンチから逃げちゃったら、ヒーローが僕を助けに来れなくなっちゃうだろ!」


 シンイチはキッ、とチンピラを見上げた。


「僕はシンイチだ。わかば町ヒーロー協会のボーナス少年・西園シンイチだ! 助けるだけで十倍のポイントがつく僕は、町のヒーローから過剰に好かれてるんだ! だから僕はピンチから逃げない、絶対にヒーローが助けに来てくれる、いつもは暇してるくせに、こういうときだけは来てくれる。生活が苦しいだろ? 欲しいモノがあるんだろ? ちょっと良い焼き肉に行きたいんだろ? だったら、だったら、だったら!」


 ありったけの力を振り絞ってシンイチは叫んだ。


「助けて! 僕を助けてよ、ヒーロー!」


 タラバチンピラは両手の巨大ハサミを振り上げた。雲を突くような巨躯から、一直線に絶望の鉄槌が振り下ろされた。シンイチの小さな願いは届かない。悪魔の一撃が、その儚い祈りもろとも跡形もなく押し潰そうとした。


 ――そのとき!


 激突音と共に、大量の血飛沫が舞い、あたり一面が見る見る血の海に染まった。

 シンイチは目を開けた。それが自分の血でないことを確かめた。それはシンイチの頭上から降り注いでいた。

 見上げた先にある光景に、シンイチは目を疑った。

 脳裏に昨夜の記憶が走馬燈のように蘇った。

 運動会を中止にするため、ヒーロー達が作ったもの。

 そんなわけはないと思っていた。ただの迷信だと思っていた。

 暇を持て余したヒーローたちによる子供だましだと思っていた。

 しかし――。


「叶ってた……逆さてるてる坊主は……雨を降らせてくれたんだ……」


 シンイチとカイザーを守るように立ちはだかる巨人がいた。

 無限に大地を打ち据える天涙で作られた憤怒の巨神がいた。

 怒りを血に変え顕現した、深紅の不動明王がいた!

 

「待たせて……しまったようね……シンイチくん」

「マリ-、ブラッディ・マリー!」

「かわいそうに……そんなに怯えて……シンイチくんをこんな目に遭わせたのは……誰かしら……ねえ……誰かしらと……聞いているのよ!」


 マリーは受け止めたチンピラのハサミを弾き飛ばすと、そのまま胸板めがけ右ストレートを放った。正確に打ち抜かれた巨大な拳槌は、タラバチンピラを数十メートルも押し戻した。チンピラは初めて狼狽するような表情を見せた。


「まったく……この町のカニは……躾がなっていないわね……」


 ――ガキガキガキィ! ガァキィ!


 マリーの不意打ちを咎めるように地団駄を踏むチンピラを、マリーは鼻で笑った。


「フン、文句があるなら……かかってきなさいな……ただし……」


 ブラッド・ゴーレムの頭上に立ったマリーがチンピラに向かって指を立て、挑発するように曲げると、ゴーレムもそれと同じ動作を繰り返した。


「今の私はちょっとばかり……血の気が多いわよ?」

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