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町内のヒーローから過剰に好かれてるぜ! シンイチくん  作者: 三村
激突! 悪の秘密結社ウロボロス! 編
22/26

第十話 シンイチ、災厄の蟹に立ち向かえ!

 その怪物は町から音を奪った。

 人も亡者も草も花も木々も石も鉄も大気すらも、そのあまりの巨大さをただ声もなく仰ぎ見た。去来する感情は畏怖だった。感嘆だった。好奇も含んでいた。

 曇天を超然と歩く超巨大タラバガニの前に人々の心は自然にひざまづいた。

 噴火口のような突起を備えた深紅の甲殻には神聖さすらあった。

 戦おうなどという気持ちは微塵も無かった。

 異質な巨大さはもはや物質ではなく、現象としか映らなかった。


「――なん、だ、あれ。おい、ジョニス、あれは一体なんだ」

「俺が知るわけねえだろ。いや……おい、あいつ、シンイチの家に向かってないか」

「まずい、シンイチくんが危ない!」

「おい、リョウ待てよ、おい! そんな身体でどうしようってんだ。それに、俺たちがいって、あんなもの相手に何ができるってんだよ」


 戦いで傷ついた身体を互いに支え合いながら、リョウとジョニスは無念そうに空を見上げた。


「――おいおいおいおい、冗談だろあの化けモン、シン坊の家に向かってやがるぜ! マリーの姐御、ちょっくら急いだ方がいいぜ! 姐御、姐御?」


 どさり、という音でダザイは振り返った。青白い顔のマリーが地面に突っ伏していた。


「あ、姐御? なあ、マリーの姐御、しっかりしろよ、なあ! 冗談だろ姐御!」

「少し……血を……使いすぎた……わ……シン……イ……チ……く……」

「ダメだ姐御、目を閉じちゃダメだ、姐御! うわああああああ!」


 どんどん血の気を失っていくマリーを前に、ダザイはなす術もなく慟哭した。


「――それじゃあ、シンイチ君はお預かりします。一週間たったら送り届けさせますからの」


 西園家の軒先で鉄仮面が深々と頭を下げた。


「うちの子をよろしくお願いします。シンイチ、良い子にしてるのよ?」

「これから悪人にさらわれようとしてる我が子に言うセリフじゃないよね」

「すまんのうシンイチくん。今度はちゃんと悪人らしく力づくでさらいに来るから、今回だけ我慢しておくれ」

「謝りながら僕の未来台無しにするのやめてくれる?」


 憮然とした表情のシンイチをなだめすかしながら西園家を後にした鉄仮面だが、門柱を過ぎたところで、きょろきょろと何かを探すようにあたりを見回した。


「どうしたの?」

「いや、迎えの車がもう来とるはずなんじゃが、見当たらんなと思って……」

「――しゅ、首領様!」


 タクシーの運転手めいた出で立ちの男が、ほとんど四つん這いのような格好で鉄仮面にすがりついた。


「なんじゃ貴様、車はどうした。誰が徒歩で迎えに来いと言った!」

「ち、違うんです、私は車でお迎えにあがったのですが、く、車を、怪物が! 車を!」

「怪物ぅ? 一体何の話を――」


 重機が岩石を砕くときのような遠慮も節操もない音が轟き、鉄仮面ら一同は思わず身を竦ませた。次の瞬間には、男が乗ってきたと思しき黄色いタクシーが地面に縦に突き刺さっていた。「な、なんじゃ、これは――」理解が追いつく間もなく、空を巨大な影が覆った。

 その場にいる全員が同時に息を呑んだ。

 山塊を思わせる巨大な何かが、明確な敵意をもって彼らを見ていた。

 鉄仮面もシンイチも運転手も、逃げることすら忘れ、その怪物が巨大なハサミで空を抉るのをただぼんやりと眺めた。


 ――ク、ク、ク、ソガ……キィ……!


 天蓋を揺るがす咆吼と共にハサミが振り下ろされた。

 何もかもが間に合わなかった。逃げるのも避けるのも死を覚悟するのすら遅かった。「――ひっ!」シンイチらはその場にしゃがみこんだ。けたたましい音と共に、空の砕ける音がした。シンイチは自分の潰れた身体が地面にめり込む音だと思った。だが違った、ゆっくり目を開けるとまだ手があった脚があったそれを認識する頭があった。

 シンイチは恐る恐る顔を上げた。

 目の前には人影。彼らを守るように立ちはだかる巨大な鉄人――。


「カ、カイザー!」


 シンイチは歓喜の声をあげた。振り下ろされたハサミは間一髪のところで、カイザーによって止められた。


「――どうやらギリギリ間に合ったみたいだな、シンイチ」

「その声は……ギャンブルマスター・甲斐! カイザーの中にいるの? どうして二人がここに? それに、あの怪物は何なの!?」

「ワカリマセン 私ト甲斐サン ハ 呼バレテ ココニ 来タノデス」

「呼ばれて……って、いったい誰に?」

「ベルゼバブの召喚した亡者どもだ。主の仇を討ってくれとな。どうやらベルゼバブはあの巨大カニに倒されたらしい」

「ベルゼバブ……ゆうこちゃんのママが……あいつに……? う、嘘でしょ?」

「俺も信じられんが亡者どもが嘘を言うとも思えん」


 ――クソガァ……キィ!


 無視されてることに腹を立てたのか、巨大タラバは地団駄を踏んで、もう一方のハサミを振り上げた。


「――まずい。カイザー! 早くそのハサミをはねのけろ、もう一発来るぞ!」

「ダメ・デス ハネノケル ドコロカ 身動キガ トレマセン」

「おい……嘘だろ?」


 驚く間もなく、振り上げられたハサミが轟音と共にカイザーを襲った。


『――させるか!』


 曇天を裂いて一閃。どこからともなく放たれたレーザーがタラバを直撃した。


 ――ガァ!? キィ! ガキガキガキィ!


 ハサミを顔に当てのたうち回るタラバの後ろから、手足がいくつも生えた保育園が現れた。


『シンイチ、無事か! ワシじゃ、ワシが来たぞい!』

「マッド……? プロフェッサー・マッド? 心を病んだ子どもがレゴで作ったみたいなマシンに乗ってるけど、マッドなんだね!」

『ガーハハハ! ちょいとワケ有りでな! それよりこいつは、聞きしに勝る化け物じゃの』

「マッド、その怪物はいったい何なんだよ! あのカイザーが力負けするなんて……あの、走ってる電車を真正面から止めて持ち上げて下に落ちてる小銭を拾えるカイザーが力負けするなんて、普通じゃないよ!」

『やつについては、ワシよりそやつに聞いた方が早いと思うがの?』

「そやつ、って……」


 振り返ると、腰を抜かして尻餅をついている鉄仮面の男と目が合った。


「……おい」「えっ」

「えっ、じゃないよ。どういうことだよこれは! 戦いは茶番でヒーローたちに万が一はないとか言っておいて! あんな化け物相手に無事故で済ませる方が難しいだろ!」

「いや違う違う違う、ワシ違うワシ知らん、あんな化け物ワシの組織にいなかったんじゃって本当じゃ!」

「黙れ、覚悟しろ! 約束通り瞼の裏側に砂利を突っ込んでやるからな!」

「えっ、さっき言ってたのと違くない? 拷問の闇が濃くなってない? ちょ、本当やめてやめてやめて、おい便次郎! 便次郎応答しろ!」

『首領様、どうなされましたか!?』


 鉄仮面の手元の映像受信機から便次郎のホログラフが浮かび上がった。


「どうもこうもないわ! ワシの瞼が砂のプラネタリウムになる前に、貴様からこの状況を説明せい! なんなんじゃあの化け物は、あんなのワシ知らんぞ!?」

『あっ……やはりその件、既にお耳に入っておりましたか……』

「お耳どころか今まさにお目目の中に入っとるし、何ならやつのお手手でワシまで潰されるところだったわ! いったい何なんじゃアイツは!」

『いえ、それが、ちょっと、わかんないんです』

「は?」

『いったいどこから、何が原因であんなものが産まれたのか全く不明で……だから、その、現在調査中です』

「はァーーーー!? あんな化け物が原因不明じゃとぉ!?」

「よし、部下の不始末ってことはやっぱり鉄仮面お前の責任だな! 観念して瞼を僕に差し出せ!」

『待ってくださいシンイチくん! この件に関しての責任は私にあります! どうかこのボットン便次郎の名に免じて、首領様をお許しください!』

「うるさい! そんなどこのネカフェでも会員証作れなさそうな名前のやつに、何かの責任が取れると思うなよ!」

『そんなぁ、我々は本当に知らないんですよ、あの化け物が何者かさっぱり――』


『――タラバ変異じゃよ』


 保育園ロボの方からマッドの声が聞こえた。


『キメラテック・オペレーションは不完全な技術じゃ。カニ以外の細胞を使用すれば、たちまち変異を起こし、あのように理性をなくした怪物へと成りはてる。だからワシはあの技術を闇へ葬るように指示した、そうだな? 便次郎』

『そ、それは……しかし――』

『海水浴場で見たときから嫌な予感はしとった。貴様、ヒトにザリガニの細胞を使ったな?』

『……ザリガニは、カニではないのですか!?』

『愚か者が! カニはカニ下目、ザリガニはザリガニ下目の生物じゃ!』

『そ、そんな……私は、なんということを……!』

「真面目なトーンで何の話なんだよ」


 シンイチは巨大タラバガニを見上げた。レーザーで顔を焼かれたタラバは、それでもその目を一点に据えていた。執念深く獲物を睨み据えるその目が、シンイチの脳裏に一つの真実を描いた。


「……待ってよ。元々はザリガニ男だったってことは、あの怪人、まさか、僕にいつも絡んできたあのチンピラだってこと?」

『そうなるな』

「あのチンピラが、怪物に……?」シンイチは鋭い眼差しで鉄仮面に詰め寄ると、その胸ぐらを掴んだ。「おい鉄仮面、どうやったらあれを元に戻せるんだ。変身させれるなら、戻す方法もあるだろ。早く教えてよ!」

『し、シンイチ! あやつは敵じゃぞ? それに、今までずっと君に付きまとってきたチンピラなんじゃぞ?』

「わかってるよ! だからって、そいつが嫌なやつだったからって、自業自得で化け物になったからって、見捨てられるわけないだろ。僕に少しでも関わった人間がちょっとでも傷つくのを、いい気分で見てられるわけないだろ!」

『シンイチ……』

「だから教えてよ、どうやればあのチンピラを助けられるんだよ!」

「き、緊急用の変身解除剤がある。し、しかし、ああなってしまった怪人に効くかどうかわからんし、それに解除剤は本部にある。す、すぐには持ってこれん」

「効くかどうかじゃなくて、効かせるんだよ。持ってくるのにどれぐらいかかるの!」

「バスだと一時間、電車だと乗り継ぎがうまく行けば四十分ぐらいで……あ、モノレール使えばもうちょっと早いかも」

「うるせえ、タクシー使って経費で落とせ! ――マッド!」

『わかっとるわい!』


 脚を踏みならして保育園ロボとカイザーがタラバチンピラに向き合った。


『解除剤が届くまで三十分ってところか。時間を稼ぐどころか、ワシらが生きとるかどうかも危ういぐらいじゃが……やるしかないのう!』


 駆け出したカイザーがチンピラの脚を掴み、力任せに持ち上げた。バランスを建て直すためガードを解いたところへ、マッドはもう一度保育レーザーをお見舞いした。


 ――ガ……キ……ガキクソガキィ!


『なっ――こやつ!』


 レーザーを真正面から受けたまま突進するチンピラに、保育園ロボが弾き飛ばされた。


『レーザーが効かぬだと? いやさっきは確かに……まさか!』


 マッドは思わず目を疑った。先ほどレーザーを照射した位置の甲殻が剥がれ、かわりに反射装甲のようなものが形成されていた。


『超装甲と超パワーに加えて、超回復持ちとはな。下手な攻撃は逆にやつを強くするということか……まいったのう』

「――マッド、聞こえるか、俺に考えがある」


 カイザーの外部スピーカーから甲斐が声を張り上げた。


「カイザーを持ち上げ、やつの頭上まで放り投げてくれ」

『それは構わんが、どうするつもりじゃ。生半可な攻撃は逆効果じゃぞ!』

「わかってる。だったら一か八か、こちらの最大出力を奴にお見舞いする。稲妻に匹敵する大電流を奴に直接喰らわせてやれば、動きは止められるはずだ」

『なるほど、超接近距離からのイモニコレダーじゃな!』

「ちょ、ちょっと待ってよ甲斐、そんな威力の攻撃じゃ周りの人まで巻き込んじゃう、それはまずいよ!」

「大丈夫だシンイチ。この辺りの民間人は全員、ベルゼバブの亡者どもが地獄に避難させてくれた」

「とんでもなく矛盾した言葉なのはともかく、それなら安心ってことだね」

『シンイチは鉄仮面らを連れてコレダーの範囲外に避難するんじゃ。奴が気づく前にケリをつける! 行くぞ、しくじるなよ二人とも!』


 保育園ロボはカイザーを鷲づかみにすると、そのまま一直線にタラバチンピラに向かって投げた。接近するカイザーに気づいたチンピラが蠅を追い払うような仕草で腕を薙いだ。「ぶつかる!」しかし激突の瞬間、カイザーはあらん限りの力でハサミにしがみついた。


「行け、カイザー! そのまま突っ走れ!」


 カイザーはチンピラの腕を頭部目がけて猛進した。身体をよじってカイザーを振り落とそうとするチンピラ。しかしカイザーは逆にその勢いを利用して、頭部付近の突起にワイヤーを絡ませ、一気に引き寄せた。そのまま、ぎょろりとカイザーを睨む二つの目の根元に潜り込んだ。


「よし、ぶちかましてやれ、カイザー。イモニコレダーだ!」


 甲斐が吼え、カイザーの操作パネルを拳で叩いた。青白い光がカイザーを包んだ。

 ロッズ・フロム・ゴッド――古来より伝わる天からの火。その化身へと変貌したカイザーが、今まさに天誅を加えんとした、そのとき、


「カイザー……? おい、どうしたカイザー?」


 カイザーの動きが止まった。腕を振り上げたその格好のまま、一点を注視していた。


「カイザー! 何している早くぶち込め!」

『――ダメ・デス コドモ ガ イマス』

「こ、子ども……? バカ言うな、そんなのがいるわけ――」


 甲斐は絶句した。カイザーの視線の方、甲殻の内側に埋もれてはいるが確かに人影が見えた。少女だった。シンイチと同い年ぐらいの女の子だった。


「バカな、なんで――うおおっ!?」


 突如背後に衝撃が走った。見るとどこからか伸びた巨大な腕がカイザーを掴んでいた。ハサミではない。まして脚でもない。


「くそ、このイカサマ野郎が」


 甲斐が呆れた声をあげた。チンピラの背部から新たに生えた腕が、カイザーを捕らえたのだ。カイザーはダニのように無理やり引きはがされ、地面に叩きつけられた。

 かろうじて着地したカイザーにマッドが駆け寄った。


『カイザー、大丈夫か! な、何故攻撃しなかった!?』

『コドモ ガ イマシタ アレハ オソラク ユウコ=チャン デス』

『な……なんじゃと、なぜ、あの子が、どうして……』

「カイザー、マッド! タラバ野郎がシンイチのところへ!」


 見ると、タラバはカイザーらには目もくれず、イモニコレダーの余波を回避するため避難したシンイチの方を向いていた。


『あやつ、ワシらなど眼中になく、あくまで狙いはシンイチ一人ということか、ナメおって! 甲斐くん、もう一度カイザーをシンイチのところへ投げるぞ!』

「シンイチだけが狙い……シンイチだけを……」


 ぶつぶつ呟いていた甲斐が何か思いついたように指を鳴らした。


「カイザー、頼みがある」

『ナンデショウ』

「俺を降ろせ」

『エ シ、シカシ 生身デハ 危険・デス』

「俺は大丈夫だ。俺を降ろして、代わりにシンイチを中に入れて逃げろ。とことんまで逃げろ。絶対に彼を守り切れ、いいな!」


 そう言い残し、甲斐はカイザーのハッチから身を躍らせ保育園ロボへと飛び移った。

 ほどなくして、凄まじい風圧と共にカイザーが投擲された。

 巨大な鉄の弾丸は、チンピラの魔手がシンイチに届くよりも早くその間に割り込んだ。

 

「か、カイザー? どうしたの、チンピラの攻撃しにいったんじゃ――わぁっ!?」


 カイザーはシンイチを掴み上げると、開いた胸部ハッチから中へと無理やり押し込んだ。


「カイザー、どうしたんだよいきなり!」 

『逃ゲマス ソウ 命ジラレマシタ』

「に、逃げるって……イモニコレダーはどうなったんだよ。甲斐は? マッドは? 皆はどうしたんだよ!」


 カイザーは答えない。ふいに背後から地響きが聞こえた。振り返ると、保育園ロボがタラバチンピラに向かって突進するのが見えた。策も武器も何もない、まるで玉砕覚悟の特攻だった。


「カイザー、戻れ、戻ってくれよ! 皆まだ戦ってるじゃないか、カイザー!」


 保育園ロボがチンピラに激突する瞬間、カイザーが内部の映像回路を遮断した。

 暗闇に包まれたコクピットに、何かが爆裂し砕け散る音だけが響いた。

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