第九話 プロフェッサーマッド&ミョウガ食い過ぎの斬九郎、記憶の彼方の紅蓮を断て!
「どーうなっとるんじゃ、これはいったい!」
白衣をはためかせ、わかば町の目抜き通りをマッドが走る。買い物客で賑わっていたメインストリートは、今や跋扈する亡者が人々を襲う地獄と化していた。
「こんなときにカイザーはどこほっつき歩いとるんじゃ。無線も繋がらんし……退け、ゾンビども、邪魔じゃ!」
「――博士、マッド博士、こっちです!」
ジュラルミンケースで亡者を払いのけるマッドの背後より声。「おお、君は!」マッドは思わず頬を緩めた。振り向いた先にいたのは、真柴斬九郎だった。
「そこは危険です、我々の保育園へ避難してください! 周辺の子ども達も皆かくまっています!」
「有り難い、恩に着るぞ斬九郎くん!」
路地から手招きする斬九郎の元へ走るマッド。「建物の中なら安全です、早く!」保育園の裏口へ身体を滑り込ませる一瞬、後方で地響きと共に巨大な何かが地面に叩きつけられるような音が轟いた。マッドは振り返り、天を仰いだ。町は、先ほどまでの快晴が嘘のように暗澹たる雲に覆われていた。
*
「とりあえずここにいれば安心です。あとは助けが来るまで待ちましょう」
「……助けが、ここまで来れるといいがな」
マッドは言って、ブラインドごしに外の様子を伺った。通りは亡者で溢れ、そこに繋がる路地はさながら満員電車の様相を呈していた。たとえ軍隊を動員したとしても、彼らを完全に駆逐するために、まずわかば町を焦土にする覚悟がいるように思われた。
「とはいえ、原因がわかるまで身動きの取れんことは確かじゃな」
言って、目線を室内へ移した。まだ幼い園児たちは斬九郎と梅子に寄り添うようにして、固まっていた。「大丈夫、大丈夫だからね」子どもの頭を撫でながら、露木梅子が優しい笑顔を向けた。
「せめてカイザーに連絡がつけば、原因を調べに行けるんじゃが……」
恨めしげに無線トランシーバーを睨んだそのとき、砂嵐のようなノイズがトランシーバーから響いた。
『……博士……マッド……応答……マス……博士……応答……願イ……』
「カイザー、カイザーか!」マッドは声を張り上げた。「カイザー! 聞こえるぞ、貴様何しとる、今どこじゃ!」
『百貨店……屋上デ……芋煮ヲ……』
「芋煮!? 貴様こんなときまで芋煮か、いい加減にせんか! いやそういう風に造ったのはワシじゃけども!」
『違イマス……襲ワレ……ウロボロス……』
「ウロボロス……」マッドの表情が一変した。「襲われたのか、襲われたんじゃな、無事なのか? ワシらも今襲われとる、町中を埋め尽くすゾンビの群じゃ!」
『違……亡者タチ……ハ……助ケヲ……』
「なに、なんじゃ、聞こえんぞカイザー!」
『ベルゼバブ……ミカエル……モ……怪物ニ……シン・イチ……』
「シンイチ? シンイチがどうした、おい、カイザー、おい!」
カイザーから返答はなく、ただ砂嵐のノイズだけが静寂を満たした。
「マッド博士、シンイチくんの身に何か……?」
「わからん。しかしこの騒動がシンイチに関係していることは確かじゃ、おそらくカイザーも彼の元へ向かっとるはずじゃ。だったら話は早い。ワシらも向かうぞ、シンイチを助けに!」
「助けに行く、って、ど、どうやって? 外に一歩でも出ればゾンビの餌食ですよ!」
「だから、出なければいいんじゃろ?」マッドはにやりと笑って、ジュラルミンケースから黒い液体の入ったアンプルを一つ取り出した。「この保育園ごと、向かうんじゃよ!」
保育園の床にアンプルを突き刺す。黒い液体は見る見る浸透し、幾条もの筋となって建物の床、壁、天井全てを覆い尽くした。やがて地響きと共に、窓から見える景色が見る見るうちに沈んだ。
「博士、これは!?」
「無機物変換便利細胞じゃ! 持ってきておいてよかったわい、少量じゃがこの程度の建物なら充分動かせる!」
沈んだ景色が今度は流れ出した。子ども達は歓声をあげ窓に張りついた。景色が沈んだのではなく、保育園そのものが浮いていたのだ。子どもたちの憩いの場は、今や堅牢な移動要塞と化していた。
「行くぞ、シンイチの学校までは文字通りひとまたぎじゃわい! カーカカカカ!」
「――それは少し困る。操縦桿から手を放せ、この男の命が惜しくばな」
氷のように冷たい声が聞こえた。女の声だった。
「そんな、どうして、どうして……梅子先生!」
羽交い締めにされた斬九郎が苦悶の声を漏らした。
彼の喉元に突きつけられた刃は、露木梅子の手元から伸びていた。
*
「……どういうことか説明してもらえるかな。お嬢さん」
「そのままの意味だ。この男の命が惜しくば、今少しここに留まってもらおう」
「梅子先生、なぜ、やめてください、あなたはそんな人では――うっ!」
「黙れ」
梅子は刃の先端を斬九郎の上あごに押しつけた。口の中につっかえ棒を立てられた斬九郎は、無念そうにうなった。
「保育士にしては物騒なもの持っとるのう。ペーパーカッターにしては、ちとでかすぎるんじゃないかい?」
「私はウロボロス四天王【千刃のロキ】。貴様をシンイチの元へ行かせるわけにはいかない」
言うや否や、梅子の前身を光沢ある流線型の甲冑が包み込んだ。
「……キメラテック・オペレーション。改造人間か」
『ご名答。さすがはプロフェッサー・マッド』
ふいに男の声が響いた。梅子が碁石のようなものをマッドの前に転がすと、そこから白衣に身を包んだ男のホログラフ映像が浮かび上がった。
「便次郎、やはり貴様の仕業か」
『お久しぶりです、教授。あなたがウロボロスで教鞭を執らなくなって、もうどれぐらい立ちますかね』
「知らん。思い出したくもないわい。それより、何故貴様らがシンイチのことを知っておる。この町の有様はどういうことじゃ!」
『町の……? はて何のことか。ただ我々にはシンイチくんが必要なのですよ、言えることはそれだけです』
「なるほど、よおくわかったわい。便次郎、貴様が敵ということがな!」
マッドはおもむろに手元のジュラルミンケースに手を突っ込むと、化け物じみた口径の拳銃を取り出し、ホログラフ便次郎に向けて発砲した。
弾は便次郎をすり抜け、その背後にいるロキへと向かった。しかし「――裂咬斬」ロキは一文字に虚空を裂いた。不意を撃って放たれた弾丸は空中で呆気なく両断された。
『ふ、ふはっ、フハハハハ! 残念でしたねマッド教授! 私のホロ映像を隠れ蓑に不意打ちを喰らわすつもりだったのでしょうが、ロキはウロボロス随一の剣の達人! その程度の弾丸を空中で両断するなど造作もないのですよ!』
「裂咬斬です」
『……えっ?』
「裂・咬・斬。先ほど弾丸を斬った技です。ちゃんと名前があります」
『……だ、そうだ! マッド、あなたの悪あがきも彼女のキッコーマンの前には』「裂咬斬」『れっこーざんの前には、児戯にも等しいのですよ!』
勝ち誇る便次郎に、マッドはやれやれと首を振った。
「そうやって急いて結果を見誤る癖、まだ治っとらんようじゃな」
『……なんだと』
「未熟者めが、その怪人が切断した弾丸をよく見てみい」
『これは……ミョウガ! 弾丸ではなく、薬味だと!?』
「弾丸が両断されたのではない、狙った先にたまたま刃があっただけのことよ。弾丸は目標にちゃあんと着弾したわい。……ところで、一つ面白い話をしてやろう。ワシの知り合いに、二重人格の男がおってな。そいつはどうにかその人格と記憶を封印しようと、ミョウガを食べ続けておったそうな。物忘れが激しくなるという迷信を信じてな」
『い、いったい何の話を……』
「つい先日、ワシはそいつに相談を受けたんじゃ、人格を封印できないのなら、せめて制御できるようにしたいと。だから記憶を書き換えてやった。ミョウガを食うことで人格を抑えるのではなく、ミョウガを食うことで人格を切り替えられるようにな。――起きろ、斬九郎! いつまで寝ておるつもりじゃ!」
マッドが叫ぶと同時に斬九郎が激しく痙攣した。
ロキは何かを察知したように斬九郎を突き飛ばすと、自身も飛びすさった。
くっく、と妙な笑いを浮かべながら斬九郎がゆらりと立ち上がった。
「へェ……なかなか勘がきくじゃねェか。手首もらったと思ったんだがね」
コッ、という音と共に天井に何かが刺さった。ロキは自らの手元に視線を落とした。手首から伸びた刃がいつの間にか根元からすっぱりと消え失せている。天井に刺さったのは、切り飛ばされたロキの刃だった。
「剣の達人とかいうその改造人間と、伝説の人斬り……面白いデータが取れると思わんか、便次郎?」
*
ロキと斬九郎は互いに打ち間を半歩外した距離で睨み合った。
「なかなかの腕だ」ロキが口を開いた。「ダイヤモンド以上の硬度を誇る私の煉獄刃を切断するとはな。だがその程度で勝った気になってもらっては困る」
ロキが指を鳴らすと、手首から再び刃が生えた。
「へェ、品玉師みてえだな」
「貴様も獲物を抜け。そのぐらいは待ってやろう」
「もう抜いてるぜ」
そう言って斬九郎が目の前で振って見せたのは、子どもがチャンバラ遊びをするときに使うおもちゃの刀だった。
「ふざけてるのか。先ほど私の煉獄刃を切断した獲物を抜けと言っているのだ」
「だから、抜いてンだろうが」
「――ナメるな!」
ロキが一足に間合いを詰め、右手の刃で鋭い突きを放った。――が、その切っ先は斬九郎に届くことなく中空で静止した。
「そんな腰の浮いた突きじゃァ、吊るし柿にだって避けられちまうぜ」
ロキは瞠目した。いつの間にか斬九郎の手には小刀が握られていた。剣先は、煉獄刃の尖端へとぴったり合わせられ、たったそれだけでロキの突きを止めていた。
「く、こ、このっ――」
左手のブレードで斬九郎の手首を狙うその刹那、合わせた剣先がふいに外された。バランスを崩したロキの手元を、小刀の峰で強かに打った。「ちィッ!」甲冑ごしにも伝わる重い衝撃に、ロキは思わず再び距離を取った。
「小手あり一本、ってか」
ロキは斬九郎の持つ小刀を見た。濡れたような輝きを放つ刃は紛れもなく本物だったが、その柄部分はおもちゃのままだった。
「貴様、その刀……」
「へっへ、面白ェだろ。何の因果か、この右手で引っ張った長物は全部こうなっちまうんだ」
「なるほど、よもや貴様が【万刀柄】の使い手だったとはな」
「ばん……なンだって?」
「万・刀・柄だ」
「この時代じゃそンな呼び名がついてんのかい」
「今、私が名付けた」
「はァ?」
『フハーハハハハ! 驚いているようだな斬九郎とやら! ロキは剣の達人にして命名の達人でもあるのだ! 自分の武器の名前とか、あと四天王の二つ名も全部彼女に考えてもらったのだ凄いだろ! 貴様のその手品めいた技に、かっこいい名前をつけてやったのだ、有り難く思うがいい!』
「……なァおい爺さん、こいつらどうにかしてくれや」
「今の一連のやりとりの責任がワシにあると思うか?」
「――よそ見をしている暇はないぞ、斬九郎!」
不意をついてロキが突進した。「煉獄刃・双蜂!」次々と繰り出される神速の突きを斬九郎はのらりくらりと交わした。
「やるな。その清流のごとき身のこなし――【幽水舞】まで会得しているとはな!」
「初耳なんだよなァ」
「だが、これならどうだ――【千獄刃】!」
叫ぶや否やロキの背中から無数の触手が展開された。
「番傘お化けみてェな出で立ちしやがって、見せ物としちゃ退屈しねェがな」
「笑っていられるのも今のうちだ――【千獄刃・明王千手!】」
展開された触手の先端が、さらに無数に枝分かれした。「息をもつかせぬ千手の連撃、その小刀一本で防げるか!」その名の通り、それぞれが刃の魔手と化して斬九郎を襲った。初めこそ体捌きのみで交わしていた斬九郎だったが、手数の多さに徐々に追い詰められ始めた。
「なるほど、確かにちょいと多いな。少しばかり間引かせてもらうぜ」
斬九郎は間合いを半歩外し、正眼に構えた。逃がさんとばかりに猛進するロキ。左右から襲い来る触手の群れ――斬九郎は右に避けるでも左に避けるでもなく、その真正面に踏み込んだ。
「――つェい!」
裂帛の気合いと共に地上から天空へとロキの眼前で稲妻が昇った。コッ、という呆気ない音ひとつ残して、逆袈裟に切り上げられた触手がぽろろとこぼれ落ちた。
同時に、反対側から襲いかかった触手の動きが一斉に止まった。
それぞれの触手の根元に、赤、青、黄色、色どり鮮やかな楔のようなモノが挟まっている。「――これは、クレヨン!?」斬九郎によって先端が刃と化したクレヨンが、触手の関節部分に正確に打ち込まれていた。
「かァッ!」
今度は動きの止まった触手をまとめて、唐竹に斬り下ろした。さらに手首を返し、喉元目がけ鋭い突きを放つも――間一髪のところでロキがバク転で回避した。
「へっ、今一歩」斬九郎はわざとらしく舌を出した。「しかし散髪は終わったぜ。どうでェ、なかなかだろ」
「ふ、ふふ、フフフ」
綺麗に刃だけを落とされた触手を見て、ロキは不気味な笑いを漏らした。
「伝説の人斬りというのは嘘ではないらしい。幽水舞で間合いを外し、雷鳴昇斬からの千嘴擲……さらに動きの止まったところを神楽曼荼羅まで打ち込んでくるとはな!」
「いっこも覚えがねェよ」
「最初に逆袈裟に切り上げたのが【雷鳴昇斬】で、そのあとに投げたクレヨンが【千嘴擲】。そして最後に触手をまとめて叩き折ったのが【神楽曼荼羅】だ!」
「聞いてねェんだよ」
「すげー! ざんくろー先生かっけー! かぐらまんだら~!」「まんだら~!」
「流行っちゃったじゃねェかよ」
「当然だ、かっこいいからな。しかしどうやら、剣の腕では私に勝ち目はないらしい」
ロキはふいに構えを解いた。
「降参かい。そっちの方が俺も助かるぜ。知り合いがちっと惚れてるもんでね、殺したくはねェ」
「何を勘違いしている。剣の腕では、勝ち目がないと言っただけだ。――この勝負は、既に私の勝ちだ」
折られた触手を再生させ、再びロキが大きく踏み込んだ。斬九郎はやれやれと言ったように嘆息し刀を構えようとして――「な、んだァ?」目を見開いた。刀を構えるどころか、左腕に全く感覚がなかった。
「バカめ! 先ほどの立ち合いで、私の刃が貴様の左腕をかすめていたことに気づかなかったのか!」
ロキの猛襲を捌こうとするも一歩遅く、今度は切っ先が太ももの内側をかすめた。
斬九郎は距離を取ろうと飛びすさるも、着地した瞬間、無様にもんどり打ってその場に倒れた。
「な、腕と脚が、動かねェ、いったいこいつァ……」
「言い忘れていたが私の怪人細胞のベースは【スベスベマンジュウガニ】強烈な麻痺毒をもつ最強最悪の毒ガニだ。私の刃は全て猛毒の牙、手品と侮ったのが貴様の敗因だ!」
ロキは、傷を負っていない方の脚も切っ先で弾いた。
「これで貴様は戦うことはおろか立つことすらできない。しばらくそうして敗北を噛みしめていろ、なに、用が済めば解毒剤を渡してやる」
そう言って立ち去ろうとするロキの背中に、嘲るような笑いが浴びせられた。
「……なにがおかしい」
「いやね、俺ァ首を切られたわけでも腹をかっさばかれたわけでもねェ。ただ、両脚と左腕が動かないだけだぜ? だのに勝ちだの負けだのと、随分とお優しいんだな」
「そのザマで強がりを言うな。立てぬどころか、刀になるようなものも近くにはない。貴様の負けだ」
「勝てないから負けだと認めてほしいの間違いだろ、えェ? スベスベマンジュウガニのお嬢ちゃんよォ」
「黙れ。その名で呼ぶな。私は千刃のロキだ」
「頭が乗っかってるうちは何度だって言ってやるぜ、スベマン嬢ちゃんよ」
「黙れ!」ロキが斬九郎に向き直った。「よかろう、二度と軽口たたけぬよう、望み通りそっ首はねてくれる!」
『あ、おいやめろ、ロキ! 絶対に殺すなという命令を忘れたのか!』
便次郎の静止もきかずロキは倒れた斬九郎めがけ刃を振り下ろした。
犬の断末魔のような音が響き、紅蓮の破片が宙を舞った。
「な、んだと……!」
刃を振り下ろしたその格好のまま、ロキがうめいた。
兜を叩き割られ、剥き出しになったロキの白い喉元に白刃が突きつけられていた。
「貴様、どうやって……刀になるようなものなど無かったはず――はっ!」
ロキは気づいた。斬九郎の麻痺した左腕から先が切り取られたようになくなっていた。
「まさか、貴様、使ったのか、麻痺した左手を刀の柄にして――腕そのものを仕込み刀に変化させたのか!」
斬九郎は俯いたまま何も言わなかった。
「何をしている、殺せ。それが貴様の言う決着なのだろう、なぜ刃を止めた!」
「殺せるわけがない。俺に……梅子先生、あなたを殺せるわけがないじゃないですか」
斬九郎は涙に塗れた顔をあげ梅子を見た。それはもはや、伝説の人斬りの目ではなかった。
「真柴……先生」
「梅子先生、お願いします。こんなことはやめてください。あなたは優しい人のはずだ、俺はこんなことをするあなたを見たくはない!」
「私は千刃のロキだ。貴様の知る露木梅子は仮初めの姿で、これが私の本来の――」
「子ども達が見ています。あなたを信じ慕った子ども達が、あなたを見ています」
ロキははっとして周りを見渡した。いつの間にか子ども達の不安げな眼差しが、彼女を囲んでいた。
「うめこ先生……ダメだよ、ざんくろー先生となかよくしなきゃ……いやだよ!」
子どもの一人が泣きながらロキに駆け寄った。それから堰を切ったように子ども達がロキを取り囲んだ。すがりついて泣く子どもを悲痛な目で見つめていたロキはふいに立ち上がると、目を閉じ武装を解いた。
「私の……負けです」
そう言って子ども達をひし、と抱きしめた。
その光景を見ていたマッドが、ふう、とため息をついた。
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったが。一件落着といったところかな。さて便次郎、ワシらは今からシンイチのもとへ向かうがまだ何か文句があるか――」
言い終わる前に凄まじい轟音と共に、保育園の壁が砕けた。「な、今度はなんじゃあ!」ぶち抜かれた壁の破片の中から、金色の翼が姿を現した。
「み、ミカエル! どうしたんじゃ、お前ともあろうものが、こんなにボロボロになって!」
「マッドさん……シンイチを、早く。俺では太刀打ちできない! あの化け物が、シンイチの所へ辿りついてしまう前に、早く!」
ミカエルが指さす方を見て、マッドは息を呑んだ。
曇天の下、巨大な影が西園家へ向かってゆっくり歩を進めていた。




