第八話 チンピラ、がんばれ!(後編)
「僕が……ヴィラン協会の……ボーナス少年……?」
シンイチは呆然と鉄仮面を見た。
「そうなんじゃ。君を一週間監禁することができれば、向こう一年は組織を運営するだけの報酬がもらえるんじゃよ! じゃから、ワシらを助けると思って、頼む!」
「ちょ、ちょっと待って、待って。整理させてよ」
すがりつく鉄仮面を制し、シンイチはゆっくり深呼吸した。地面に散らばった小銭を拾うように、自分の頭の中の疑問を一つずつ掬い上げた。
「まず、そのヴィラン協会ってのは、悪の協会なんでしょ? それがどうして僕をボーナス少年に指定するんだよ。悪を広めるのが目的なのに、なんで悪事を行わせる対象をわざわざ絞るの。おかしいでしょ。まるで誰かと競わせたがっているみたいに――」
「それは私が説明するわ、シンちゃん」
そう言ったのはシンイチの母・西園ナツルだった。
「……なんでママが説明するの?」
「わかば町にはヒーロー協会があるのは知ってるわね?」
「いや、だからなんでママが」
「そしてあなたがヒ協公認のボーナス少年だということも知ってるでしょう、でもおかしいと思わない? あなたがさっき抱いた疑問はヒーローにもそのまま当てはまるわ。善行の対象を絞るようなシステム……どうしてだと思う?」
「キャッチボールしてよ。会話の一方的な殺戮かよ」
「どうしてだと思う?」
「そうでもしなきゃあいつら人助けなんかしないからでしょ」
「大正解よ」
「大正解なのが大問題だよ」
「初めは確かにそうだった。けれど、せっかく常人離れした能力をもつヒーローたちが、せいぜいチンピラをこらしめたり、雨の日に傘を持ってきてあげたりするだけじゃ、あまりにも宝の持ち腐れ。ヒーローだったら怪人と戦ったりしなきゃ、そうでしょ? だから産まれたのよ、ヒーローと対をなす怪人の協会――ヴィラン協会が」
ナツルは薄く微笑んだ。
「ヒーローと怪人が本気の勝負を繰り広げる――ボーナス少年であるあなたを巡ってね。その様子を見てもらえば、わかば町の知名度は爆発的に高まるわ。つまりこれは、わかば町のプロモーションを兼ねた、大規模な町おこしなのよ。わかった?」
「ようやく僕のターンだから聞くけど、ヒーロー協会はともかく、ヴィラン協会なんてもののことまでなんでママが知ってるんだよ」
「だって私が作ったんだもん」
「――はあ!?」
「だってえ、もったいないじゃない。せっかくヒーローがいるのに怪人がいないなんて……そう思ってたら、私の友だちにそういうノウハウを持ってる人がいてね。ちょうどいい機会だから怪人専用の協会を作ろうってなって ――あら、どしたのシンちゃん、ぼうっとしちゃって」
「ママが全ての元凶だと知ったときの表情、まだ学校で習ってないんだよ」
「とにかくそういうことだから、ウロボロスの名を町内に知らしめるためにも、今回は鉄仮面さんに協力してあげてねシンちゃん」
「いや、協力って言われても……」
「お願いよシンちゃん、欲しがってたダッコちゃん買ってあげるから、ね?」
「何年前のブームだよ。欲しがってたとしても僕の前世だよ」
シンイチは釈然としない顔でナツルを見た。
「もう一つ、わかんないことがあるよ。さっきヒーロー達が戦う様子を見てもらう、って言ってたけど、どういうこと? 誰かがどこかで僕らのことを見てるの?」
「あら、気づいてなかったのね。もちろん見てるわよ、コレでね(・・・・)」
そう言ってナツルは虚空の一点を指さした。
*
「あびょぇっ!」
何度目かの悲鳴と共に、亡者の群れからチンピラがはじき出された。
「……ねえ、さっきから全然進んでないんだけど」
「うるせえ! 一日にこんだけハルマゲドンに挑んでんの、宇宙広しと言えど俺ぐらいだぞ! 俺のがんばりがハリウッドで何回映画化できると思ってんだ、死んでないだけ有り難いと思えや!」
「かっこいいこと言ったわりに大したことないんだね」
「テメーは鬼か。いいから見てろ、次こそ突っ切ってやんぜオラァアアア!」
チンピラが怒号を上げながら亡者の群れの中に突進した。
「おらおらおら退け退けどけどけどけどいてください! お願いします本当どいて! ちょっとだけ通してちょっとだけ! はい通りまーす! 迷子が通りまーす! 道開けてくださ~い! あ、痛てっ、いってーなクソ死人テメー今肩ぶつかったろ!
……あ、いえ、すいません、いやそんなつもりじゃ――ぎゃああああ! やめてやめてやめて! すいませんしたすいませんした! 押すの止めて押すの止めて『もぉ~!』みたいな感じで押すの止めて! 落ちるから! 地獄の門あきっぱなしだから! お宅んとこの地獄戸締まりガバガバだから! すいませんすいません、すいませぇーん!」
……。
「ほんっと使えない」
「その悪魔みたいなところお母様にソックリだわ」
「ザリガニさんに頼った私がバカだった」
「うるせえ、もう一回だもう一回! 今度は天使の側から行ってやる。天使なら味方だしな、人間を追い出すようなマネはしないはず! 行くぞオラァ!」
もう一度、今度はミカエルの戦列にその身をねじ込ませた。
「すいませーん俺たちも仲間に入れてくださーい! ……え? いや俺はホラ、味方ですよ味方、あのベルゼバブってやつを倒しにきたんすよ! だから一緒にチカラ合わせて――は? 身分証? 所属? 天界? いや俺見ての通りザリガニだし……え、こっち? こっちに行けばいいの? いいのね?
……あのう、すいません何かあそこの羽根生えた人から、こっちの羽根生えた人んとこ行けって言われたんすけど……あ、これにサインと? 来歴と資格? あんたザリガニの俺に来歴と資格聞いてます? 書いたら行っていいすか? ダメ? 審査に最短で……三日!?
ふっざけんなこっちゃ急いでんだバカ野郎! ――あ、いや、すいませんそんなつもりじゃ――え、何その構え。掌光ってるんですけど何? 潔癖症? 石けん使いすぎた? えっと、すいません呪文みたいなのやめてもらっていいすか――うぼぉぇっ!?」
突然天使の手から放たれた光弾がチンピラを吹き飛ばした。赤い弾丸と化したチンピラとゆうこはミカエルの戦列を越え、亡者の群れを通り過ぎ、やがて――。
「――ぎゃん!」
悪魔の本陣、ベルゼバブの元に無様に着地した。
「何だ、貴様ら」
ベルゼバブは足下に転がるチンピラと、それに抱きかかえられたゆうこを一瞥した。
「――ひっ、あ、悪魔! じゃねえ、お母様! いや、あの俺はその、娘さんを――」
着地の衝撃で目を回したゆうこの頬をぺちぺちと叩いた。
「おい、ガキ、目ぇ覚ませ! 連れてきてやったぞ! お前のママだ! お前のデーモンペアレンツだよ!」
「ま、ママ……ママなの?」
「娘……だと」
「ま、ママ、そうだよ、私だよママ! もうやめて、正気に戻ってよ! 私はもう大丈夫だから、ね?」
「……フン。この身体の、前の持ち主の娘か。残念だったな小僧、貴様の母親は既にいない。この身体は既に、万魔の王・ベルゼバブ様のものだ! クァーハハハハ!」
「そ、そんな……ママ!」
「目障りな小娘だ、一足先に貴様から始末してやろう。案ずるな、母親の魂もじきに送ってやる――死ねい!」
「あ――危ねえ!」
ベルゼバブの掌に満ちた闇が迸る一瞬、ゆうこを庇ってチンピラがその前に躍り出た。
放たれた漆黒の一撃はチンピラを直撃する。強靱であるはずのザリガニ装甲は粉々に砕かれ、チンピラはその場に倒れ伏した。
「ざ、ザリガニさん?」
「逃げ……ろ……ガキ……」
「フン、まだ息があるか。亡者ども、その目障りな虫を喰ろうてよいぞ」
「ママ、やめて!」
倒れたチンピラの下に地獄の門が開いた。
呪詛と共に這い出た青白い手が、チンピラの身体をゆっくりと門の内側へと沈めた。
「ザリガニさん、起きて! ザリガニさーーーーーーん!」
薄れゆくチンピラの意識に、ゆうこの叫びは届かなかった。
*
「何これ、虫? カメラ?」
シンイチは掌の上に乗せた微少のドローンカメラをしげしげと眺めた。
「そうよ、昆虫型のステルスカメラ。わかば町の至る所にあるわ。その子たちが記録したヒーローの映像を編集したものを、各国のテレビ局に売ってお金にしてるの。そうして得たお金が今度は報酬として支払われる。その報酬目当てにヒーローと怪人が頑張る……どう? 素晴らしいサイクルでしょ?」
「待ってよ、じゃあつまり、ヒーローと怪人の戦いは全部……茶番ってこと?」
「言ったじゃない、これは町おこしだって。町を活性化させるためのお祭りなのよ」
「とはいえ、本人たちは知らんがな」
鉄仮面の男が割って入ってきた。
「このカメラのことは誰も知らん。知っておるのはワシとナツルさんと君と……この映像を見て編集しておる何者かだけじゃ。組織の怪人たちも知らん。彼らには、ヒーローを足止めしろと命じただけじゃ」
「足止めって、僕をさらうまでの時間稼ぎってこと?」
「まあ、うん、そうじゃな」
「組織の赤字を解消するために、このドブ臭い金儲けに協力したってこと?」
「えっと、そう……そうとも言う、かな」
「声が小さいよ」
「すいません。そうです」
シンイチは机を力任せに叩いた。
「冗談じゃないよ。冗談じゃないよ! 何考えてるんだよママも、鉄仮面のお前も! 怪人とヒーローたちの戦闘が茶番だからって、本人達は真剣に戦ってるんだろ、僕を守るために! 万が一何かあったらどうするんだよ、僕は決してヒーローがまともな人間だとは思わないけど、それなりに愛着があるんだよ! ギャグで飼い始めたミミズが段々可愛く見えてくるような気持ちに近いけど、なんだかんだ僕のことを気にかけてくれるヒーローが好きなんだよ! それを、こんな!」
「気持ちはわかるわシンちゃん。でもね……儲かるのよ?」
「子どもを説得するのに一番不向きなセリフだよ!」
「落ち着いてくれシンイチくん、大丈夫じゃ。君の心配するようなことは何もないんじゃ!」
「何が大丈夫なんだよ!」
「ワシらだって殺し合いを望んどるわけじゃない! そ、それに、いくら改造怪人とはいえヒーローとまともに戦って勝てる見込みは少ない。奴らは根っからの超人じゃし、そもそも大天使ミカエルとかベルゼバブとか、あんなもんどうすればいいんじゃ、そうじゃろ?」
「む……まあ、それは確かに」
シンイチは考え込むように腕を組んだ。
「じゃからそういう化け物には立ち向かわんよう指導しておる。彼らにできるのはあくまで足止め。それ以上は、こっちの命に関わるんじゃ。だから大丈夫、大丈夫じゃ!」
「……」
「信じてくれシンイチくん。ヒーローや怪人に万が一があったときに備えて、我が組織の医療班も常に待機しておる!」
「本当だね? 嘘ついてたら、目の中にゆっくりムカデ入れるよ?」
「最近の小学校って拷問の授業もあるの?」
シンイチは浅く息を吐いて、目を閉じた。
「わかった。信じるよ。確かに殺しても死ななそうな連中だしね。けれど本当に万が一のことがあったら、僕は許さないからね」
「その点は安心してくれ。もっとも、こっちとしてはヒーローを倒すどころか、やられないようにするのが精一杯じゃがな」
「巨大怪獣とかいれば、もっと面白くなるのよねえ」
「いやあ、いくらワシらの組織でも巨大怪獣まではちょっと……」
「残念だわぁ。でも造れるようになったら言ってくださいね、ハリウッドに売り込みに行っちゃうから!」
「ママ、いい加減にしなよ」
「あらやだこの子ったら、こんな殺意どこで覚えたのかしらオホホ」
憮然とした表情のシンイチをよそに、ナツルと鉄仮面はカラカラと笑った。
*
「……寒い」
青白い亡者の腕に絡め取られたチンピラは、無限に落ちてゆく暗黒の中でそう呟いた。
「死ぬのか、俺、こんなところで」
徐々に感覚のなくなっていく身体が、いやが上にも死を実感させた。
「いやだ、いやだ、俺はまだ一度も成功体験してねえじゃねえか。あのクソガキにだって、やられっぱなしで、いやだ、こんなのはいやだ――」
――ならば、力が欲しいか。
ふいに声が聞こえた。改造されたときのように、外からではない。
紛れもなく自分の内側から響く声だった。
――力が欲しいか。全てを破壊しつくす力が。
欲しい、とチンピラは言った。ヤスリをかけられたように掠れた声しか出なかったが、それでも言った。
――全てを捧げるか。力のために、己の全てを犠牲にできるか。
欲しい、欲しい、欲しい、誰にも負けない力が――欲しい!
そう叫んだ瞬間、声は聞こえなくなった。
地獄が反転し、目の前が光に満ちた。
チンピラの中で、何かが爆ぜた。
*
「さて、邪魔者も消えた。次は貴様の番だ」
「ママ、やめてよ、いつもの優しいママに戻ってよ!」
振り上げたベルゼバブの腕が一瞬止まった。
「フン……母親の人格が悪あがきをしたか。だがこの身体は既に我のものだ! 小娘、貴様の命を持ってその証明としてくれる! 今度こそ死ねい――ごぼぉ!?」
腕を振り下ろそうとしたその刹那、ベルゼバブの身体が凄まじい勢いで弾き飛ばされた。
「な……なんだ、貴様、何者だ!」
問いかけに答えはなく、さらに強烈な一撃がベルゼバブを見舞った。
「ぐっ……この、虫けらが! 図に乗るな!」
全霊を込めた漆黒の一撃が迸った――が、その何者かの装甲に弾かれ、呆気なく霧消した。
「き、効かぬだと? 我の全力の一撃が!?」
狼狽えるベルゼバブの頭上に、巨大な鉄槌が出現した。避ける間もなく振り下ろされたその一撃は、ベルゼバブの防御結界をいとも簡単に突き破り、開かれた地獄の門をことごとく粉砕し、運動場に蔓延る亡者たちを紙くずのように吹き飛ばした。
「な、なんだ、あの化け物は……」
突如崩壊したベルゼバブの軍勢と、その真ん中に聳え立つ巨大な影。
理解の及ばぬ異様な光景をミカエルは呆然と見つめた。
前方に見えたその何者かが、再び鉄槌を振り上げた。瞬間、焼けた鉄槍で全身を貫かれるような予感がミカエルを襲った。
「――いかん! 退け、退けい! 全軍撤退――うおあっ!?」
叫ぶも遅く、虚空を薙いだ一撃は天使の軍勢を呆気なく崩し、さらにはミカエル自身をも吹き飛ばした。
――ク……クゥ……ソ……ガァ……キ……。
頭上から声とも唸りともつかぬものが聞こえた。天使と悪魔を一撃のもとに叩き伏したその怪物は、ゆっくり身を起こした。
――クゥ……クゥソガキィ!
両の手に携えた巨大なハサミを振り上げ、神を威嚇するようにそれは吼えた。
その時、ミカエルは初めて怪物の全貌を見た。
「なんだ、あれは、まるで――」
天を衝くような怪物――地獄を呑み込んだ悪夢の化身を見た。その姿を見た。
「――まるで……カニ……巨大な……タラバガニ……?」
突如現れた巨大なタラバガニは、クソガキ、クソガキとうわごとのように繰り返しながら、いずこへと消えた。




