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町内のヒーローから過剰に好かれてるぜ! シンイチくん  作者: 三村
激突! 悪の秘密結社ウロボロス! 編
15/26

第三話 ザリガニチンピラ、運命の戦端を開け!

「海だーーーーー!」


 どこまでも続く青い空と、彼方に広がる水平線。そして人でごったがえすわかば海浜公園のビーチに、シンイチの嬉々とした叫びがこだました。


「早く着替えようよゆうこちゃん! ほらほら!」

「あ、う、うん、待って、荷物が……」

「荷物はあとで持って行ってあげるから、シンイチくんと行ってらっしゃい」

 ゆうこの母・牛尾涼子はそう言って、彼女にだけわかるように目配せをした。

「死なない程度に危ないところや死なない程度に沖の方は行っちゃダメよシンちゃん、死は金になるけど怪我は損しかしないんだからね?」

 車からパラソルを降ろしながらシンイチの母・西園ナツルは微笑んだ。


「ほら、ママもこう言ってるから行こうよゆうこちゃん!」

「う、うん! あの、でも……」

「大丈夫だ、いざとなれば僕の名を呼びたまえ。どこにいようとこのゴールデンホークのリョウが駆けつけるからな!」

 リョウはどん、と拳で胸を叩いた。

「調子に乗ってられるのもいまのうちよ小娘……今日という今日は第二次性徴の壁というものを……嫌というほど思い知らせてあげるわ……」

 マリーは喪服の袂で口元を隠しながら不気味に笑った。

「海か……オモシロそうなデータが取れそうじゃの」

 マッドは顎髭を撫でながらぼそりと呟いた。

「博士 イルカ ガ 膨ラミ マシタ」

 イモニカイザーは胸部の収納スペースからイルカの浮き輪を取り出した。


「あの、この人たち、シンくんが呼んだの……?」

「驚くべきことに誰一人呼んでないんだよね」

「水くさいなシンイチくん! 海と言えば太陽、太陽といえば僕じゃないか!」

「一人だけ抜け駆けしようなんて……私の動脈が赤いうちは許さないわよ……」

「大丈夫じゃシンイチくん。ワシらはあくまで水質調査のために赴いただけで、カイザーはただの助手。君らに迷惑はかけんぞい! な、カイザー!」

「博士 早ク イキマショウ 私 海 初メテナンデス ネ、ネ、早ク」

「ねえシンくん、この人たち大丈夫? 一番ロボい人が一番人間臭いリアクションしてるけど……?」

「気にしないでゆうこちゃん。ダシの出ないコンブと同じ扱いしていいから」


 和気藹々とビーチへ向かうシンイチ一行。

 そんな彼らを、海中から凝視するひとつの影があった。


「クックック……まんまと楽しんでやがるな、俺がいるとも知らずに!」


 水中にカメラを構えた異形の怪人が一人。

 巨大なザリガニへと変貌を遂げたその姿にかつての面影はない。肩に引っかけた趣味の悪いアロハシャツだけが、かろうじて彼が人間だったことを証明していた。


「前回は卑怯にも変身中を襲われ不覚を取ったが、今回は違う。なんたって最初から変身を完了させているんだからな! さらに海なら俺のザリガニ姿も違和感がない! ごくごく自然に偵察できるというわけだ、ガハハハー! やはり俺は頭が良すぎるな! 日経新聞取るのも時間の問題だな!」


 チンピラの高笑いは細かい泡となって水面を揺らした。


「ねえママ、あそこにでかいザリガニが沈んでるよ」

「しっ、夏のいたずらよ」

「でもママ」

「二度言わすな小僧」


 *


「ぐ、ぐぐ、ううう……」


 ゆうこが砂だらけの膝をつかんでうなった。彼女の目の前には、精巧に作られた砂の城が威を張る。自身の作った稚拙な砂の城とそれとを何度も見比べるゆうこを見て、マリーは勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「あら……どうしたのかしら……? 砂細工が得意というから……わざわざあなたの土俵で勝負してあげたのに……そんな顔するなんて……うふふ。どうやら、スタイルも手先の器用さも……私の圧勝のようね……」


 そう言ってマリーは身につけたチューブトップビキニの胸元を腕で寄せてみせた。


「マリー、大人げないよ。ていうか今さらだけど海でそんな格好してて大丈夫なの? また汗で血まみれになったりしない?」

「ふふ……私、この間、自分のクローンを作ったとき気づいたの……。血液で、皮膚と寸分違わない見た目の層を作って……全身にうっすら貼り付ければ、あんな無様を晒すことはないとね……」

「へえ、それじゃ皮膚の上から皮膚を着てるような状態なんだ」

「――なるほど、だから君のバストは普段より三センチほど増量されているんだな」

「なっ……!?」

「パパ、息子の交友関係に全力で亀裂入れるのやめてよ」


 シンイチの父・西園サカキの視線から庇うように胸を隠したマリーを、今度はゆうこが勝ち誇ったように見た。


「へえ、ズルしてたんだ? やっぱり、前あったときより胸おっきくなってる気がしたもん、私も! 気づいてたもん! ズル! ズルパイ!」

「ズルパイですって……たとえそうだとしても……あなたの身体が貧相なことに変わりはないわ……!」

「私はこれから成長するもん! 胸だってアンジェリーナ・ジョリーみたいになるし、お尻はビヨンセだし、目元はチャン・ツイィーで笑ったときの口元はオドレイ・トトゥで死生観は瀬戸内寂聴みたいになるもん!」

「国際色豊かな白昼夢だねゆうこちゃん」

「私はマリーさんみたくズルはしないもん! そんなズルな人が作った砂のお城なんかより、全然私の作ったお城の方が魅力的だし!」

「言うわね小娘……だったらシンイチくんに決めてもらいましょう。どちらの砂の城が魅力的か……どちらに住みたいか!」

「望むところ! さあシンくん、選んで。私とマリーさんのお城、どっちに住みたいか!?」

「えっ、ええっ? いやそんなこと急に言われても」

「シンちゃん、小さい方に住んで大きい方は分譲にしなさい。長期的に見てその方が儲かるわ」

「ママはマジ黙っててよ」

「さあ選んで、シンくん!」「選ぶのよ……シンイチくん……!」

「いや、あの、ちょっと、ぼ、僕は――わぁぷっ!?」


 突然の高波がシンイチたちを襲った。けほけほと咳き込む一同の中で、ゆうこが砂浜を見て悲痛な声をあげた。


「わ、私のお城が……せっかく作ったのにぃ……!」


 ゆうこの城は波にさらわれ、見るも無惨な砂の塊と化していた。


「あぁ……でも、仕方ないよ。ほら、砂のお城は儚いものだからさ、勝負も引き分けでいいんじゃないかな? マリーのお城もさっきの波で崩れちゃっ……てない!」


 高波を思い切りかぶったはずのマリー城は、心なしか城壁のあちこちから血のようなものが滴ってはいたが、相変わらずその威容を保っていた。


「ほほほ……こんなこともあろうかと……砂に私の血を練り込み、強度をあげておいたの……。血のコンクリートで作られた我が城は……高波程度ではビクともしないわ!」

「その悪魔城あとでちゃんと片付けときなよ」

「わ、私もう一度作る、もっと頑丈なお城にする!」

「ふふふ……何度作ったって無駄よ……波にさらわれておしまい……。やはりシンイチくんが住むのは……私のお城……いかなる災害も砕けない、強固な愛の城に――」


 言い終わる前に、マリー城はけたたましい音を立てて粉みじんに砕け散った。絶句するマリーの視線の先で、ゴールデンホークのリョウが城の残骸の上に仁王立ちしていた。


「やあこんなところにいたのかシンイチくん! お腹は空いてないかい!? ちょうどさっきそこで食べ物と飲み物を調達してきたんだ、よかったら君らもここら辺でお昼に――おや? マリーくん、どうしたんだい凄い顔で睨んで……あっ、痛い、こら、痛い痛い痛い! ちょ、やめて、無言で殴るのやめて、えっ、なになに? 何かした? 僕何かした? し、シンイチくん助けて、シンイチくん!」

「ゆうこちゃんあっち行ってみようよ、なんか人だかりができてるよ」

「シンイチくーーーーーん!」


 *


「くそっ、人だかりが凄くて全然見えねえ!」

 

 岩場の陰からカメラを構えたチンピラが苛立った声を上げた。彼のカメラは砂浜に出来た人だかりに向けられていた。その人ごみの中心にマッドとカイザーと思しき人影は見えるも、離れた位置からは何をしているかよくわからなかった。


「こんなとこまで来て、撮れたのが砂の城と女の口げんかじゃ格好つかねえ、せめて何やってるかだけでも撮ってやる!」


 ザリガニ姿のチンピラは岩場から離れ、音を立てないよう水中を進み、ギリギリ全身が隠れる程度の浅瀬まで近づいた。


「もうちょい、もうちょい近づけば――」

「――まったく、マリーくんてば本気で殴るんだもんなあ……。傷口についた砂を流したいが海水が染みる……痛たたた――ん?」

「お?」

「……」

「…………」


 *


「――こんなとこで何やってんの、マッド」

「おお、シンイチくん! ちょうど呼びに行こうと思ったところじゃ!」


 白衣にビーチサンダルという出で立ちのマッドが朗らかに手をふった。

 その後ろにカイザーが見えた。カイザーは波打ち際で、体育座りのような格好のまま身動ぎもせず、時折しゅぽしゅぽと頭から蒸気を吐き出していた。


「これこれ、どうじゃ、一つ食べてみい!」

「なに、これ……肉まん?」


 マッドから渡された包みを開くと、中から湯気たつ肉まんが現れた。


「凄いじゃろ。カイザーの機能を拡張して、海水と、水中に含有されるアミノ酸から食料を合成することに成功したんじゃ!」

「それでこんなに人が集まってたんだね」

「なあに、ちょっとした小銭稼ぎじゃて。元出はタダみたいなもんじゃからな! それよりシンイチくんも何か食べるか? 何でも作れるぞい、たとえば肉まんにちまき、筑前に、太刀魚の煮付け……ピクルスもできるし……七草がゆに……雑煮……あ、ボルシチなんかどうじゃ!?」

「すごいけど季節感皆殺しにするのやめてよ」

「シン・イチ 私 海水浴ハ 初メテデスガ 結構 楽シイ」

「もはや何も言うまい」

「ま、マッド! カイザー! し、シンイチくん、大変だ!」


 そんな声と共に、上空からリョウが降り立った。

 

「ど、どうしたのリョウ? そんなに息を切らして……」

「出た、出たんだ。また現れたんだあの怪人……ザリガニ男のチンピラがまたいたんだ。今度は完全に変身した状態で!」

「なんだって!」

「さっきたまたま遭遇したんだ。捕まえようとしたんだが、逃げられてしまって――」


 リョウの言葉を遮るように、岩場の方から悲鳴があがった。


「……奴だ。くそう、今度こそ逃がすか!」

「待ってよリョウ! 自業自得とはいえ、マリーにやられた怪我が治ってないじゃないか。そんな状態で完全に変身したチンピラを相手にするのは危険だよ、自業自得とはいえ!」

「ダメだ、ここで逃がしてしまえばもう二度と捕まえられない! それに奴はまたカメラを持っていた。今度は防水機能つきのちょっと高いやつだ!」

「リョウ! オークションで小銭を稼ぐのと自分の命、どっちが大事なんだよ!」

「……シンイチくん、僕は皆に笑っていて欲しいだけなんだ。そのためには僕の命なんて惜しくはない」

「リョウ……」

「皆の心からの笑顔と『とても良い出品者でした』と言う言葉、それだけあれば充分さ!」

「やっぱ小銭稼ぐ気満々じゃねーか」


 リョウは天高く舞い上がり、一直線にチンピラの元へと向かった。リョウの接近に気づいたチンピラが、海の中に身を隠そうとする間も与えぬほど一瞬だった。


「もう逃がさんぞ、怪人め! 観念しろ」


 リョウはチンピラの腕をがっしと掴んだ。

 チンピラは、くくくと不気味な笑みを漏らした。


「なんだ、何がおかしい!」

「変身した俺が、固いだけのザリガニ野郎だと思ったか?」

「な、なに、この力――うおお!」


 ハサミ状の手でリョウの腕を掴み返し、そのまま一本背負いの要領で海の中に放り投げた。海面に顔を上げたリョウは、チンピラが姿を消していることに気づいた。逃げられたか――そう思った刹那、背筋を悪寒が突き抜けた。

 リョウの足首を、何者かが恐ろしい力で掴み、さらに海中へと引きずり込もうとしていた。


「ま、まずい。ホーク・ウィング・トルネード!」


 リョウは咄嗟に身体を回転させ海中に渦を発生させた。足首を掴む力が弱まった瞬間、渾身の力で海中から脱出した。


「あ、危なかった。もう少し遅ければ、引きずりこまれていた!」

「まったく……見ていられないわね……」


 波打ち際でリョウとチンピラの戦闘を見ていたマリーが、ゆっくりとその身を海中に沈めた。


「マリー! 離れろ、水中はやつの独壇場だ! 水中はまずい!」

「水中がまずい……? だれに言ってるの……水中がまずいのは……やつの方よ」


 マリーの身体が触れた海水が見る見るうちに赤く染まり、さらに加速度的な速さで広がっていった。


「ミダスの紅き海――さあ……早く顔をあげないと……血の海があなたを押し潰すわよ……?」

「ひ、か、怪人! 怪人だ!」「血まみれの女だ! みんな早く逃げろ!」「血が、血の海がどんどん広がっていくぞ! ひいいいい!」


 真っ赤に染まる海から海水浴客が次々飛び出してくる。

 ビーチは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「マリー! 大丈夫大丈夫! 良い意味で怪人だから! 良い意味で血の海だから! 気にしないで大丈夫だよ!」

「うふふ……シンイチくんたらフォローがド下手……そこもかわいいのだけど……」

「マリー! 君の居る場所から前方三十メートル先、深度七メートルの海中だ! 僕のホーク・アイがそこで怪人を捉えた!」


 リョウの指示した場所に血の海が伸びていく――が、そこでマリーの動きが止まった。


「だめ……石の下か……障害物の中にいるみたい。私の血が……とどかない」

「くそう、いよいよザリガニめいて来たな……万事休すか!」

「なーにが万事休すじゃ、お前らワシを忘れとりゃせんか?」


 その声と共に、何かが血の海を飛沫あげて一直線に突っ切った。


「ま、マッド、それは一体!?」

「これぞカイザーの新形態、漁船フォームじゃ!」


 漁船と化したイモニカイザーのデッキでマッドが高笑いした。よく見ると、デッキにはマッドの他にも乗員がいた。シンイチたちを含む、ビーチで遊んでいた子どもたちだった。


「子どもたちを連れて何する気だ、マッド! 危険だぞ!」

「なーにを言っとるんじゃい。ザリガニに関しては貴様ら若造よりワシの方が何倍もよく知っておる! 黙ってワシに任せればいいんじゃ!」


 言ってマッドは子どもたちに何かヒモのようなものを配った。


「あの、マッド、これは?」

「ヒモの先にスルメをつけたものじゃ!」

「いやそれは見ればわかるんだけど、まさかこれで……?」

「そう! これを奴の居る場所に垂らし、奴がエサに食いついたところを一気に引き上げるんじゃ! どうじゃ、名案じゃろ!」

「急に作戦が馬鹿馬鹿しくなったと思ってるよ」

「ぐずぐず言わんと、さっさと始めんかい! ほら、君らもじゃ!」


 マッドに促されるままシンイチたちは血の海に、ヒモのついたスルメを垂らした。

 しかし、いくら待てども、ヒモはぴくりともしなかった。


「うーむ、おかしいのう……」

「この場で一番おかしい奴がそのセリフ言う?」

「ワシが子どもの頃は、これで嫌と言うほどザリガニ釣れたんじゃがのう……」

「予想だけど、そのときは血の海でもなかったし、ザリガニも人並みの知能をもってなかったんじゃないかな」

「なーに、諦めるのはまだ早い! こんなときのためのバックアップ・プランじゃ!」

「えっ、まだ作戦があるの!?」

「当然じゃ! カイザー、用意せい!」

「アイ・アイ・サー」


 デッキの床が開き、中から箱のようなものが出てきた。


「マッド、これは?」

「ニボシじゃ!」

「ジジイこの野郎」

「まあ物は試しじゃ、もしかしたらこっちの方が好み――う、うおぁっ!?」


 突如海面が波打ち漁船が揺れた。同時に、船のすぐそばで水柱が上がり、何者かが海面から勢いよくデッキに乗り移った。


「……ジジイテメェこの野郎! 馬鹿にしてんのか俺のことをよお!」


 引きちぎったスルメを放り投げながら、ザリガニチンピラが怒号した。


「あっ……」「えーと」「……カイザー! やつをふん縛れ!」


 どこからともなく伸びたワイヤーがチンピラを雁字搦めにした。


「し、しまったああああああああ!」

「釣れた」「本当に釣れたよ」「な? な? ワシの言った通りじゃろ?」

「くそ、馬鹿にされすぎてついカッとなっちまった! く、くっそこんな縄なんか……」

「無駄じゃい。そのワイヤーは特別製じゃ、切れはせん」

「切れたところでもはや逃げ場もないぞ、チンピラ!」


 デッキに固定されたザリガニチンピラを、マリー、リョウ、マッドが囲んだ。


「さて、なかなか面白い見た目をしとるの貴様。突然変異のザリガニとはちょいと違う。外骨格組成や、内臓の仕組みがてんでデタラメじゃ。まるで人間を無理やり改造したような……まあそれは良いが。誰の差し金でワシらを偵察しておった? ん? 飼い主の名前を言ってみい」

「……カ」

「ん? なんじゃ、聞こえんのお」

「……誰が言うかバーーーーカ!」


 言うと同時に、チンピラは、ワイヤーに縛られた自分の身体を、皮ごとずるりと脱ぎ捨てた。


「へへーん! 馬鹿め、俺がただのザリガニだと思って油断したなバーカ! 俺はいつでも脱皮できるんだよ!」

「脱皮じゃと!? まるでただのザリガニじゃないか!」

「ただのザリガニだね」

「うるせーー! 次こそは覚えてろよクソガキとヒーローども! バーーーーカ!」


 チンピラはあらん限りの捨て台詞を吐いて、夕暮れの海の中へと消えていった。


「逃げられちゃったね」

「まあいいさ、目当てのものは回収できた」


 リョウはチンピラから奪った防水デジカムを手の上で遊ばせた。


「また来るかな、アイツ」

「何度来たって一緒だ。奴の目論見は僕の小遣いになるさ」


 リョウは胸を張った。マリーは退屈そうに欠伸を一つした。

 マッドだけは、チンピラの去った海をずっと見ていた。


「……来るのがあやつだけなら、な」


 そのかすかな呟きは、波間に砕かれて消えた。


 *


「カメラ、また奪われてしまったようですね」


 薄暗い部屋で、モニタを見ながら白衣の男が呟いた。

 隣に立つ鉄仮面の男は、何の感動もない声で、そうじゃな、と同意した。


「しかしおそらく本命には気づかれていません。奴らの能力は、蠅型ドローンカメラがしっかりと捉えました。そして――その弱点も」

「うむ。……あの新人のザリガニくん、怒るかな」

「怒るでしょうね。スケープゴートに使われたと知ったら。しかしまあ、彼に偵察が務まるとは最初から考えていませんでしたし、囮としては十二分の働きをしてくれました」

「怒るよね……。一回ご飯おごってあげたら、納得してくれると思う……?」

「気にしすぎです首領様。それよりも、作戦の方を――」

「う、うむ。指揮は便次郎、貴様に任せる。いよいよ我らウロボロスと、奴らヒーローの全面戦争じゃ」

「御意に」


 便次郎は、モニタに映ったマッドの姿を見て肩を揺らした。


「楽しみです。これでどちらがより優れているか、やっと決着がつく」

「お寿司……お寿司なら許してくれるかな……。タイ料理よりは、お寿司の方が許してくれそうだよね……」

「首領様、聞いてる?」


 言いながら便次郎はモニタの電源を落とした。

 彼は最後まで気づかなかった。

 モニタに映るマッドの視線が、そのモニタを見ているであろう者へ向けられていたことに――。

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