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町内のヒーローから過剰に好かれてるぜ! シンイチくん  作者: 三村
激突! 悪の秘密結社ウロボロス! 編
14/26

第二話 チンピラ、新たなる力の夜明け!

 わかば町の目抜き通りから少し外れたところにある建物。

 クラインの壷を無理やり模したように、どこが玄関かもわからないほどねじくれたそれは、近隣の子どもからナメクジビルの愛称で親しまれていた。

【プロフェッサー・マッド研究所】

 表札の代わりにそんな看板がぶら下がるそのビルの、かろうじて窓とわかる場所から、二人の男の姿が見えた。


「――マッド先生、他人はあまり信じてくれませんが、俺は本当に悩んでるんです。自分の底に眠る人斬りの記憶に……どうにかこれを封印する方法はないでしょうか?」

「斬九郎くん安心したまえ、このプロフェッサー・マッド、脳科学は専門中の専門じゃ。大船に乗ったつもりで任せるがよい! シンイチくんからの紹介でもあるしな!」

「本当ですか! でも、この頭にかぶった装置で一体何を……?」

「斬九郎くんの脳をマッピングしておるのじゃ。君の記憶の全容を把握できれば、それを操作することなぞ造作もないわい。たとえば記憶を呼び起こしたいときは、このボタンを押すと……」


 マッドが手元のリモコンを操作すると、斬九郎のかぶった装置から電流火花が散った。


「ああーーーーーー!? あばばばばば記憶、記憶が! 人斬りの記憶がーーーー! 闇に舞う血飛沫がーーーーー! 翻る白刃の先に伏せる男の姿がーーーーー! 俺が今まで斬り捨てた奴らの顔がーーーーーー!」

「そしてこれに昨日の夕飯の記憶を上書きする」

「あばーーーーー! 闇に舞うネギとごま油がーーーー! 翻るめんつゆの先に倒れるから揚げの姿がーーーーーー! 俺が今までおかわりしてきた白米がーーーーー!?」

「さらにここへ昔読んだ絵本の記憶を上書きする」

「あばーーーーー! 闇に舞うネギとぐりとぐらがーーーー! 翻るめんつゆさん、めんつゆさん、この世で一番美しいの誰ーーーーーー!? 俺が今までおかわりしてきたのは、ごん、お前だったのかーーーーーー!」

「なんか楽しくなってきたのう」


 マッドが斬九郎の記憶で遊んでいる頃、研究所から少し離れた大通りで、日傘を差したマリーが静かに歩いていた。人々の視線はマリーに釘付けだ。正確には、マリーの後を這う不定形な銀色の流動物に釘付けだった。


「姐御、マリーの姐御ってばよ! なんでダメなんだよ、なあ姐御ぉ!」

「ダメとは言ってないわ……嫌と言ったの……」

「俺っちはただ、姐御の血液の一部になって姐御の動脈や静脈に流されながら生きる意味について考えたいって言っただけだぜぇ? なあ、いいだろお!」

「答えは永遠にノーよ……」

「なんでだよお!」

「人類史上、上から数えた方が早いぐらい気持ち悪い頼み事だからよ……だいたいなんで私の血なんかになりたいの……」

「惚れっちまったからだよ! 一目見たときから、俺っち姐御にゾッコンなんだ!」

「お生憎様……私は心に決めた人がいるの……他をあたってちょうだい」

「くそう、強情な姐御だぜ……だったらこれならどうでえ!」


 ダザイは身をくねらせ、みるみるうちに姿を変えた。マリーは目を見開いた。


「えっ……シンイチくん……? やだ、シンイチくんがこんな近くに……逃げられる前に頭なでなでしなきゃ……はっ! シンイチくんじゃ……ない!」

「やっと俺っちに触ってくれたなマリーの姐御!」

「だましたわね……このゲボ水銀……!」

「姐御が普段俺っちをどんな風に呼んでるかわかって死にそうだけど、これで俺っちも姐御の血液の一部だ、やったあーーーー! ……あれ?」


 待てど暮らせど、ダザイは相変わらずのメタリックカラーから変化しなかった。


「か、変わらない? 姐御に触られたのに、血にならない! なんでだよ!」

「どうやら……あなたは液体ではなかったようね……残念残念」

「う……わあああん! 液体でも固体でもないなら、俺っちは一体なんなんだよ! なんなんだよおおおおお!」


 ダザイは慟哭しながら、蛇のような動きで通りを抜け住宅街を疾走した。そのうちの一軒の庭で、かぐわしい香りと共に芋煮鍋がことことと音を立てていた。


「マル・クン ソロソロ 芋ガ煮エタ頃合イ カト」

「あ、ほんと? よし、それじゃあいただきまーす!」

「……右から三番目のサトイモを二つ、鍋中央のネギを一つ、その脇にあるにんじんを一つに、そして豚バラを四切れ……だろ? 君が取ろうとしているのは」


 マルの取り箸を持つ手が止まった。


「なんでわかったか不思議か? 簡単だ、君は好物を我慢できない。だからイモと豚肉は必ず取る。けれどイモと豚肉を食べ過ぎるとお母さんから怒られるから、ネギとにんじんを申し訳程度に取ることでご機嫌をうかがう。豚バラは二切れ取ると見せかけ、四切れまとめて取るつもりだ。違うか?」

「あの、甲斐さん」

「おっと、箸の角度が変わったな。コンニャクを豚肉の上に乗せて、他人から取られるのを隠そうとしたな。そうだろう」

「ねえカイザー。なんでこの人連れてきたの」

「ツイテキタンデス」

「雀荘で全財産もってかれた後に芋煮の匂いがすりゃあ誰だって来るさ。それより賭けないか? 俺は目隠しをしてマル君が次に何の具を取るか当ててやる。もし当たれば鍋の肉は全て俺のものだ。準備はいいか? じゃあ当ててやろう、君がとったのは豚バラ二きれと――」

「ザンネン ハズレデス。ドウゾ マル・クン」


 カイザーはマルの代わりに具を皿に取り分けて渡した。


「あ、汚ねえぞカイザー、それじゃあ賭けにならねえだろ!」

「芋煮ハ 楽シク食ベルモノ。ハイ 甲斐=サンノ分デス」


 和気藹々と芋煮鍋をつつく彼らの姿をレンズ越しに見る男がいた。

 男はデジカムを構えたまま、着古したジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、叩きつけるように耳にあてた。


『もしもし、ワシワシ』

「俺だよ」

『おお新人くん、どうかね首尾は?』

「どうかねじゃねーよ、なんなんだよこれは」

『何って、ヒーローたちの偵察じゃけど』

「コソコソ隠れて奴らの日常隠し撮ることの何が偵察だよ。偵察っていうからには奴らのアジトなり本部なりに乗り込んで、弱点を暴き立てるとか、そういうのだろ! そういうの期待したの! 俺は!」

『アジトとかあるの?』

「あると思ったの! 偵察って言葉からそこまで想像を広げたの俺は! 若いから! なのになんだよこれ、今んとこ撮れたのは、頭に電極刺して遊んでるジジイと告ってフラれた液体と庭で鍋つついてるロボとデブとバカだけだよ! なんだよこのホームビデオ! 披露宴で流すのかよ!」

『いや情報収集は大事なんじゃぞ? 弱点なんて結構些細なところから判明したりするもんだし、そもそも君の先輩もこういう地道な下積みから始めたんじゃよ』

「そんな説教聞きてーわけじゃねんだよ。せっかく改造手術受けたんだから、俺はもっとこう、派手にドンパチやりてーって言って――」

「――ちょっと、君」


 ふいに声を掛けられ、チンピラは電流を流されたように立ち上がった。いつの間にか後ろに見慣れた鷹のマスクをかぶった男、ゴールデンホークのリョウが立っていた。


「君、ここで何をしていたんだ」

「何って、電話……電話だよ。何か文句あんのかよ!」

「……見たのか?」


 リョウが声をひそめた。チンピラは「はあ?」と首をかしげた。


「僕があのスーパーマーケットから出てくるのを見たのかと聞いてるんだ。どうなんだ?」

「テメー、いったい何の話を」

「質問に答えたまえ! 僕があのスーパーから出て、胸元に隠し……てない! 隠してないし盗んでもないまるごとバナナを食べてるところを見たのか!? そんな、なんのやましさもない日常の一ページを目撃したのかと聞いてるんだ!」

「なんだよテメー、また万引きでもしたのかよ」

「し――してないし! なんでそんなこと言うし! 万引きなんてしたこともないし興味もないし! 万引き以外の悪事は全部やったけど万引きだけは断固としてないし!」

「うろたえすぎて初出のキャラになってんじゃねえか」

「五百人殺したことあるけど万引きはしてないし!」

「万引きのインパクト薄めようとしてとんでもねーこと口走ってんぞ」

「あれ? リョウ……とチンピラ? 何やってんの?」


 げぇ、とチンピラがえづいた。背後にシンイチがキョトンとした顔で立っていた。


「く、クソガキ、テメー何でこんな時間に!? 学校はどうしたんだよ!」

「いや、夏休みだから」

「シンイチくん、ちょうどいいところに! コイツが私の万引きしてない現場を目撃したかもしれないから問いただしていたんだよ!」

「だから見てねーつってんだろ!」

「貴様そんなこといって目を離した隙に警察に駆け込み、僕が万引きしたなどと通報する気だろう! 太陽に誓ってそれだけはさせん!」

「だったらテメーも警察来いよ。そこで白黒つけりゃいいだろ!」

「バッ、それだけはダメだ何言ってるんだ! 警察なんてコンニャクで出来た脚立よりも頼りないものに、裁きを委ねるわけにはいかない! やはりここで貴様を成敗しておくべきだ、どう思うシンイチくん!?」

「この押し問答を夏休みの日記に書かなきゃいけないのかな、って思ってるよ。それより――」


 シンイチはチンピラの手元のデジカムを指さした。


「チンピラはそんなもの持って何やってたの」

「えっ、いや、これはその」

「……貴様、やはり見ていたんだな! しかもあまつさえカメラで、僕の万引きとはほど遠い夏の昼下がりを記録していたとは!」

「ちげーよ! いや、厳密には違わねーけど、それが目的じゃねえんだよ!」

「問答無用! 喰らえ、ホーク・ナックル――」


 チンピラは咄嗟に腕を振り上げ、リョウの鉄拳からデジカムを庇った。がぢん、とまるでカナヅチで石を叩いたような音が響く。その異様な音に、リョウは思わず拳を引いた。


「どういうことだ、奴の腕の感触、まるで石や金属を叩いたような……」

「ふ、ふふふ、ふっ、くっくっく……」


 チンピラが不気味な笑みを浮かべた。

 アロハシャツからはみ出た上腕が、じわじわといびつに変質していく。


「な、なんだその腕は! まるで……カニのような!」

「ガーハハハ! 驚いたようだな。そうだ、俺は手に入れたんだよ、『力』をな!」

「いったいなんだそのカニの腕は……カニか……?」

「こいつはお前らと対等に闘うため、悪魔に魂を売って得た力だ! これのお陰で俺は――」

「カニ……いやエビ? エビのようにも見える! エビか!?」

「いや、あのな、これのお陰で俺は貴様らと――」

「いやエビはもっとつるっとしてるでしょ」「でもエビの頭の方はこんなんじゃなかった?」

「おい! この力はお前らの攻撃を全く寄せ付けない――」

「エビ……カニ……あ、貝! 貝は? 貝かも!? サザエ!」「あーサザエ……でも色が全然違うよ、赤いし」「赤サザエ! 赤サザエ!」

「おねがいだから聞いてーーーーーー!」


 変質した右腕を振り回すと、ようやくリョウとシンイチはおとなしくなった。


「いいか、俺はもう以前の俺とは違う! お前らヒーローと対等に闘う力を手に入れたんだ。貴様らには想像もつかない、悪魔の改造手術によってな!」

「改造手術だと……それってマッドがよく言ってるやつ!?」

「他の生物の細胞と人間の細胞とを掛け合わせ、さらなる超人を産み出す禁忌の技術……キメラテック・オペレーションだ!」

「キメラテック・オペレーション……だと!?」

「マッドが前言ってたやつだよ、リョウ!」

「やっぱりマッドが前言ってたやつだな!」

「もうお前らホント大っ嫌い」

「確かに以前の貴様とは違うみたいだが、だからといって僕に逃げるという選択肢はない! 喰らえホーク・ナックル!」

「バカが、無駄だ!」


 キチン質の鎧に包まれた右腕でリョウの鉄拳を難なく弾き返した。


「むう、ならばこれはどうだホーク・左ジャブ!」

「効かねえつってんだろ!」

「アンド・右ストレート!」

「だから効かな――ぶげぇッス!」


 間髪入れず放たれたリョウの右ストレートがチンピラの顔面を捉えた。


「い……痛えだろうが何すんだテメェこのトリ野郎!」

「効いた」「効くじゃん」

「そりゃ効くよ! まだ変身してないところ殴るんだもん! まだ身体が慣れてないんだから時間かかるの! ていうか変身するの待つだろフツー!」

「変身してないとこ殴ったら効くの?」

「そうだよ、当たり前だろうが!」


 ……。


「ホーク・マシンガン・ナックル!」

「痛たたたたたたた痛い痛い痛い! バカ、テメー汚ねえぞ!」

「弱点があるなら容赦なく叩く、それが太陽の掟だ!」


 拳の一つががぢんという音と共に弾かれた。


「あっ、へ、へへへザンネンだったな! もう左胸の辺りまで変身できたぜ! どんどん貴様の攻撃は効かなくなるぞ!」

「ホーク・右半身・ナックル!」

「痛だだだだだだ痛いってバカ! 右の方やめろ生身のところやめろ!」

「かさぶたがあれば剥がして岩塩を塗り込む、それが太陽の教えだ!」

「お天道様に顔向けできねえメンタリティだな! クッソ、こうなりゃこの手だ!」


 チンピラはガードレールをまたぎ、変身していない右半身を車道にはみ出させた。


「さあどうだ! これで俺の右半身を攻撃するためには車道に出なきゃいけなくなったな! しかしここは目抜き通り、いつ車が突っ込んできてもおかしくない! さあ、貴様は車に轢かれるリスクを犯してまで、俺の右半身を攻撃できるかな!?」


 プップー!


「あっすいません」

「今だ、ナックル!」

「痛ってえーー!」


 クラクションに驚いて車道から引いた右半身に再び鉄拳がめり込んだ。


「テメーふざけんな、人の失敗につけ込んで攻撃とか本当最低だなトリ野郎!」

「やっと見つけた砂漠の井戸に糞をひとさじ、それが太陽の言葉だ!」

「夏楽しめなくなる格言やめろや! もうキレた、こうなりゃ奥の手だ!」


 チンピラは身を翻すと、今度は歩道側に飛び出した。


「今度は一体何をするつもり――な、こ、これは!?」

「ハッハー! 気づいたか、これぞ俺の無敵のフォーメーションだ!」


 歩道の側溝に右半身をすっぽりはめ込んだチンピラが高笑いした。


「どぉーだ、これなら文字通り手も足も出せまい! それともどうする、地面を掘り返してみるか!? ガーハハハハハ!」

「むう! 弱点である右半身が側溝にすっぽりハマっているため、隙がない!」

「そういうことだ、お前らはそこで俺の変身が完了するのを指をくわえて見ているがいい!」

「えっ、僕もこれ最後まで見てなきゃいけないの」

「確かに完璧な防御だ……ならば、ホーク・ストンピング!」

「無駄だ無駄だ! 地上に出ている部分はいくら踏もうがビクともしねえぜ!」

「ストンピング! ストンピング! ストンピングアンドストンピング!」

「バカめ無駄だと言って……」


 チンピラの顔から笑みが消え、側溝の中でもぞもぞと動き始めた。


「あ、あれ? えっ、うそ、う、動けな、い……踏まれて押し込まれたから、は、ハマって出られなく、いや、これマジだわ、マジのやつ。これマジで出られないやつなんだけど」

「……よし! 帰ろうかシンイチくん」

「おい、待てよ、ちょ、本当に出られないんだって、おい!」

「しばらくそこで反省しているんだな。ちなみにデジカムも没収だ!」

「あ、クソ、いつの間に!」

「感動するほど手癖悪いよね、リョウ」

「アッハッハッハッハ! ところでシンイチくんオークションサイトとか使ったことある?」

「人のアカウントで盗品売りさばこうとするのやめなよ」

「おい、待て、待って頼むから、おい――!」


 だんだんと小さくなるリョウとシンイチの背中を見ながらチンピラは慟哭した。


「――ねえママ、ドブにでかいザリガニがはさまってるよ」

「しっ、保健所の領分よ」

「ち、チクショォーーーーー!」


 彼の怪人生活の初日は悲哀と共に暮れた。

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