第一話 シンイチ絶体絶命!? わかば町内ヒーローズ、集え!
「はぁ……」
西園シンイチは深い溜息をついた。顔には小学六年生には似つかわしくない物憂げな色が滲んでいる。彼の視線の先には雲一つない満点の星空。明日の快晴を約束するかのようなその夜空に、シンイチはまたため息を投げた。
「明日は運動会か……やだなぁ。僕運動オンチだし、足もてんで遅いし……同じクラスのゆうこちゃんに格好悪いところ見られたくないなぁ……はぁ……明日雨降らないかなあ……」
この世の終わりめいた顔でシンイチは呟いた。雨などとても降りそうにないし、そのことはシンイチもわかっていたが言わずにはいれなかった。言うことで何かが変わると思ったのだ。しかし現実は残酷だ。きっと明日は絶好の運動会日和になり、シンイチは片思いのゆうこちゃんの前で無様を晒すだろう。その未来は誰にも変えられない――そう、シンイチが思った、その瞬間。
――話は聞かせてもらったぞ、シンイチくん!
甲高い笑い声と共に黄金の流星が窓の外を横切った。「えっ!?」シンイチは窓から身を乗り出し見た。部屋の外の屋根に立つ、鷹を模したマスクを被ったその男を見た。金色に輝くその翼を見た。シンイチはその男を知っていた!
「あ、あなたは、ゴールデンホークのリョウ! どうして僕の家に!?」
「どうして? 君がひとりぼっちで悩んでいるからに決まっているだろう! 忘れたのかい? 君には僕がついている! そう、君が助けると通常の十倍ヒーローポイントが支給されるヒーロー協会公認のボーナス少年である限り、この黄金の鷹は君を守り続けるよ!」
リョウは弾けんばかりの笑顔で胸をどんと叩いた。
「ありがとう、リョウ! 全品百円の時だけミスドに行列作る大学生みたいな性根の曲り方はさておいて、僕、すごく嬉しいよ!」
――ゴールデンホークのリョウ、貴様ばかりに良い思いはさせんぞ!
虚空より誰かが吼え、同時に漆黒の薔薇が嵐のごとく吹き荒れた!
「その声、それにこの薔薇……まさか、黒薔薇のジョニス!?」
漆黒のマントに身を包んだ男がいつの間にかリョウの隣に立っていた。
「フ……黒薔薇のジョニス、お前がいてくれたら心強いぜ!」
「勘違いするなリョウ、俺は貴様に手を貸すつもりはない。ただ、運動会とやらに興味があるだけだ! あとヒーローポイントを加湿器に交換してすっからかんだからだ!」
「ハッ! そういうところはお前らしいな! 安心しろシンイチくん、俺たち二人がいれば百人力だ!」
「リョウに加えてジョニスまで! すげえや、ヒーローに抱いていた夢がボロボロ崩れていくよ!」
「ハッハッハッハッハ!」
リョウとジョニスが高笑いしたその瞬間、表の下水管が突如破裂した!
――オモシロそうなことやってんじゃねぇか、俺っちも混ぜろい!
水道管から飛び散ったしぶきが一箇所に集まり、なんと人間の形になった!
「君は……流体金属のダザイ!」
「どこにでも侵入できる俺っちの力が必要だろ、シン坊!」
「ありがとうダザイ! でも君はポイントどうこう以前にまず水道管弁償してね!」
しかしシンイチが水道管修理の見積もりを出すよりも早く、銀色の円盤が爆音と共に屋根に着陸した!
――運動会……か。いいデータが取れそうじゃわい。
中から白衣をきた白髪の老人が姿を現した!
「プロフェッサー・マッド! いま何時だと思ってんだ!」
シンイチがマッドの白髪をむしろうした刹那、爆音と共に赤い自転車が爆音と共に家の外壁にめり込んだ!
――シン・イチ ワタシハ 人間ノコトヲ モット 知リタイ。
自転車に乗ってやってきたのは、身の丈五メートルはあろうかという巨大なロボだ!
「究極庄内地方破壊兵器・イモニカイザーじゃないか! ていうかお前はチャリならもっと静かに来れただろ!」
「シン・イチ ソレガ 人間ノ持ツ 勇気 トイウ 感情 ナノカ……?」
「怒りだよ! 純粋な!」
もう窓を閉め全部見なかったことにしようとするより早く、黄色いタクシーが屋根にめり込んだ!
――血よ……血が……香るわ……。
喪服姿の妖艶な女性がタクシーから顔を出した!
「君は……ブラッディ・マリー! 来てくれたんだね!? ていうか何でどいつもこいつも家にめり込んでくるんだよ!」
「この身体が……血を欲して疼くのよ……ウフフ……」
「お客さん七百三十円になります」
「ウフフ……」
「ワンメーターの距離なら歩きなよ、マリー!」
「ウフフ……駆けつけたのは私だけじゃないわ……」
「えっ、まさか――!」
――ぐ、うう、頭が割れるように痛い……この運動会が、俺の失われた記憶に関係あるというのか……?
「ミョウガ食い過ぎの斬九郎!」
――この勝負の報酬は……ちと高くつくぜ?
「ギャンブルマスター・甲斐!」
――あ、どうも。
「大天使ミカエル!」
――あの、どなたでもいいんで七百三十円払ってもらえますか?
「タクシーの運ちゃん!」
「ウフフ……私たち四人じゃ、役者不足かしら……?」
「いや勢いでなんとなく混ぜたけど運ちゃんは違くない? ていうか相乗りしてきたんなら誰か払えよ七百三十円」
「まあ何にせよこれで役者が揃ったってわけだな!」
リョウがぱん、ぱんと手を叩き注目を促した。
「ここにいるヒーローたちは皆、産まれたところも能力も違う、けれど全員目的は同じ仲間ってわけだ。だったらやることは一つ……そうだろ、みんな! 今こそ俺たちの力を合わせるときだ!」
リョウが右手を勢いよく天にかざした瞬間、轟音と共に強烈な上昇気流が起こった。
「ジョニス! マリー! 力を貸してくれ!」
「俺に指図するなリョウ、貴様の考える作戦など既にお見通しだ!」
「ウフフ……血が足りるかしら……」
ジョニスとマリーの腕からそれぞれ薔薇の花弁と夥しい血液が迸り、それがリョウの起こした上昇気流に乗って巻き上げられ天空に巨大な黒い雲を形成した。
「こ、これって……まさか!」
「気づいたようだねシンイチくん! そうだ、マリーの血液を薔薇の花弁で固め、それを僕の起こす風で上空に浮かべることで――」
「――人工的に雨雲を作るってことだね、リョウ!」
「違う!」
「違うんだ」
「ククク、俺にはリョウの考えていることが手に取るようにわかるぜ! マリーの血を接着剤の代わりにして、俺の黒薔薇であるものを作ろうとしてるってな!」
シンイチは虚空にできあがりつつあるそれを見た。巨大な球体の上から、スカートのようなものが伸びるそれに見覚えがあった。
「これは……まるで、逆さに吊したてるてる坊主……?」
「フフ……良い線いってるわ……これは……巨大な、逆さてるてる坊主よ……!」
「ドンピシャじゃねーか」
「そうさ! 僕らは作ってるんだ、巨大な逆さてるてる坊主をね!」
「いや二回言われてもテンション上がんないよ。ていうか何だよそのカジュアルな神頼み。大天使ミカエルとかいるんだから、天候変えるとかしてよ!」
「僕らの想い、願い、希望、全てをこの一撃に賭ける!」
「話聞いてよ。最終回っぽいセリフ言ってもダメでしょ」
「いっけーーーーーーーーーー!」
「うるせえよ。だから何時だと思ってんだよ」
「マッド博士 コレガ 人間ノ持ツ 真ノ力 ナノデスカ」
「ワシの計算を遙かに超える凄まじい力じゃ……これは、もしかすると、もしかするかもしれんぞ……!」
「お前らは何なんだよ。完全に出る幕ない展開になったなら帰れよ」
「頑張れ! 俺っちの分まで頑張ってくれーー!」
「こいつはいける! 雨が降るほうに全財産賭けたっていいぜ!」
「俺の……失われた記憶が……がんばれと言っている……!」
「私には何も出来ませんががんばってください! あと料金八百円どなたか支払ってください!」
「帰れよ。あとなんでちょっとメーター回ったんだよ」
皆の声援に後押しされるようにリョウとジョニスとマリーが力を振り絞る。まばゆい閃光がシンイチの視界を覆った。
次の瞬間、シンイチが目を開けるとそこには、巨大な逆さてるてる坊主が浮かんでいた。
「はぁ……はぁ……僕らにできるのはここまでだ。けれどきっと大丈夫だ。僕らの願いを込めたこのてるてる坊主が、きっと願いを形にしてくれる、そうだろ? シンイチくん!」「シンイチ!」「シン坊!」「シンイチよ」「シン・イチ」「ウフフ、シンイチ……」「う……頭が……割れるように……!」「シンイチ!」「八百七十円!」「シンイチくん!」
居並ぶヒーローたちが一斉にシンイチへ手を差し伸べた。彼らがいっせいに発した言葉は強く、シンイチの鼓膜を叩いた!
――明日、雨が降るといいな!
シンイチの部屋の窓は既に閉められ、カーテンも掛けられていたが、そんなことは関係ない。ヒーローたちは知っていた、自分たちの想いがシンイチに届いたことを。
そして、人知れず少年の悩みを救った彼らのことを、夜空に浮かぶさかさてるてる坊主だけが見ていた――。
*
翌日、おもいっきり晴れたのでシンイチは仮病で休んだ。