おまけ (鈴木視点)
本日2話投稿です。前話がございますのでご注意ください。
彼女を見かけるのは、食堂と経理部に用事がある時くらいだ。
特に意識していた訳でもなく女子社員の中の一人、その程度だったと思う。
年が変わってひと月くらい過ぎた頃、そう言えば彼女を見かけていない気がした。
経理部に顔を出した時にそれとなく視線をめぐらすと、彼女はいつもの席にいた。
ただし、顔の三分の二がマスクで覆われていた。
この季節、そう言えばチラホラとマスクを付けた者を見かける。
どうやら俺は今まで、彼女をその笑顔で認識していたらしい。
一言、二言、言葉を交わす時、彼女はいつも笑顔だったから。
別にどうでもいい事なのに、彼女がマスクを取った姿が見たくて、食堂で食べる必要もない弁当を、毎日食堂のテーブルで食べた。
『めちゃくちゃ羨ましい!!移住したいくらいだよっ』
偶然食堂で相席になった時の彼女の笑顔に、俺は勝手に言葉を発していた。
「帰郷するつもりだったし一緒にどうですか」
上に許可を取るのは大変だったが、今迄知らなかった素の彼女に触れて、俺の本能は間違っていなかったと思う。
「魔界に永久就職すれば、花粉症なんて気にする必要なくなりますよ」
口が滑って言いそうになる。でも、まだ口にしない。
彼女が望むスローペースのお付き合い。楽しいのは俺も一緒だから。
きっかけは些細な事。
縁は異なもの味なもの、人間は上手い事を言う。
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
以下、【魔界の日本苗字使用基準について】
ふと気になって、陸央に聞いてみた。
「鈴木に、高橋に田中って、日本のポピュラー苗字の代名詞だよね」
「うん。目立ち過ぎてもいけないから、溶け込みやすい苗字を使ってるよ」
本当の苗字は違うそうです。教えて貰ったけど、覚えられないから鈴木でいいと思う。
「…佐藤さんはどこ行ったの?」
「ああ。『佐藤』だけは使用不可なんだ。それは魔王様専用だから!」
「!!全国の佐藤さんの中に魔王様が紛れてる……だと!?」
「ちなみに英語圏では『スミス』が魔王様専用です」
きっとこれから佐藤さんに会うたびに、私は一々身構えてしまう気がする。