後編
もうすぐゴールデンウィークです。憎いあいつらとも、そろそろおさらばですよ!
雨の日なんてかなり楽になってきたので、マスク無しで過ごしたりとか。
そうなると、第二の住処である魔界から服や私物を引き上げ始めるべきでしょうか。
いや、ゴールデンウィークにでも男手を借りて片付ける方が効率的ですかね…。
そんなことを考えながら伝票の整理を行っていると、課長から呼び出しが。
私にお客様だそうです。仕事中に面会を認める相手って誰でしょう。
まさかの税務署監査!?あれ、でも3年に一度が基本ですよね。昨年あったばかりですよ。
そもそも平社員に個別聞き取りって今まで無いですし。…この会社まずいのかしら。
税務署違いました。冴えない感じのおじさん二人組です。
『国家安全交流推進部 現地対策課』って何ぞや?
「あなたが現在、異文化交流を行っている件に関しまして、お話を伺いたく…」
ああ!魔界のあれこれですねっ!
そういえば、政府公認でしたっけ。ふ~ん。
「今は就業中ですので、後日こちらからお伺いいたします。
住所は名刺の通りでよろしいですか?内線番号を教えて頂けると助かります」
にっこりと。
そもそもこの件自体胡散臭いし、守秘義務あるから確認してからじゃないとね。
名刺なんて誰だってパソコン一つで出来ますからね。
いい歳した女ですから、危機意識バリバリですよ!
昼休みに名刺を見せて三人に相談した所、本物だと判明しました。
後日伺うことにして、今日も美味しい高橋さんの手製弁当を堪能します。
角煮とか秀逸です。豚の脂身というか、ブヨブヨした所苦手だったんですが、高橋さんの角煮を食べてから意識が変わりました。
「異文化交流の定期調査ですね。ヘマをしない様に面接の予行練習に付き合いましょうか?」
鈴木は今日も隣で楽しそうだ。いいなあ、悩みなさそうで。
三人とも異文化交流1年以上だから、魔界の担当者からの定期的な聞き取り調査に応じているそうです。
高橋さんなんてこのトリオの先遣隊として一人で入って3年目ですしね。
…それで今、営業の課長職ってすごくない!?
「まあ結果がどうあれ花粉も落ち着くし、ゴールデンウィーク明けには引き揚げだからね~」
「「「えっ!?」」」
三人同時に驚かれました。
「え?」
私が魔界にいる理由って、それでしょ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・
有給休暇を取得して、霞が関のビルを訪れています。
土日は入り口が開いてないんだってさ。…お役所仕事。イマドキ市役所だって土日に出張所開けてるよ!
帰りに巨大電波塔昇ってから帰るからいいもん。
「それでは星野明日香さん、こちらへお掛け下さい」
通り一辺倒な、文化の違い等に関する聞き取り調査かと思っていたら、全く違いました。
曰く、鈴木は魔界でもかなり上位に食い込む魔界人で、交流させて頂く(笑)人間は政府で厳選していたのだとか。
すっごく回りくどく、慇懃無礼に言われました。
つまり私はお呼びじゃないと。
この件に関しては、『もうすぐ出ていくのでお好きにどうぞ』と答えておきました。
もう一つの衝撃の事実、鈴木の本性は夢魔族だったんです!
似合わない、似合わないよ鈴木!!
『夢魔』って言えば、夢の中に入り込んでR18的なあれこれを仕掛けてくる悪魔…ですよね。あくまで人間界の想像上の設定としては。
絶対違うと思うんだけどな…。あれは楽しい事が大好きな、ただの大きい中学生ですよ?
夢魔族が異性の人間を魔界に招いたのは初の事らしく、そのあたりの事を聞き出そうとされました。おっさん二人に。
この件に関しては『セクハラで訴えるぞ』という内容を、私も慇懃無礼に言ってみました。
おあいこですねー!!!
近代ビルの一室を後にし、私は楽しみにしていた巨大ツリーにも昇らず、特急で地元にとんぼ返りしてしまいました。
ああ、デパ地下で好物のクロワッサンを買うのだけは忘れませんでしたが。
今、無性に過去の鈴木を殴りたい。以前どんな種族だ?みたいなクイズ形式の聞き方してきたけど、今なら全力で突っ込み入れられます。
夢魔族なんて分かるわけないだろっっ!!なんだそれ!
しかし鈴木の本性が夢魔だというなら、会社のお姉さま方に粉をかけまくっていたのも習性だったのでしょうか。人にはいろいろ事情があるよね…。
私は魔界の客室にて黙々と片付けを続けております。
午後早めにこちらへ戻ってしまったので、あと少しで終わるでしょう。
既に服類は自宅に宅急便の手配をして送ったし、あとは掃除と小物の持ち出しだけ。
ふと手元の鍵を見つめて、少しだけ寂しくなった。
花粉のひどいほんのひと月程度のお付き合い。でも濃密で非常識で忘れられない異文化交流だった。
ここを出ても、彼らが人間界に居るうちは会社で顔を合わせることもあるだろう。でも一緒に暮らしていた時とは全然違う。
鍵を返すのって同棲解消みたい。とか思って、アホな思考に少し笑いました。
「だからどうしてうちに来る…」
麻理はそんなことを言いながらも、いそいそと私の布団を用意してくれた。
「川本さん使ってないよね?あ、違いますか、そうですか。痛いので拳骨グリグリしないでください…」
ごめんなさいをするまで許してもらえませんでした。
今日は女二人で、私の土産であるチョコクロワッサンで語り明かすのです。
ビールのつまみがチョコクロ…高カロリー祭りだね!
「ああ~。花粉のない世界に移住したーい…」
ビール1缶で既にベロベロ。絡み酒とは私のための言葉です。
麻理は澄ました顔して4本目を開けている。分解酵素、分けてください…。
「あれ、第一希望は『突然花粉症が完治してて来シーズンは発症しない』じゃなかったっけ?」
良く覚えてますね…。でもそれは、スギとヒノキのいない世界を知らない時の希望です。
「ああ~!!役人なんて滅びればいい!」
「脈絡ないな、酔っ払い。今日の日帰りで何かあったの」
…ほのめかしだって、りっぱな犯罪だと思う。
さんざん絡んで、呆れられ、それでも麻理は優しかった。彼女基準でだが。
早々布団に押し込められ、こりゃ夢も見ないかなって思ってたのに。
私は昼間の夢を見た。
~~~~~~~~~
『お姉さんの旦那さんは、公務員でしたよね』
?
『小学生のお子さんが二人もいては、子育ても大変でしょう。いや、うちも子供が二人居ましてね。わかりますよ。』
・・・・。
『急に単身赴任になったら大変でしょうね。いえ、個人的な意見ですけどね』
!!!
『…すぐにご自宅にお戻りになる事をお勧めしますよ。花粉なんてどうでもいいでしょう?』
嗤う二人の役人は、気分の悪い怪物に姿を変えた。
悪夢はすぐに、この前の、鈴木と二人で買い物に行った時のものに切り替わった。
手なんて繋いでいないはずなのに、私は鈴木と手を繋いで歩いていた。
お姉さん方に声を掛けられてもそつなく躱す鈴木が、照れたようにはにかんでいたから、私は何だか楽しくて、その手を大げさに振り回していた。
夢だと自覚しながらも、私は魔界人よりも人間の方が『魔』が似合うと思った。
~~~~~~~~~
目を開けたら見知った天井でした。
シーツから良い香りがする。毎日嗅いでいたアロマポプリの香りだ。
高橋さんは相変わらずいい仕事してますな……
「…って、違うっ!!」
跳ね起きるとベッド上、私の足元付近にうずくまる何かに気付く。
「なんで鈴木!?」
「んん~。星野さん起きました?すっごい酒臭いですよ」
「第一声がそれかっ!無神経の称号はもはや君の独り占めだよ…」
ビール1缶でさすがに二日酔いにはならなかったみたいで、私の思考はクリアだ。
いつの間にやらキラキラトリオによって、いつもの魔界の客室に運び込まれたようです。
もちろん麻理の許可を取って運び出したそうな。
…また本人の許可忘れてるよっ!
「え、理由?高井さんには俺と星野さんは同棲中だって説明しましたけど?」
…ほう。命が惜しくはないと申すか、鈴木よ。
「っいだだだだだっっ!!痛いっ!痛いですってばっ!!」
麻理直伝(覚えたて)の拳骨グリグリをお見舞いしました。角、邪魔だな。
ベッドの下で本気の土下座をしたので、許してやろう。
「そんなに爆睡してたかな。普通運び出されたら起きると思うんだけど…」
「あ、それは俺の能力で。夢魔だけに、眠り関係は自在なので!」
「最初の誘拐時の眠気もやっぱりお前のせいかぁっ!!」
華麗なチョップを鈴木の頭にかました。
・・・・・・・・・・・・・・・
事の顛末を述べるなら、単身赴任は私の義兄ではなく慇懃無礼なお役人二人となりました。
北海道の北端に飛ばされるそうです。
北海道ってあたりがちょっぴり羨ましいのですが、隣の鈴木が煩そうなので、今は何も言いません。
二人のお役人の上司であるキャリア風の出来る感じのダンディが、45度の綺麗な最敬礼をしています。
こちらはベッドの上というのが、イマイチどころかかなり締まりません。
高橋さんとうみたんも素知らぬ顔で隣に控えてるし。
頑張れ、私。元演劇部の底力見せてやれ!平・常・心!
たとえ隣の鈴木から別人警報が発令されていたとしてもっ!
「俺達と明日香さんを引き離そうなんて、君たちは異文化交流に反対なのかな。
知らなかったなぁ。…それが今後の方針って事なら、俺の方から魔王様にお伝えしておくよ。
正式文書を作ってからってなると時間も掛かるしね?」
……魔王様なんてものが存在するのか!!やっぱり黒マント羽織っているのかな。
あと、名前呼び。
…何度も言いますが許可を取ろうね、鈴木。
ダンディキャリアは平身低頭。お辞儀が最敬礼を越えて90度に到達しました!
さらに要望を聞かれたので、セクハラの相談窓口設置を希望しました。もちろん魔界側じゃなくて、人間の聞き取り調査における、ね?
あの二人のお役人さんがした、赤面ものの質問をお伝えしましたよ。ピーって擬音が入ります。
開示されている以上の種族の特性を聞き出そうとするのは協定違反だそうで。
セクハラと合わせて両方の件で、キラキラトリオが般若化してます。
高橋さんの牙が伸び、うみたんの爪が鋭く尖る。鈴木に至っては目が光るという暴挙。
ガクブル…
ダンディキャリアはとうとう、90度のお辞儀からの土下座を始めました。
分かるよ、怖いよね。原因作ったの私だけど、私だって怖いんだよっ。
・・・・・・・・・・・・・・
結局自宅アパートに送った宅急便は、そのままキラキラトリオのマンションに転送され、ついでの様に引っ越しが完了しました。
「蕎麦が茹で上がりましたよ~」
高橋さんは、蕎麦まで打つようになりました。
私のための引っ越し蕎麦です。
うみたんからは、恋の相談なんてされる様になりました。
片思いのお相手は高橋さん!
高橋さんの乙メンっぷりに最近は諦めかけていたらしいけど、実家からの見合いの釣り書きに告白を決心したのだとか。
魔界にも見合いってあるんだね。身につまされます…。
そして鈴木との関係はというと……。
「そこに座りなさいっ!一体何度言えば分るのかな、許可は本人に取りなさいって!」
絶賛、しつけの最中です。
「だって、明日香さんも夢の中ではノリノリだったし…」
「な!…ちょっ待って、どういう事!?」
鈴木がニヤリと悪戯っ子のように笑む。
「言ったでしょ?眠り関係は俺の領域だって。悪夢から俺が切り替えたんだよ。
あれは明日香さんの望む夢。二人で買い物に行ったとき、俺だけじゃなく明日香さんも手を繋ぎたいって思ってたんだね?」
「な、なな……」
言葉にならずベッドにへたり込んだ私に、鈴木が顔を近づける。
初めて見たときに深紅だと思ったその瞳には、炎のような金色がチラチラ燃えている。
その妖しい艶やかさに、彼が自分とは違う生き物であることを思い出す。
あまりに綺麗で、私は呼吸を忘れそうになる。
唇同士が触れてしまいそうな距離で、鈴木がそっと囁く。
「明日香さんだって、俺の事を憎からず思ってくれているでしょ?
だから俺、名前で呼ぶのをやめたりしないよ。」
思わず唾を飲み込んだ私に、鈴木は唇に弧を乗せる。
私が口を開こうとしたその瞬間……。
「二人とも、蕎麦がのびちゃいますよ~」
高橋さんの呼び声がっっ!!
「グッジョブ、おかん!」
私は正気を取り戻した!!後ずさり、鈴木から距離を取る。
鈴木はベッドに手をついた格好で固まっている。
危なかった、これが夢魔の実力か!
「えええええ……」
鈴木はまだダメージから立ち直れないようだ。
「ほら、蕎麦がのびるから早くいこう」
さっさと立ち上がり、鈴木の目の前に手を出してひらひらと振る。
諦めたように苦笑いしながら、鈴木は私の手を取った。
その手にぐっと力を入れて、鈴木をこちらに引っ張り起こす。
「鈴木が好きだよ。
イメージと中身は全然違ったけど、側にいるのがすごく楽しい。」
鈴木の肌が一気に赤くなり、その顔がほころぶ。
本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべるから、私もつられて笑顔になる。
「でも、きちんと告白も出来ない鈴木には、まだまだ名前呼びは早いと思います。
まずはこれから、始めましょ?」
まるであの夢の中みたいに、繋いだ手に力を込める。
鈴木は何だか、泣き笑いの締まらない顔をしているけど、その顔にきゅんとくる。
妖艶な雰囲気より、私はこちらの方が好きだ。
お付き合いなんてした事がない。こんな私にあと少しだけペースを合わせてね。
憎くて仕方ないあいつらのおかげで、私には今、優しいお母さん(笑)と可愛い友人、
そして手のかかる年下の彼氏が出来ました。
きっかけは些細な事。
縁は異なもの味なものって、昔の人は上手い事を言う。
本編これにておしまいです。
お読み頂きありがとうございます。
少しだけですがおまけの小話がございますので、良ければお付き合いください。