中編
麻理と川本さんの急展開は、キラキラトリオ(主に鈴木)によって仕組まれたものだったようです。
お互いに憎からず想ってはいたようだけど、業務の帰り際に媚薬(?)を盛られてしまったらしい。
…普通に犯罪じゃないですか。成分とかマジで気になる。副作用とかないのかな。
うみたん(田中さんです。面白いので非公認名をあだ名にしてみました。言う方も言われる方も照れるという若干羞恥プレイ…)によると、媚薬は一過性のもので、お互いに気持ちが無いと作用しないそうなので、まあ目をつぶろう。
おかげで私は朝晩ノー花粉症ライフですから!!
何より休み明けの二人は、ラブラブで幸せそうだった。
二人で飲もうって言ったのに、川本さん付いてくるし。
許してあげよう、いつもなら夜になんて絶対行かない高級ビストロで、がっつり奢って頂いたからね。
あの店、ランチはお得で美味しいのに、夜はメニューに値段が無いんだよね…。川本さんはカードで支払いしてました。
・・・・・・・・・・・・・
気が付いたらもう半月。
麻理と川本さんは二人でラブラブ継続中。
砂糖を吐きそうなその甘々っぷりに私は早々に脱落し、キラキラトリオと一緒に昼食を取っている。
いつも一緒のキラキラトリオとは随分仲良くなりました。
高橋さんは料理上手で世話焼きの、みんなのお母さん。
魔界での本性は龍族。名前も龍也さん。固い鱗があります。
この前間違えて『お母さん』って呼んじゃったら、『お父さんの方が良いかなぁ』と照れながら返された。
…彼が詐欺とかに遭わないか心配です。
田中さん改め、うみたんは儚げな外見からは想像できない頼れるお嬢さんでした。
魔界での本姓は海蛇族。だから名前が海花だったのね。
彼女の鱗は薄くて半透明でとっても綺麗です。彼女が一緒だと、魔界の森に入っても、食虫植物達が道を開けてくれます。まさに十戒!
そして鈴木は…ワンコ系と言うより、むしろ犬そのものです。しかも駄犬。
中身はただのガキンチョでした。
私を魔界に招待したのも花粉症大変そうだったからっていう、単純かつただの思い付きだし。成人しているとはいえ、彼への対応は、小学生の甥っ子への対応と同じくらいが丁度いいです。
社内のお姉さま方の目を覚まして差し上げたい。
魔界での本性は、よく分かりません。
二本の巻角に赤い目だから、哺乳類系?の何かだとは思うけど、本人がもったいぶったので聞くのをやめました。あえての放置。
年齢を聞いたら『何歳だと思う?』とか言われると、困りますよね。私はちょっぴりイラッとします。だから、鈴木もスルーです。
ちなみに私の年齢は28歳です。鈴木の人間界年齢は23歳。もっと年長者を敬ってほしい。
魔界のソファでくつろぎながら、うみたんに話しかける。
「ねえねえ、うみたん。今度の休みに人間界でバーゲン行こうかと思うんだけど、一緒に行かない?」
「嬉しいですけど、麻理さんと行かなくって良いんですか?」
「いや、麻理は絶賛色ボケ中だからね。邪魔して馬に蹴られたくない。
ちょうど50%~90%オフのプレバーゲンのクーポンが来たんだよ」
スマホの画面をうみたんに見せる。
いくら地元の花粉飛散がピークだろうとも、このプレは逃せない。
しかも朝晩を魔界で過ごすおかげで、鼻が詰まらないから私の睡眠もばっちり。体調万全、心の余裕も出来るってものです。
相変わらず会社ではマスクですけどね。
画面を覗き込んだうみたんが、向かいのソファでくつろぐ鈴木を伺う。
「荷物持ちに付いて行ってあげようか」
鈴木が微笑む。
「いらん。却下です、鈴木よ。仕事を増やすのは良くない」
「ええ~。なあんで俺ばっかり!」
それは君が偉そうだからだ!私もついついキツくなってしまう。
魔界には絶対のヒエラルキーが存在する。
そしてキラキラトリオにおいては鈴木が第一位。
高橋さんが第二位。第三位のうみたんにとって鈴木の意見は絶対。魔界人の本能がそうさせるらしい。
鈴木は理不尽な第一位という訳ではないけれど、その場の楽しさを優先させてしまう子供のような奴である。
異文化交流のルールに則り、第一位の鈴木が人間界に行くのなら、第二位と第三位は必ず同行しなければならないらしい。
うみたん一人が私と出掛けるだけなら、全員休日、他の二人も魔界でまったり出来るのだが、鈴木が人間界に行くと高橋さんまで付き従うのだ。
高橋さんはテレビショッピングで注文した、話題の布団ダニ取り機を試すのだとウキウキしていたのだ。邪魔するわけにはいきません。
…魔界にダニがいるのか。それは本当にダニの形状をしているのかは、怖くて聞けませんでした。
知らない方が幸せな事って、あると思う。
「じゃあせめて、俺の事も名前で呼んで?」
何がじゃあせめてなのか意味不明です。
鈴木はこんな時ばっかり、首を傾げてワンコスキルを活用してくる。
「うみたんは海花。高橋さんは龍也さん。鈴木は……名前何だっけ?」
あれえ?本気で分からないんですけど…鈴木はどこまでいっても鈴木な訳で…
「ありえねえっ。こんなに絡んでるのに俺だけっ!?」
鈴木が驚愕の表情をしている。
あまりの大声に高橋さんが台所から飛んで来てしまった。夕飯が遅れるじゃないか。
「陸央!リ・ク・オ・ウだよ!さん、はいっ」
そんな両手で復唱を要求されましても。
鈴木…面倒臭いなあ。
「はいはい、陸央君。覚えたからね~」
「扱いが、犬っぽい!!」
違うよ?小学生だよ。
「いいじゃん、鈴木はワンコ系で女性票獲得してるんだから」
「狙ってない!」
「いや、狙ってます。そしてあざとい。見てるといつも噴きそうになる」
「…すいません。ちょっと狙ってます」
旗色が悪いとすぐ折れる所なんて、やっぱりあざとい。
でもそんな鈴木はかまうと面白いから、結構好きだ。
・・・・・・・・・・・・
十時休憩、ベタな給湯室でお姉さまから尋問を受けております。
私、こういうシチュエーション初めてなので、ちょっぴり緊張しています。
ほら、色恋とか無縁の安全パイでしたから。
「最近あなたが陸君の周りをうろついてるって噂になってるんだけど、違うわよね?」
にっこり笑ったその目は笑ってませんよ。怖いので全力で生贄を捧げます。
「もちろん違います!そんな事ある訳ないじゃないですか、神崎さんってば」
満面の笑みを浮かべて、手を横に振ります。
給湯室の外で聞き耳を立てているであろうお嬢さん方に、きちんと聞き取ってもらえるよう、滑舌はっきりを心掛けてます!マスクだって外しましたよ!
「じゃあ、何で昼休みの度に一緒に食事をしてるのかしら」
あ、チェック済ですか、ですよねー。
高橋さんとうみたんも一緒なのは除外ですか、そうですか。
「本当はこんな話、打ち明けちゃいけないんですけどね…特別ですよ?」
しおらしく伏し目がちに神崎先輩を伺う。キャラじゃないな~。ファイト!元演劇部!
さあ、食いつくのは此処ですよ!!
「実は……鈴木君の真の恋人は高橋さんなんです!
私と田中さんはそのカモフラージュの為にあの場に居るんですよ。
差別っていけないと思いますけど、やっぱり偏見ってあるじゃないですか。
私と田中さんだけでも、二人がいわれのない差別を受けない様にフォローしようって思って。
それに……リアルなのに絵になる二人ってイイと思いません?」
もういっちょおまけです。
「ちなみに二人のお弁当は高橋さんのお手製です…!!」
神崎先輩はポカーンとしていました。
絶対内緒ですよ!!と言って両手を握ると、首振り人形のようにかくかくと勢いよく首を縦に振ってくれました。
ふう…。いい仕事したぜ。これで昼には面白い事になりそうです。
席に戻ったら麻理に心配そうな視線を寄こされた。全然大丈夫。ぐっと親指を立ててアピールする。
女の嫉妬を逸らす為なら、私は魔界人だって怖くはありません。
昼休みの食堂は、女子社員の視線が半端なかったです。
(な・に・を・してくれたんですか!?)
めっちゃ小声で凄まれました。器用だね、鈴木。
(ええ~、私関係ないよ?鈴木と高橋さんがお揃い弁当だって、お姉さま方が気付いちゃったわけよ。きっと!)
(二人だって同じ弁当食べてるでしょ!?)
そう、私も高橋さんの手製弁当のご相伴にあずかっているのだ。
二食どころか今は三食おやつ付き。一応食費はお渡ししております。
(ふ…乙女の薔薇フィルターを舐めてはいけない。人は、見たいものだけを見る生き物なんだよ…)
悟った風の表情で言えば、鈴木がズルズルとテーブルに突っ伏す。
数日後、私が披露した嘘が鈴木にばれました。
お姉さま方、本人にばらすの早くありません!?
「ひどくないですか!?守秘義務どこ行ったんですか!」
鈴木の目は必死だった。
「守秘義務は魔界の事に対してだよね?
鈴木と高橋さんラブラブ説に守秘義務を適応すると…真実って事になるよ?」
はっ!!まさかの嘘から出た真ですか!?
「ご、ごめんね?」
「そんな心底心配した様な顔しないでっ。違うから!俺はノーマルだから!」
そこは高橋さんの事も否定してあげようよ。
彼だけマイノリティみたいに聞こえるよ。
「良いではありませんか、リク様。おかげで女子社員に捕まる率が減って、私は助かっております」
「うるさい、リュウ。チヤホヤされるのは良いが、遠目から楽しそうに眺められるなんて、気分が悪い。あと最近警備部のチーフの目が怖い…」
高橋さんが食後のデザートをテーブルに置いてくれます。
今回は私が買ってきました!お気に入りのケーキ屋さんのタルトです。フルーツたっぷり、生地は薄くてサックリです。
魔界において高橋さんは『リュウ』、鈴木は『リク様』とそれぞれ呼ばれています。うみたんは『ウミカ』そのまんまですね。
「このタルト、美味しいですね!フルーツも新鮮ですし、クリームも甘すぎず」
「やっぱりケーキ系ならこの店がマイベストなんだよね。クレームブリュレもお勧めだよ!今度また買ってくるね」
私とうみたんは和やかに会話をしてます。この噂に関して、彼女は特に興味が無いようです。
「今度タルトも焼いてみようと思っていたので、参考になりますね」
高橋さんもこちらに混ざってきました。
鈴木、孤軍奮闘だな!!
「理不尽だ……」
拗ねた鈴木に、応戦です。
「そもそも鈴木に関わらなければ起こらなかった事なんだよ。
君が後始末も考えずにお姉さま方に粉かけまくっているから、私に被害が及ぶんです。
高橋さんのファンは一度も絡んできた事ないもん。
女の嫉妬は怖いんだからね。せっかく楽しく仕事してるのに、嫌がらせで仕事変えるとかアホらしい。
それくらいなら私は憎いあいつらを取ります!」
何だか鈴木はすごくびっくりした顔してるけど、誰も今まで指摘しなかったの?
チヤホヤされるのが好きなのは勝手だけど、周りの迷惑を考えないと高橋さんみたいなイケメンにはなれないぞ!
…まあ、本当は私が高橋さんの手作り弁当につられて、一緒にいるのが問題なんだけどねー。
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今日のお昼は屋上テラスの席で頂きます。
高橋さんとうみたんは外回りで不在でした。
いつもはお昼には一度戻るんだけど、今回は夕方までの日帰り出張なのです。
結果、鈴木と二人きり。
食堂では注目の的なので、場所を移して屋上です。
花粉がひどいと思うでしょう?でも今日はなんと雨!!しかも本降り。かなり楽なんです。
テラス席にはパラソルが付属してますので、雨も掛かりません。そのうえ人もいない。
…寒いけどね。
この際、聞きたいことを聞きましょう。
「どうして人間界に鈴木が来ると、二人も一緒に行動しなきゃいけないの?
今日とかは別行動になってるけど、いいわけ?」
疑問でした。そんなに鈴木は偉いのか?
「あ~…。実は最初の頃に、羽目を外したくて一人でこちらに来て、力を使い過ぎたことがあって…。流石に就業中にはそんなことをする暇はないので見張りは付かないんですけど、休みだと未だに許可が出ず」
「…もしかして、先輩社員(男)と遊びに行ったらお持ち帰りされそうになって、その先輩社員は忽然と姿を消し、風の噂で二丁目で見かけたとか見かけなかったとか…ていう件!?」
「何で詳細知ってるの!?」
「いや、高橋さんと鈴木のラブラブ説が持ち上がってから、急に流れ始めた噂でね。
疎い私まで知ってるくらいだから、恐らく全社員に……あ、冗談だよ?フェンスの方にフラフラ行かないで~」
鈴木の目が死んだ魚の様になっている。弄りすぎてしまった。
「一部の女子しか知らない極秘事項だから大丈夫。みんな口固いし、5人未満だと思うよ?」
この情報は、『高橋×鈴木を見守る会』からのリーク情報です。構成員は薔薇フィルターを備えたお嬢さん方。会長は神崎さんです。
何故私が入っているかって?それは、私とうみたんが名誉会員兼アドバイザーだからです。
ほら私達、二人を守るためのカモフラージュ設定ですから!
本当の事がバレた時が、ちょっぴり怖いわ。
…つまり、偉いから護衛がついてるとかじゃなく、保護観察処分だよね、それ!!
「少年院帰りかぁ…」
「俺成人してますって!なんで少年院!?あと捕まってないから。注意受けただけだし!」
「中身がお子様だってことー。いっくら格好良くても中身が残念だと、意中の人に本気だって思ってもらえないぞ」
不特定多数に粉かけてる奴なんて、軽い遊びだと思われて終わりでしょう。
まあ、異文化交流で来てるだけなんだからそのつもりなのか…?
「……格好良いって、言いました?」
鈴木は目を見開いてる。私より大きいですね、いいですね。
「もちろん格好良いと思うよ。自分で分かってて粉かけてたんだから、聞くまでもないでしょ」
「ど、どこがっ!どこが星野さんの好みですか!?」
いや、別に好みだとは言ってない。あと自分の格好いい所聞きたいなんて、ナルシストなのか、鈴木よ。
「え~…。あえて言うなら姿勢が好き。背筋がピンと伸びているのは見ていて気持ちがいいよね。まあ、そんな事は置いといて」
「そんな事…」
鈴木は何だかしょんぼりしている。ジャーキーを期待して芸をしたのに、貰えなかった時の犬のようだ。
ワンコ系って形容はこれにも当てはまる…のか?
「高橋さんとうみたんに日頃のお礼は言ってる?二人だって暇じゃないんだよ。たまの休日だって、鈴木が人間界に行きたがれば付いてきてくれる。それって、感謝しなくちゃいけない事なんだよ」
「う…。その通りです。今度二人にお礼を言います。
それと、この間はご迷惑をおかけしました。彼女たちが星野さんに絡んでくる事はもうありませんから。」
鈴木は居住まいを正して、頭を下げてきた。
確かに最近は、不用意に女性に期待を持たせる発言はしていないようだ。
おかげで薔薇組さん達に確信を与えちゃってるんですけどねー。
「まあ、未だに高橋さんと鈴木のラブラブ説は健在ですからね!心配してないよ?」
ニマニマと笑ってやったら、鈴木は頭を抱えてしまった。
「よしよし。今度、二人への日頃の感謝を込めたプレゼント選びに付き合ってあげよう。休日だと本人たちの前で選ぶ羽目になるから、会社帰りにでもね」
小学生も少しは反省して、中学生に成長したらしい。
ご褒美プレゼントを用意してあげなきゃね!中学校入学祝の定番は図書カードか?…古い?
何だかもう一人甥っ子が増えたような気分ですよ。
鈴木が小さくガッツポーズをしているのを、私は見逃した。