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前編

ヒノキ花粉が辛くなってきたので…

 花粉がつらい、つらすぎる。


 下手をするとバレンタインデーのデパート特設会場の設置よりも早く、運が悪いとゴールデンウィーク明けまでも浸食してくる憎いあいつら…。



 私、星野明日香ほしのあすかの朝は、寝不足と喉の痛みからはじまる。


 夜のうちに鼻が詰まり、口呼吸をしているからだ。

 睡眠中、無意識に擦った目頭の皮膚が切れている事もある。

 しみる水にびくびくしながら顔を洗い、髪を左耳の横で一つに束ねて前に流す。

 眉を書いたら出掛ける支度は終わり。はい?お化粧?もちろんスキンケアと日焼け止めは欠かしませんよ、皮膚ガン超怖い。

 でもファンデーションなんてのせません。だってすべて落ちるので。

 別に会社まで全力疾走するから、汗で化粧が落ちるとかではありません。

 この季節、マスク着用が標準仕様となるからです。

 ファンデーションでマスクの内側肌色とか本気でへこむ…。


 世の中には伊達眼鏡ならぬ、伊達マスクというのが存在するらしい。

 そんなあなたと鼻を取り換えたい!!私の願いは切実です。


 薬を飲めばいい!私も最初はそう思いました。


 でもね、花粉症の薬と、私との相性は最悪としか言いようがないんです。

 他の内服薬では症状なんて出ないのに、花粉症の薬だけは私を拒みます。

 いや、私の身体が拒んでいるのか。

 一粒飲めばたちどころに襲う眠気とだるさ。呂律は回らなくなるし、車の運転なんてもっての外。

 新しい眠くなりにくい薬?ええ、試しましたよ。眠くなりましたが何か。


 首を傾げるお医者さまと共に、私の首も45度くらい傾いだと思います。前に。




「…ということで、集合は寺前駅に8時で大丈夫ですよね」


 目の前の席で弁当をつついていたはずの鈴木君が、こっちを見ながら微笑んでいる。

 既に彼の弁当は閉じられていた。いつの間に…これが時空の歪みってやつですか?


 ……ん?駅に集合って何の事でしょう。


「ちょっと明日香、聞いてなかったでしょ」


 隣で定食を食していたはずの同期の高井麻理(たかい まり)が、プリンを掬う手を止めてこちらを呆れ顔で流し見た。

 定食の盆を返して、さらに追加のプリンゲットしてきたの!?…イリュージョン?


 ふと自分の手元の定食を見る。

 !!!


「唐揚げが消えたよっ!?」


「さっき自分で食べてただろうが」


 タイミングばっちりの突っ込みは麻理の隣に座る川本さんからだ。経理事務の主任であり私と麻理の上司、そして同期入社でもある。あちらは大卒、私と麻理は高卒です。

 最近買い換えたシルバーフレーム眼鏡は良く似合っているけど、神経質さが2割増しくらいに見えるから、諸刃の刃だと思います。



 ごほん。どうやら私は憎いあいつら(花粉)の事を考えて、意識を飛ばしながら唐揚げ定食を完食していたらしい。


 昼休憩も終わりの時間が近づき、そのまま解散となってしまった。

 結局8時集合って何の話だったんでしょう?


 今日の昼食は食堂の六人掛けテーブルだった。


 いつもなら麻理と二人の昼食なのだが、タイミングがちょうど合った事もあり川本さんも一緒に三人で、という話になったのだ。しかしテーブルも結構混み合っていた為同じように席を探していた三人組と相席となったのである。

 それは営業部の有名人、高橋課長(このご時世に三高を地で行くテライケメン)、期待の新人鈴木君(わんこ系とお姉さま方には絶大な人気の可愛い系)、そして同じく新人田中さん(既に社内お嫁さんにしたい女子ぶっちぎりのNo.1という美人)というキラキラトリオでした。


 キラキラしすぎて当然話も弾まない、と思っていた私は甘かった。

 相手は営業部所属の課長と新人達。話術は彼らの専門分野でした。

 一緒に飲みに行ったことすらないというのに、随分話が盛り上がってしまったのだ。

 そしてこの時期、食事時以外はいつもマスク着用の私の話になった。



 キラキラトリオ(もう面倒だからコレでいいよね)は同郷出身で、彼らの地元には何とスギとヒノキが生えていないらしい!本当ですかっっ!!


 北海道?北海道なの!?行ったことないけど、スギとヒノキが分布してないんだよね!!

 確か北海道にはその代わり白樺の花粉症があるらしいけど、私は主にスギとヒノキだからノープロブレム!!


「めちゃくちゃ羨ましい!!移住したいくらいだよっ」

 私は若干オーバーなくらいに反応してしまった。


「…さっき食堂でも全く同じ勢いで食いついてたけど」

 三時休みにチョコを摘まみながら、麻理が説明してくれた。


「いや、ここまでは覚えてるんですけどね。どうしてその三人の地元に私達が遊びに行く話になったのかが、思い出せないんだよ」


 こんな大事な話をちゃんと覚えてないなんて、ダメすぎる、私。

 これも食事の為にマスクを外したせいだと思いたい。……ですよね?

 鼻水とくしゃみを気合いで我慢してたからね。正面の鈴木君の愛妻弁当(勝手に断定)に飛沫をかける訳にはいきませんから。


「あー。何となく意気投合?して、『帰郷するつもりだったし一緒にどうですか』って鈴木君の提案で、金曜日からの三連休に行ってみようってなったんだよね」


「何となくって、麻理もいまいち理解してないじゃん!良かった、類友だね」

 って言ったら、『私はそこまでひどくない』って言われた。


 なに、私は酷いの?……何が。頭ですか?



 麻理と川本さんも一緒だし、親睦会的なノリで三連休には久しぶりの花粉無し生活だ!!と、浮かれていたあの日の自分の首をきゅっと締めてやりたい。



 ・・・・・・・・・・・・・・



 待ち合わせの寺前駅に行くと、そこには鈴木君が一人で立っていた。


 人待ち顔で佇む姿が絵になってます。少しだけ茶色がかった髪と、ピンと伸びた背筋。

 流石に朝の8時だからナンパなんてされてはいないけど、集合があと二時間遅かったなら格好の餌食でしょうね~。ちゃんと彼女(田中さん)と一緒にいないとダメだぞ。


 鈴木君がこちらを振り向き、パッと顔をほころばせる。

 くうっ!その笑顔、同課の神崎先輩に献上したい!きっと私の三時のおやつが豪華になるでしょうに!


「おはようございます、星野さん!時間ぴったりですね」


「おはよう~。朝から元気だね。待たせちゃったかな?他のみんなは?」


 川本さんとかは遅刻なんて絶対あり得ない感じなんだけど。何たってシルバーフレームの眼鏡ですから。あ、偏見ですか。

 鞄からスマホを取り出して、麻理に確認のメールを入れようとしたら、今更ながら受信メールがある事に気付いた。


「あ、川本さんと高井さんからは断りの連絡がありましたよ」

 鈴木君がサラッと言い放つ。はいいっっ!?


 急いで受信メールを開くと

 件名:ごめんね(はあと)

 本文:いきなりですが川本さんと付き合うことになりました!!

 三連休は二人で過ごすので、明日香はそっちで楽しんできてね♪

 休み明けに二人で飲みに行こう!



 …………。


「ちょっ!まていっ!!」


 急いで麻理のスマホに電話する。スマホで電話かけるのなんて機種変してから初めてだ。

 …電話は繋がりませんでした。


 昨日まで二人とも普通に仕事してたじゃんっ!

 あれか、発情期か。人間にもあるってのか!

 しかしメールは昨日の夜に送信されていたので、見なかった私も悪い……のでしょうか。

 私は肩を落とし、諦めることにした。友人の春はめでたいものだ。

 たとえ友情より男を優先する友人であろうとも!!

 でも、休み明けには二人にあの伝説の言葉を贈ろうと思います。『爆発しろ!!』……と。


「あの、鈴木君。二人が来ないってことは…」

 マスクの中の私の口元は引きつっていることでしょう。


「星野さんに、高橋さんと田中、俺の四人ですね」

 これ、もしかしなくても私お荷物じゃない?


「えーっと、三人は里帰りな訳だし、私ってばお邪魔な様なのでこの辺で…」

 軽くフェードアウトさせてくれないかな~と思ったんですけど、ガッチリと腕を掴まれました。


「車、こっちに止めてありますから」

 鈴木君が良い笑顔で私を引っ張っていく。彼の手には私の旅行バッグが…。

 人質なの!?いつの間にっ。


 こう見えて人見知りなんですよ~。会社の範囲内っていう決まったスペースでなら楽しい先輩を演じてみせるけど、他三人がほとんど他人なんて、楽しい訳ないじゃんか…。

 休み明けの飲みは、麻理に全額奢らせてやる…いや、川本さんに出させよう!


 ところで、この後の行程ってどうなっているんだろう。北海道なら飛行機だよね。空港まで車移動かな。まさか車でフェリーとか使って行ったりはしないよね。

 全部お任せで、麻理の腕に縋ってついて行く気満々だったからなあ。今更、目的地北海道で良いんだよねって…聞けません。


 駅のロータリーに止められたワゴン車には、既に高橋さんと田中さんが乗っていた。

 私も二人に挨拶をして後部座席に乗り込もうとして気が付いた。

 あれ、席順おかしくない?


「ねえ、私が後部座席で良いの?田中さん、鈴木君の隣が良いんじゃない?」

 私に愛し合うカップルを引き裂く趣味はない。

 逆に巻き込まれて大変な目に遭うくらいなら、挨拶以外に実のある話をした事のない高橋さんの隣にでも、喜んで移動しますとも!


「え!?とんでもないっ!!」

 田中さんからすっごく高速で首を振られました。


「あれ、二人って付き合ってるんでしょ。ほら、会社の弁当お揃いだったし…」


 んん?何故だか運転席の高橋さんが恥ずかしそうに目を逸らしたんですけど。

 隣で鈴木君が笑っている。

「昼の弁当なら、あれは高橋さんが作ってくれた弁当ですよ?田中だけじゃなく、高橋さんも同じの食べてたでしょ?」


 …見てなかったよ。

 新人二人が同じ弁当って微笑ましいわね~とか思っていました。

 まさかの高橋さんが弁当男子。しかも三人分作るって、イケメン半端ないな。いや、これが乙メンってやつですか?

 同郷愛ってこんなにも結束力が強いのねぇ…。私、絶対お邪魔虫ではありませんか。


 結局私と鈴木君が後部座席に乗り込み、車が動き出す。


「星野さん、良かったらお茶どうぞ」

 助手席から田中さんが、紙コップに入れたお茶を渡してくれる。

 温かい湯気から、良い香りがする。フレーバードティーかな。


「ありがとう!その女子力私も見習わなきゃな~」

 と若干おばちゃん風の感想を述べて口にする。美味い!

 お嫁さんにしたい女子社員No.1は伊達じゃないね!

 彼女は一部の男性社員から『うみたん』と呼ばれている。名前が海花(うみか)ちゃんだからね。…たん。本人非公認ですが。


 車が走り出して5分もせずに、何だか急に眠気が……。


「星野さん、これから高速乗りますし、寝ていて大丈夫ですよ」


 いや、そんな行きから寝るってどんな失礼なやつなんですか…。

 そう思いながらも口に出す事も出来ず、私は睡魔に屈してしまった。



 ・・・・・・・・・・・・・



 目を開けたら見知らぬ天井でした。

 肌触りの良いシーツから花の香りがする。私は大きなベッドに寝かされていたみたいだ。

 いつもなら、起き抜けは鼻が詰まってのどが痛くなっているはずなのに、今は痛くない。

 久しぶりに熟睡出来た気がします…。


「ああ良かった!随分長く眠っていたので心配したんですよ」


 ああ、うん。ご心配お掛けしました。

 ところであなたは田中さん?その恰好は何かのコスプレでしょうか。

 肌に貼られた鱗がまるで本物みたいに良く出来てますねえ。


 足元からくすくすと笑い声が聞こえたので視線を向けると、鈴木君がいました。

 こちらは見た目はあまり変わりませんが、頭に角が生えてます。二本の巻角です。


「本物だよ、ウミカの鱗も俺の角もね」


「あ、声に出てましたか。失礼しました」

 寝ぼけながらも、近づいてきたその顔を観察すると目の色が違いました。

 最初は充血してるのかと思ったのですが、黒目の部分が深紅です。綺麗だけど、暗色系じゃないといまいち締まらないよね、などと考えて………。


「ぐう………」

 もう一度、二度寝のふりして寝てみた私は、悪くないと思う。




「………北海道、違うじゃん」

 私はベランダからの眺めに圧倒されながら、つっこみを入れてみた。


「誰も北海道だなんて言ってませんよ?スギとヒノキがないって言っただけで」

 隣の鈴木は終始ご機嫌だ。もうこんな奴、呼び捨てで良いと思う。



「そりゃあ無いでしょうよ、魔界(・・)なんて異世界にさあ!!」


 何だ、魔界って!それも各国政府公認で世界的に交流をしてるって。

 そんなの存在するなら発表してよ!!パパラッチよ、仕事をしろ!


 目の前に広がる景色は鬱蒼とした森。しかし形状というか、色合いというか、独特な雰囲気を発していらっしゃいます。もう、敬語で話しかけるくらいにね。だってウゴウゴ動いているんですよ?食虫植物自立歩行型…とでも命名しましょうか。きっとこの森ではスギやヒノキなんて生存競争勝てません。

 空に輝く太陽は赤黒く光っているし。赤黒くてもちゃんと光源は確保できるものなんですね……。


「私をこんな所に連れて来てどうするつもり?」

 鈴木を睨みつけると、きょとんとした顔で見つめられた。


「え?ここなら花粉症に悩まされないから、マスク外せるでしょ?」

 心底不思議そうに言い放たれました。

 奴の後ろに『良いことしたから褒めて褒めて!!』とぐるぐる回るエアー尻尾が見えそうです。…ワンコ系って、こういう意味だっけ?


 穏やかな文化交流の為に、魔界の住人は私達の世界に秘密裏に出入りしているらしい。

 気分は留学や観光、そして職業体験。異文化交流なんだそうな。

 私達の世界からも選ばれた人間が何人も魔界に来ているが、ほとんどが政府関係者。

 もっと民間に根差した交流をということで、一般人とも交流を図る為に、許可を取れば招待が認められているらしい。


 鈴木よ…魔界の中で許可取ったのに、本人に許可取ってませんよ?


「星野さん、花粉症から逃れる為なら守秘義務くらいへっちゃらでしょう?」

 約一月半ぶりのクリアな鼻孔を実感し、私は不本意ながら頷いたのだった。



 魔界と人間界(?)の移動はドアtoドアでした。

 車移動と見せかけて、眠らされた私を連れて自宅マンションに移動。

 ドアを潜るとそこは魔界という素敵仕様です。

 鈴木は催眠術師だったんですね。え、違う?


 まあ、起こってしまった事はしょうがない。憎いあいつら(花粉)が撤退するまでの間、せっかくなので花粉症に悩まされない日常を存分に活用させて頂く事としましたよ。

 移動も三人の暮らす、というか使用しているマンションのドアを潜るだけなので、私の自宅からなら30分、会社からだと15分です。


 土日にのみお邪魔をするなんていう遠慮をしていたのは、最初の一週間だけでした。

 今では私服に会社の制服、部屋着まで持ち込んで、ほぼ入り浸り状態です。

 会社から直で魔界のドアに向かいますよ!

 朝夕二食付き花粉無し!!


 恨むなら私に声をかけた自分達を恨むが良い!!


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