街の様子(2)
試食の残りを平らげようとすると、どこからともなく小さい影達が現れた。
「するい、俺達も食べたい!」
突如現れた少年少女たちは出された刺身を見つけると、羨ましそうな眼差しを向けてきた。
「こらこら、おまえらはこの間も食べただろ。もっと食べたかったらお父さんかお母さんを連れてくるんだな」
「だって、『どうせ食べ物を買うお金なんてない!』って言われるもん!」
「うちもうちもー」
踏ん切りがつなかそうなので、余っていた分を子供達にあげる。大喜びの様子にやや焦りを覚えながら店主に質問をした。
「……この国は食べ物がないほど困窮してるのか?」
ぶんぶんと首を横に振ってくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「食べるものはあるんだよ。お金はたくさんはないだろうがが、たまにの魚が買えないほどないわけではないと思うぞ」
じゃあ、なぜ?という疑問が顔に出ていたのだろう。魚を食べ終えて走りさっていく子供達を尻目に、説明を続けてくれる。
「うちの国の王様は悪い人じゃないんだが……なにぶん真面目なお方でなー。健康を害するほど食べられないのは問題だけど、それ以上を求めるのは贅沢って考えなんだ。戦争からの復興で色々費用が必要になるこのご時勢では、優先度を下げるべきだろうってんで。復興や国の発展に欠かせない建築や魔法の研究なんかには惜しみなく金を使ってくれてるみたいなんだが……」
なるほどな。前世でもぜいたく品を極限まで切り詰めて、伸びが見込める業界や金融資産なんかに全てを投資するFIRE戦士たちがいたな。経済的なことだけ考えれば間違いなく正解だが、国全体にそういう空気が蔓延していると少し窮屈に感じることもあるだろう。一種の自粛疲れみたいな状態と言えるかもしれない。
「街では戦争時に備蓄していた乾物の余りが配られてるから飯自体はあるんだ。噂じゃ民に示しがつかないってんで、王様自身も大事な会食以外の場では非常食で賄ってるらしい」
「それは……すごいな」
どんだけストイックなんだ王様。軍人上がりでゴリゴリの体育会系とかなのだろうか? ちょっと暑苦しそうで怖いな。
きっと引きつった笑みを浮かべていたことだろう。怪訝に思ったのかリーリャが口を開いた。
「わたしたちの町、どう……?あきらが住んでた所と違う?」
「うーん……実はそんなに違わないのかもな。街並みは綺麗だし、今のところ会った人はみんな優しそうだし、良い街だと思ったよ」
励まそうとして、うっかり頭を撫でてしまう。あれ、これセクハラかな?と思ったがリーリャは無反応だ。
「でも、その割にあきら、微妙な顔してた」
さすが目利きに自信があると言っただけあり、鋭いところをついてくる。
良い街だと言ったのは嘘偽りない本心である。だが、どこか、どんよりとした暗い印象を持ったのも事実だ。
「なあリーリャ。逆に質問なんだが、お前は今の街好きか?」
「うん……。パパがいた頃からずっと好き。でもなんだか最近は、みんな好きじゃなくなっちゃったみたいになってて寂しい」
「やっぱり、昔はもっと活気があったのか?」
「うん、お店もいっぱいあったし、こんなに静かじゃなかった」
戦争があったと聞いた。辛いこともたくさん引きずっているのかもしれない。
それでも楽しい事を我慢してでも、全速力で立ち直ろうと懸命に進んでいる。
――本当にすごい街だ。
でも、それだけで良いのだろうか。まだ来て一日と立っていない俺が言うのもおこがましいが、今のままではいずれ限界がきてしまう気がする。
「おやっさん、考えがある……明日はこの魚、久々に丸まる一匹仕入れてくれないか?そうだなー、なるべく大きいほうが良い」
「あきら……?」
心配そうに見つめるリーリャの頭を、今度はしっかりと思いを込めて撫でた。
「店と……上手くいけば街も元気にするための策を思いついた」
心を覆ってしまった悲しみをぶち破るために。溜め込み過ぎた我慢を吐き出させるために。そして何より、楽しむ心を思い出させるために。
「一緒に、どでかい風穴開けてやろうぜ」