赤、赤、アカ、あかあかあかかかあがあが、あがああああ! あがああああああ!
■崎■■郎の話
Aについての話だけど、どっちのAかな? 登校中の小学生の列に自動車で突っ込んだA? それとも、急に消えてしまったほうのA? ――ああ、消えたほうか。僕は直接にはAは知らないんだ。知り合いの知り合いで、その知り合いってのが神主なんだけど、Aが消える前、Aの後ろで手招きをしている女の霊を見たって言うんだ。その幽霊に連れていかれたって。ただ、もうひとり、Aの知り合いがいて、そいつが言うには、Aは結構借金をしてて、闇金みたいな連中からも借りてて、それが返せなくて、生き埋めにされたんじゃないかって。ん? ああ、その闇金は薪神社事件を起こしたほうじゃなくて、政治家の甥が経営していて違法入国したベトナム人を奴隷にして荒稼ぎしているほうの闇金だよ。まいった話だよね。僕みたいなソフト闇金は闇金のイメージを何とかマシなものにして社会に迎合しようとしてるのに、ハードな闇金が不良債務者をひとり生き埋めにするたびにその努力はあっけなく潰えてしまう。赤潮みたいな連中だよ。こっちが必死につくった砂の城をやつらがザブンと台無しにする。Aのことは直接は知らないけど、知り合いふたりはひどく心配してるから、無事戻ることを祈るよ。
鈴△△理美の話
BってどっちのB? ホステスやっててホストに全財産貢いだ挙句、ストーカーして刺しちゃったほう? それとも急に消えたほうのB? ――ああ、消えたほうね。Bが消える前に最後にあったのはあたしだけど、全然消える様子なんてなかったな。また、明日ね、って。ふつーに分かれて、次の日、無断欠勤。Bってのはクソがつくほど真面目ちゃんだから、何かあったのかなって思って、アパートを確認したり、実家に電話したりしたけど、きれいさっぱり消えちゃった。マリー・セレステ号みたいに食べかけの朝ごはんがあったわけじゃないけど、財布もスマホも家のなかに置いてあった。ちょっと普通じゃないなと思ったけど、警察は全然当てにならなくて。闇金? ないない。Bの実家は地主一族で大金持ちだもん。それに闇金が女の子をさらうってことはどこかの風俗で売春させるってことでしょ? それなら、どこかから、Bが仕事してる店なり会社なりのことがきこえてくるはずだけど、全然。でも、Bがいなくなって、会社はすごく困ってるよ。造形じゃ、うちの会社じゃ一番だったからね。いや、業界一番か。メリィ・ビスケットの爬虫類シリーズとか、ゴーカート・スナックのどんぶり飯シリーズとかの大型案件だって、Bがいなかったら、取れなかっただろうし。社長もそのこと知ってるから、すごく焦ってると思うよ。でも、社長は何でも受けちゃうタイプだからね。いま、やってるのは本当に気色悪い。どっかの環境保護団体からの仕事なんだけど、赤潮シリーズっていうの。こんなおまけ、どんな子どもが欲しがるんだろ。
槙田■■の話
Cってどっちのほうだ? 甥が闇金してる政治家のC? それとも急に消えちゃったほうのC? ――ああ、消えたほうか。Cが消えた理由は簡単だ。A事件のせいだよ。いや、消えたほうのAじゃなくて、小学生の列に自動車で突っ込んだほうのA。あの事故でCはふたりの娘を一度に失って、妻は自殺。Cは抜け殻になって、最後のほうはかなり危なかった。薪神社の石段に座って、朝から晩までぶつぶつつぶやいてたり、血が出るまで木に頭を打ち続けたり。もう、自分でも何してるか分かんなかったんだろうな。Cはフリーのライターのなかでは最近、大活躍で実入りも結構よかった。家族四人、幸せのモデルみたいだったのに、どこかのバカが小学生をボウリングのピンにして、このザマだよ。本当にムカつく事件だ。――Cが最近、追ってたヤマ? 薪神社のことを追ってたっけ。そう、闇金が起こしたやつ。でも、Cはあれは闇金とは関係ないって。もっと別のものが関係してるって言って調べてた。ケーサツは全然当てにならないし、大手はどこもこのネタを追わない。まあ、正直な話、おれも、あれはあの闇金どもの仕業だと思うけど。あ、Cが消える前に一度、うちに来たんだけど、そのときにCは手帳を忘れてったんだよ。まだ三十歳なのにICレコーダーは甘えだとか古風なこと言ってて、その手帳の最後のページがこれ。『薪神社⇒闇金×。県警? 赤潮???』
△△△△△の話
Dさん……どっちのDさんですか? 署のトイレで拳銃自殺したDさんですか? それとも消えてしまったほうのDさんですか? ――はい。わかりました。消えたほうのDさんですね。お話する前に二点確認したいことがあります。報酬の件です。正直、わたしは噂話以上のものは提供できません。あとは写真が一枚。それでもかまわないんですね? ――わかりました。もうひとつはわたしの名前は絶対に出さないこと。このふたつを守っていただけるのなら、お話します。――わかりました。では、まず写真です。この写真は御神木です。いえ、薪神社ではなく、Aという人物と面識のあった神主の神社で撮られたものです。いえ、Aというのはあの事件を起こしたほうではなくて、行方不明になったAのほうです。Dさんについて、ですが、これは外には漏れてはいない話ですが、Dさんは免職がほぼ決まっていました。証拠品の横領がバレたのです。普通なら気が気でないはずですが、Dさんは余裕そうでした。切り札がある。そう言っていました。「おれを免職にしたら、県警トップのクビが飛ぶだけじゃない。官僚も政治家も芸能界の大物も吹っ飛ぶ」。Dさんは虚言壁のある人だったので、そもそも鑑識なんてすべきじゃなかったのですが、ともあれ、Dさんは何かを握っていて、それが手元にある限りは自分は安全だって言っていたのです。Dさんと最後に会ったのは行方不明になる前日です。わたしの住んでるアパートまで来たのです。夜中に女性のアパートに中年の横領犯がやってくるなんて、嫌なシチュですが、Dさんはわたし以外は信用できないと言っていました。雨が本降りの真夜中にずぶ濡れのレインコート姿のDさんは目を常に左右にきょろきょろさせていて、わたしと話している最中でも五秒に一回はふりかえり、自分の背後に何かがいないかと怯えていました。「とんでもないことになった」「何がとんでもないんです? 大丈夫ですか?」「大丈夫なわけがない! これをあずかっててくれ」そう言って、わたしに大きな、でも、薄い封筒を押しつけました。「これがある限り、おれは安全だ。たぶん」それをわたしに渡しても安全なんでしょうか? Dさんはすっかり錯乱していて、メソメソ泣き始めました。「とにかく落ち着いてください。なかに入って。お茶でも出しますよ」わたしがそう言ったら、Dさんは目を見開いて、まるでわたしが危険な毒ガスか何かみたいに「お前もグルだったのか!? お前、おれを売ったのか!」否定する時間もくれず、Dさんは逃げていきました。これがわたしが見たDさんの最後です。そして、Dさんがわたしに押しつけた封筒の中身が、いま、あなたにお渡しした写真です。丑の刻参りみたいですけど、釘に打たれているのは藁人形とかでは絶対にないですし、このよく分からない、触手――みたいなもの、ちょっと像がぶれてます。こんな釘を打たれても、まだ生きているみたい――そもそも生き物なんでしょうか。この写真の何がDさんの安全を保障してくれていたのかは分かりません。実は、この写真、一度他の人に見せたことがあるんです。Bという方です。――いえ、ストーカー殺人を起こしたBではなく、行方不明になったBさんです。BさんはDさんの年の離れた従妹で、理由は教えてくれませんでしたけど、Dさんを探していると言っていました。わたしもあまり関わりたくなかったのですが、しつこく食い下がってきたので、仕方なく、手掛かりのひとつとして、その写真を見せたのです。そうしたら、Bさんは「ああ、やっぱり赤潮だった」と言いました。それが何を意味しているのかは知りません。この写真には海は写っていないし、そもそも白黒写真です。
大■保彰一■の話
Eというのは、どちらのEだね? いまもそこで控えている僕の秘書のEかね? それとも行方不明になってしまったほうのE? 後者のE、ふむ。E、済まないが外してくれ。お客さんとふたりきりで話したい。――さて。Eが行方不明になったとなると、Cは終わりだな。今週中に議員をやめさせる。だいたい甥のしでかしたことをいちいちもみ消してきたこっちの身にもなるべきなのに、礼を失していることが、前から気に入らなかった。あの男が議員でいられたのはEがかわいがってやっていたからだ。Eがいないのにやつが議員でいられる理由は存在しない。――やれやれ。僕らは忘恩と不道徳の時代を生きている。いまの議員たちのうち、自分の名前をきちんと書けるものが何人いるか。墨のすり方も知らんものばかりだ。あなたは名前は書けるかね? ほう、祖母が習字の先生でみっちり鍛えられたと。それはいいことだ。おばあさまは先見の明があった。……しかし、あなた、行方不明の人間を探すというのは、不思議なものだね。僕は十七歳のとき、ゼロ戦工場で使われていた。足がこの通りなもので、徴兵はされなかった。戦争中で多くの同僚や友人が、「また、明日」と言って分かれて、消えてしまった。B29の落とした爆弾が直撃して。そんなことが何度もあった。戦時中、人が消えることは信号待ちをするくらい普通のことだった。ただ、Eが消えるというのは少し違う。僕よりも五つも年上で生命維持装置につながれたEが医者や看護婦に見つからず、消えてしまうというのは明らかに異常だ。――Eとはゼロ戦工場で一緒だった。「また、明日」で消えなかった最後のひとりだ。戦争が終わると、僕とEは工場から盗んだ金属でハサミやヤカンを拵え、ちょっとした財産をつくった。それをうまく使って、まあ、それなりの地位を築くことができた。長生きもした。長生きというのはどうにも健康によくない。長生きするということは友人たちに取り残されるということだ。Eは数少ない友人だった。それが消えてしまった。総理大臣の首を十回もすげかえた人物が、あっけなく。薪神社事件の真相を知る、この世でたったふたりの人物。その片割れ。僕? もちろん知っている。ちまたで言われているような闇金絡みではない。もっと、違うもの。もっと大きなもの、古いものだ。それを教えてもいいが、ただ、その前にひとつ、見せてもらいたいものがある。Dという不良鑑識が撮影した写真があるだろう? あなたがそれを持っているのは知っている。それをまず見せてもらいたい。確認しないといけない。――ありがとう。……ああ、これは、あかだ。赤赤赤。ちくしょう、B29だ。爆弾だ。体が消える。みんな消えるぞ! あか、あか、あか。あ、あ、あ、赤潮。赤潮だ、この赤潮は古すぎる! 赤、赤、アカ、あかあかあかかかあがあが、あがああああ! あがああああああ!