79話:ひったくり
ブシュネ領、王都。
国王陛下のおられる立派な城があり、人も物も最大限に集まる、この国最大の都市。
規模も洒落にならないほど大きく、ひかり1人ならあっという間に迷子になってしまいそうなほどだ。
「こっちこっち! ここのクレープ屋がまたおいしーの!」
「あ、あれ、ケーキを食べるんですよね?」
「もちろんケーキとクレープ、両方食べるよ!」
生き生きとした様子で、ひかりを引っ張っていくリーゼロッテ。
街中は人が多く、すし詰めというほどではないものの、注意していなければぶつかってしまいそうだ。
そんな人通りの多い通りを、リーゼロッテは迷わず進んでいく。
彼女にとって王都の街並みは、庭のようなものなのかもしれない。
そんなリーゼロッテになんとかついて行っている間、ひかりはふと前方を見る。
(ん?)
前方から、フードを被った人物が、走ってくるのが見えた。
「どしたん?」
リーゼロッテが振り返ってひかりに尋ねるが、フードの人物はあろうことか、リーゼロッテに思い切りぶつかってきた。
「あだっ!?」
ちょうど振り返っている所に思い切りぶつかられ、リーゼロッテは尻餅をついて転んでしまう。
「あ……」
「あっ! やられた! ドロボー!!」
気づけば、リーゼロッテの持っていた鞄が無くなっていた。
先ほどのフードの人物にぶつかられて、そのまま盗られたらしい。
周囲の人はざわめくが、フードの人物は遥か先だ。
「あちゃー、こりゃやらかしたかも……」
「わたし、取り返してきます!」
「えっ!?」
その発言にリーゼロッテがひかりに視線を戻すが、ひかりはすでに姿を消していた。
隠密999を、オンにしたのだ。
(《サーチ》!)
ひかりは《サーチ》の魔法で、鞄を盗んだ人物のみを特定。見失う可能性を潰す。魔術スキルを伸ばしているがために出来た芸当だ。
次に隠密999を生かし、人混みに紛れながら、建物へと移動した。
そして神器、【忍刀「首切蝶々」】の効果で、軽々とジャンプし、建物の屋根に登った。
(逃げた人はっと……)
《サーチ》で位置を把握したまま、ひかりは上りに上がった跳躍能力で、建物の屋根沿いに立体的な移動で追いかける。
こんなことをしても、隠密999なので誰にも気づかれなかった。
ややあって、リーゼロッテの鞄を盗んだフードの人物まで追い縋る。
その人物は、路地裏で、鞄の中を物色しているところだった。
「いやー、チョロいチョロい。お、金貨が入ってら、大当たりだ! 鞄も高そうだな。カードと化粧品は……いらねぇな」
鞄の中身からお金になるものを抜き取る、フードの男性。
ひかりは隠密999を生かして、そっと近づく。
「あの!」
「うおあっ!?」
隠密をオフにして、話しかけるひかり。
男は思い切りびっくりして、跳ね上がりながら振り返った。
「鞄、返してください! 中身も!」
「な、なんだ、ビビらせやがって、一緒にいたガキじゃねぇか。いや、どうしてここまで着いてこれたんだ?」
「け、憲兵を呼びますよ!」
「呼んでみやがれ。こんな路地裏まで来るとはまったく思えないがな!」
フードの男は、ギラリと光る大ぶりのナイフを抜いた。
ひかりは思わずびくりとする。
その様子を見て、男はニタリと笑った。
「正義感だけで突っ込んできやがって、さては後先考えてないな? これからどうするつもりだったんだ? 大人しくはい返しますとでも言うと思ったか?」
ひかりとしては、そうしてくれると助かったのだが、現実はあまくなかった。
(どうしよう……)
《ホーリーライト》と隠密999を組み合わせて再度隠れ直し、後ろから【アサシンダガー】で切り付ければ、簡単に倒せるだろう。
しかしそれをやってしまうと、下手すれば殺しかねないし、そうでなくても大怪我をさせてしまう。
ひかりに人間を傷つけるだけの度胸は、まだなかった。
「おら! どうした! 助けでも呼んでみろよ!」
調子づいた男が、ナイフを見せびらかしながら脅すように声を上げる。
彼からすれば、ひかりはいい服を着たどこかのお嬢様に過ぎない。
ナイフ一本で簡単に脅せると踏んでいた。
実際、ひかりには有効打がなく、たじろいだ。
と、そこに、声をかけてくる新しい人物がいた。
「あー……取り込み中悪いんだが、その鞄返してくんね?」
ひかりの後ろに、いつの間にか中年の男性が立っていた。
中年といっても、無精髭を生やしているぐらいで、出立ちは鎧に外套、腰には剣。がっしりとした体つきの、いかにも冒険者か用心棒といった見た目だ。
(気づかなかった……)
取り込み中というのも確かにあったが、ひかりの感知能力を持ってしても、後ろに立たれるまで気づけなかった。
それだけ、優れた隠密持ちなのかもしれない。
「なんだてめぇ! 邪魔するならお前も……!」
「よしな。ナイフ一本じゃ鎧と剣には分が悪いだろ?」
「チッ!」
フードの男は、鞄を投げ捨てて逃げ出す。
不利とみるや真っ直ぐに逃げ出す、潔い行動だった。
落ちた鞄は、すぐ近くにいたひかりが拾い上げた。
「あ、お金抜かれてる……?」
フードの男の言っていた金貨がなくなっているのを見て、ひかりがそう呟く。
しかし中年の男性は、諦めたように言った。
「まあしょうがないさ。油断して金貨数枚の損失、お嬢にはいい勉強料になったろ」
「お嬢?」
ひかりが聞き返すと、中年男性は頭を掻いて答えた。
「あんた、お嬢のご友人じゃないの? 隣歩いてたろ」
「リーゼロッテさんのことですか?」
「そうそう。俺は陰ながら、リーゼロッテお嬢の用心棒をしてるわけよ。名乗りが遅れたな、俺はウォルフってんだ」
「初めまして、ローズマリーです」
ペコリと頭を下げて、男性ウォルフに偽名での挨拶をする。
ウォルフは顎ヒゲをさすりながら、ひかりの方をじっと見た。
「立ち振る舞いからして、あんまりベテランっぽくはないんだが……率直に聞いていいか? どうやって俺より早く盗人に追いついた?」
「……秘密です」
リーゼロッテの知り合いなら別に敵ではないのだが、無闇に手の内を明かすべきではないと判断し、ひかりはそう返した。
「まあいいか。こうしてお嬢の鞄を取り戻してくれたんだろ? ありがとうな」
「あ、でも中身……お金が……」
「抜かれたのは金貨か? 金貨なら足が付きやすいし、うちの商会の方で網貼っておくから、気にすんな」
「商会?」
「おっと、忘れてくれ」
要件はそれだけと言わんばかりに、ウォルフは手をひらひらさせて、その場を立ち去った。
ひかりはリーゼロッテの鞄を手に、持ち主を探すため再び屋根に登った。




