75話:補習
翌日。
授業自体はプラムの指導のおかげで、ひかりはかなり理解することができた。
もう少し勉強すれば、周りについていけるのもそう遠くないだろう。
そして授業の最後に、教師が紙束を抱えて生徒たちに向けて言った。
「最後に、先週行いました魔術の筆記テストを返却します。採点が30点未満の生徒は、この後補習授業がありますので、残ってください」
どうやらひかりたちの来る前に、テストがあったらしい。
生徒たちの名前が次々と呼ばれ、テスト用紙が返却されていく。
皆うわー、とか、ぎゃー、とか言っているあたり、なかなか難しいテストだったようだ。
「そして、アオイさんと、ローズマリーさん。転入直後のため、まだテストはありませんでしたが、授業について行くためにも、補習授業を受ける事を提案します。強制ではありませんが、いかがしますか?」
クラス中の生徒が注目する。
ひかりとしては、授業についていきたい。なので補習を受けるのにやぶさかではなかった。
「う、受けます……!」
「受けます」
ひかりことローズマリーに続き、アオイも補習を受けると返事した。
ひかりは少し驚いた。
プラムは人に魔術の公式を教えられるほどに詳しい。補習を受ける必要などないように見えた。
などと考えていると、プラムから念話の魔術が飛んできた。テレパシーのように、話さずに相手にメッセージを伝える魔法だ。
(一応ね、転生者設定のあたしが普通に授業についていけたら、不自然でしょ? 筆記でもわざと悪い成績を取るからね)
(な、なるほど!)
(あんたは好きに勉強して筆記も真面目に取り組みなさい。あたしはとことん、魔力だけのバカを演じてるから)
それだけ伝えて、念話は切れた。
そういうわけで授業後、クラスメイトたちは解散し、補習を受ける生徒だけが残った。
教師は補習用の資料を取りに行き、教室に残ったのは、ひかりたちを含めて3名になった。
アオイ、ローズマリー、そして、水色の髪をした、女子生徒の3人だ。
「いや〜、赤点私だけかぁ〜。みんな頭いいなぁ〜」
ゆるい笑顔を浮かべながら、残された少女がそう言った。
独り言のように思えたが、彼女は席を立って、ひかりたちに近づいてきた。
「わたし、リーゼロッテっていいます。家名は名乗れないけど、よろしく、転入生さん」
「ど、どうも。えと、ローズマリーです」
「あはは、知ってるよー。転入生なんだから」
明るく話しかけてくる少女、リーゼロッテ。
水色の髪をセミロングに伸ばした美少女。スタイルもよく、制服が少し窮屈そうだった。
「気軽にリズとか呼んでくださいね。生徒としては落ちこぼれだけど」
へへっと笑うリーゼロッテ。
ひかりもつられてにこやかになった。
「そっちは、アオイさんですね。よろしく」
「どうも」
「実技授業すごかったですねー、わたし火の魔法はちょっと苦手で」
「あれはあたしの魔力量が高いだけで、別段すごいことでもないわ」
「おおー、さすが!」
饒舌に話すリーゼロッテに、アオイも適当な相槌を打つ。
和やかに話をしていた所にアオイが話を切り込んだ。
「ところで、あたしと同じ黒髪の生徒がいたのよね。亡くなったみたいだけど、何か知っているかしら?」
「え、いやー、私は全然……あはは、って笑い事じゃないですよね、すみません……」
リーゼロッテには特に情報は無かったようで、困ったような笑顔を浮かべた。
捜査は空回ったようで、微妙な沈黙が流れる。
そうこうしているうちに、教師がやってくる。
「皆さん、着席してください。補習授業を始めます」
こうして、話しは終わり、補習授業を行うのだった。
……。
……。
「ふー……」
ひかりは、ローズマリーの変装をしたまま、女子寮の大浴場で一息をついた。流石にメガネは外している。
エイボン魔法学校の寮には大きな浴場があり、ひかりは毎日欠かさずお風呂に入っている。
転生前は毎日風呂に入れていたが、異世界に来てからは宿には風呂がなく、お湯を買って湯浴みをするしかなかった。
こうしてゆっくりと湯船に浸かる機会はなく、ひかりはお風呂を満喫していた。
なお、隠密をオンにしている。
一応大浴場での、噂話を聞こうという魂胆ではあるが、本音はお風呂で人に話しかけられたくないからだ。
ひかりは基本、人見知りである。一人の時間は欲しかった。
湯船に浸かってくつろいでいると、他の女子生徒が騒いでいるのが聞こえてくる。
「聞いたー? リズ、補習だって」
「転入生以外で一人だけ補習って、笑えるー」
ギャイギャイと悪口で盛り上がっている女子生徒に、ひかりは辟易としていた。
こういうのは聞かないに限ると、ひかりは聞き耳をやめる、と。
「やべ、本人」
「ん?」
新たに入ってきた女子生徒に、悪口を立てていた女子たちがそそくさと立ち去る。
大浴場に入ってきたのは、補習で会ったリーゼロッテだった。
浴場なので当然裸であり、スタイルの良さが露骨に浮き出ている。
彼女は丁寧に身体を洗い、それから湯船に浸かる。
そしてあろう事か、ひかりのすぐ側までやってきた。
(おっと……)
ひかりがとりあえず距離を取り、ぶつからないように気をつける。
大浴場は広く、こんな近くに来るとは思ってなかったので、ひかりはドキドキしていた。
すると、ややあって、リーゼロッテが呟いた。
「もしかして……誰かいる?」
(!?)
ひかりは飛び上がりそうになった。
確かに隠密999をオンにしているはずだ。
目視では見つからないし、《サーチ》などにも引っかからないはずである。
「水の精霊が囁いててね、人一人分の窪みができてるって。私には見えないけど……さては、覗き?」
リーゼロッテがそう言うと、風呂のお湯が変化した。
お湯がまるで粘土のようにじわじわと固まっていき、ひかりは身動きが取れなくなる。
(わーっ! わーっ!)
「返事がないなら、このまま握り潰しちゃうけど?」
リーゼロッテは片目を瞑りながら、そう告げる。
ひかりにかかる圧力が、強まった気がした。
「わ、わーっ! わたしですっ!」
ひかりは慌てて隠密をオフにし、姿を現す。
そばに居たリーゼロッテは、びっくりしたように反応した。
「わ、ほんとにいた! もしかしてローズマリーさん?」
かくして、二人は思わぬ形で再開した。




