73話:剣術授業
別の日、剣技授業。
エイボン魔法学校では、魔法だけではなく剣術も習う。
最低限の護身術を学ぶためでもあり、また剣術を重点的に習いたい生徒は、選択授業でそちらを中心に学ぶこともできる。
さて、剣術授業だが、いわゆる体育としての側面も持つ。
剣を振るためには、まずは基礎体力が必要だ。
「まずは運動場5周! それから剣の素振りだ!」
生徒一同は、剣術教師の指導のもと学校にある運動場を走らされていた。
皆制服ではなく、シャツに短パンの運動着である。
季節は初夏、皆汗をかきながら、必死に運動場を走っていた。
その中で、圧倒的に皆から遅れている生徒がいた。
アオイ=ハセガワこと、プラムである。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「プラ……アオイさん、大丈夫ですか?」
「ぜぇ……ぜぇ……先行ってなさい……」
周回遅れになっているアオイに、ひかりが心配そうに声をかけるが、明らかに息も絶え絶えだ。
ちなみにひかりは高い敏捷とそこそこの体力により、かなり足が速いのだが、目立ってはいけないので、生徒の中での真ん中ぐらいを維持していた。
それでも、アオイを一周分追い抜かしていたのだが。
「あの子、体力ないのね」
「成績いいのは魔法実技だけか」
「そこ! 無駄口叩いてる暇があったらスピード上げる! 周回数増やすぞ!」
他の生徒がそう囁いているが、教師が叱咤する。
ともかく、他の生徒が運動場5周を走り終えた後で、アオイはまだ3周半ぐらいだったので、教師は4周でアオイを切り上げさせた。
「アオイさんはもう少し基礎体力を付けるように。次! 剣の素振りだ!」
今度は人数分の木剣が配られ、教師の手本通りに木剣の素振りが行われる。
ひかりは剣を使った事がないので、慣れない木剣に四苦八苦していた。
一方で、まだ息を切らしていたアオイは、綺麗な姿勢で剣の素振りをしていた。
その様子を見ていた教師が、アオイに向かって声をかける。
「アオイは剣術を習っていたのか?」
「はぁ、はぁ……実家で、少し……」
目線を向けないまま、木剣の素振りを繰り返すアオイ。
彼女はすでにまったく同じ学校を卒業済みなので、剣術指導はすでに受けている。
実は、身体強化の魔法さえ使えば、アオイも他生徒以上の動きはできる。
しかし剣術授業では魔法は使用禁止なので、それは使えない。
基礎体力が貧弱なアオイは、ふらふらになりながらも、とりあえず木剣はまっすぐに振れていた。
長い長い剣術授業という名の基礎体力作りが終わり、アオイは休憩中に水を飲んでため息をついた。
「し、しぬかと思った……」
「お疲れ様です」
ひかりことローズマリーが隣に座って、一緒に休憩をする。
ローズマリーとアオイはルームメイトなので、一緒にいても不自然ではないだろう。
「剣術指導はね……体力半分のあたしには地獄だわ……」
「確か……そういうギフトなんでしたっけ」
「そうよ、生命力と体力半分。もしこの水に毒でも入れられてたら、普通に死ぬわ。あ、でも今は毒無効の指輪があるから、死なないけど……」
想像以上に大変な体質のようで、ひかりは同情した。
しかしアオイは、ぐっと拳を握りしめて言う。
「でもこの苦労も、ローランのため。彼のためなら苦労は苦行ではないわ」
キラキラした表情でそう語るアオイ。
彼女はよほど、ローランドを好いているようだった。
「好きなんですね、ローランドさんが」
「そりゃーーーもうね! 彼のためなら嫌いな学校だって通えるわ!」
そう力説するアオイことプラム。
どうやら異世界でも、恋する乙女は無敵らしい。
「本音を言うと、早く帰って甘えたいなー。そういえば埋め合わせしてくれるって言ってたし、何お願いしようかなー。やっぱ1日デートかなー。いやもう少し踏み込んで……」
「休憩終わり! 全員集合!」
「チッ、もうかぁ」
休憩時間が終わってしまい、彼女の妄想は途中で途切れてしまった。
授業は後半、剣術の実戦試験に入るところだ。
「まず二列に並べ! 木剣で対面の相手と実戦練習を行う! 1分戦った後に、二列目をずらして、対戦相手をローテーションする! 頭を狙うのは禁止! 倒れた相手を攻撃するのも禁止! 打撲は魔法で治せるが、相手に打撲以上の大怪我をさせたらペナルティ! 以上! 他質問はあるか!」
ざっと一対一の剣術訓練の内容が語られる。
1分ごとに対戦相手が変わるようだ。
アオイの体力が心配だなと、ひかりは思った。
「では一本目、初め!」
いざ、一対一の練習が始まる。
ひかりは近接戦闘のスキルを持ってはいるが、剣は初めて扱う。
対して他の生徒たちは、剣術の授業は何度か経験済み。
結果、ひかりことローズマリーは、全敗した。
何度も木剣で叩かれてアザができ、教師に治癒魔法をかけて貰いながらなんども戦った。
一方で、アオイの方はというと。
「くっ、このっ!」
アオイと手合わせている生徒が、大苦戦していた。
アオイは素の体力こそはないが、剣術は一流だった。木剣で斬りかかる対戦相手を、軽くあしらっている。
1分という短い時間であれば、相手を圧倒できるらしい。
一度も斬りかからず、かつ一撃も受けないまま、1分を凌ぎ切っていた。
そして次の対戦相手に切り替わると。
「げ」
「フフン、調子に乗っているようだな平民が」
アオイの次の相手が、貴族のクラウンだった。アオイは顔をしかめる。
「魔法は随分と得意なようだが、体力はまるでないらしいな。この俺直々に、本物の剣術というものを見せてやろう」
「いや、別に……」
「賭けをしよう。勝った方が負けた方の言うことを一つ聞くというのでどうだ?」
「いや、やらないけど」
「フン、逃げるつもりか?」
「そこ! 私語は慎め!」
喋っていたので教師に注意される。
アオイとクラウンは、改めて剣を構えた。
「では始めるぞ、賭けのことを忘れるなよ」
「だからやらないっての」
そのやり取りを皮切りに、二人の剣が交錯した。
そして。
カアンッ!
「ぐあっ!?」
勝負は一瞬だった。
アオイは一撃でクラウンの右手を木剣で正確に狙い、強烈な打撃を与えた。
彼は右手の指の骨が折れたらしい。木剣を取り落とし、右手を押さえてうずくまった。
「く、クソ、平民風情があぁぁ!」
クラウンは苦痛よりも、怒りが勝っているらしい。憎しみを込めた目で、アオイを睨みつける。
アオイ本人は、ふん、と鼻を鳴らして木剣を下ろす。
「おい! 平民教師! すぐに手を治せ!」
「クラウン! 貴様は目上の者に対する礼儀がなっていないな! ここでは貴族だろうがいち生徒に過ぎん! 減点対象だ!」
結局、治療を受けるのに時間がかかり、クラウンとアオイとの1分間の戦いは、アオイの圧勝で終わるのだった。




