72話:実技授業
実技授業。
学校には開けた射撃場が設立されており、床に線が引かれて、そこから的を狙える形になっている。
的は弓矢で狙うような形状で、それぞれ10、20、50と書かれたものがあり、ひかり視点ではそれぞれ10メートル、20メートル、50メートルぐらいの距離に設置されていた。
それなりに大きな的だが、距離もなかなかある。
「皆さんには今からあの的を、《ファイアボルト》の魔法で狙う練習をしてもらいます」
実技授業担当の教師が、そう説明する。
教師は同じタイプの短い杖を5本用意して、詳しい説明に入った。
「まず5人ずつ並んでもらい、一人一本杖を取ってください。高価な品なので、壊さないように。そして各5人が5分間、好きに的を狙って《ファイアボルト》を撃ってください。的は防火の魔法が掛かっているので、燃える心配はありません。5人5分が経過したら、次の5人に交代します」
5人ずつ5分のローテーション形式で、魔法を練習するらしい。
その間他の生徒は、見学という形になる。
教師はなおも語る。
「杖は《ファイアボルト》の撃てるマジックアイテムですので、まだ《ファイアボルト》の扱えない方でも問題なく《ファイアボルト》が使えます。すでに《ファイアボルト》の使える方は、是非自分の魔力で挑戦してみてください」
「まだ《ファイアボルト》の使えない生徒がいるってよ」
教師の解説に、一人の男子生徒が鼻で笑いながらそう言った。金髪の、整った容姿の生徒だ。
嫌な生徒だなぁと思っていると、教師もそれを聞いていたらしく、彼の方を向いて言い放った。
「クラウン君、減点です」
「な、なんだと!」
「今魔法が使えないからと侮っている相手に、すぐに追い抜かれてしまう事がありえるのが魔術の世界です。何よりクラスメイトを小馬鹿にするような態度は、私の授業では減点対象です。みな心するように」
教師はそれだけ伝えて、話を続ける。
「10、20、50のどの的を狙っても良いですが、当然高い数字の的は遠くて当てにくく、代わりに評価は上がります。まずは10、20の的に安定して当てられることを目指して、もし余裕があるなら、50の的を狙ってみてください」
「50なんて狙えんよね……」
「だよね、遠すぎる……」
教師の説明に、生徒たちが口々にそう呟く。
ひかり目線で、50の的は50メートルは離れていそうだと感じる。確かに、あれに魔法を当てるのは至難の業だろう。
「説明は以上です。では最初の5人を呼びますので、前に出てきてください」
そう言って、最初の5人の生徒の名前が呼ばれ、実技授業が始まった。
「《ファイアボルト》!」
「《ファイアボルト》!」
「《ファイアボルト》!」
「《ファイアボルト》!」
「《ファイアボルト》!」
5人の生徒が思い思いの的を狙って、《ファイアボルト》の魔法を唱える。
《ファイアボルト》は、火の弾丸を放つ、火属性の初級魔法。
命中すれば相手を燃やす事ができるが、防火魔法のかかっている的には、炎がくすぶるだけで引火はしなかった。
5人とも、10と20の的を狙って、小型のボール状の《ファイアボルト》を放っている。
たまに50の的を狙っている生徒もいたが、当たるどころかまず50の的に届く前に火が消えてしまっていたため、すぐに諦めていた。
そうこうしている間に、5分が経過して、次の5人と入れ替わりで実技練習が始まった。
ひかりとプラムは転入生なので、順番は最後だ。
ひたすら《ファイアボルト》の練習をする生徒たちを見守る。
20の的に命中させられる生徒もいれば、10の的を外してしまう生徒もいた。
流石に50の的に当てられる生徒は、見てる限りは一人もいなかった。
しばらくして、最後の順番が回ってくる。
転入生である、ひかりことローズマリーと、プラムことアオイの二人、そして先ほど注意されたばかりの、クラウン君も一緒であった。
「《ファイアボルト》!」
「《ファイアボルト》!」
他の生徒二人が、早速10の的に命中させる。
ひかりも続いて、呪文を唱えた。
「《ファイアボルト》!」
ひかりの火魔法スキルは、現時点で4しかないが、【四大精霊の指輪】の効果で+20され、スキル24まで底上げされている。ちなみに変装魔法のおかげで、指輪はつけていないように見える。
自力で《ファイアボルト》を使えるラインであり、マジックアイテムの杖の効力ではなく自身の魔力で、《ファイアボルト》を放った。
小型のボール状の火の玉は、狙っていた10の的に見事に命中した。
「やった!」
ひかりことローズマリーが、そう小さく声を出して喜ぶ。
巨大なフレッシュゴーレムになら当てたことはあるが、それより小さな的に狙って当てれたことを、ひかりは喜んだ。
「フン、これだから平民は」
すぐ隣で、クラウンと呼ばれた男子生徒がそう鼻で笑った。
ひかりのことを笑ったのかと思ったが、単にひかりら3人をまとめて小馬鹿にしているらしい。
「見せてやろう。これが貴族の魔法だ」
(貴族?)
何やら呟いたクラウンは、呪文を唱えると、巨大な火の玉が作り出された。
その大きさたるや、ひかり目線で30センチは超えているだろう。他の生徒よりも大きかった。
それを杖でいとも簡単に操り、クラウンは魔法を唱えた。
「《ファイアボルト》」
彼の言葉と共に、巨大な火球が的を目掛けてまっすぐ飛んでいき、見事に50の的を直撃した。
ドォン! と爆発音が鳴り響く。
他の生徒では、爆発まではしなかったはずだ。
大きさだけではなく、威力も、正確さも、ずば抜けて高かった。
「フン、見たか? これが才能の差だ」
「すげー……」
「でもドヤ顔うぜー……」
「貴族学校に落ちたからって、平民の学校に来るかね普通」
「なー」
クラウンは自慢げに周りにアピールしていたが、周りの反応は8割ぐらいは、嫌っているような反応だった。
そして彼は、やはり貴族の生まれらしい。
話を聞く限り、わざわざ平民学校で猛威を振るっているようだ。
ひかりは苦笑し、自分の訓練に集中しようとした、が。
「なんだあれ」
「やばくない?」
メラメラと、炎の燃える音がした。
生徒たちがざわめいていた。
ひかりがそっちの方を見ると、驚くべき光景が見えた。
プラムこと、アオイ=ハセガワが、《ファイアボルト》の呪文を唱えていた。
しかし出来上がった火の玉のサイズたるや、本人の身長よりも高い。2メートル近い大きさだった。
そんな巨大火球を、作りだしたアオイ。
そしてその球を、的目掛けて解き放った。
「《ファイアボルト》」
ギュンッ、と、巨大な火の玉が50の的を目掛けて高速で飛んでいった。
火の玉は50の的に、ややズレて命中し、そこで破裂した。
ドオオオオン!!
大爆発。
アオイの《ファイアボルト》は、的の周辺ごと大炎上させた。
(うーん、わざとヘタクソに撃つの難しいなー……)
燃え上がる的を見やり、アオイことプラムは渋い顔をした。
プラムがその気になれば、小さな火の玉で50の的を百発百中でど真ん中に当てる事ができる。
あんなに大きな火の玉を作ったのは、もちろんわざと。ちょっとずらして当てたのも、当然わざと。
いかにもな「魔力は桁外れだが、使い方がおぼつかない生徒」を演じているに過ぎない。
「やべー……」
「また黒髪かよ……」
「あーあ、俺も黒髪に生まれたかったなー」
「くっ! 平民風情が、貴族である俺を差し置いて……!」
生徒たちの反応はおおむねそんな感じで、転生者であるかのように見せているプラムことアオイの目論見は、一応成功しているのであった。




