71話:情報整理
「うーん……やっぱり難しい」
翌日の夜、ひかりは再び難しそうに教科書とにらめっこをしていた。
二人はまた変装して、アオイ=ハセガワと、ローズマリー=オリーヴとして授業を受けていた。
算術の授業は、掛け算割り算レベルで、元中学生のひかりには簡単だった。歴史の授業などは、今から勉強するのでも十分に追いつけそうではある。
しかし魔術関連の授業については、一度遅れてしまうとついて行くのが難しかった。
悩んでいるひかりに、プラムが頬杖をつきながら言う。
「ねーねー、当初の目的は忘れてないわよね」
「うっ……その……」
ひかりは言い淀んだ。
別に忘れているわけではない。
ただ内部の事情を、どう探ればいいのか分からないのだ。
「正直な話……どうやって情報収集すればいいんでしょう? まさか怪死事件を追っていると、周りに言うわけにもいきませんし……」
ひかりが正直にそう言うと、プラムもうーんと頬杖を付きながら言った。
「まあ確かに、無闇に聞き込みをするのもなんだし、隠密でしらみつぶしに探すのも限度はあるわよね」
怪死事件の調査方法については、ひかりとプラムに一任されている。
しかし、具体的に何をどうすればいいのかは、ひかりにはわからなかった。
「多分長期的に潜り込んで、気長に手がかりを探せってことよねぇ、はぁぁ……」
プラムがそう言ってため息をつく。
彼女はさっさとローランドの元に戻りたいのだろう。
先の見えない任務に、プラムは面倒そうにしていた。
「ええい! とりあえず状況を整理するわよ!」
プラムはそう言って、事件のあらましについてまとめ始めた。
「事件は約1ヶ月前、二人の生徒が死亡した。名前はアキラ=カミジョウと、サオリ=タカハシ。アキラ=カミジョウは魔術において高い成績を出し、サオリ=タカハシは精霊魔法においてこれまた高い成績を出した」
指を立てながら、プラムがそうまとめる。
被害者2名。
アキラ=カミジョウ、男子、18歳。
サオリ=タカハシ、女子、16歳。
どちらも1ヶ月前、1日差で死亡している。
「死因は不明。死体には傷なし、毒や病気の痕跡なし、深夜帯に寮内の自室で死亡。ルームメイトによると、部屋に入ってきた侵入者や、部屋で大声を出したりした様子はなし。夜中に静かに死んだみたいね」
「よ、よく覚えてますね」
「このぐらい暗記できるわよ」
被害者および周りの情報を詳しくまとめた書類は、持ち出し禁止とのことで全て頭に入れておけと言われていた。
ひかりも別に忘れていたわけではないが、情報を淀みなく喋るプラムに、ひかりは驚いた。
「問題なのはこっから。二人とも、おそらく転生者。この事から、転生者を狙った『プレイヤー』の可能性があるということ」
「……『プレイヤー』のルールについて、知っているんですか?」
「いまさら? お義父さまに教わったのよ。転生者は人並外れたスキルと複数のギフトを持ち、それから転生者……つまり『プレイヤー』同士で殺し合うと高得点が貰えるルールがあるとかなんとか」
プラムも、転生者と『プレイヤー』にまつわるルールを把握しているらしい。
ひかりに転生者の話を持ちかけたことも聞いているだろうし、ひかりが転生者だというのもバレているだろう。
それを踏まえて、アオイ=ハセガワとして囮になっているのだ。考えてみれば、当然かもしれない。
「話を戻すわよ! だから『プレイヤー』による他殺の可能性があるってわけだけど、あくまで可能性。単純にそうだとは言い切れない理由はある。それはなんだかわかるかしら?」
「ええっと」
ひかりはあまり頭の回る方ではないので、押し黙った。
10秒ぐらいしたら、痺れを切らしたのかプラムが正解を教える。
「理由は単純よ。わざわざ学校の寮内にまで侵入して、成績優秀な転生者二人を殺す必要がある? もっと戦闘向きじゃない転生者を狙えばいいんじゃない? ってこと」
「な、なるほど……」
ちょうど“黒髪狩り”がやっていたように、初心者『プレイヤー』の初見殺し。
それができるなら、わざわざ強い転生者を狙う必要はない。ついでに言えば、すぐ隣で寝ているルームメイトは殺されていない。殺してしまえば、口封じ兼ポイント稼ぎになるだろう。
となると、『プレイヤー』の仕業とは考えづらい。
「もう一つ考えられるのは、魔法を独占したい貴族たちによる嫌がらせ。平民向けの魔法学校の生徒が死ねば、そちらの信用はガタガタになる。成績優秀な生徒が殺されたのも、一応納得はいく」
「なるほど……」
そちらの線は考えていなかった。
平民向けの魔法学校は、これまで魔法を独占してきた貴族たちにとっては、許し難い存在らしい。
だから生徒を死なせる事で、信用を落とそうとしたのかもしれない。
「ただこっちはこっちで、腑に落ちない点はある。ピンポイントで転生者二人を殺せるかしら? 転生者は人並外れたスキルがあるし、殺すなら普通の生徒でも充分信用は落とせる。わざわざ転生者を狙った理由は? って点が問題ね」
「なるほど〜」
ひかりは、すっかり聞き入っていた。
犯人を探すだけなら、プラム一人でも充分かもしれないと思うほどだ。
「あと考えられるのは……。怪我、毒、病気以外での、転生者だけの突然死。ヒカリ、あんたも転生者なのよね? なんか心当たりはない?」
「な、ないです……」
怪我、毒、病気以外で、転生者の、元日本人が死ぬような現象。
急な心臓麻痺ぐらいしか思いつかないが、16歳17歳でそれはないだろうと、ひかりは候補から弾いた。
「うーん、手詰まりねぇ」
プラムは腕を組んでそう言った。
実際、これだという候補がない。
これ以上の案は、出てきそうになかった。
「地道に調査するしかないってことねぇ。時間はかかるかけど、しょうがないかぁ」
「そうですね」
すぐに辿り着けそうなとっかかりがない。
潜入捜査は、それなりに長期のものになりそうだと予測された。
「とりあえずあたしは、まっっったく気乗りしないけど、明日から死んだ二人について聞き込みしてるわ」
「わ、わたしも、がんばります」
「あんたはいいのよ、目立っちゃいけない枠なんだから。代わりに、授業後は隠密したままあたしを尾行しなさい。あたしを尾行してるような奴を逆に炙り出すのよ」
「な、なるほど」
そう諭されてしまった。
確かにひかりの隠密999があれば、誰にも見つからずに尾行し、プラムの後を付けようとしている相手を特定できるかもしれない。
理にかなっていた。
「明日から実技授業だから、あたしはとにかく目立つわ。逆にあんたは、あくまで目立たないように行動なさい」
行動指針が決まり、2日目の夜は過ぎていった。




