7話:薬草
「ふぅ……」
隠密スキルのせいで受付のお姉さんに気づいてもらえず、四苦八苦しながらも、なんとか薬草の採取依頼を受けることができた。
そこで分かったのだが、どうやら隠密スキルは、オンオフが可能らしい。
メニュー画面の表示と同じで、念じるだけでいい。
オフにすれば、「やたら影の薄い子」ぐらいの認識で、周りから声はかけられないが、こちらから声をかければ気づいてくれる。
オンにすると、至近距離で声をかけても気づかれず、体に触るなどすると、ようやく気づかれる。
そしてオンの時も、一度気づかれていれば、視界から離れない限りはやりとりができるようだった。
(街にいるときは常時オフにしておこうっと)
街を出る時に憲兵の人に挨拶して、南側の平原に向かう。
少し進むと、丘があり、山があるらしい。
この山を越えてしまうと、危険なモンスターが出てくるとのことだ。
流石に、街を出てからは隠密をオンにした。
今回の目的は、丘。
丘に、薬草である、ヒールベリーを採取する依頼を受けた。
ヒールベリーは、緑のベリーが生る緑の薬草らしい。
姿形は、受付で丁寧に説明してもらえた。
場所に出向けば、自然と手に入るだろう。
問題は。
「随分と歩いたけど、結構遠いな……」
ひかりは、汗をかきながらそう呟く。
体力の項目が低いからなのか、そもそも元女子中学生だからか。
薬草のある場所まで、なかなか大変な道のりだった。
制服のままだったらもっと大変だっただろう。改めて、イスト達に感謝した。
(感謝といえば、この鞄も……)
ひかりは、肩にかけた鞄にも目をやった。
最初にもらえたこの鞄、やはり中身の重さを無視するらしい。
銀貨400枚以上に、水の入った水筒と、採取用ナイフ、その他もろもろ。
全部入っているのに、鞄自体の重みしか感じない。
これが普通の鞄だったら、もっと疲れていただろう。
いきなり落ちてきたものだったが、とりあえず感謝だけはしておいた。
(これからどうしようか……)
ひかりはそう思考を巡らせる。
目立たずに生きていく。
隠密999で。
しかし思った以上に、それは特異な存在となってしまったらしい。
とはいえ、スキルはオフにさえしていれば人とは関われる。
隠密999があれば、薬草採取などをして、細々と生きることはできるだろう。
問題は、後出しで出てきたルール。
『プレイヤー』を殺害すれば100ポイント。
1万ポイントで、元の世界に戻れる。
これがある限り、ひかりはいつ殺されるかもしれない恐怖に怯えながら暮らさなければいけない。
(本名で冒険者登録したのは、失敗だったかも……)
そして、元の世界に戻れるかもしれないという、可能性。
1万ポイントという途方もない数値だが、強烈なエサでもある。
(元の世界に……戻れるかな……)
母親は亡くなり、父親は接触禁止がなされている。
しかし親戚の人たちは親切で、少しだが友達もできた。
何もわからず死んでしまって転生してしまったが、できれば挨拶ぐらいはしたかった。
そういう意味では、元の世界に帰りたいかもしれない。
「1万かぁ……」
ひかりは独りごちる。
ゴブリン1万匹が、とても遠く感じる。
そもゴブリンと戦えるのかもわからないが。
「今考えても、仕方ないか」
そう言って、気持ちを切り替えた。
気づけば、丘の近くまでやってきていた。
そろそろ薬草のある地点にたどり着けそうだ。
「薬草どこかな〜……ん?」
しばらく探していると、丘に窪んでいる場所を見つけることができた。
そこを覗くと、目当てのヒールベリーが、密集して生えているのを見つけることができた。
「おお〜!」
とても運が良い。
ざっと見て10株近くある。
まとめて収穫すれば、結構な報酬になるだろう。
(もしかすると、ギフトの《幸運の申し子》のおかげかな)
思えば、シーリーやイストに会えたのも幸運であった。はっきりとした効果はわからないが、可能性はある。
「ええと、ヒールベリーは葉とベリーを切り取って、根は残す……と」
教わった通りに、ひかりはナイフで慎重に薬草を切り取る。
根は残しておくのは、根からでもまた生えてくるかららしい。薬効成分は葉とベリーなのだとか。
この場所を覚えておけば、後日また採取できるだろう。
ざっと8株ぐらいを切り取り、鞄の中に入れていた皮袋に入れた。
これで帰れば、依頼達成だ。
「よし、帰ろう」
ひかりは少しうきうきした気分で、帰路についた。




