62話:ダンジョンの罠
ひかりは、知らない一角にいた。
テレポート罠。
ひかりが受けたのは、部屋中を覆う、強制テレポートの罠だった。
(隠密、オン!)
ひかりは咄嗟に隠密スキルを発動した。
部屋は先ほどまでの殺風景な大部屋ではなく、赤い絨毯の敷かれた大部屋。白い石造りの柱が立っており、台座には悪魔を模した石像が置かれている。
まったく知らない場所に来てしまったらしい。ひかりは周りに自分以外誰もいないことに気づいて、とりあえず隠れることにした。
部屋は広くて豪勢だが、階段や扉の類は見当たらない。出入り口のない場所であった。
隠密したまま途方に暮れていると、急に声が聞こえてきた。
『……ほう、ここに辿り着いたか』
(!?)
どこからか聞こえてくる、男性の声。
ひかりはキョロキョロと周りを見渡すが、何者も見つからない。
『探しても居ないぞ。今私は、思念体としてお前に語りかけている』
(見つかってる!?)
『見つかっているのではない、お前の魂と共鳴しているのだ』
(心を読まれている!?)
『我が魂の一部が、適合者であるお前の魂に刻まれているのだ。一時的にだが、精神での交信が可能である』
その声と口ぶりが、ひかりは何処かで聞き覚えがある気がした。
ややあって、その正体に気づく。
(私を転生させた人?)
『その通りだ』
どうやら、トラックに轢かれた影原ひかりを、異世界転生させた張本人の声のようだ。
(こ、ここは何処? みんなは?)
『ここはとある試練を与える場所である。お前の周りに人がいたのかもしれないが、転生者のみにかかるテレポート罠をあちこちに仕掛けていた。今はお前一人きりだ』
(……試練?)
その言葉がよく分からず、ひかりは疑問符を浮かべる。
それに、男の声が反応した。
『そう、試練。転生者……いや、適合者が適合者たらしめるかどうか、さしずめ中間試験といった所かな。君がしっかり強くなっているか、試させてもらう』
「えっ!?」
思わず声が出てしまった。
ひかりが戸惑うのも束の間、部屋の中心部に、ヴン、という音とともに、何かが現れた。
『そいつは、フレッシュゴーレム。人間の屍肉から作られたゴーレムだ』
「ひっ」
ひかりは、その造形のおぞましさに声を上げた。
二足歩行する、3メートル近くありそうな人形。
肌はところどころ腐っているのか、半分白く半分はドス黒い。
あちこちに縫い跡があるが、明らかにちぐはぐな大きさのものをつなぎ合わせているらしく、右腕が剛腕、左腕は女性のように細い。
胴体は3つぐらい縦に繋がれていて高く、顔は爛れて男女の区別もつかない。
そんなちぐはぐな縫い目をした、恐ろしい屍肉の人形が、ひかりのいる部屋の中心部に現れたのだ。
『そいつを倒せれば、お前に見合った報酬を見繕ってやろう。負ければ、そのまま死ぬことになるがね。制限時間は、まあ30分もあればいいだろう? 30分後に窒息性のガスが部屋中に注入される。毒無効でも死に至るさ』
「な、な……」
今からこれと戦わさせられるのかと。
戦わないなら30分後に死ぬと。
そう考えて、ひかりは恐怖に怯えた。
『ヒントだけやろうか。そいつはあくまでゴーレムであり、アンデッドではない。ゴーレムには必ず、行動を制御するための核があり、それさえ壊せば動かなくなる。以上だ、検討を祈るよ』
男の声は、それっきり聞こえなくなってしまった。
どうしようかと呆然としてしまったが、制限時間のことを思い出す。
(さ、30分以内に倒さなきゃいけないの……!?)
わけのわからないまま放り出されてしまったが、のんびり構えている時間はない。
ひかりは慌ててフレッシュゴーレムに向き直った。
隠密をオンにしているからか、フレッシュゴーレムは立ったまま動かない。
このまま核とやらを破壊すれば、目的は達成となるはずだ。
問題は、その核とやらがどこなのか、まったく分からないことだ。
3メートルある巨体の何処かに、大きさも分からない核がある。
何とかしなければならない。
(普通に考えたら、ゴブリンロードにやったみたいに、【アサシンダガー】で奇襲をかければいいかな……)
【アサシンダガー】
このダガーを対象に見られる前に切り付けることができれば、凄まじい切れ味を発揮する(一度見られている相手には1時間はこの効果はない)
他にいい手が浮かばず、ひかりはそう判断する。
もたもたしている時間はない、早速隠密999を生かして、フレッシュゴーレムの背後までそっと回り込んだ。
相手は微動だにしない。ひかりは【アサシンダガー】を抜いて、身構える。
「ふーっ……んっ!」
一呼吸してから、ひかりは【アサシンダガー】を一閃、フレッシュゴーレムの足を切り付けた。
視認されていない状態での【アサシンダガー】の切れ味はやはり凄まじく、フレッシュゴーレムの両足をまとめて切り落とした。
フレッシュゴーレムは足を失い、ぐらりと揺らいだあと、ズゥンと音を立てて、前方に向かって倒れ込んだ。
(今っ!)
ひかりはフレッシュゴーレムの背中に飛び乗り、【アサシンダガー】で首を切り落とした。
切れ味はやはり凄まじく、いとも簡単に屍肉の首が飛んだ。
(やった!?)
普通に考えて、首を切り落とされた生物は死亡する。故に、ひかりは勝ったかと思われた。
だが。
ドォン!
「きゃっ!」
首の無くなったフレッシュゴーレムは、両腕を地面に叩きつけ、強引に身を起こした。
ひかりはその衝撃で、背中から振り落とされる。
おまけに、【アサシンダガー】を手放してしまい、遠くに飛んでいってしまった。
足のないまま、身を起こすフレッシュゴーレム。
だが次に、信じられないことが起こった。
フレッシュゴーレムの切り落とされた足が、勝手に本体に引き寄せられ、くっついてしまったのだ。
そのまま立ち上がると、切り落とされた首を拾い上げ、自分の頭にくっつけた。
そうしてフレッシュゴーレムは、見事に元の姿に戻ってしまった。
「さ、再生した……?」
図体がでかいだけではない。足と首を切り落としても、すぐにくっつく再生能力持ち。
ひかりは【アサシンダガー】を拾い直しに行ったが、ゴーレムはすでに、ひかりを追うべく歩き始めている。
(まずい……)
【アサシンダガー】の奇襲は失敗した。
隠密999も、見つかってしまっては意味がない。
ひかりは、焦りと恐怖に身震いした。




