46話:毒沼の強襲
2日後。
全然セキリュウソウが見つからず、ひかりは焦りを覚えていた。
(前きたときは、1日2本見つけたのに……!)
広大な毒沼を探し回るが、単独で生えているセキリュウソウは見つからない。
代わりに、ゴーレムが見張っている、セキリュウソウの群生地は2箇所見つけた。
(ゴーレムが2体、自爆したのを含めて、これで3体。300万シルバー……。やっぱりイストさんの言っていたことは本当だったんだ……)
ゴーレムの数からして、セキリュウソウを独占している輩は、利益は度外視してやっているとしか考えられない。
ゴーレムに見張られている群生地は、セキリュウソウが10本近く生えていて、これが取れないのは歯痒かった。
イストからは、ゴーレムのいる場所には手を出すなと口酸っぱく言われていた。
そして、日付は刻々と迫っている。
今日がダメなら、一度引き上げなければならない所だ。
故に、早くセキリュウソウを取りたかった。
「あ!」
そんなひかりの思いが届いたのか。
単独で生えているセキリュウソウを、1本見つけた。
ゴーレムはいない。
ベストな状況だった。
(これさえ取れば、無事に帰れる! 虫使いの人たちとも交渉ができる!)
ひかりは早速、土魔法を使ってセキリュウソウを根まで引き抜く。
それを素早く袋に入れてマジックバッグにしまう。
それは順調な、はずだった。
「おっ」
「!?」
ひかりの背後から、声がした。
男の声、すぐ真後ろ。
ひかりは心拍数が跳ね上がり、呼吸も荒くなる。
恐る恐る振り返ると。
二十代ぐらいの青年が一人、突っ立っていた。
黒い髪をしている、気だるげそうな目つきで、魔法使いのようなローブを着ていた。
このタイミングでひかりの真後ろを取られている。
何か、探知のような手段で、セキリュウソウの採取を感知したのだろう。
隠密999のひかりが、セキリュウソウを抜いたのに反応して、ピンポイントにここにやってきたのだろうと分かった。
バレたのか。
ひかりは荒ぶる心臓を抑え、男の様子を見た、が。
「あれ、誰もいねぇ……。セキリュウソウもねぇ……。逃げたか?」
目の前にいる、隠密999のひかりは、やはり探知できなかったようだ。
男はキョロキョロして、周りを探している。
ほっとしたのもつかの間、男は短く呪文を唱えた。
「《サーチ》」
《サーチ》の魔法。生き物を探知する、魔術。
それを使って、周囲の反応を探っているようだ。
ひかりはバクバクする心臓を抑えながら、それを見守った。
「あれ、やっぱいねえ……。けど遠くに反応はあるな……。沼の入り口前に、人間二人?」
「!」
すぐ側のひかりには、気づかなかったようだ。
だが、人間二人を見つけたようだった。
すなわち、イストとシーリーだろう。
ひかりは、焦った。
「いちおー、話聞いてから……殺すか」
男はそう呟いて、また呪文を唱えた。
「《ウォーターウォーキング》、《ショートテレポート》」
一瞬で男の姿が掻き消え、はるか遠くに再び姿を見せた。
ひかりは知らないが、《ウォーターウォーキング》は、沼地を含めた水上の上を歩く魔法。
そして《ショートテレポート》、それは本来、数メートルほどを移動する、簡単な魔法。
だが男は、遥か数十メートルをワープし、遠くに行ってしまった。
そしてそこから、さらに《ショートテレポート》を使って、どんどん遠くに移動していく。
ひかりははっと我に返った。
(ふ、二人が危ない……!)
男が向かったのは、イストとシーリーが待機しているキャンプ地の方向。
ひかりは慌てて、男の後を追った。
……。
……。
ひかりがキャンプ地にたどり着くと、散々な光景が広がっていた。
テントはバキバキに折れて壊され、周囲には散乱した道具類。
先の男が立っており、逆にイストとシーリーは、ズダボロになって倒れていた。
(!!)
イストはあちこち火傷をしており、シーリーは鎧を砕かれ、血まみれで横たわっている。
男の武器は、装飾の入ったワンド。推定、魔法使いだ。
男は、乱暴にイストを蹴り上げ、問いかけた。
「うぐっ……」
「おい、なんでこんな場所でキャンプなんかしてた? 言えよ」
男の質問に、イストは呻くだけで、答えなかった。
今度は、男がさらに激しくイストの腹を蹴り上げる。
「うっ、げえっ……」
「答えろよ。さもなきゃ、あっちの女の手足を一本ずつ切り落とすぞ?」
「げほっ、ま、待て、答える……!」
「《センス・ライ》の魔法使ってっから、嘘はわかるぞ。嘘ついても容赦なく切り落とすからな」
恐ろしい脅しに、イストは口を開いた。
「セキリュウソウだ! あれを取りにきたんだ」
「まぁそうだよなあ……なんでだ?」
「必要としてる奴がいるんだ」
「だれだよ」
「お、オルブライトの虫使いたち、だ。やつらを引き抜くために、セキリュウソウを探してる」
「ふーん」
脅されて、イストは洗いざらい正直に語った。
嘘をついたら、魔法で見破られる。
そうしたら、シーリーが切り刻まれる。
どうしようもなかった。
しかし男は、イストの言い分にはあまり興味がなかったようで、次の質問に入った。
「じゃあ次の質問だ。セキリュウソウは手に入ったか?」
「まだだ……」
「お前ら二人で来たの? 仲間は?」
「…………」
「《ウィンドカッター》」
イストが少し黙ると、男が呪文を唱える。
魔法で作られた風の刃が、シーリーのすぐ横を掠めるようにして、地面を裂いた。
「ま、まて! 答える。げほっ!」
「さっさとしろよ、ウスノロ」
男は再びイストを蹴り上げ、問いかける。
イストは、意を決したように口を開いた。
「も、もう1人、仲間がいる。セキリュウソウを、採取中だ」
「だろうな、お前ら薄着すぎる。で、セキリュウソウ探してる仲間はどこよ?」
「わからん、毒沼のどっかだ……」
「合流の合図は? 仲間の能力は?」
男が質問している間に、ひかりは【アサシンダガー】を抜いて、そろりそろりと男に近づいた。
「はぁっ、はぁっ……」
人殺しは、したくない。
けどもこのままでは、イストとシーリーはもっと酷い目に遭う。
ひかりは、かなり悩んだ末に。
隠密999の【アサシンダガー】で、男の背後から、切りつけた。
完全な不意打ち。それは、男の肉体を、紙切れのように切り裂く、そのはずだった。
ガキィン!!
「え」
男の周囲に、突如七色に輝く結界のようなものが突然現れ、ひかりの【アサシンダガー】を弾いてしまった。
奇襲失敗。
男は振り返って、にたりと笑った。
「お前が、仲間か」




