表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/80

42話:交渉

「お、来たか……」


 時刻は真夜中の0時。

 森の中の、虫使いのアジトの南にある小さな泉で篝火を焚いていると、予想通りの来訪者がやってきた。

 虫使いの、男性と少女だ。


「本当に待っているとはな……罠ではないのだろうね?」

「そんな遠くで突っ立ってたら聞こえねえよ。罠なんてないから、近くに寄りな」

「では遠慮なく」


 男たちが近寄ると、同時にガサガサと草むらから音が鳴った。

 見れば、多数の黒い大蜘蛛が、周囲を取り囲んでいた。


「ほんとに遠慮をしらねぇな。まぁいいけどな」

「一人か?」

「どうだろうな?」


 虫使いたちを待っていたのは、篝火を焚いて、椅子に腰掛けたイスト一人……に見える。

 虫使いの男が少女を見やるが、少女は頷いて答えた。


「虫たちの感知にも引っかからない。こいつ一人だよ」

「そうか」


 二人はそうやりとりして、イストの方を見やる。


「クローバー領の者で合っているな?」

「ああ、領主に近い位置にいるものとして、話してくれ」

「まず聞きたいことがある。いいか?」

「なんなりと」


 イストは余裕ぶったように答える。


「まずあの手紙だ……どうやって届けた?」

「ああ、うちには超腕利きの密偵がいてね。そいつに届けてもらった」

「戯言を……」

「嘘じゃないさ。たしかに手紙は届いただろ?」


 イストがそう言うと、男は小さく唸る。

 他にそれらしい理由が浮かばない。

 腕利きの密偵がいると言うなら、本当に凄腕ということになる。


「では次の質問だ……セキリュウソウのことを何故知った?」

「何故ってのは、そっちがセキリュウソウを欲しがってる理由かい?」

「その通りだ」


 その回答に、イストはこう返した。


「セキリュウソウの流通が止まってるのは知ってるかい? それ絡みでね、独自の情報網で、セキリュウソウを欲しがってる奴らを、偶然知ることになったんだよ。そっちのことだな」

「ボクらの虫の奇襲に、手も足も出なかった情報網でかい?」

「手厳しいね。確かにそっちの情報はあまり入ってはこなかった。そっちも相当腕が立つな」


 イストはそう言って、虫使いたちを褒め称えた。

 むっとする少女だったが、男はその肩を抑えて言った。


「セキリュウソウの流通が止まってるのは、お前たちの仕業か?」

「いや、逆だ。流通を止めている相手を、調査している。さっきの腕利きの密偵も、セキリュウソウの流通について調べてたんだよ」

「何かわかったのか」

「まだ調査中だ」


 イストはそれだけ言って、話を変えた。


「まあ、こっちの本題に入ってもいいかい?」

「なんだ」

「オルブライトから手を引いて、こっちに寝返らないか? 報酬として、セキリュウソウを渡す。その他、うちの領でやっていけるよう、なるべく便宜もはかろう」

「…………」


 二人が動揺しているのがわかった。

 オルブライト領の所属だというのがバレていることに加え、彼らが欲しがってるセキリュウソウを渡すと言っている。

 これは確かに、困惑するだろう。

 イストはじっと黙って、二人が話すのを待った。


「何故オルブライトの手のものだと思う?」

「さっき話した、腕利きの密偵がいてね、ちゃちゃっと調べてもらったのさ」

「……セキリュウソウの現物はあるのか?」

「手元にはねえ。ただ手に入れるツテがあるってだけだな」

「ツテ、とは?」


 男が尋ねると、イストは堂々と答えた。


「単純な話だ。その密偵、探しに行けるんだよ、ジハルドの沼に」

「バカを言え」

「バカじゃないさ。実際のところ、毒さえ対策して、モンスターから隠れられれば、探索は難しくないだろ?」

「ありえない! あの沼にどれだけモンスターがいると思って……」


 少女が声を荒げる。

 しかしイストは、余裕の表情を崩さない。


「言っただろ? 超腕利きの密偵がいるって。後ろを見てみな」

「!?」


 二人は、ばっと後ろを向いた。

 しかし、誰もいなかった。


「ふざけやがって……」

「あー、ちがうちがう、下だよ、後ろの」

「……?」


 怒りを露わにするが、イストに促されて、後ろの足元を見る。


 そこには、一本の小さなナイフが、地面に突き刺さっていた。


「!?」

「そんな……感知にも引っかからなかった……」

「それだけの超腕利きが、うちにいる。セキリュウソウを取れるのは、嘘じゃねぇ」


 イストの話に、二人は押し黙った。

 もし、その腕利きの密偵が、ナイフを地面ではなく、首に突き立ててきたら。

 二人は、なすすべもなく殺されていただろう。

 非常に感知能力の高い虫たちが散会していてなお、そこにいることに気づけなかった。

 その事実に、二人は戦慄していた。

 相手の命を握っているように見えて、逆に、こちらが命を握られていると理解した。


「あ、もう一個話があるんだわ」

「……なんだ」


 何事もなかったかのように、イストが話す。

 彼は傍にあった鞄から、あるものを取り出した。


「こいつを見てくれ」

「……布?」


 イストが取り出したのは、丸められた布地。

 真っ白で光沢を放つ、上質そうな布だ。


「この布、見た目もいいし、肌触りも滑らかで、高く売れそうだろ?」

「……それがどうかしたのか?」


 一転、わけのわからない話題を振られて、虫使いたちは困惑する。

 しかしイストは、思いがけない言葉を言った。


「これ、あんたたちの蜘蛛の糸から作った布」

「はぁ?」


 何をバカなことをと。

 あれは固まると、非常に剥がしづらくなる厄介な糸のはずだ。

 何をどう考えても、美しい布地になるわけがない。

 のだが。


「正直、俺も信じられん。けどな、そういう信じられんギフト持ちが、うちの領にいるんだわ。蜘蛛糸を、細くしなやかな糸に生成して、そっからこんな布を作っちまうとんでもギフトが」


 イストも肩をすくめてそう言う。

 そして押し黙った虫使いたちに、イストはこう持ちかけた。


「なあ、手を組まねぇか? うちの領なら、お前ら、めちゃめちゃ金稼げると思うんだよ。どうよ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ