42話:交渉
「お、来たか……」
時刻は真夜中の0時。
森の中の、虫使いのアジトの南にある小さな泉で篝火を焚いていると、予想通りの来訪者がやってきた。
虫使いの、男性と少女だ。
「本当に待っているとはな……罠ではないのだろうね?」
「そんな遠くで突っ立ってたら聞こえねえよ。罠なんてないから、近くに寄りな」
「では遠慮なく」
男たちが近寄ると、同時にガサガサと草むらから音が鳴った。
見れば、多数の黒い大蜘蛛が、周囲を取り囲んでいた。
「ほんとに遠慮をしらねぇな。まぁいいけどな」
「一人か?」
「どうだろうな?」
虫使いたちを待っていたのは、篝火を焚いて、椅子に腰掛けたイスト一人……に見える。
虫使いの男が少女を見やるが、少女は頷いて答えた。
「虫たちの感知にも引っかからない。こいつ一人だよ」
「そうか」
二人はそうやりとりして、イストの方を見やる。
「クローバー領の者で合っているな?」
「ああ、領主に近い位置にいるものとして、話してくれ」
「まず聞きたいことがある。いいか?」
「なんなりと」
イストは余裕ぶったように答える。
「まずあの手紙だ……どうやって届けた?」
「ああ、うちには超腕利きの密偵がいてね。そいつに届けてもらった」
「戯言を……」
「嘘じゃないさ。たしかに手紙は届いただろ?」
イストがそう言うと、男は小さく唸る。
他にそれらしい理由が浮かばない。
腕利きの密偵がいると言うなら、本当に凄腕ということになる。
「では次の質問だ……セキリュウソウのことを何故知った?」
「何故ってのは、そっちがセキリュウソウを欲しがってる理由かい?」
「その通りだ」
その回答に、イストはこう返した。
「セキリュウソウの流通が止まってるのは知ってるかい? それ絡みでね、独自の情報網で、セキリュウソウを欲しがってる奴らを、偶然知ることになったんだよ。そっちのことだな」
「ボクらの虫の奇襲に、手も足も出なかった情報網でかい?」
「手厳しいね。確かにそっちの情報はあまり入ってはこなかった。そっちも相当腕が立つな」
イストはそう言って、虫使いたちを褒め称えた。
むっとする少女だったが、男はその肩を抑えて言った。
「セキリュウソウの流通が止まってるのは、お前たちの仕業か?」
「いや、逆だ。流通を止めている相手を、調査している。さっきの腕利きの密偵も、セキリュウソウの流通について調べてたんだよ」
「何かわかったのか」
「まだ調査中だ」
イストはそれだけ言って、話を変えた。
「まあ、こっちの本題に入ってもいいかい?」
「なんだ」
「オルブライトから手を引いて、こっちに寝返らないか? 報酬として、セキリュウソウを渡す。その他、うちの領でやっていけるよう、なるべく便宜もはかろう」
「…………」
二人が動揺しているのがわかった。
オルブライト領の所属だというのがバレていることに加え、彼らが欲しがってるセキリュウソウを渡すと言っている。
これは確かに、困惑するだろう。
イストはじっと黙って、二人が話すのを待った。
「何故オルブライトの手のものだと思う?」
「さっき話した、腕利きの密偵がいてね、ちゃちゃっと調べてもらったのさ」
「……セキリュウソウの現物はあるのか?」
「手元にはねえ。ただ手に入れるツテがあるってだけだな」
「ツテ、とは?」
男が尋ねると、イストは堂々と答えた。
「単純な話だ。その密偵、探しに行けるんだよ、ジハルドの沼に」
「バカを言え」
「バカじゃないさ。実際のところ、毒さえ対策して、モンスターから隠れられれば、探索は難しくないだろ?」
「ありえない! あの沼にどれだけモンスターがいると思って……」
少女が声を荒げる。
しかしイストは、余裕の表情を崩さない。
「言っただろ? 超腕利きの密偵がいるって。後ろを見てみな」
「!?」
二人は、ばっと後ろを向いた。
しかし、誰もいなかった。
「ふざけやがって……」
「あー、ちがうちがう、下だよ、後ろの」
「……?」
怒りを露わにするが、イストに促されて、後ろの足元を見る。
そこには、一本の小さなナイフが、地面に突き刺さっていた。
「!?」
「そんな……感知にも引っかからなかった……」
「それだけの超腕利きが、うちにいる。セキリュウソウを取れるのは、嘘じゃねぇ」
イストの話に、二人は押し黙った。
もし、その腕利きの密偵が、ナイフを地面ではなく、首に突き立ててきたら。
二人は、なすすべもなく殺されていただろう。
非常に感知能力の高い虫たちが散会していてなお、そこにいることに気づけなかった。
その事実に、二人は戦慄していた。
相手の命を握っているように見えて、逆に、こちらが命を握られていると理解した。
「あ、もう一個話があるんだわ」
「……なんだ」
何事もなかったかのように、イストが話す。
彼は傍にあった鞄から、あるものを取り出した。
「こいつを見てくれ」
「……布?」
イストが取り出したのは、丸められた布地。
真っ白で光沢を放つ、上質そうな布だ。
「この布、見た目もいいし、肌触りも滑らかで、高く売れそうだろ?」
「……それがどうかしたのか?」
一転、わけのわからない話題を振られて、虫使いたちは困惑する。
しかしイストは、思いがけない言葉を言った。
「これ、あんたたちの蜘蛛の糸から作った布」
「はぁ?」
何をバカなことをと。
あれは固まると、非常に剥がしづらくなる厄介な糸のはずだ。
何をどう考えても、美しい布地になるわけがない。
のだが。
「正直、俺も信じられん。けどな、そういう信じられんギフト持ちが、うちの領にいるんだわ。蜘蛛糸を、細くしなやかな糸に生成して、そっからこんな布を作っちまうとんでもギフトが」
イストも肩をすくめてそう言う。
そして押し黙った虫使いたちに、イストはこう持ちかけた。
「なあ、手を組まねぇか? うちの領なら、お前ら、めちゃめちゃ金稼げると思うんだよ。どうよ?」




