41話:虫使いたち
ひかりは、単身森の奥深くへと足を運んだ。
「これを使っておけ。足跡がくっきり見える目薬だ」
イストからそんな魔法の目薬をもらった。
ひかりは目薬が苦手だったが、なんとか差すことに成功した。
そして目薬を使った後は、驚くほど足跡がくっきりと見えるようになった。
村の中には大量の人の足跡。
そして森に向かうと、大量についた大蜘蛛らしきものの足跡。
それを、比較的容易に追うことができた。
もちろん、隠密999のひかりである。敵に見つかる心配はない。
それでも、道中何にも会うことはなかった。
(どこまで続いてるんだろう)
随分と森の奥深くまでやってきたひかり。
いまだに大蜘蛛の影も形も見当たらないと、不安になり始めたころ。
少し開けた場所に出て、ひかりはギョッとした。
(蜘蛛!)
見れば、小さな小屋があった。
そこには、複数の大蜘蛛がたむろしていた。
蜘蛛の数は、4、5匹。想定よりも少ない。
ひかりは、自身の隠密999を信じて、大蜘蛛の間を通り抜け、小屋へと近づいた。
(誰かいるのかな?)
窓からそっと覗く。
中には、二人の人影があった。
どちらも褐色の肌に銀色の髪をした、人間。
片方は屈強な成人男性。もう片方は、恐らく少女。
紫の外套に身を包んで、異彩を放つ二人組だった。
窓は少し開いていて、盗み聞きをするなら絶好のチャンスだった。
「村の様子は?」
「虫に見張らせている感じ、困り果てている様子だったけど、なんだか蜘蛛の糸を分解しているやつがいる。撤退する気はないのかも」
「なに……?」
男性が首尾を聞き、少女がそれに答えている。
村の様子をリアルタイムで見られていると知って、ひかりは戦慄した。
「たぶん、そういうギフトを持ってるんだと思う……。このまま居座るなら、次の手段に出ないと……」
「人死にが出るな。あまりやりたくはなかったが……」
(人死に……)
察するに、先日の大蜘蛛の襲撃は、手加減されていたのだろう。
次は、殺す気の襲撃が来るのかもしれない。
ひかりは身震いした。
「オルブライト領主を、あまり待たせるわけにはいかんな。明日の夜まで待って、撤退しなければ、実力行使しかあるまい」
「蜘蛛6体もやられたけど、行けるのかな……っ! ゲホッ、ゲホッ!」
「おい! 大丈夫か!」
少女が突如咳き込み、男性が側に駆け寄って背中をさする。
「大丈夫……ちょっと咳き込んだだけ」
「この一件が片付けば、領主がセキリュウソウをくれる手筈だ、もう少しの辛抱だ」
(セキリュウソウ!?)
ひかりは何度も見聞きしたワードを聞いて、激しく動揺した。
何故ここでセキリュウソウの話が出てくるのか。
心拍数が上がりながらも、話の続きを聞く。
「セキリュウソウ……ほんとに持っていると思う?」
「……」
「ボクたち虫使いを、いいように利用しているだけなんじゃ……」
「だとしても、だ。虫使いは、もう私とお前しか残っていない。一族の血を絶やさないためにも、あの領主に賭けるしかない……お前の病が治せなければ、意味はないからな」
何やら切実なやりとりをし、男性が少女を静かに抱きしめた。
ひかりは、そっとその場を後にし、蜘蛛たちから距離を取った後、慌てて走り出した。
森の中を、一直線に駆け抜ける。
無我夢中で開拓村まで戻り、イストたちの姿を見ると、迷わずかけよった。
「うお! ヒカリか! 首尾はどうだった?」
「見つかった? ダメだった?」
尋ねてくる二人に、ひかりは息を切らしながら、話をする。
「はぁ、はぁ、あのっ、虫使いの人たちの拠点、見つけました……」
「そうか! じゃあ急いで1級を引っ張り出して……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ひかりは、呼吸を整えながら、話を続けた。
「もしかしたら、もしかしたらですが……説得、できるかもしれません……!」
……。
……。
「ん?」
時刻は夕暮れ。
虫使いのアジトの小屋。
男は、床に落ちていたあるものを拾った。
「手紙……? どこから?」
それは、手紙だった。
小さな封筒に入った、手紙。封がされており、未開封の状態だ。
訝しんだが、男は手紙を開けて、内容を読んだ。
そして、顔色が豹変した。
「虫使いの一族へ。
突然の手紙、ご容赦願う。
こちらに、セキリュウソウを渡す意思があり。
もしそちらに交渉の意思があるならば、今夜0時、そちらの小屋から南の、小さき泉にて篝火を炊いて待つ。
クローバー領代表より」
「どこから……この手紙を……」
男は戦慄した。
森には、配下の虫が多数存在する。
その警戒網を潜り抜けて、この手紙を小屋に置いていったことになる。
未知の脅威を噛み締めつつも、男は手紙の内容から、目を離せなかった。




