39話:村の救世主
開拓村はめちゃくちゃになっていた。
イストがあちこちに土魔法で足場を作って、建物の高さほどの土壁がたくさんある。それは直せるのでいい。
問題は、村中を覆う、大量の蜘蛛の糸。
柵を乗り越えた大蜘蛛たちが、あちこちに糸で足場を作り、建物の大半が蜘蛛の巣で覆われている。
糸は、最初は粘着質であったが、時間が経つと固くなり、ゴムのような固さと柔軟性を持つ質感になっていた。
それが、村中に広がっている。とてもではないが、掃除しきれる量ではない。
「ごめんなさい、わたしがもう少し早く来れたら……!」
「そんなことないって! ヒカリちゃんが来たから撃退できたんだよ!」
「建物に上られたら、鎧着た警備兵たちじゃきっついからな。正直、めちゃめちゃ助かったぞ」
ひかりは出遅れたことを謝ったが、イストとシーリーは彼女を褒め称えた。
そう、先の大蜘蛛戦で、姿を見せずに大蜘蛛を二体葬ったのは、ひかりの所業だ。
隠密999と、マジックアイテムの【アサシンダガー】、ひかりの軽装備もあって、屋根の上で蜘蛛たちに有利を取れたのは、ひかりだけだった。
ちなみにシーリーは鎧だけをなんとか脱ぎ捨てることで脱出に成功。
肌着だけになってしまったので、イストが外套を貸している。
「道中で、蜘蛛を3匹、間引いたんですけども、数が多い上に足が早くて……」
「早めに合流できたら、戦況変わってた?」
「微妙だな、そもヒカリは単独で力を発揮できるから、無理に合流する意義が薄いし……。蜘蛛たちの動き方も妙だったしなぁ」
戦況の反省をするが、はっきり言ってどうにもならなかったと、イストは考えていた。
統制の取れた、村を囲むようにじわじわと進行してくる大蜘蛛の軍勢。
開拓途中の村には、とても対処できる相手ではなかった。
いや、完成していても、村単独であれを凌ぎ切るのは厳しい。
イストは眉間に指を当てる。
「死人が出なかったのは不幸中の幸いだったが……」
「でなかったの?」
「足場から転落して、怪我した警備兵が3名ほど。そもそも鎧きた警備兵に、建物登らせるのが無茶だったかもしれんな……」
はぁと息を吐くイスト。
大蜘蛛による死人怪我人はゼロ。
シーリーのように、鎧を脱がざるを得なかった兵士がいるぐらい。
それが逆に、引っ掛かりを覚えていた。
「殺傷能力のない蜘蛛ばかり攻め込んできて、死人はゼロ、村だけはしっかりめちゃくちゃにされてる……。色々と、おかしいな?」
「蜘蛛を操ってる奴がいるってこと?」
「ほぼ間違いなくそうだろうな。モンスターなら、人を積極的に襲ってくるはずだ。妙に統制が取れていたし、徹底して地上に降りて来なかった。まず、司令塔がいると考えていいだろう」
イストの言う通り、一般的なモンスター、特に虫やら動物やらは、人を食べるために襲ってくる。
あれだけ圧倒していて、死者ゼロはおかしい。
何者かが敵意を持ってやっていると考えるのが自然だろう。
「見ての通り、村はめちゃめちゃだ。糸が頑丈すぎて、建物も全部壊さないと作り直せん。また蜘蛛がやってくるかもしれないとなると、村の存亡は絶望的だろうな」
「そんな……」
「非戦闘も怯え切ってるし、糸を取り除かなきゃいかんし……どうしようもねえ」
どんよりとした空気が場を支配する。
蜘蛛糸だらけの村に、明日はなかった。
と、そこへ。
見慣れた姿が、声をかけてきた。
「あの〜……」
「ん? サクラか」
「どうしたの?」
話しかけてきたのは、転生者のさくら。
セーラー服を着た、見た目は村では少し浮いていながらも、しっかり馴染んでいる少女だ。
「皆から、この蜘蛛の糸が邪魔だと聞いたんですけど」
「ああ、そうだな。片付ける方法があればいいんだが、今のところ、燃やすしか手はなくてな。どうにもならん」
イストがそう言うと、さくらは何故か目を輝かせて言った。
「この素材、いらなければ貰ってもいいですか?」
「?」
「?」
「?」
「糸として使いたいんです〜!」
イストら三人は、首を傾げて困惑した。
「まあ糸は糸かもしれんが……どう考えても、裁縫用じゃないぞ」
「ぐいーん、ってぶっとくて伸びるよ!」
「でもでも、私のギフトが反応しているんです! この蜘蛛の糸、素材になるって!」
力説するさくらに、微妙そうな顔を浮かべて、イストは言った。
「まあやってみるだけやってみてもいいんじゃないか」
「ほんとに糸になるの?」
「多分です!」
さくらは、早速すぐ近くにあった蜘蛛の巣に手をかけた。
糸は硬化し、取り除くのに大人数名の力がいるだろう。
しかしさくらが手を触れると、思わぬ反応を示した。
はらりと、糸が落ちた。
さくらはそれを受け止める。
見れば、真っ白な糸の大量の束が、手に持たれている。
蜘蛛の糸は、その部分だけ、綺麗さっぱり消え去っていた。
「は……?」
イストたちは、絶句した。
あれほど厄介だった、頑丈な蜘蛛の糸が、大量の白い糸に変わってしまったのだ。
「やった! 成功です!」
さくらは、糸の束を手に、喜んでいた。
ギフト
《針子の女神》
あなたは布を糸に、糸を布に、一瞬で作り上げることができる




