35話:転生者
「こ、ここは防音のしっかりした個室なので、会話が外に漏れる心配はありません……」
「はぇ〜」
先ほどの栗色の髪の少女を、ひかりは何度目に使うか分からない冒険者ギルドの個室に連れてきた。
今回は、ひかりがお金を出す側だった。
あまり時間もないので、ひかりは考えをまとめて、少女に話す。
「まずここで話したことは、絶対絶対、他の人には明かさないでください。とても大事なことです」
「はい〜」
ひかりの真剣な剣幕に、ゆるい返事が返ってくる。
ちょっと不安になりつつ、ひかりは虚実織り交ぜて、話をすることにした。
「まず名前……わたしはヒカリと言います。転生者ではありません」
「あら、そうだったんですか」
「はい、ですが、転生者と呼ばれる存在がいることは、知っています。差し支えなければ、あなたの名前と、どんなスキルとギフトを授かったのかを、教えてもらえますでしょうか。決して他言しません」
ひかりはまず、この少女から、ひかりが転生者であることが漏れるのを恐れた。
なにせ、いきなり転生者であることを喋り出す、緩そうな子だ。あまり信用できない。
なので自分が転生者であることは伏せることにし、しかし転生者をただ放っては置けない。
少し卑怯だが、相手のスキルとギフトだけを聞き出して、何とかするつもりでいた。
「私は、瀬戸さくらって言います〜。えーっとスキルは、裁縫442、料理236、釣り100、魔道具100、魔道具製造100、歌唱116、ですね〜」
(999より多い……?)
ひかりは訝しんだが、嘘をついているようにも見えない。
さくらは話を続ける。
「ギフトが、《針子の女神》と《エンチャントマスター》ですね〜」
「差し支えなければ、効果の程を聞いてもいいですか?」
「もちろん! 《針子の女神》は、布を糸に、糸を布に、一瞬で作り上げることができます。《エンチャントマスター》は、何か物作りをした時に、何かしらの付与効果がつきます!」
「な、なるほど」
要するに。
完全に異世界スローライフを満喫しにきた転生者ということだ。
ひかりは内心、頭を抱えた。
戦闘スキルがない。
ひかりが言えたことでもないかもしれないが。
それならそれで、初動をもっと慎重に動いて貰いたかった。
「一応確認なんですが、転生者は、転生後にあるルールが知らされるらしいんですが、それはご存知ですか?」
「それ、困ってるんですよねぇ。元の世界に戻れるなら戻りたいんですけど、他の『プレイヤー』に見つかったらどうしようって……。あ、ヒカリちゃんは小さいので、話しても大丈夫かなって思って」
「なるほど……」
ひかりは困った。
この子、さくらをこのまま放っておけば、悪い人間に有り金巻き上げられて酷い目に遭いかねない。他の『プレイヤー』からも、絶好のカモになるだろう。
かと言って、面倒を見きれる自信もなかった。
こういう場合は、誰かに頼るしかない。
あまり気は進まないが、ひかりはあの二人に頼むことに決めた。
(けど、ここでの常識は、一通り教えておかないと)
初めに配られるシルバー銀貨の価値。
六大神信仰。
宿屋とお店の場所。
思いつく限りの基本情報を、部屋を借りれる時間いっぱいまで伝えておいた。
「おお! 神様がいるんですね〜。私ならシャサール様かな〜」
さくらは早速異世界文化に興味津々なようで、楽しそうだった。
(わたしもあのぐらい楽しめたらいいんだけど)
ひかりはそう考えて、苦笑した。
ともあれ、時間が来たので、二人は冒険者ギルドを後にするのであった。




