33話:呪術師
「わざと疫病を流行らせる……!?」
ギースの言葉に、驚くひかり。
そんな事をしたら、多くの死人が出るだろう。
「ああ、呪いと疫病の掛け合わせ。そんなものは、自然界にはまず発生しない。九分九厘、人間が発明したものだ」
「そんなこと、何のために……!?」
恐ろしい発想に、ひかりは思わず問いかける。
ギースは、唸るように答えた。
「最初はまったく理解不能だった。疫病を撒き散らすメリットなど、考えつかない。何よりも、極めて高い呪術のスキルが必要だ。気の狂った呪術師が、この世に混乱を招くためにやったのかと思った。……だがそこで、俺は転生者なる存在を知った」
ひかりははっとした。
転生者なら、確かに極めて高いスキルを持てる。
呪術スキルを999にすることも、可能だろう。
「ある仮説を立てた。転生者には、殺し合いのルールが存在するのだろう?」
「知ってたんですか!?」
「ああ、別の転生者から、ルールを聞いた」
ひかりは、ギースにはまだ転生者のデスゲームのようなルールについて知らせていなかった。
そしてギースは、思いもしない発想を告げた。
「ゴブリン以上の魂の外殻を持った生物を殺害する事で、1ポイントが稼げるんだろう? ならば、人間も対象内……。つまりは、自分で作った疫病で大量に死人を出せば、数千、数万ポイントを稼げるのでは? と、そう考えた」
「……!」
ひかりはぞっとした。
悪魔の発想だった。
疫病による大量死で、大量にポイントを稼ぐ。
そんな事、ひかりには思いつけもしない。
「もちろん仮説に過ぎないが……。極めて高い呪術のスキルと、疫病に関する知識……何より、そんな疫病を流行らせる動機。何処かの転生者がやったとするならば、全てが噛み合っている」
「けど、本当に疫病でポイントなんて稼げるんでしょうか……?」
「まだわからん。試してみて、本当に稼げたのかもしれないし、稼げなかったのかもしれない。そも本当に転生者かどうかも分からん。あくまでも仮説だ」
ギースはそう言うが、それなら話は噛み合う。
大量にポイントを稼げるなら、やる人間はやるかもしれないのだ。
「そして俺は、現地にいた転生者の医者と協力して、この疫病の特効薬を開発した」
「え、それは、すごい……」
「医学スキル500の転生者だからな。俺の呪術師としてのスキルと、そいつの医学のスキル。この二つを掛け合わせる事で、特効薬のレシピはできた、だが……」
ギースは顎に手を置いて、さらに話を続けた。
「レシピには、希少な薬草、セキリュウソウが必要だった。俺がセキリュウソウを取りに行きたかったが、すぐモンスターに囲まれてしまってね。思うように採取ができなかった」
「それで、わたしに声を掛けたんですね」
「ああ。我が神から、“黒髪狩り”を捕らえよとの神託を授かった。そこで、お前という人材と出会えた」
ひかりなら、無理なくセキリュウソウを採取できる。
疫病の特効薬を、生成できる。
そう考えていたようだ。
「正直に言うと、お前には定期的にセキリュウソウを取ってきてもらうつもりだった。お前のスキルとギフトなら、セキリュウソウの採取は難しくはない。そしてセキリュウソウは、報酬も高い。一度ノウハウを教えてしまえば、俺が特に何も言わずとも、セキリュウソウを市場に流してくれるのでは、と考えていた」
「あぁ、なるほど……」
地形を覚えさせようとしていたのも、採取のためにアイテムをくれたのも、全てはひかりにセキリュウソウを定期的に取ってきて貰うための布石だったのだと理解した。
「だが、ここで先日のゴーレムの話だ。明らかに、セキリュウソウの採取を邪魔しようとしている存在がいる。お前のおかげで、セキリュウソウを1本、採取できた。特効薬を作ることはできる。しかし、まだ1本分だ。最低限の治験しかできないだろう」
「そんな……」
「しかし、お前にその気があるなら、ある依頼をしたい」
ギースは懐から、一枚の紙を取り出した。
「ギルドを通さない、個人の依頼だ。これは個人依頼用の魔術契約書。これに書かれた契約は、破れば罰される。これに仕事内容と報酬を書き込むから、確認してほしい」
紙は、魔法の品物らしい。
そんな契約書があるのかと、ひかりは感心した。
「秘密裏に、セキリュウソウを、可能な限り取ってきてほしい。報酬は1本1万シルバー。危険を伴うからな」
「セキリュウソウ、獲れるんでしょうか?」
「あんな高性能なゴーレムが、10も20もいるとは思えない。群生地ではなく、単独で生えている薬草なら、獲れると思う。で、俺がそれをなるべくたくさん保管しておく。しかるべき時に、特効薬を量産するためにな」
ギースの依頼。
再びセキリュウソウを取ってくること。
それだけ、というわけではなかった。
「そして、セキリュウソウを採取している際、ジハルドの沼に、何者かがやってきたら……人相や特徴を可能な限り詳しく覚えておいて欲しい。こちらも情報1つにつき、1万シルバーだ」
随分と羽振りのいい話だった。
ひかりは、ギースの散財ぶりに、疑念を抱いた。
個人依頼でここまでするのは、かなり異例だ。
「あの……。どうしてその病にこだわっているんですか? 他にも病気はあるのに……」
しかしギースは、軽く首を振って答えた。
「そろそろ個室の使用時間が来てしまう。これ以上、この部屋でゆっくり話している時間はなさそうだ。……強いて言えば、プライドだな。俺は呪術師であることに誇りを持っている。呪いを悪用している輩を見ると、我慢がならんのだよ」
席を立ち、ギースは一度魔術契約書をしまう。
「セキリュウソウが必要な理由を伏せていたのは、この込み入った事情に巻き込むのが憚られたからだ。よく考えてみてくれ。お前は隠密999だから大丈夫だとは思うが、万が一にも悪人に目を付けられる可能性はある。依頼の返事は、また後日聞こう」
そう言って、ギースに促されて、ひかりも個室を出た。




