32話:疫病
「報酬の1万シルバーだ。それと危険手当として追加で5000シルバーを入れておいた。確認してくれ」
それから日を跨いで。
報酬は約束通り支払われた。
セキリュウソウを渡し、危険手当つきの大銀貨150枚を受け取る。皮袋に入ったそれは、ずっしりと重かった。
「確かに受け取りました……」
「ちゃんと数を数えておけ、ギルドを通しているから大丈夫だと思うが」
詳細な報告を受け、冒険者ギルドは軽く騒ぎになった。
正体不明のゴーレム、焼き払われたセキリュウソウの群生地、あきらかに、採取の妨害者がいると分かったからだ。
ひかりはぼーっと皮袋を見つめていた。
1万5000シルバーの大金。何に使おうかとかは、考える余裕はなかった。
先ほどのセキリュウソウの一件が尾を引いていた。
人間の悪意を、感じずにはいられなかった。
「その様子だと、ゴーレムの件が気になっているようだな」
「顔に出てます?」
「出ているな」
ギースはキッパリとそう言った。
ひかりとしては、苦笑いを浮かべる他ない。
「セキリュウソウって……他にも生えているんですかね」
「群生地が1箇所だけとは限らないし、単独で生えている事もあるだろう。まだ自生しているはずだ」
それがかろうじて希望になったが、すぐに悪い予想も立つ。
(もし他の群生地にもゴーレムが置かれていたら?)
仮にそうなら、セキリュウソウは全て悪者の手中ということになってしまう。
市場には1本も出回らないだろう。
そう考えると、嫌な感情が溢れそうになった。
「ヒカリよ」
ギースが、改まって声をかけてきた。
ひかりは顔を上げる。
「俺は犯人に心当たりがないでもない」
「え?」
ギースの話に、ひかりは興味を持った。
だがギースは、こうも続けた。
「しかし、これ以上踏み込めば、もっと強い悪意に触れてしまうかもしれん。悪人に目を付けられる可能性が高い。お前はまだ若いし、伸び代もある7級冒険者。安全地帯にいても全然かまわんと俺は思う」
そう前置きしてから、ギースは話を振った。
「もし……。それでもゴーレムの件、犯人をどうにかしたければ、また一つ、依頼をしたい。詳細は個室で話す。どうだ?」
「そ、それは……」
ひかりは迷った。
ギースの言う通り、7級冒険者には荷が重い案件かもしれない。
またゴーレムのような危険もあるだろう。
しかし、これを無視して帰ってしまっては、後悔しそうな気がした。
薬がなくて、困る人は大勢いるのだろうから。
「受けます……! わたしにできる事があるなら……!」
困っている人がいたら、助けたい。
ひかりは珍しく、自分の意思で、そう言った。
「まだ受ける受けないの話はしていない。話をしよう、今から個室を借りる」
そう言って、ギースは席を立つ。
……。
……。
何度目かになる防音の個室。
ひかりとギースは、再び対面するように席についた。
「まず一つ……謝罪をしよう」
「謝罪?」
よく分からない話が出てきて、ひかりは首を傾げた。
「セキリュウソウが必要だと言ったが、理由は別でな、我が恩師はピンピンしている」
「え!」
「何故伏せていたかというと、事情が込み入っていたからだ、それを説明しよう」
ギースは、語り始めた。
「目的は、この国で蔓延している、とある疫病の撲滅だ。そのための特効薬の試作品として、セキリュウソウが必要だったのだ」
「うん?」
別に、わざわざ伏せる理由はないのではと、ひかりは思った。
立派に人のためになる事をしているではないかと。
しかし事実は、少し複雑だった。
「その疫病は、特殊でな。疫病でありながら、『呪い』としての性質を併せ持つ、奇妙な病気だった」
呪い。
確かギースは呪術師らしいが、ひかりはあまり詳しくはなかった。
ギースが説明してくれる。
「呪いとは、簡単に説明すると、『魂の外殻』に干渉し、悪影響を与える力を指す」
「魂の……外殻……」
なんだか、聞き覚えのあるワードであった。
確か、ルールの項目にあった気がする。
「たとえば、呪われた武器で傷を付けられた場合、魂の外殻が傷ついてしまう。そうなると、呪いを解かない限り、その傷はいかなる手段でも治らなくなる。魂の外殻が傷つけられると、肉体にも悪影響が及ぶのだ。呪いとは、そういうものだ」
「なるほど……」
なんとなくは理解できた。
「さて、そんな呪いが、その疫病に付属している。つまり、『呪いを解かない限り治らない病』……。呪術師や神官がいなければ、あらゆる治療が不可能な、厄介な疫病だ」
「なるほどなるほど」
そこが、セキリュウソウとどう繋がるのか、まだひかりにはピンと来ていなかったが、ギースが説明を続ける。
「ここである疑問が残る。この呪いと掛け合わせた疫病は、本当にただ自然発生したものなのか? ということだ」
「自然発生、しないんですか?」
「普通は、しない。何故なら、呪いとは、人間が編み出した魔術。ほぼ間違いなく、人間が絡んでいると見ていい。つまりだ」
ギースは身を乗り出して、こう言った。
「この疫病は、人為的……。わざと、治療困難な疫病を流行らせた者がいる」




