31話:ゴーレム
「無事か?」
「は、はい……セキリュウソウ、1本、取ってきました……!」
毒沼でドロドロに汚れたままだが、ひかりはなんとかそう伝えて、泥まみれのセキリュウソウを差し出した。
ギースはそれを受け取りながら、話を続ける。
「高音と爆発はここらかでも見えた。何があった?」
ギースは、蛇のような巨大なモンスターを倒してしまったらしい。
しかも、死体が2匹もあった。
あの化け物を2匹も倒したのか……と、ひかりは驚きつつ、事情を説明した。
「ゴーレム? みたいなのがセキリュウソウの側にいて、わたしには気づかなかったみたいなんですが、セキリュウソウを1本抜いたら、突然音が鳴って、爆発して……他のセキリュウソウは、みんな燃えちゃいました……」
なんとかそれだけ説明すると、ギースはふむと頷いた。
「……考えるのは後にしよう。まずはこの沼から退散だ」
「はい」
「あと、毒沼の泥は街には持ち帰れない。少し戻った先に泉があるから、落としておけ」
「はい……」
とりあえず水浴びはしたいと思うひかりであった。
……。
……。
「服は合っているか? さすがにデカいか」
「は、いえ、大丈夫です、ありがとうございます……」
泉に寄り道して水浴びをさせてもらい、ギースに服まで借りてしまった。
流石に男者の衣服だったし、サイズもぶかぶかだったが、とりあえず裸にはならずに済んだ。
(なんでも持ってるな〜この人)
ひかりはギースのマジックバッグの中身の多彩さに、驚いている所だった。
泥のついた服は、洗って木の枝に引っ掛けて、今乾かしている。
「それで、詳しく話を整理するか」
泉の側で落ち着いた二人は、先ほどまでの話をすることにした。
「まず、ゴーレムがいたんだな?」
「はい、なんかすらっとした、金属製の、多分ゴーレムみたいな見た目のやつです」
ひかりはゴーレムとやらをあまり詳しくは知らないが、人型の操り人形を、ゴーレムと呼称するらしい。
金属でできていて、大きな、すらっとした形であった。
「それが……爆発した?」
「セキリュウソウを抜くまでは何も反応しなかったんです。でも、1本抜いた途端、突然キーンて音がして、その後に爆発して……。残ったセキリュウソウは、全部燃えちゃいました。10本ぐらいあったのに……」
ギースは1本だけ1万シルバーで買いたいと言っているが、通常依頼価格でも5000シルバー。10本あったら、5万シルバーになる。
それがまとめて焼き払われたと分かって、ひかりは動揺していた。
それだけの、お金。ひいては、希少な薬草。
それがいとも容易く、燃え尽きてしまったのだ。
「ふむ、隠密はしていたんだな?」
「はい、スキルはオンにしていました……。もしかして、気づかれて……!?」
隠密999に気づくだけのゴーレムだったのだろうか。
ひかりは青ざめるが、ギースはそれに答えた。
「いや、ゴーレムの知覚能力は、使役しているゴーレムマスターに依存する。もし本当に気づいたのなら、そいつは感覚か探知スキル900以上の化け物となる」
「ゴーレムって、モンスターとは違うんですよね」
「ああ、稀に暴走することもあるが、基本はゴーレムマスターが使役する、人間の指示を聞くだけの存在だ」
ギースはそう説明した。
言わずもがな、人間が作ったゴーレムで、人間がわざわざあそこに置いていたのだろう。
「しかし、セキリュウソウを焼き払いたいのなら、わざわざゴーレムを置いておく理由がない。普通に焼けばいいからな。つまり、わざわざゴーレムを置いておく理由があった」
ギースは考察を重ねる。
「憶測だが、そのゴーレムは、近づく人間を追い払う指示を受けていたのではないか? だが隠密999のお前は、ゴーレムを気づかれずに素通りできた」
「でもセキリュウソウを抜いたら気づかれた……? なんで……?」
「考えられるのは、セキリュウソウ自体に反応したのかもしれん。セキリュウソウに何らかの感知魔法をかけておいて、1本でも引っこ抜かれたら、自爆しろと命令を受けていた……ゴーレムが倒されてしまった後の保険……そう推測できる」
「え……」
ひかりは絶句した。
この仮説は、しっくりきてしまう。それ故に、底知れぬ悪意を感じた。
話はそれだけでは終わらなかった。
「あの高音、おそらく、モンスターを呼び寄せる高周波だった。侵入者がセキリュウソウを抜いたら、モンスターを呼び寄せる。そして自爆して、セキリュウソウを焼き払う……」
ギースはため息をついて言った。
「やり口から察するに、セキリュウソウを独占しようとしている奴がいるんだろうな。他人に1本も渡すまいとする徹底ぶりだ」
「そんな……」
想像していたよりも、遥かに悪意に満ち溢れていた。
ひかりは、隠密999があるので、安全に行き来できている。
しかしモンスターを呼び寄せる高周波で、先ほどの巨大蛇を呼び出されてしまったら、普通の冒険者では太刀打ちできないかもしれない。
とどめに貴重な薬草の群生地を焼き払う容赦のなさ。
内容を知れば知るほど、悪質なやり方だった。
「とりあえず……依頼は達成だ。帰ったら報酬を支払おう。身体を休めるといい」
「はい……ありがとうございます……」
依頼達成。
しかし、帰りの足取りは重かった。




