30話:ジハルドの沼
以前のギースの依頼を正式に引き受けて2日後。
ギースとひかりの二人で、セキリュウソウの自生しているという沼地に向かった。
「ここまでの道のりは頭に入ったか?」
「…………たぶんむりです」
ギースの質問に、地図を見つめながらひかりはそう答えた。
非常に入り組んだ山岳の隙間を通らなければ行けなかった。天然の迷路のようになっていた。
ギースの案内がなければ、ひかりは確実に道に迷っていただろう。
まだ、一人でセキリュウソウを獲りに行ける状況ではなさそうだ。
「まぁ……ここからが本題だがな」
「!」
山を抜けて、開けた場所に出た。
そこは、広大な湿原だった。
しかしただの湿原ではない。濃い紫で覆われ、時々コポコポと泡がはぜる。
「ここがジハルドの毒沼……クローバー領南部に広がる、毒の湿原だ」
ギースがそう説明する。
なんとも不気味で、広大で、毒々しい沼地だった。
草木一本すら生えていない。
本当にこんな場所に、目当ての薬草があるのだろうかと思ってしまうほどに。
「この呪符を靴に貼っておけ」
「えっと、これは?」
何かが書かれた紙の札を渡され、ひかりは困惑した。
「水に浮く魔術の書かれた札だ。そのままだと毒沼に足を取られるからな。24時間で効果切れになる、使い捨て品だ」
「な、なるほど」
「あとこれは毒分解のポーションだ。1時間ほど毒が効かなくなる。お前は元々毒は効かないだろうが、念のため一本持っておけ」
「は、はい……」
「あとは……何か使えるものあったかな……」
(この人いろいろくれるなぁ……)
ごそごそとマジックバッグを漁っているギース。
ただでさえ、マジックアイテムである、【アサシンダガー】に【最高品質スタミナポーション】を貰ってしまっているのである。
代金は出世払いでいいとのことだ。
お金持ちなのか、お節介なのか、両方か。
「まぁ大丈夫だろう。……手筈通り、隠密を生かして、1時間ほど探索してくれ。1時間経ったら、合図の火を上げる」
「はい! ギースさんは、待ってるんですよね?」
「俺は……」
言いかけたところで、地響きのような音と共に、何かが迫ってきた。
毒沼の中から、明らかに沼の浅さに不釣り合いな、巨大な影が飛び出してくる。
「シャアアアア!!」
それは、巨大な、蛇とも魚ともつかないような、目のない怪物。
それが、ギースめがけて迫ってきていた。
「こういったデカブツの囮になる。その隙に、探してこい」
「はぃぃ!」
ギースを囮に、ひかりは沼地に踏み込んだ。
……。
……。
「え、あれ何……」
ひかりが単独で沼の探索を始めてしばらく。
呪符は問題なくひかりを沼の上を歩かせてくれるし、ギフトのおかげで毒沼で体調が悪くもならない。
おびただしい数のモンスターも、隠密999の前ではいないも同じ。
しかし肝心なセキリュウソウが見つからない……と焦り始めていたころ、ひかりは何か大きなものを見つけた。
「え……ゴーレム……?」
見つけたのは、鉄らしき金属で作られた、巨大な人形。
この世界ではゴーレムというらしい。
硬い地面のある部分に、ズンと突っ立っていた。
(聞いてた話よりずっと大きい……てっきりもっとずんぐりしてるものかと……)
遠目で見て、ゴーレムは等身の高いスラっとした見た目だった。
土の地面の上に、背筋を伸ばしたようにピンと立っている。
そしてその後ろには、ひかりの探し求めていたものがあった。
(あ、セキリュウソウじゃない? あれ!)
沼地から少し小高い、土の地面。
狭い範囲にそれは生息していた。
セキリュウソウ。
葉っぱから花から、種子に至るまで、血のように真っ赤な薬草。
あらゆる病の薬になるという、万能薬の元。
それが、ゴーレムの後ろに、無数に生えていた。ざっと10本はある。
(これを見張ってるのかな? てかゴーレムってモンスター? 沼地に生息してるの?)
よく分からないが、隠密999のひかりが近づいても、ゴーレムは反応しなかった。
ひかりはそのままそろりそろりと近づいて、裏手に回って、セキリュウソウの側まで辿り着いた。
(ええと、セキリュウソウは根っこまで薬になるから……)
セキリュウソウは花から根っこまで、様々な薬になる万能な薬草。
なるべく根を千切らずに引き抜くため、ひかりは短く魔法を唱える。
(土魔法!)
土を操るだけの、名もなき簡単な土魔法。
それだけで、根を傷つけずに、土からセキリュウソウを引き抜けた。
「よし……」
ひかりが短く呟いた。
ゴーレムにも気づかれないはずだ。
そう思っていた。
キィィィィィィン!!!!
「うわ!」
突然、耳をつく不快な高音が鳴った。
ひかりは思わず空いている方の手で耳を塞いだ。
同時に、嫌な予感がした。
“黒髪狩り”やゴブリンロードとはまた別種の、危険感知。
なんとなくその場に居たくないという気持ちで、ひかりはセキリュウソウの群生地を離れた。
その瞬間。
ドオオオオン!!!!
「うわあっ!?」
凄まじい爆発音と、熱波。
ひかりは吹っ飛んで、毒沼の中に転げ落ちてしまった。
水に浮く呪符は、靴にしか効果がなかったらしい。
泥沼でべとべとになりながらも、なんとかセキリュウソウは死守できた。
「いったい何が……」
沼から抜け出しながら、ひかりは爆発のあった方を見る。
「え……」
見た方を向いたまま、ひかりは絶句していた。
セキリュウソウが10本はあった群生地。
そこは、焼け野原になっていた。
無事なセキリュウソウは、ひかりの抜いた1本のみ。
爆発は、ゴーレムのあった場所を中心にしていて。
ゴーレムだった鉄屑の残骸が、ガラガラと崩れ落ちた。




