26話:洞穴にて
「《アースウォール》!」
イストが呪文を唱えると、分厚い土の壁がせり上がり、横穴を埋めた。
今、イストとシーリーは、ゴブリンから逃れ、森にぽっかりと開いていた横穴へと逃げ込んでいた。
当然ゴブリンの追手が掛かっていたが、イストの《アースウォール》の魔法で土壁を作り、入り口を埋め立てて、凌いでいた。
しかしゴブリンもバカではなく、執念深い。
硬い土壁を、あれこれ道具を使って、掘り進んでいた。
もう何度目の《アースウォール》だったか思い出せない。
しつこく土壁を作るイストに、しつこく掘り進めようとするゴブリン。
何時間にも及ぶイタチごっこだったが、流石にそろそろ限界が来ていた。
「マナポーションがもうねぇ。次がラス1だ」
「そっかぁ」
イストの言葉に、ガシャガシャと音を立てながら、シーリーが返事する。
イストは少し歩くと、すぐに顔をしかめる。
「いつつ……くっそ、土壇場で足に毒矢ささるとか、マジついてねえ……」
「やっぱりポーションじゃ治りきらなかったの?」
「傷はな。毒は大丈夫だ。アンチドートのおかげで、気分は悪くねえ。ヒカリさまさまだな」
ひかりの情報のおかげで、イストたちは毒消しであるアンチドートの水薬を事前に準備してあった。
もしこれがなければ、イストは今頃毒矢で死んでいただろう。
「ヒカリちゃん無事かなあ」
「隠密90と、《幸運の申し子》があれば、まあ五分五分かな」
「ゴブリンロードが出たって聞いたら、街は大騒ぎだよねぇ」
「いまのサウスブランチで、ゴブリンロードとその他大勢から守り切れるかどうかだよな。ま、なんとかするだろうが……」
二人とも、救援が来ないことは、言わずとも察していた。
ゴブリンロードは、3級以上の冒険者がパーティを組んで、なんとか倒せるほどの強敵だ。
その他大勢のゴブリンも含めると、憲兵は街の守護で手一杯のはずだ。
とても二人の救助に回してる余裕はないだろう。
そして、イストとシーリーの立てこもる洞穴は、ゴブリンの群れに囲まれきっている。
おまけにイストは足を怪我していて、ポーションの類は使い切っている。
とても逃げられる状況ではなかった。
そんな中、シーリーは、ガシャガシャと音を立てて、何かをしていた。
「さっきからお前何してんの?」
「ふぃー、やっと脱げた。鎧脱いでたの」
ガシャンと金属鎧を脱ぎ捨てて、シーリーは言った。
服一枚になって、完全に身軽になっている。
「あーそっか、鎧脱いだお前一人なら、ワンチャン逃げ切れるかもな」
「何言ってんの、イスト置いていくわけないじゃん」
「バカ言え、足怪我した俺が付いていけるわきゃないだろ」
シーリーは筋力も体力もある。めちゃめちゃ運が良ければ、ゴブリンの包囲網を抜けられるかもしれない。
が、イストは足を怪我している。めちゃめちゃ運が良くても、到底逃げられるとは思えない。
しかしシーリーは、イストに近づき、背中を向けてしゃがみ込んだ。
「ん」
「ん?」
「おぶっていくから、乗って」
シーリーはイストを背負って、包囲網を駆け抜けるつもりらしい。
イストは呆れたようにため息をついた。
「アホ、無理に決まってんだろ」
「いけるいける、気にせず乗って」
「無理無理、いいから置いてけよ。んで、『イストは最後まで勇敢に戦った』って後世に伝えてくれ」
「そういうのいいから、乗って」
「いっぺん冷静になってみろ? 街までどのぐらい距離あると思ってんの? 二人とも確実に死ぬだろ? でもお前一人ならワンチャンあるかもしれんだろ? 二人で死ぬか、一人でも生き残るか。バカでもわかるだろ?」
「バカでもアホでもいいから、乗って」
言い争っている間に、ゴブリンたちの声が近くなってきた。
大分、掘り進んでいるらしい。
まもなく、ゴブリンの群れがなだれ込んでくるだろう。
「じゃあこうしよう。次に穴開けられたら、俺がラス1の魔力で《サンドストーム》をぶっぱなす。んで二手に分かれて逃げる。どっちが死んでも恨みっこなしだ」
「やだ」
二手に分かれて逃げた所で、足を怪我しているイストは間違いなく死ぬ。
シーリーは断固として、イストを見捨てるつもりはなかった。
「だーかーらー、諦めろって。ぶっちゃけお前一人で逃げても、助かる可能性1%あるかぐらいだわ。俺まで連れて行ったら、間違いなく心中になるって」
「心中してでも、連れてくよ。乗って」
「俺はお前と心中するつもりはないんだわ、行けよ」
「やだ!」
「こんの分からず屋が……!」
どちらも頑として譲らず、ゴブリンの声はますます近くなる。
いよいよ時間切れが近づいてきた。
「イスト乗らないなら、このままあたしも死ぬよ?」
「はぁぁ……マジかよ……」
イストはギリギリになって、ようやく観念した。
シーリーにおぶってもらうべく、近づく。
と、そこで、異変に気付いた。
「ギャギャ?」
「ギャッ!?」
ギャイギャイ騒いでいたゴブリンたちの反応が、変わってきた。
何か別の騒ぎ方をしている。
「なんだ?」
「どしたの?」
「なーんか、ゴブリンたちが騒いでる。何かあったか?」
「そういえば、なんかけむい」
「煙起こして、炙り出そうとしてんのかな?」
入り口を塞いでいるので何もわからないが、何かやっているようだ。
イストは、少し考えて言った。
「煙起こしてるなら、逃げるチャンスかもしれんな……」
「よし、行こ! さ、背中に乗って!」
「くそ、お前がバカじゃなけりゃ、マジで逃げ切れるかもしれんのによ」
イストは悪態をついて、シーリーの側に向かう。
背負ってもらい、僅かな望みをかけて、逃げの算段を立てようとする。
のだが。
「ギャギャ!!」
「ギャギャギャ!?」
「ギャー!!」
「いやまじで騒がしいな。何があったんだよ」
「《サーチ》できないの?」
「魔力節約してたんだが、まあ今なら《サーチ》1回分ぐらいにはなるか。やってみる」
イストは《サーチ》の魔法を使い、周囲の生物の情報を探知した。
その情報は、思いもよらぬものだった。
「は?」
「どったの?」
イストは、信じられないものを見たかのように、言葉を続けた。
「ゴブリン、いねぇ……」
「え?」
「生命反応0だ。外、何もいねえ」
……。
……。
イストたちは、壁を崩して外に出た。
外は、想定外の光景が広がっていた。
見渡す限り、ゴブリンの死体で埋め尽くされている。
あたりには、少しだけ白い煙がただよっていた。
それ以外、何もなかった。
「いったい何があったんだ……?」
「救援がきたの?」
あまりの光景に、困惑する二人。
そんな二人に、声をかける者がいた。
「あの!」
「うぉあ!」
「うわぁ!?」
かなりの至近距離から、突然声をかけられて、二人は飛び跳ねた。
声のする方向を見る。
そこには、ひかりがいた。
ゴブリンの血にまみれ、短剣を持った、ひかりが。
「ふ、ふたりとも、無事、ですか……?」
「え、なんでお前、ここに?」
「ひかりちゃん! 逃げたんじゃないの? どしたの? 何があったの?」
ひかりの質問に、困惑して答える二人。
しかしひかりは、二人が生きている事に安堵して、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「う、う、二人、とも、無事で、よかっ……うぇぇぇん!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「あ、あたしら無事だよ! 安心して!」
「あんしん、安心しました……うわぁぁぁぁん!」
安心からの、涙。号泣。
泣きじゃくるひかりを、二人はなんとかなだめようとするのであった。
ヒカリ=カゲハラ 『プレイヤー』72pt
ステータス:
生命100
筋力10(+1)
器用55(+5)
敏捷119(+11)
体力19(+501)
感覚110(+11)
知識11(+1)
精神13(+1)
魔力11(+1)
スキル:隠密999、近接戦闘46、短剣32、探知9、魔術20、薬学3、神聖魔法10
ギフト:《幸運の申し子》、《完全免疫》
スキルポイント:0
装備
【アサシンダガー】
このダガーを対象に見られる前に切り付けることができれば、凄まじい切れ味を発揮する(一度見られている相手には1時間はこの効果はない)
【白の煙玉】
割るとすごい量の白い煙が噴き出す煙玉、使用者だけには煙は半透明に見える
(使い捨て)




