25話:詰所にて
ひかりが目を覚ますと、憲兵たちの詰所のベッドの上だった。
「配備を急げ!」
「ノースブランチからの増援は!?」
「まだ連絡待ちです!」
「だから警備を増やした方がいいと……」
「5級以上の冒険者の動員はどうなった!?」
詰所では、憲兵たちの怒声が響き渡り、慌ただしく動いていた。
ひかりははっとして身を起こし、近くの憲兵に尋ねる。
「あ、あのっ!」
「あ、君か。ゴブリンロードの連絡の件、感謝する。今防衛体制を整えている」
想像以上に、大事になっているようだ。
憲兵団たちは、街の防衛のために走り回っている。
それはそれでいい事なのだが、ひかりはそれどころではなかった。
「あ、あのっ、二人が森に取り残されていて、救援を……!」
ひかりがなんとかそう言うと、警備兵は少し渋い顔をした。
それも一瞬で、すぐに真剣な表情に戻る。
「救援は、準備が出来次第になる。……君は8級冒険者だな? なら体力が回復次第、避難所に向かってくれ、街の神殿の場所だ」
「あ、あの、今状況は、どうなってますか……?」
ひかりはそう尋ねるが、すぐに別の憲兵がやってきて、声を荒げた。
「おい、配備計画はまだか!?」
「今やっている! ……すまんが、忙しい。ともかく、自力で神殿に向かってくれ」
「あ……」
ひかりが何か言う前に、憲兵たちは慌ただしく仕事に戻っていく。
なんだか嫌な予感がした。
じんわりと、不安感があった。
ひかりはベッドから降りて、詰所の中でまごまごしている。
しばらくすると、一人の憲兵が詰所に入ってくる。
他の憲兵たちは、彼に注目し、集まった。
「副長! 増援はどうなりました!?」
「ノースブランチから、駿馬で1級冒険者が来る手筈になった」
「おお、1級が!」
「他の増援は?」
「憲兵もいくらか寄越すらしいが、流石に夜までに間に合わないと思う」
「くっ……やはり……」
詰所が、一瞬重苦しい沈黙に包まれた。
ひかりはその沈黙に、なんとか話を差し込んだ。
「あのっ、森に二人取り残されてるんです! 助けに向かえませんか!?」
ひかりにしては、思い切って声を出した方だ。
だが憲兵たちは、揃って複雑な顔をする。
そんな中、副長と呼ばれていた男性が、重い口を開いた。
「連絡をくれた子だな? 情報を感謝する。……しかし、はっきり言って、二人の救援に回す余裕はない」
そう言われて、ひかりは頭が真っ白になった。
救援が出せない?
じゃあイストとシーリーは、どうなるのか?
「状況はかなり深刻なんだ。すでに森から出た平原に、ゴブリンたちが続々と集まり始めている。数はまだわからないが、森中から集まっていると仮定すると、1000近くいるだろうし、ゴブリンロードもいる。夜を待って、街に進軍してくるだろうと予測できる」
ひかりが気絶している間に、そんな事になっていたらしい。
ゴブリンの軍勢と、街の防衛。
そこに、イストとシーリーの救援の余地はなかった。
「街の警備だけで、精一杯だ。冒険者もいるだけかき集めてなお、ギリギリ。戦えば、死人も出るだろう。とても、イストとシーリーに援軍を送っている余裕はない」
「そ、そんな!」
ひかりは珍しく声を荒げた。
助けがなければ、二人は死んでしまうだろう。
そう考えると、胸が張り裂けそうな思いだった。
「不甲斐ないのは承知の上だ。イストとシーリーには我々の同志も同じだ」
副長は、重々しく言った。
ひかりは、呆然としていた。
「二人が、幸運にも逃げ延びている事を祈ろう。我々は警備に戻る。君は、神殿に避難していてくれ」
話はそれで終わりと言わんばかりに、副長は立ち上がった。
周りの憲兵たちが、再び慌ただしく動き回る。
「武器の手配は!」
「そっちは問題ない!」
「冒険者は何人集まっている?」
「やはり7級以上にも招集をかけるべきでは!?」
憲兵たちは、街の防衛のために、全力を尽くしてくれている。
それがわかるだけに、ひかりはとても悲しかった。
感情の向ける先が、どこにも無かった。
ひかりは一人黙って、詰所を後にした。
……。
……。
「ギースさん……!」
「! お前か」
冒険者たちは、街壁の城門の前に集められていた。
その中に、目立つ骸骨の兜の男性がいた。
ひかりがこっそり近づいたので、驚かせてしまったようだ。
「大変な事になっているな。駆り出されているのは、5級以上の冒険者だけだ。お前は下がってろ」
「た、たすけて、ほしいんです……」
「どうした?」
ひかりは胸を抑えながら、懇願する。
「森に、二人取り残されているんです。助けがないと、二人とも死んじゃう……」
「ああ、聞いている。だが助けを出す余裕もないと聞いた。冒険者まで駆り出しても、ゴブリンの軍勢とゴブリンロード相手では、かなりギリギリだ」
ギースは、淡々と語る。
ひかりは、どうにかして欲しかった。
ギースの強さがあれば、なんとかしてくれるかもと思った。
だが現実は、厳しかった。
「現時点で、3級以上の冒険者は俺一人だ。もし一番上の俺が防衛から抜けたら、他の冒険者たちの士気はガタガタになるし、ゴブリンロードと戦える人材が俺の他にいない。助けには向かえん」
ギースはきっぱりとそう言った。
ひかりは泣きそうになるのを堪えた。
「なんとか……したいんです……なんとか……助けたいんです……」
もはや要領を得た言葉が出てこず、ひかりはただただそう言った。
初めて会った時から、ひかりに親切にしてくれた二人。
冒険者としての装備を見繕ってくれた二人。
わからない事を、丁寧に教えてくれた二人。
経験を積ませるために、ゴブリン討伐に連れて行ってくれた二人。
土壇場で、ひかりを逃がしてくれた二人。
そんな二人が、死んでしまう。
ひかりの目に、涙が溢れ始めた。
そんなひかりに、ギースは、こう言った。
「ヒカリ、幾つか聞きたい事がある」
その言葉に、ひかりは顔を上げた。
「『スキルポイント』は何に振った?」
「え……まだ振ってないです」
「二人を助けるために、ポイントを使う気はあるか?」
「!! はい!」
何か考えがあるようだ。ひかりは迷わず答えた。
「……二人のために、命をかけられるか? それと、ゴブリンを殺す覚悟はできているか?」
ひかりは一瞬黙って、深呼吸をして、自分の頬を両手で叩いて。
それから言った。
「今しました!!」
ひかりの決意に、ギースは頷いた。
「今から、俺の言うとおりにしろ。お前ならあるいは、助けられるかもしれん」




