2話:隠密
「プレイヤー……? ポイント……?」
ゲームと呼称されている謎のルールを読んで、ひかりは首を傾げた。
転生する前に、まったく説明がなかった。いや、転生してから説明される手筈なのかもしれない。
とにかくも内容を反芻していると、またどこからか声が聞こえてきた。
『あなたは42人目の転生者です。支給品及び、ボーナスとして42のスキルポイントが与えられます。ご武運を!』
声の主は見えなかった。
だが、急に近くにどさりと鞄が落ちてきた。
「え、何これ……」
鞄は片手持ちのもので、不思議な模様が入っている。
持った感じは軽かったが、恐る恐る開けてみると、中には銀色のコインがたくさん入っていた。
「銀貨……?」
銀という確証はないが、模様の入った百円玉ぐらいの銀色のコインが、とにかくたくさん詰まっていた。
これほどの量の銀貨(?)が入っていて、よく破裂しないものだと思うほどだ。
というか、大量の銀貨には重みがあるのに、鞄に入っていた時は軽い。
不思議な状態だった。
(鞄に仕掛けがあるのかな……?)
銀貨を全部戻して鞄を持ってみるが、やはり軽い。
魔法の鞄? と考えてしまう。
「それより、ルールって……。生き物を殺さないといけないってこと?」
まだ表示されているままのルールに、再び目を戻す。
ルール
2.『プレイヤー』は「ゴブリン以上の"魂の外殻"を持つ生物」を殺害するたびに1ポイントを獲得できる
3.他の『プレイヤー』を殺害すると100ポイントを獲得できる
改めてルールの項目を見てみるが、ゴブリンと呼称されているものが1ポイント、『プレイヤー』が100ポイントらしい。
ゴブリンとは何か。本でしか読んだことはないが、小型の二足歩行する小鬼だったはずだ。
ゴブリン以上の生物であればいいらしいので、いわゆるモンスターと呼ばれるものを殺せばいいのだろうか。
5.ポイントが10000に達した『プレイヤー』は元の世界に『転生』できる
つまり1万ポイントで元の世界に帰ることができる。
モンスターで1万匹。
『プレイヤー』なら100人換算。
一瞬そう考えて、ひかりは首を振った。
『プレイヤー』とは人間のことだろう。
人殺しになってしまう。
そも、ゴブリンなる生き物を殺せるかも怪しい。
強いかもしれないし、生き物を殺すこと自体、抵抗がある。
ひかりは菜食主義者というわけではない。肉も食べる。
しかし、生きている牛や鶏を、何の躊躇もなく殺せるかと言われると、否である。
今まで、虫ぐらいしか殺したことはないのである。
そう考えると、元の世界に帰るのは、途方もない労力が必要そうだと感じられた。
そして。
「このルール、まるで……『デスゲーム』みたいな……」
ひかりはそう思った。
デスゲーム。フィクションでたびたび使われる。命をかけたゲームを行うジャンル。
『プレイヤー』を殺害すると100ポイント。つまり『プレイヤー』同士の殺し合いを推奨していることになる。
そして、先ほどのアナウンス。
『あなたは42人目の転生者です』
すでに41人の人間が、先に転生していることになる。さらに追加で入ってくることもあるかもしれない。
全員同じルールだとすると、40人余りから、命を狙われるかもしれない。
そう考えると、たまらなく恐ろしくなった。
転生者だということは、周りにバレてはいけないのだと理解した。
ひかりは頭を振って恐怖を振り払い、改めてメニュー画面というものに目をやった。
「メニューは……さっき見たやつか……。あ、何か増えてる……」
ひかりはさっき開いたばかりのウィンドウを見る。スキル選択時には無かった、ステータスという項目が増えていた。
ヒカリ=カゲハラ 『プレイヤー』0pt
ステータス:
生命100
筋力6
器用45
敏捷100
体力7
感覚100
知識10
精神10
魔力10
スキル:隠密999、薬学1
ギフト:《幸運の申し子》、《完全免疫》
スキルポイント:42
ひかりはゲームにはそんなに詳しくないが、随分と偏った数値だなと思った。
多分、普通の人間のステータスではないのだろう。
「あ、まずい」
色々と考えていたら、だんだんと日が暮れ始めていた。
森の中で、夜を明かしたくはない。
どこか人のいる場所に行かなければ。
ひかりは鞄を持って立ち上がり、周囲を見渡す。
草原の方に目をやると、かろうじて建造物らしき石の壁が見えている。
そちらに向かうべきか、と足を向けた、その時。
ガサッ。
「!?」
森の中から、何かが姿を現した。
「グルルル……」
それは、犬を二回りほど大きくしたような動物。
見るからに犬よりも凶暴そうで、牙と爪も大きく、恐ろしげだ。
おそらく、オオカミ。
否、それ以上に危険そうな、怪物であった。
「ひ……」
唸っている大きなオオカミに、ひかりは震えて後ずさる。
距離は10メートルあるかどうか。
どう考えても、逃げきれない。
そう思うひかりだったが、オオカミは何故か、ひかりを視界に入れずに、振り返って森の方を見ていた。
(あれ……? 気づかれてない……?)
オオカミは、すぐそばで震えているひかりには反応せず、しきりに後ろを気にしている様子だった。
この距離で気づかれないなど、あり得るはずがない。
(もしかして、隠密999のおかげ……?)
隠密スキルに999も振っているのだ。
そのおかげで気づかれていないのかもしれない。
ひかりはそっとオオカミから離れようと、距離を空け始める。
と、その時。
「ガウッ!!」
「でりゃああ!!!」
「ひああぁぁ!!!」
オオカミが何かに反応すると同時、大声を上げながら誰かが森の中から飛び出してきた。
ひかりは驚いて、悲鳴をあげてしまった。
森から飛び出してきたのは、槍を持った一人の少女。
オオカミの反応とほぼ同時、槍の一撃が、オオカミの胴体を突き刺す。
そのオオカミはたった一撃で、苦悶の咆哮を上げ、悶え苦しみ、絶命した。
「これで十匹!」
「おう、おつかれさーん」
森から飛び出してきた少女に、さらに森から出てきた青年が合流する。
「フォレストウルフすっくないねぇ! 十匹倒すのに丸二日もかけちゃった!」
「マジでな、合間にゴブリン何匹倒したことやら。……これゴブリン狩ってたほうがマシじゃね?」
「やだ! ゴブリン飽きるじゃん!」
少女と青年はわいわいと騒ぐようにやり取りをしている。
すぐ近くにひかりがいるが、まったく目もくれない。
「あ、あの……」
人の姿に安堵して、ひかりは小さく声をかける。
だが二人が振り向くことはなかった。
「てかいくらなんでも増えすぎなんよな、ゴブリン。定期的に間引いてやってんのに減る気配ねーし」
「あたしら何匹狩ったっけ? 200?」
「そろそろ300は行きそうだな。そのうちゴブリン退治のベテランになりそうだぜ」
「あの〜」
ひかりはかなり近づいて、少しだけ大きな声で呼びかけてみた。
普通の人間であれば、まず振り向くであろう距離と声だ。
しかし二人は反応しない。
「ん〜、ゴブリンじゃ階級もう上がんないんだよね。下すぎて」
「だなぁ、報酬も安いし、誰か積極的に受けてくれる初心者がいればいいんだが」
「あの!」
ひかりは至近距離まで近づいてから、思い切って大きな声で叫んだ。
もしまだ気づいていなくても、これで驚かれてしまうであろう距離と声だ。
しかし。
「サウスブランチにも人来ないしさー。これからどうする?」
「どうするって、ローランドのやつを裏切るわけには……」
「あの!」
「うわあっ!! びっくりした!!!」
至近距離、大声、さらに少女の方の腕を引っ張って。
隠密999のひかりは、ようやく相手に気づいてもらえるのだった。