19話:密談
数日後。
ギースと打ち合わせをして、二人きりで話をする事となった。
場所は冒険者ギルドの個室。秘匿された依頼などを行うための場所で、使用は有料だが、ギースが支払ってくれた。
「この場所は防音もしっかりしている。気兼ねなく話をするといい」
「は、はい……」
防音がしっかりしているという事は、話が外に漏れる心配はない。のだが、助けも呼べないという事だ。
とはいえ流石に一度命を救ってもらった身、そこは信用しようと、背筋を伸ばした。
「まず、何故お前が転生者だと分かるかについて説明をしておこう」
ギースは一番気になっていた事を切り出した。ひかりはますます背筋が伸びる。
「呪術師は相手の『魂』を知覚できる。転生者の魂は、見た目が少し特殊でな、過去にそういった魂の持ち主と話した時、転生者だということを教えてもらったことがあるのだ」
「な、なるほど……」
『魂』を知覚する。
ひかりにとって縁もゆかりもない言葉だが、とりあえずそういうものだと理解する。
そして彼が、すでに別の転生者と接触済みだということもわかった。
「転生者は、別世界からやってきたという。そして、必ずと言っていいほど、規格外な力と、複数のギフトを持っている。……差し支えなければ、お前の力を知りたい」
「それは、その……」
ひかりは迷った。
命の恩人とはいえ、自分の手の内を明かしてしまっても良いのかどうかと。
迷ってはいたが、しかし自分のギフトはすでにシーリーとイストには話してある。
あとは隠密を999と話すか、90と偽るかぐらいしかなかった。
「他の……誰にも言わないでくれますか?」
「我が神に誓って」
ひかりは、深呼吸してから、内容を正直に話すことにした。
「隠密スキルが999で、ギフトが、《幸運の申し子》と《完全免疫》です」
「なるほど……」
ギースは静かに、何かを考えるかのように、手を顎の下にやりながら、呟いた。
「《完全免疫》、というのは、毒も無効にするのか?」
「? そう書かれています」
よく分からない質問に、ひかりはそう答えた。
ギフト
《完全免疫》
あなたは毒と病気をまったく受けない
再度見てみたが、やはりそのようだった。
話していると、ギースはそうか、と何か納得したような様子を見せた。
「だから神は、“黒髪狩り”を捕らえよと神託を……なるほどな、恐れ入った」
「?」
ブツブツとそう呟くギース。
話が見えないが、何か神託を受けていたらしい。
「そうだな……単刀直入に言おう」
ギースは改まってそう話す。ひかりは緊張して聞き入った。
「万病に効く薬草……セキリュウソウの採取を、お前に依頼したい」
「セキリュウソウ?」
当然ながら聞いた事のない薬草であった。
というかひかりは、ヒールベリーぐらいしか碌にこの世界の薬草を知らない。
「セキリュウソウとは。さっきも言った通り、万病への特効薬となる。そして、採取が困難なため、滅多に市場に出回る事のない薬草だ。俺はそれが必要だ」
「えと……多分、7級以上の冒険者の仕事ですよね」
ひかりはそう尋ねた。
ひかりは今8級だが、8級でも、ヒールベリーの採取依頼しか、薬草採取の依頼はない。
つまり、もっと上の階級の仕事だということだ。
「仕事としては、5級以上だな。だが、5級冒険者では、危険すぎてまずやらん仕事だ」
「それを、わたしに?」
そんな仕事を託されては、死んでしまうかもしれない。
いや、自分のスキルの事を考えると、あり得るのだろうか、その仕事を受けることも。
ひかりの思ったとおり、ギースはその仕事の詳細について語る。
「何故なら、場所は毒沼で、毒消しの手段が必須。おまけにモンスターも多く、とても倒しながら進んでいてはキリのない場所だからだ」
話を聞いて、ひかりも理解した。
毒沼と、《完全免疫》。
多数のモンスターと、隠密スキル999。
組み合わせとしては、最良だ。
「わたしなら、毒沼を気にせず、モンスターを素通りして、薬草を採取できる、と?」
「まさにそのとおりだ」
ギースは、少し感情の乗った声でそう言った。
「俺の故郷の国に、呪術師の師匠がいる。それが難しい病気にかかってしまってな……。すぐ死ぬ病ではないが、治すにはどうしてもセキリュウソウが1本は必要だと」
「なるほど……」
思ってた以上に、まっとうな理由だった。
見た目で怯えていた自分が恥ずかしいと、ひかりは思った。
「セキリュウソウの報酬は1本5000シルバーほどだが、もしやってくれるなら、俺個人が10000シルバーで1本だけ買い取りたい」
「1万……!?」
1万シルバーもあれば、何ヶ月暮らせることやら。
咄嗟に計算できず、ひかりは目が回る気持ちだった。
それだけ危険度が高く、希少性が高く、彼が欲しがっているという事だ。
すでに一度、命を助けられたのだ。答えてあげたいとひかりは思った。
「その仕事……できるかはわかりませんが……や、やれるだけやって、みます……!」
ひかりにしては、勇気を振り絞った方だ。
人助けを、する。
異世界に来て、初めての行為だった。
「恩に着る」
ギースは、深々と頭を下げた。




