11話:ゴブリン
骸骨の兜の男から別れて暫く。
先日と同じく丘にやってきたひかりは、薬草を探し始めた。
同じヒールベリー、また群生地がないかなと、あちこち探し回る。
程なくして、ひかりはヒールベリーを見つけた。
2本ほどしか無かったが、とりあえず依頼は達成できそうなので、早速摘みにかかる。
「ふー、とりあえずこれで100シルバーかなー」
ヒールベリーを2本切り取り、皮袋の中に入れる。
これで帰るか、もう少し探すか、ちょっと迷った。
「もう近くには生えてないかな?」
キョロキョロと周りを見渡す、と。
「!」
遠くから、歩いてくる人影のようなものが見えた。
それは小柄で、緑色の肌を持っているようだった。
ひかりは隠密スキルをオンにしている。
見つかることはない。
けれどもとりあえず姿勢を低くして、気持ち程度に隠れておく。
見晴らしのいい丘なので普通ならバレバレだが、隠密999があるなら大丈夫なはずだ。
人影が近づいてくると、それがなんだか分かってきた。
緑色の肌に、小さな角のついた、二足歩行の生物。シルエットは人間だが、醜悪な顔を持ち、背はひかりよりも低い。
腰蓑だけの丸腰だったが、モンスターであると分かった。
(ゴブリン……!)
ひかりは息を殺して、その正体を思い浮かべた。
ゴブリン。
二足歩行の小鬼にして、下級モンスター。
姿かたちは、イストや冒険者ギルドから聞いていた。
最近はこの領に大量発生しているらしく、住人たちの頭を悩ませているらしい。
ゴブリンは、ひかりとは少し離れた場所に辿り着き、何か草を漁っていた。
ヒールベリーはすでに摘んでいるので、別の草のようだ。
(やっぱり隠密999だと、気づかれないな……)
割と視認できる距離にいるのだが、ひかりには気づいていない様子だった。
ゴブリンは無防備に背中を向けている。
ひかりの頭に、ある考えがよぎった。
(ゴブリンを倒せば、1ポイント……)
短剣はある。
隠密999あるので気づかれていない。
相手は一匹。
うまくやれば、ゴブリンを倒せるかもしれない。
ひかりは、腰の短剣を抜いた。
小さい割にずしりと重い、しっかりとした造りの短剣。
これで一刺しすれば、倒せるかもしれない。
(でも失敗したら?)
そう考えがよぎる。
もし一撃で倒せなければ、見つかってしまう。
ゴブリンは弱い部類らしいが、ひかりも戦いの経験はない。
短剣を取られたら、やり返されるかもしれない。
そして何より。
(い、生き物を殺せるの……? わたし……)
ひかりにとって、そこが大きな問題であった。
蚊や蝿なら殺したこともある。家に入ってきたゴキブリなんかも、何回か殺した。
しかし本来なら、無闇やたらに生き物を殺したくはない。
人間サイズの生き物を殺すというのは、女子中学生だったひかりにとって、ハードルの高い行為だった。
「ギャッ、ギャッ」
ゴブリンは赤っぽい草を、根っこごと引き抜いて、手に持った。
2、3本ほど引き抜いてから、来た道を戻っていく。
(あ……)
悩んでいるうちに、ゴブリンは立ち去ってしまったようだ。
ひかりは、ほっとため息をついた。
(うーん、わたしには無理、かも……)
ほっとしたのが半分、少し落ち込んだのが半分。
ゴブリンは、この領を悩ませるモンスターらしい。
殺せれば、きっと皆の役に立てるはずだ。
何より、ポイントがもらえる。
1万ポイントという遥か彼方のゴールだが、達成できれば、元の世界に帰れるはずだ。
しかしそれができなかったことに、ひかりは少し落ち込んだ。
(この世界にいれば、いつか殺すこともあるかもしれないけど……)
まだ早い。
ひかりはそう言い聞かせて、その場を立ち去ることにした。
「そういえば、なんの草を取ってたんだろう……」
ゴブリンがわざわざ取って行った赤っぽい草を思い浮かべて、ひかりは首を傾げた。




