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美しいのは・・・・・

「ああ、なんて綺麗なんでしょう・・・・・」



わたくしは、それを見て恍惚の表情を浮かべた。


今まで見たこともない、虹色よりもっと多くの輝く色が、母の胸元のペンダントから発せられている。


それは、北方に生息するクリオネに似た意匠(デザイン)で、精巧な硝子作り。 真鍮でできた月桂冠の輪が、クリオネを守るような形状になっていた。


お母さまは、アクセサリー等をほとんど持たない倹約家。


社交界のパーティーも、何処かから借りてきたアクセサリーやドレスで身を纏い参加されていた。


豪奢で目新しく、借り物とは思えない品質(クオリティー)で、多くの貴婦人から販売先を聞かれるも、「叔母からの借り物なのです。 古いものでお恥ずかしい」と、本当に恐縮する態度な為、それ以上は聞き出されることはなかった。



そんな母が持つ(ペンダント)なので、非常に珍しいと子供心に思ったものだ。





私の母アメリヤは、今でこそ伯爵夫人として何不十分なく暮らしているが、私が幼い時に住んでいたタウンハウスは既に手放しており、一緒に暮らしていた家族は(私以外)もう他界している。




アメリヤの生家ゼモローム伯爵家は、代々武家の出で父グランべリは騎士団長も任された旧家から続く名門。 遅くにできた1人娘のアメリヤは大層大事に育てられた。

赤毛のくせ毛で、大きな茶の瞳のちょっとだけぽっちゃりな子供だった。

この国は男女隔てなく、長子が家を継ぐことになっているので、男児がおらずとも後継者問題で揉めず、穏やかに時は過ぎていた。


そしてアメリヤは、父の親友モロコ・ジャグリーン子爵の次男で、書記官をしている息子のカザナリィと結婚しゼモローム家を継いだのだ。


見合いの席でも結婚してからも、カザナリィはアメリヤに優しく親切だった。

父(筋肉過多)とは違う美形の優男だったが、微笑む顔が天使に見えるほど好み。

だが、平穏な毎日は音を立てて崩れ始める。

カザナリィが、賭博で莫大な借金を負って失踪したのだ。



賭博場のオーナーは、借用書を持参し返済を迫った。

カザナリィは毎回ツケで賭けていたらしく、賭博場に通っていることは、伯爵家は誰一人知らなかった。

親友のモロコを信用していたグランベリは、結婚前に身辺調査を行っていなかったのだ。


元々の借り入れを長年返済しなかったせいで、利息が膨れ領地収入で払い切れない金額となり、結局屋敷と領地全てを返済の為に手放すことになった。


手放す前に、グランベリと(アメリヤの)母ミーシャ、モロコらにも相談したが、借用書に不備はなく返済は必須となった。

親戚筋にも相談したが、借金の話をするとみんな離れていく。


モロコと夫人フランは土下座して謝罪し、できる限りの金銭を差し出してくれた。

ただ既に当主は長男が継いでおり領地の売買はできない為、これ以上の援助は難しいとも言われた。


グランベリとミーシャは領地で隠居していたが、この知らせで王都のタウンハウスまで駆けつけてくれた。

そして、モロコらの対応を聞き、誠意がないと怒りを滲ませた。

何故、賭博癖があることを伝えてくれなかったのか。

何故、自分事なのに責任を放棄して、職場からも家庭からも失踪しているのかと。

もし今離縁しても、借金はゼモローム伯爵家が支払うことに変わりはなかった為、カザナリィを好きになっていたアメリヤは離縁することはなかった。


アメリヤは代々の土地家屋を手放すことを、涙ながらに謝罪した。

父母は自分達の婿選びが悪かった、お前に非はないと一緒に泣いてくれ、決して責めることはしなかった。


カザナリィの兄ジャグリーン子爵家当主は、「何もできないが、使用人達は全員こちらで雇い入れる」と約束してくれた。

全員の雇用先を探すのは大変なことなので、感謝を述べて頼むことにしたのだ。



その後王都のタウンハウスで、アメリヤと両親と乳母サーチルが一緒に暮らし始めた。

サーチルの給金はいつ払えるかもわからないので、ジャグリーン家へ行くことを薦めるも、もうお金はたくさんあるのでいらないと言う。

子は既に所帯を持って遠方におり、1人で暮らすのも寂しいので置いてくれと。

元々、死ぬまでお嬢さまといるつもりだったと言われると、泣き出したくなったり嬉しい気持ちでいっぱいになる。

アメリヤはそれならばと、お願いすることにしたのだ。

サーチルは満面の笑みで、アメリヤを抱きしめた。

そして誰にも聞こえない声で、「きっと貴女はもっと美味しくなる」と呟いた。




実際問題として、貴族として暮らしてきたアメリヤと両親は、家事が全く行えなかった。

できることと言えば、アメリヤとミーシャは刺繍等の裁縫と趣味のお菓子作りくらいだ。

グランベリに至っては、風呂の水汲みと薪割りくらいしかできない。

サーチルはそれを見越していたんだろうか、彼女がいなければ立ち行かない状況だった。


グランベリは騎士団長時代の伝を使い、学園初等部の剣術指導の職を得た。

48才には見えない、筋肉隆々の美丈夫。

金の柔らかい髪を後ろに撫でつけ、子供に怖がられないように口髭を剃れば、優しげな青い瞳に女子がきゃあきゃあしていた。

騎士団長まで勤めあげたグランベリに、そんな職しか紹介できないことに後輩騎士ナナスは恐縮したが、怪我をして家族に心配をかけたくないと、条件を出して得た職だったので大満足である。


今必要なのは、気持ちを穏やかに過ごすことだと思ったからだ。

騎士年金もあり、夫婦2人で暮らすには贅沢をしなければ十分である。

後は再婚する時の持参金を貯めるくらいだ。


そう思っていた矢先、アメリヤの懐妊がわかった。

アメリヤは、お腹の子を産むと言う。


両親は出産することに否定的だった。


まだ20才で、美しいアメリヤだ。

初婚は難しくても、再婚ならば引く手あまただろう。

今の勤め先も伯爵家当主のコネと経験を生かし、王宮女官の職を得ていたのだ。


失踪したロクデナシの子など、誰も望まない

……………そう、アメリヤ以外は。



わりと頑固なアメリヤは、結局 女児(カリューム)の母になった。

事情を知る女官長はアメリヤを再雇用してくれて、忙しい日々が続く中に朗報が入る。

「旧ゼモローム伯爵邸を、カジノ王の夫婦が購入し住み始めたらしいのだけど、使用人の中にカザナリィらしき人を見たらしいのよ」


近所の奥さん情報網(ネットワーク)で、この情報を仕入れたサーチルは興奮していた。

当然アメリヤもウキウキで、焦る気持ちを抑えていた。

『会いたかった。 きっと、大事になって出てこれなかったのね。 でも、反省してればやりきっと直せる。 可愛いカリュームを見れば大丈夫よ』


休日に、カリュームを連れて会いに行こうと考えていると、渋面のグランベリより制止がかかる。

「俺もカザナリィの噂を聞いて、本当にいるか騎士団に探りを入れてもらった。 するとな、姿はカザナリィなんだが、名前がシュメル・ヒルロックに変わっていた。 その妻がメルカード・ヒルロックで、カジノ王のロジャート・ヒルロックの娘だ。 カザナリィと、借金を負わせたあのカジノは繋がっている。 お前はあいつに近づくな。 態々こちらに戻るなんて、なんだか嫌な予感がする」


なんだかよくわからないけど、カザナリィはカジノ王の娘と結婚していて。

でも私と離婚してないんだから、結婚できないはず。

名前を変えたから、結婚できたの?

そんなことできるものなの?

借金して逃げたのに、なんで逃げた原因の側にいるの?


その人を愛しているの?

愛しているの?

愛しているの?

愛しているの?

愛しているの?

愛しているの?



私のことは愛してないの?

愛してないの?

愛してないの?

愛してないの?

愛してないの?

愛してないの?


「おい、聞いているか? シュメル・ヒルロックの戸籍は本物だ。 あいつに何か言っても、きっとはぐらかされるはずだ。 そしてカジノ王のバックには、私軍が付いている。 気持ちはわかるが、会いに行ったら駄目だからな!」


グランベリの警戒心は、軍で培ったものだから侮れない。

噂の範疇でしかないが、それだけでもかなりの悪評が聞かれている。

目的を調べなければ、あいつらの手に入れたいものを。

態々こんな目立つ場所に来たのには、意味があるはずだ。

騎士団に裏金(ワイロ)を渡し、軽微な犯罪を揉み消している噂もあるし、また何かする気なのか?




グランベリとミーシャにあやされて、きゃっきゃと笑うカリューム。

サーチルは夕御飯を作り、私はお皿をならべる。


こんなに暖かい家族の中に、この娘の父親だけいない……………




グランベリが情報を求めて、騎士団の訓練場で後輩の副騎士団長ナナスと話をしていると、ナナスの部下が姿を見せた。

「副団長、お客様が詰め所でお待ちになっております。 それでは失礼します」

礼をして去っていく部下。


「それじゃ帰るよ。 忙しいのにすまないな」

「お疲れさまでした」と頭をさげるナナス。

グランベリは笑顔で挨拶し、一歩、一歩と玄関へ歩みを進める。

自分が進んできた、自分のルーツと言える騎士団の訓練場を去る。

「今日はなんだか切ない気分だ。 センチメンタルってやつか?」

もうあいつとは、会わない方が良い気がするな。




グランベリがタウンハウスに戻ると、カザナリィの母フランが訪れていて、カリュームを抱いている。

ほぼ断絶していたので、カリュームの出産どころか、妊娠も告げていなかったはず。

何故ここに来たのだろう?


「こんばんは、グランベリ様。 今日は偶然に孫のことを聞いて、居ても立ってもられなくてお邪魔しておりました。 不義理にしていたのに、図々しくて申し訳ありません」

微笑んで恭しく礼をするフランに、胡散臭さを感じ背中に汗が落ちる。

グランベリは、ただ一度だけ頷いた。


最後に会った時と、気配が違う気がする。

本人だとわかるのに、不安が走る。


フランは帰り際、再びカリュームに会いに来て良いかと尋ね、ミーシャは「勿論よ」と受け入れてしまった。


そのわりには子の名も呼ばぬし、祝いの品1つない。

何となく勘だが、居場所を確認しに来ただけではないだろうか?

孫の祖母に冷たいのかもしれないが、何もかもが怪しく思えてしまうのだ。




ロジャート・ヒルロックは、頭の切れる男だった。

「今の自分は、幼少期の影響を多分に受けているだろう」と思っている。

どんな悪事でも、生きる為に行ってきた頃の。

もう、手を汚さずとも生きられるのに。

まあ、今さら言い訳でしかないがな。


がっちりしている細マッチョで、美しく整った(かんばせ)は既に整形を繰り返しており、原型は留めていない。

そんな顔を鏡で確認しながら一人、自問自答する。

子供の時代からの癖だ。

今の姿を忘れないように……………


だが、今回伯爵家の婿養子を手玉に取り、没落寸前まで財産を騙し取ったことは、多くのリスクを抱えたが実利が上なので後悔していない。 

実際のカザナリィは、こんな大それたことができない小心者だ。

何故こんなことになっているかなんて、本人にすらわからないだろう。

まあそれが、ギャンブルの恐ろしい所か。



(メルカード)の焦がれた男が、騙した伯爵家の婿なんてな。

何でも学園で会ったことがあるらしいが、辛うじて男爵令嬢なんてのはお呼びじゃなかったらしい。 

隣にはいつも、伯爵令嬢(アメリヤ)が居たらしいし。


他の奴の戸籍を買い取って与え、娘と結婚までさせちまった。

さすがにカザナリィは嫌がったが、既に拒否できる段階にはなかった。

勿論離婚などさせるわけがない。

愛娘に手を付けたのは知っている。

まあ婚姻後に、メルカードが媚薬で盛らせたのだから、襲われたようなものかもな。

だが、やったのはやったんだし、ちゃんと孕んでるからな。

本当ならば、失踪時点で命はなかったはずなんだから。

(メルカード)に感謝して、一生尽くしてもらわんとな。

メルカードが飽きたら、うん、まあわからんな。

命がけで頑張れよ。


元子爵家当主(モロコ)は、何を考えているんだか。

親友?の筈のグランベリを騙すし、息子に借金を負わせて殺しても良いなんて、異常だよ。


それでいて、儲けなんていらないとか抜かす。

そう言うのが、一番裏切りやすいからな。

がっちり、当主の息子の方に金は送っといたから、言い逃れはできんぞ。

一蓮托生だ。

返したらどうなるかわかるよなと、少し脅せばビビってたな。

結局、伯爵家の元使用人を雇い入れて、罪を軽くしようとするのはやっぱり小物だな。


いいや、それが普通なのか。

俺達は商売だから、汚れ仕事だって割りきれるんだ。

モロコが異常なんだ。


あいつは相当伯爵家の面々が憎いらしい。

ここらが潮時だと諦めれば良いが………………

そんな奴は、端から俺に仕事を依頼しない。


もう一口依頼が来そうだが、足のつかないようにしなければ。

最悪、裏切る準備もできてるさ。


金額以上の仕事をしないのが、方針(ポリシー)なんでね。





グランベリが刺された。

刺した相手は、騎士団副団長のナナスだった。

3才の愛娘が破落戸に拐われて、返して欲しくばグランベリを殺せと手紙が送られてきたそうだ。


手を尽くして探したが、結局見つからず指示に従ったそうだ。


何もしなければ、きっとこちらを監視している者が娘に手を下す。

妻とも相談し、犯行に及んだそうだ。

騎士団には、「罪は償うので家族は見逃してくれ」と言って。



厳密に言うと、まだグランベリは死んではいない。

生死の境目だろう。

でもきっと犯人は、グランベリが不幸になったから、娘は解放すると思う。


思った通り、娘は返ってきた。

食事もしており、元気だったそうだ。

「お父さんとお母さんが、旅行に行くから(きみ)を預かるように頼まれた」と言ったら、最初はぎゃんぎゃん泣いていたが、環境になれてからは普通に過ごしたそうだ。

まだ3才だし、今回のこともすぐ忘れてしまうだろうな。


そして一命を取り留めたグランベリは、話せるまでに回復し「ナナスの罪は問わないように、ちっとした弾みで刺さったことにしてくれ」と言う。

理由としては、騎士団の訓練場で雰囲気が変だったことに気付いていたのに、聞いてやらなかったからだそうだ。


「親友なんだよ。 そもそも俺が会いに行って、巻き込まれただけなんだから」と言われれば、訴えを棄却するしかない。

ナナスの家族は、心からグランベリに詫びて感謝をした。

「俺、俺すいません。 死んでたかもしれないのに、庇ってくれるなんて。 なんでそんなに優しいの?」

ナナスも妻も覚悟を決めていたのに、赦されて緊張の糸が切れたようだった。

泣いて泣いて、暫くおさまらなかったのだ。


「泣かないでくれ、俺は大丈夫だ。 これからも娘の為に、元気でいてやれよ。 いつか俺の家族が困ったら、一寸でも力を貸してくれたら十分だから。 俺もお前も娘が一番可愛いんだし、頼むな」

グランベリの両手を握り締めて、「必ず、必ず助けます」と、約束を交わす。

手紙で住所を知らせますというので、耳元で住所は手紙の中に書いてくれ、また利用されないようにと最後までこっそり助言(アドバイス)したのだった。


そして元々行く予定だった隣国へ旅だったのだ。


グランベリは、そのままゆっくりと衰弱し2週間後に息を引き取った。

「親友が娘を失わなくて良かったんだ。 笑って送ってくれよ」と言い残して。


葬儀にはたくさんの人が駆けつけた。

ただグランベリの遺言で、ナナスには連絡しなかった。

生活を立て直すまで、知らないに越したことはないと。


妻のミーシャも3日程泣いていたが、その後は気を引き締めたように笑顔を見せた。

「本人が納得してるんだから、もう良いんだ。 心配して天国行けないと、私の寿命尽きた時に迎えに来てもらえないからね」


そう言って、レース編みに集中している。


サーチルは、何だか面白くなさそうにしていた。

何か嫌なことでもあったんだろうか?

伯爵家が逆恨みされているのなら、サーチルだって危ないし、嫌がらせにあっているなら、ここから離れた方が良いのだ。


もう昔の私ではない。

家事だって不恰好ながらできるし、仕事の時は子守りを雇うこともできるようになったし。

母も居るから大丈夫なのだ。



それとなくサーチルに伝えると、「嫌がらせなんてないですよ。 ちょっと腰が痛かっただけ」と言ってくれた。

でも、無理はしないようにしてねと伝えた。



暫くして母が倒れた。

義母のフランがくれたお土産に、毒が入っていたのだ。

丁度サーチルも買い物で居らず、(アメリヤ)もカリュームが風邪気味で病院へ行っていたのだ。

それは即死の猛毒ではなく、麻痺を誘発するものらしかった。

義母も貰い物で美味しそうなのがあると、それを持参したらしい。

結局たくさんの贈答品があり、持参した人の特定には至らなかった。


(ミーシャ)を見つけて、すぐ医師を呼んだ。

診察してもらうと、「解毒剤を注射したが元々肺の動きが悪く、毒で余計に負担がかかっていたせいで、酸素不足で意識が戻らない」と言うのだ。


辛うじて呼吸はしているが、浅いものだった。

肩が小刻みに揺れている。

たくさん酸素を吸おうとしているのだろう。


翌日、呼吸は途切れ途切れとなり、次第に止まって、完全に止まってしまった。

ある意味、即死より余程苦しかっただろう。


父の葬式後1週間で、母もこの世を去ってしまった。


私は涙も出ず、暫くベットから動くことができなかった。


申し訳ないことに、そんな状態の中葬儀は終了した。


やはり3日を経ると、急に娘の声が鮮明(クリア)に聞こえ、枯れるまで涙を流した。

娘もつられて泣き出し、サーチルは嬉しそうに頷いていた。

きっと、私が現実に戻り安心した頷きなんだろう


……………………本当に?


何故か疑問が過る。

泣いている人を前に、満面の笑顔なんてできるの?

私が可笑しいのかしら?


その時の疑問は、ずっと心に残っていた。



その後、私は懸命に働いた。

託児所にカリュームを預け、家で家事をして寝て、仕事に行ってを繰り返す。


でもカリュームを1人にはしなかった。

どうしても、サーチルを信用できない。


給金のこともあるから、サーチルには家から出て貰おうと思っている。

今日はそれを話そうとしてサーチルと居る時、義母(フラン)がお悔やみを述べたいと訪問してきたのだ。

母が毒のお菓子を食べた要因を、今さらながら涙と共に延々と、想像も交えて聞かされた。

結果として毒を差し入れたことで、葬儀にも参加できなくて詫びたいのだろうと思うが、1時間は経過していた。


そしてシュメルと名を変えたカザナリィも、突然私の家に現れたのだ。

「突然ごめん、母が来てるよね。 父から、母が君の命を狙ってるかもって聞いて、じっとしてられなくて。 取りあえず、娘とここから離れるんだ。 急いで!!!」 


カザナリィの必死の形相に、それが本当の心配だと確信が持てた。 心配してくれることがわかるのだ。

なので、私もつい言葉を交わしてしまう。

早く逃げなきゃいけないのに。


「今日はサーチルに解雇の話をしようとしていて、興奮から大声を出されて驚いたら可哀想だと思って、娘は預かってもらってたの。 娘の所に行くわね。 忠告ありがとう」

私たちのことを心配して走って来てくれたことを思うと、わだかまりが全部ふっとんで、なんだか屈託なく微笑んでしまっていた。

単純すぎね、私。


中の2人に気付かれないように、玄関先で小声で話をしている最中に、娘を連れてシッターさんが戻ってきた。

何と言うタイミングか!

神に感謝し足早で逃げ出した後、戻ってこない私を探しに2人が玄関に顔を出した。


「このアバズレめ! 息子ばかりか夫までたらし込んで! 死んでしまえーーーーー!!!」

義母(フラン)が出刃包丁を鞄から取り出して、追いかけてくる。


どんなに急いでも、娘が居る状態でこれ以上は早く走れない。

私は娘を抱き締めてしゃがみ、自分の体で刃物を受け守る体勢を取る。

目を閉じてかまえていると、悲鳴が聞こえてきた。


「ぐさっ!」


私にはまだ刺さっていないのに。

その時、何故かカザナリィの呻き声がした。


「ひぐっ!!! ぐああぁー」 

やだ、やだ、やだ、こんなの嫌だーーーーー!!!!!


「あ、あ、あーーー!!! なんでよ なんでこんなこと。 邪魔しないでよー」


カザナリィは、アメリヤと義母(フラン)の間にいて、私を庇って刺されていた。


義母は何度も包丁を振り上げ下ろすも、全てカザナリィが受け止めてくれたようだった。


その間に騎士団が到着し、義母を連れていく。

「私が悪いんじゃない! あの女と母親が悪いんだ! あんた達が不幸になんないから悪いんだ! いっつもいっつも幸せそうに笑って! 馬鹿にしてんのか! 放せ、触るなーーー!!!」


義母は最後まで喚き散らしていた。

どうやら、私も、母も恨まれていたらしい。

ーーーーー何故だろう? 見当がつかない。




そして私の腕の中に、私の膝に頭を乗せて微笑むカザナリィがいる。

何度も刺されて血塗れだ。

私達を庇ってくれたのだ。


「どうして笑ってるの?」

私はカザナリィの顔に、涙を落としながら尋ねた。


「君が好き………なんだ 勿論娘も……… 名前可愛いね……… 顔は君似だ 良かった…………」

激痛のはずなのに…………… ずっと笑ってるね。


「貴方に似た方が良いに決まってる。 美人の方が良いでしょ?」

「君は…美人だよ………  それに……愛嬌もある………  愛嬌のある顔が…… 好きな男は多い ……よ  悪い虫が…………付きそうで…… 心配………」

息もあがっているカザナリィ。


前抱きの赤ちゃん紐を緩め、カリュームの顔を見せる。

カザナリィは、カリュームの頬に手を触れて泣いていた。


「美人な……………んかじゃ……………なくて………良いから 元気に………育っ  て」

うわぁぁぁあぁんーーー 

私は泣いて、娘も泣いて、周りのみんなも泣いていた。


医師はさっき着いたけど、私達を引き剥がすことはしなかった。

時が止まったような、静寂が流れた。

泣き声だけしか存在しない世界………………


でもどこかでサーチルが、腹を抱えて喜んでいるのを感じ、その気配を意図的に消去した。

私の世界に、あれ(サーチル)はいらないのだ。






騎士団で、フランはポツリポツリと話し始めた。


「夫は、ミーシャ(アメリヤの母)がずっと好きだった

だから親友のグランベリが結婚した時、絶望したそうなの

私と結婚したのは、ただ柔順そうだから

私が口答えの一つでもしたら、すぐ殴られたわ

それは子供達も一緒で、夫は家族の誰も愛してない


それでも私は好きだったの

理由なんて知らないわ


でもそのせいで、子供達も自分自身も不幸にしてしまった

あんな奴、置いて逃げれば良かった


でもアメリヤの家政婦が、………確かサーチルが現れてから酷くなった

夫にも、私にも、カザナリィにも………………何か囁いて……………

それから可笑しくなった


カザナリィは伯爵家に借金があって、それを返す為に賭博に手を出し始めたと、そう言っていたの


今思うと、伯爵家に借金なんてないわ

みんな慎ましい生活をしているし


騙されたのだわ、きっと

『なんの為に?』


知らないわ、そんなこと



そして気付かないうちに、借金を背負って失踪して


息子は、アメリヤの家に戻れなくなって



そして今度は夫が、領地もお金も失くなった可哀想なアメリヤを囲うって

信じられる?

少なくとも、そこまでの節操なしじゃなかった

息子の妻なのよ


でももう変になってたのね

今のアメリヤは、ミーシャの若い頃そっくりなんだって

そんな娘に、カザナリィは似合わないから排除するって

息子に対して排除なんて! 信じられなかったわ



そして夫は、ナナスを脅迫してグランベリを殺して


私にミーシャを、毒で殺させて

私は、毒が入ってるなんて知らなかったのに

ああ、でもその時もサーチルが『お嬢さまには食べさせないので、安心してくださいって』


毒入りのお菓子をミーシャが食べたのを知っていて、そんなことを言う?

と言うか、初めから毒のことを知ってたと言うの?


私だって、本当はミーシャやアメリヤのことなんて、どうだって良かった。

元はカザナリィのせいなんだけど、没落して大変ねくらいで、一寸だけ優越感に浸っただけ それだけなのに………


でもサーチルに囁かれると、気持ちが何故か高揚して、昔に引き戻されるみたいだった 


怒りの気持ちだけが鮮明に・・・・・・・・



わからない、わからないわ

そもそもなんで近くにいるの?

あの人アメリヤの乳母なんでしょ?

ずっと、アメリヤを育てたんでしょ?


あれ? 待って 私はずっと姑として、あの家に行ってたわ

でも私、サーチルなんて知らない 会ったこともないわ

…………………どうして???????

あっ、頭が割れる………………助け…………て…………………」




事情聴取中、義母フランはそのまま死亡した。

原因不明だった。



その後カザナリィの父モロコが逮捕され、サーチルに唆されたと供述したが、サーチルと言う人間がいた痕跡は発見されなかった。


逮捕されてから何年か獄中で過ごすも、突然倒れ逮捕から5年後に死亡した。

心筋梗塞と言うも、詳しい病名は発表されず。




ロジャート ・ヒルロックは、モロコの共犯として取り調べを受けるが、罪状の立件には至らず釈放される。

他の代理が捕まったようで、事件は巻く引きとなる。

モロコの息子ジャグリーン子爵当主も、カザナリィの一件で賄賂を受け取っていたとして罰金と男爵への降格。

爵位は縁者が継ぎ、息子一家は平民となった。



メルカード・ヒルロックも、あんなに好きだった筈のカザナリィの葬儀が終わると、何にも気持ちが動かなくなっていた。


昔の初恋の人だけど、奪ってまでの人じゃないわよ。

もうおじさんだったもの。

どうしてこんなに執着したのかしら?

そう思っていると、サーチルが現れてご苦労様と告げた。

すると、お腹に激痛が走る。

病院へ行くと流産と伝えられ…………………………





サーチルは、カザナリィが刺されてから消息を絶っていた。

しかし突然、アメリヤの住むタウンハウスのリビングに現れたのだ。

「えっ、どこから入って来たの?」

恐怖で顔が歪む。

玄関ベルは鳴っていないのだ。


「もう、そんなこと気にしないの。 私達の仲でしょ?」


そう言うサーチルだが、アメリヤも乳母がサーチルでなかったことを思い出していた。


「貴女の魂。 みんなに欲しがられて、きっと傷ついて美味しくなると思ったのに。 もう良いわ、ただオーラが強いだけなのね、残念。 じゃあ、いただきます。 そしてサヨウナラ~」


そう言い放ち、アメリヤに突進してきた。

だが次の瞬間、胸元のペンダントが光を放ち、クリオネのような顔の部分が4つに裂け、うねりと共に2m程に拡大しサーチルの体を覆い尽くす。

「馬鹿な! 私の体に物理攻撃など効かない筈なのに。 なんだお前はー 人間じゃないのか? ま、まさか、だて………… の餌……… あああああぁぁ~~~~~嫌~~~」

 


次の瞬間、ヒュンと音がなり元の風景に戻る。

散ったはずの服の破片1つとしてない。

ペンダントを見ると、クリオネのような部分が光り、渦を巻いている。

「母がくれたお守りのおかげで助かったわ。 でも餌って何かしら? まあ、サーチルはいつも変だったしね」


そう言うと、倒れ気を失っていた。

階段から偶然その場を見たカリュームは、駆けつけて絶句した。


ペンダントの眩さに思わず「綺麗…………」と呟く。


こんなこと、他の人に信じてもらえないね。

下手をすれば、可笑しくなったと思われるだろう。

これはお母さんと私の秘密ね。


きっと母だって夢だと、忘れるだろう。

そう思いながら、母を優しく起こすのだ。





アメリヤの上司、ビスチェン・サンモルテ伯爵夫人は未亡人だ。

子供もいない独身貴族。

ある日、執務の後アメリヤにこう告げる。

「私の家を継いでくれる、健気な子はここにいないかしら? おやおや、私の可愛い子が横にいるわ。 うんと言ってくれるかしら?」

ビスチェンがおどけて言うと、


「私で良いんですか?」と、驚くアメリヤ。

「貴女が良いのよ。 女官長室に入る許可は、私の他は貴女にしか出してないのよ。 服だってアクセサリーだって、貸したのは貴女にだけよ。 あげると言っても、受けとらないんだから。 今までも愛情を注いだつもりなのに、伝わってないなんて悲しいわ」と、嘘泣きしてからアメリヤを抱きしめた。


「私の横で幸せになりなさい。 勿論、カリュームもね。

孫に可愛い服たくさん着せるわよ~」


信じられる養母の元、やっと見えない翼をおろしたアメリヤ。



でもアメリヤは知らない。

娘もまた、ペンダントが見える目を持つことをーーーーーーー


4/10 15時 日間ホラーランキング(短編) 11位でした。

ありがとうございます(*^^*)


4/21 9時 日間ホラーランキング(短編) 7位でした。

ありがとうございます(*^^*)

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