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 友人同士のパーティは毎年行われていて、今回は北区・王子の緑豊かな一等地に分譲マンションを買ったばかりの小杉慎吾が、新居へ級友を招いている。


 いつも通りの顔ぶれで、気の置けない気楽な集いなのだが、最初のパーティが開かれた二年前と比べ、メンバーは一人少ない。


 それは協議離婚が成立した譲二の妻が参加していない為であり、いきなり離婚届へのサインを迫られたという譲二の気持ちを察し、その話題を出すのは皆、言外のタブーにしている。






「ゴメンね~、ウチの亭主、おしゃべりの上に無神経だから」


「そこが長所と言う人もいるよ」


 俯く忠の肩を譲二が叩き、取り上げず場がほぐれると、


「やっぱりアレだな。こんな狭い台所に皆集まってくるから変な話になる」


 と、慎吾が妙なフォローを口にした。

 

 確かに、如何にも新築の高級マンションと言う雰囲気を漂わすシステムキッチンは設備が充実している反面、狭い。

 

「んじゃ、戻りましょうか」


 まだ夫を手伝いたい様子の智代を背中から押し、友里恵がリビングの方へと導く。


「おう、ジョニーも忠も向こうで待っててくれや。俺がすぐ、飛び切りうまいもん作って持っていくから」


 偉そうに言うが、そもそも慎吾の荒い調理が原因である。


 その後も台所から破裂音やら食器が割れる音やら飛び出し、覗きたいのを我慢して皆が宴の始まりを待つ。






「はい、お待ちどぉ!」


 不安と期待の入り混じる一時が過ぎ、慎吾が勢い良く持ってきた大皿は思いの外、香しい匂いを漂わせていた。


「お前らも運ぶの、手伝え」


 仕切る慎吾と仏頂面の忠に対し、譲二は自分からさっさと腰を上げ、給仕役となる。


 パエリア、アヒージョ、シーフード・マリネ、青菜のカタルーニャ風といったメニューが次々と女性二人の前へ置かれた。

 

「わぁ、見るからに本格的なスペイン料理って感じ」


 友里恵の歓声に、慎吾は胸を張り、


「どうだい、俺があっちで単身赴任中に学んだ本場の味さ」


 と鼻高々だ。


「良かった、うまく出来て」


 智代も胸を撫で下ろし、シェリー酒をベースにした薄目のアプリティフで乾杯して料理へ手を付ける。


「あ、意外と美味しい」


「意外はないだろ、失礼な」


「じゃ、まぐれ?」


「うん、或いはビギナーズラックって奴かもしれない」


「それ、まぐれと大差無いじゃん」


「常に思いやりのある表現を、俺は心がけているんだ」


 思いやりはどうあれ、素っ気ない譲二の言葉に慎吾のプライドは傷ついたようだが、皮肉交じりのやり取りも互いに慣れた軽妙さでそれなりに心地よい。


 皆の箸は進み、気の置けない会話に花が咲いた。何しろ、共有する思い出は多く、話のネタが尽きる事はない。

 

 ここに集まった男性三名は、酒造大手・キングビール株式会社の1979年同期入社組である。


 新人研修の合宿で出会い、昇進具合はまちまちなれど、共に高度経済成長の末期からバブル崩壊へと至る荒波を乗り切ってきた。

 

 それに彼らは皆、伴侶と社内結婚で結ばれており、奥方同志も気心が知れている。

 

 生活の糧を得るのみならず、友人関係も恋愛も会社の中の狭く、濃厚な交わりの範囲内で完結する。

 

 21世紀の若者には、おそらく奇異に思えるだろう。

 

 しかし、昭和の時代、特に団塊ジュニアと呼ばれる世代の人間達にとって、ごくありふれた人生行路に過ぎない。






 コースを気取った献立も一通り出尽くし、慎吾渾身のディナーは一段落。

 

 次に嬉々として取り出したのは濃厚極まる赤ワインだ。スペイン産本来の芳醇な香りが開封と同時に部屋へ広がる。

 

 図体がでかい割に、一番回りが早い様子の慎吾はワインボトルへ頬ずりし、しばらくウンチクを語った挙句、

 

「なぁ、このブランド、俺が初めて日本へ入れたんだぜ」


 と武勇伝モードに入る。


「今でこそスペインワインは何処にでも置かれていて、コンビニじゃ定番だけど、俺らの時代はそうじゃなかった」


「フランス物と比べて、安っぽいイメージだわな」


 忠もワインを舐め、調子を合わせた。


「あぁ、宣伝畑にいた俺も、お前と販売戦略を徹夜で語った記憶がある」


 譲二は彼らしい折り目正しい飲み方をし、グイグイ開ける慎吾と、その横で心配そうな表情の智代を見やる。


「忘れもしない34年前、バブル景気の真っ只中、重役の集う会議で俺ぁド~ンと打ち上げた訳よ。酒の魅力を訴求するなら、その酒に合う料理の魅力も判り易く伝えるべきだと」


 手酌のグラスで一気飲み。妻の憂慮を無視し、慎吾は尚も過去の自慢を並べ立てた。


「で、スペイン料理を自分の手で学びたいと思ったのな。はじめは仕事。で、段々本気ではまって」


「家庭で再現できる簡単なレシピ、男でも出来る調理法を学んで来いとアドバイスしたの、ホントはジョニーさんなんでしょ?」


「実際動いたのは確かに慎吾さ」


 友里恵のツッコミに、素っ気なく譲二は答える。


「そ、ジョニーは口だけ。スペイン赴任中、苦労して研究したのは俺」


「その割に、小杉さん、今も料理はあまり上手じゃないけど」


「それはだなぁ、あくまでビギナーに再現できるレベルを紹介したかったから、わざと上達しなかったんだよ」


「ホントぉ?」


「うん、表現がリアリティに欠ける」


「何だよ、俺をディスるなよ」


 友里恵が、まるで信じていない横目遣いで慎吾を見る。


「なぁ、智代、お前もあの頃、俺の料理を何度も堪能してくれたよな」


「え、まぁ……うん」


「それ、智代さんが痩せ我慢して、旦那の酷~い料理の実験台を引き受けた賜物じゃないの?」


 言い方に淡い毒がある。友里恵には少々絡み酒の傾向があるようだ。


「でも、まぁ……やっぱりね、日本に帰る度、お料理してくれたのは嬉しかった、私」


「ほらみろ、俺は良く出来た亭主と、女房殿が太鼓判押してくれたぞ」


「奥さんが空気を読んで、忖度しただけに聞こえるけどな」


「うん、そのツッコミにはリアリティが感じられる」


「畜生、どいつもこいつも!」


 更に酔いが回った慎吾は憮然として立ち上がり、廊下へ飛び出して、自分の部屋へ入った。


 四角い大きめの缶を小脇に抱え、リビングルームへ戻ってきたのはその数分後の事である。


読んで頂き、ありがとうございます。


気楽なオジサンの会話の中に、バブル当時の空気みたいなものを感じて頂けたら嬉しいです。

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