月塔
兎のウサギは今日も月に向かって飛び跳ねていました。このおかげで、ウサギは村の中では一番に高く跳ぶことが出来ます。これは彼の自慢でした。
ウサギが飛び跳ねることを、村の者達は笑います。仕方の無い事です。兎の力では、どうしたって月に届くことはありません。村の者達も、始めはにこやかに見守っていました。ウサギの、子供らしい願いだと考えていたからです。しかし、大人になっても夢から覚めない彼には、誰もが呆れておりました。
一人ぼっちになってもウサギは諦めませんでした。孤独な兎はだいたい早死するのが村の常識で、ウサギも、本能で彼自身きっとそうなるだろうと自覚して開き直っていましたから、ただただ月に向かって跳ね続けるのでした。
そんなある日、村に渡り鳥の一団がやってきました。村の者は珍しがって、渡り鳥達にいろんなことを聞きました。ウサギも、一つ二つ聞いた後にぶっきらぼうに言いました。
「月まで行ったやつを知ってるか」
「知らないねー。兎じゃあ知らないねー」
一団の中でも一際大きな体の鳥が答えました。
「なんだ。兎じゃなかったら知ってるのか」
「イカロスって人間がいるんだわー。アイツは太陽まで行ったとか行ってないとかって、人間が言ってたなー」
「そいつはどうやって行ったんだ」
「人間にだって羽はないから、ローソク……あれ、鉄だっけ、まあそれでできた翼で飛んだんだってー」
これを聞いて、ウサギは思いつきました。
「そうだ。お前、鳥なんだから空を行けるよな」
「そうだねー」
「なら、俺を乗せて飛んでくれないか」
「えー」
「いや、礼なら払う。初めて月まで行った兎をお前は乗っけていたんだぜ。上手くいけば俺は有名人で、大金持ちだ。人参の酒だって飲み放題だ。で、お前は立役者ってことで、お前だって金持ちだ。きっと」
この渡り鳥は、渋々その話を受けました。渡り鳥には常識があります。ウサギとは違うのです。違うのですが、万が一に賭けたのです。ウサギが月まで跳んで行ってしまうことに。
「一応聞くけど、死んじゃうんじゃないのかなー?」
「いや良い。どうせ俺は独りだから、すぐ死ぬ」
渡り鳥は返事に困って、何も言わずに羽ばたきました。地面がどんどん小さくなって、家の形も分からなくなりました。
この日は満月でした。ウサギはこれまでにないくらい大きく見える月にはしゃぎました。
「そういえば、どこで跳ぶのー」
「もっと高い所だ」
「こっちにだって限界はあるんだから、その時は諦めてよねー」
「そうかそうか。まあいい。こんなに近くまで来たんだから、届かないわけがない」
大きな声でウサギは笑いました。笑い方が汚かったので、渡り鳥はウサギに絡まれたことをちょっと後悔しました。
それからもう少し高くいくと、渡り鳥が言いました。
「月にも兎はいるらしいよー」
「なんだそれは、冗談じゃないぞ」
「人間が言ってたんだー。そんなに怒らないでー蹴らないで―」
「俺は信じないぞ、今日行って確かめてやる」
それよりもっと高く来た時、渡り鳥が言いました。
「限界。もう限界。ここから飛んでよ……あれー?」
渡り鳥の背中に、ウサギの姿はありませんでした。いつからの事なのかは、さっぱりです。しかし、常識的な渡り鳥は、ウサギがいなくなってしまった理由にすぐ思い当たりました。
「酸欠かなー」
ウサギには、夢を追う情熱しかありませんでした。あとの、感情らしいことは、バカにしてきた者達への見返してやりたいという復讐心という名の意地でした。なので、必要なことを一つも果たさなかった彼に、この結末は正しいのです。
夢も復讐も果たせずに、ウサギは下へ下へと落ちて行き、やがて、血だまりを作って息絶えました。
この夜、兎たちは初めて夜空を注視していました。本当に月に行ってしまうのではないかと考えていたのです。それは淡い期待でした。それはあっという間に霧散しました。しかしこれをきっかけに一つの思いが生まれました。
「月は綺麗だ。月は綺麗だ。昼の太陽は詰まらない」と誰かが呟いたのを、村中の誰もが聞き逃さなかったのです。
こうして兎の村には塔が建ちました。いつしか、村のシンボルになったので「月塔」の名が付きました。この名の由来を旅の者が聞けば、月の素晴らしさに気づいたことだと言われるのです。
ウサギのことは誰も知りません。




