乙女ゲームの攻略対象にTS転生したので理想の男を体現してみた
思いついたので書いてしまいました。痩せている男性は読んでも怒らないでくださるとありがたいです。あくまで物語の進行上必要な表現として書いています。
*その後のお話を後日UPします。
―現在―
ベルナルトは悩んでいた。
腹黒鬼畜系でいくか、知的クール系でいくか、王道王子系でいくか。
この三択まではしぼられたのだが、そこからが一向に決まらないのだ。将来百八十センチは超えるベルナルトに可愛い系は無理だし、元気系も柄ではない。お色気セクシー系や根暗系ならなんとかなりそうだが、つねに寡黙で孤高でいるのは多分疲れるし、宰相の息子がわかりやすく色気を振りまいていたら、どこからか苦情がきそうだ。
「…はあ。決まらない。…本来のこいつの属性は…腹黒鬼畜系だったか?うーん。いっそのこと三つすべて足して二で割ってみるか?」
口にしてみるとそれはとてもいい考えに思えた。完璧スパダリ系を目指せばいいのだ。
「そうだ、そうしよう!」
己が導き出した素晴らしい解答に、ベルナルトは天啓を授かった気がした。
ベルナルト・オーウェンの前世は、仕事に疲れたOLだった。そのことを思い出したのはつい最近。
仕事、仕事でへとへとに疲れて帰宅する毎日のなか、洗い物のたまっている流し台を見て、前世のベルナルトは思ったものだ。ああ、嫁が欲しい。
もちろん前世のベルナルトに嫁は来ず、仕方なしに自分で家事をしていた。
ベルナルトの前世はなかなかの美女だった。いつも綺麗に髪を巻き、ナチュラルに見える化粧をほどこし、矯正下着を身に着け、颯爽と街を闊歩していた。
男からのお誘いも引きも切らずなかなかにモテていたと思うのだが、お局という年齢になっても前世のベルナルトは結婚していなかった。なぜなら、前世のベルナルトは理想が高すぎたのだ。
前世のベルナルトとしては、最初それがそれほどの高望みだとは思っていなかった。前世のベルナルトが己の伴侶に望んでいたのは包容力、男気、筋肉。この三つだ。ついでに優しければ言うことはない。
しかし、意外とこの三つを備えている男はいなかった。筋肉があっても、男気がない。男気があっても包容力がない。包容力があっても、筋肉がない。それの繰り返しだ。
だが、ベルナルトも悪かったのだ。最初、ベルナルトがこの三つの条件の中で、一番重要視していたのは筋肉だった。むしろ筋肉しかなかったと言ってもいい。
格闘技系の映像を見まくり、総合格闘技の試合に通い、道端にしゃがみ込むガテン系のお兄ちゃんの筋肉を盗み見した。筋肉至上主義。それが前世のベルナルトだった。
だが、すぐにそれが間違いだとわかった。男気のない筋肉はただの武器だ。付き合っていた男が暴力沙汰を起こし、警察にしょっ引かれたことで前世のベルナルトは目が覚めた。
筋肉は大事だ。だがそれだけではダメなのだ。筋肉を包み込む包容力、筋肉を正しく使う男気。それが大事だと前世のベルナルトは学習した。そしてさらに結婚から遠のいた。
現在ベルナルトは十三歳。ベルナルトが学園に入学するまで、あと二年の猶予がある。
「乙女ゲームが始まるまでには、絶対、肉体改造成功させてやる」
姿見に己の姿を映しながら、ベルナルトは固く決意した。
―3日前―
ベルナルトが前世の記憶を思い出したのは、全身素っ裸になって、着替えをしていたときのことだった。姿見に映る己の体を見た瞬間、ベルナルトに衝撃が走った。そして叫んでいた。
「うわっ、細!」
姿見に映る己の姿は、正に鶏ガラだった。白くて細くて骨が浮いている。顔は女の子のように美しかったが、それにしても細すぎた。前世筋肉が大好きだったベルナルトには、いくら顔がいいからと言ってこの体は許せたものではなかったのだ。
「そうか、私は転生したのか…。まあ、それはいい。男だが…。それもまあいい…。それよりも細い!細すぎる!」
前世の記憶を思い出したベルナルトだったが、鶏ガラの衝撃の方が強すぎて転生した衝撃が薄れてしまっていた。
「何だこの体は!男は筋肉一択だろうが!」
ベルナルトの体はまだ十三歳であるのだから、筋肉ムキムキなわけないのだが、身長がすでに百六十センチを超えていたため、細さが際立ってしまっていた。
前世、筋肉がすべてではないと学んだが、これはあまりにもひどかった。
「それになんだこの長い髪!こんなのいらん!何故男に生まれたのに、髪の手入れなどしなければならんのじゃ!」
ベルナルトは憤慨した。背中まである銀色の髪を両手で鷲掴み、左右に引っ張る。
前世さんざん髪には苦労させられていたのだ。せっかく男に生まれ変わったのだから、坊主でもいいくらいだ。
「それにしてもこの男どこかで見たことのある顔だな。……あれだ。暇つぶしにやっていた乙女ゲームアプリに出て来たヒョロッとした女顔の宰相子息だ!なるほど、攻略対象か。どうりで顔はいいわけだ。ということは、ここは乙女ゲームの世界だということか。ふんふん。………いや、何でやねん!何で攻略対象やねん!そこは悪役令嬢やろ⁉」
錯乱するあまり、なぜか似非関西弁になってしまったベルナルトだったが、もしメイドがベルナルトの一連のその言動を目撃していたとしたら、若様ご乱心、とすぐさま医者を呼ばれていたことだろう。
今日はたまたま、本当に偶然、メイドは仕事が忙しく、ベルナルトは一人で着替えをしていたため事なきを得たのだった。
「ふうっ…。オーケー。ちょっと待て。ちょっと落ち着こう、私」
ベルナルトは数回深呼吸をし、今一度、姿見の中の己と向き合った。
「………よし、まずは髪を切ろう。……話はそれからだ」
こうして、ベルナルトの肉体改造計画が始まった。
―2年後―
「ベルナルト。今日も王宮の騎士たちに交じって剣を振るっていたそうだな。学園の勉強は大丈夫なのか?」
夕食の時分、宰相である父ナイトハルトから賜ったお小言に、ベルナルトはニコリと微笑み、心配いりません、と答える。
前世の記憶を得てすぐに、ベルナルトは筋トレと同時に、家の護衛に剣を習いたいと申し出た。本気で剣を習っているらしいベルナルトの姿を見て、父が専属の剣の師を雇ってくれたのは僥倖だった。ベルナルトの剣技は、今では王国の騎士団の訓練に難なく交ざれるほどには上達していた。
「先日の試験では学年一位をとりました」
「ほお。第一王子を抜かしてか」
「父上も人が悪い。とっくにご存じでしょう?」
「ふっ、まあな。だが、お前が何も言わないからだ。報告位しろ」
「報告するまでもありません」
さも当然とばかりに、ベルナルトは優雅な手つきでカップを口に運び、紅茶で口を潤す。
「まったく、お前は…」
呆れたように言うナイトハルトはしかし、どこか嬉しそうだった。眉目秀麗、文武両道な息子はナイトハルトの自慢だったのだ。
「まあ、あなた。ベルナルトが優秀なのは今に始まったことではないじゃない」
何をいまさら、と母であるエラが食後のワイングラスを傾けながら、夫を諭す。
もちろん、エラにとってもベルナルトは自慢の息子だ。社交界でベルナルトの話題がでるたびに、いつもこっそりと扇の裏でほくそ笑んでいる。
「…まあ、そうだな。いささか完璧すぎて、王から私が小言を言われるほどだ」
「まあ、王は何と?」
「王子よりもベルナルトの方が評判が良いと…」
「あら、まあ」
エラは指先を唇にあて、驚きを表現する。しかし、本気で驚いているわけではない。王のその小言は、周知の事実だ。
ベルナルトは、強く、賢く、美しい。そして優雅で、華があり、なおかつ威厳がある。女神もかくやという美貌にくわえ、一日も欠かさず剣を振るうその体は鋼のように引き締まり、まるで神話に出てくる男神のようだった。
「まあ、仕様がないわねぇ。ベルナルトと比べられては…」
いっそ第一王子が可哀想なほどだと、ナイトハルトとエラは顔を見合わせて頷いた。
「エルネスト殿下は素晴らしい方ですよ。…今はまだ」
「今は…?」
ベルナルトの不穏な言葉に、ナイトハルトが眉をひそめる。
乙女ゲームの中のエルネストは、長年の婚約者である悪役令嬢をあっさりと捨ててヒロインに乗り換えていた。その時点で、前世のベルナルト的に、エルネストは無しと判断されている。だが、今はまだ、エルネストには何の罪もない。
「私はこれで失礼しますよ。父上、母上」
ベルナルトは何か言いたそうな父を残し、食堂を後にした。
「ふっ、ふっ、ふっ」
周りに誰もいないことを確認してから、ベルナルトは抑えていた笑いを開放する。
ベルナルトは自室で姿見の前に立っていた。姿見に映っているのは、銀の髪、金の瞳の美丈夫だ。多少女顔だが、まだまだこれから成長する。顔つきも変わるだろう。そもそも前世のベルナルトの理想とする男像には、顔の良さは含まれていない。問題は筋肉だ。
ベルナルトは着ていた上着を脱ぎ、己の上半身を隅々まで見やった。
「うん。いいんじゃないか?これ。前世の自分が出会っていたら即落ちだな、これ」
この二年間、ベルナルトは頑張った。それこそ血を吐く思いで頑張った。剣の師だけでなく、時間を見つけては家の護衛騎士に剣の教えを請い、勉強の隙間時間には筋トレをした。
しかしそれだけではない。せっかく前の人生とは違う性別に生まれ変わったのだからとことんまでやってやろうと思ったのだ。
それはズバリ、理想の男を体現すること。
包容力、男気、筋肉。この三つを兼ね揃えた前世のベルナルトの理想の男を。
さらにはベルナルトは今まで腹黒鬼畜系と知的クール系と王道王子系を足して二で割った感じでやってきた。
学園の入学生代表を務めるほどに頭が良く、誰にたいしても礼儀正しく、外面と内面が乖離している点は、二面性もある。そして、前世を覚えているという誰にも分ってもらえない感が根暗系に通じるところもあった。
正直、今の自分の属性がベルナルト自身もわからなくなるときがあるが、そういうときにはいつも基本に戻っている。それは前世の自分がときめくかどうかだ。
何か行動を起こそうとするとき、それはベルナルトのゆるぎない指針となっている。
女性の気持ちがわかるベルナルトはとにかくモテた。
ベルナルトはどんな女性もどこかしら良いところを見つけては褒め、老いにも若きにも、レディとして接した。
男の転がし方もある程度心得ていたため、男からもよく惚れられた。…幸い、前世の性癖は引き継がなかったらしく、ベルナルトの恋愛対象は女性だったため、その先へ進むことはいままでなかった。
めくるめくボーイズラブの世界を経験できなかったことは少しだけ残念な気もするが、今、ベルナルトにとっての筋肉は、纏うものであって、愛でるものではなかったのだ。
「あー、何かもう満足だな」
理想の男を体現する。それはもしかしたら前世の自分の、運命というやつに対しての意趣返しだったのかもしれない。
ベルナルトは女だった前世の記憶を思い出してしまった。自分では大して気にしていないと思っていたのだが、自覚していなかっただけでやはり何かしら思うところはあったのかもしれない。だからこそ、最高の男になろうとしたのだろう。中途半端な男になど、なってやるものかと。
最高の男。それは外見のことを言っているのではない。心の持ちようだ。決して、筋肉だけのことを言っているのではないのだ。
もしかしたら、ベルナルトは前世の自分の理想の男像を自身で体現することにより、前世の自分との乖離を無意識に縮めようとしていたのかもしれない。
今となってはどれが正解かは分からない。しかし、この二年間、日々を真剣に、ひたむきに集中して過ごすことによって、ベルナルトは新しいベルナルトを己の力で生み出してきたのだ。
現在、ベルナルトは学園の一学年。ヒロインはベルナルトが二学年のときに入学してくる。
属性が滅茶苦茶になった今の自分が、はたしてヒロインのお眼鏡にかなうのかどうかは謎だが、せっかく面白そうな世界に転生したのだから楽しまない手はない。なんなら逆にヒロインを攻略してもいい。
「ははっ。次は乙女ゲーム、頑張るか」
理想の男像を手に入れたベルナルトの人生はこれからだ。