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価値観の相違とその意味

それからちょいうもの、昼にはどちらが声をかけるでもなく彼女とは同じ席に座り話すようになった。


そんな日常が繰り返され何度も会話をしていると彼女の事が色々とわかってきた。


宮脇麗香は現在一人暮らしで身寄りもない、二年前まで両親と住んでいたが事故で両親を失い天涯孤独の身となってしまった様だ


彼女の父は上場企業の経営者をしており資産家の令嬢、いわゆるお嬢様と呼ばれる立場だったのだが事故の後


父親が会社の金を私的に使い込んでいた事が発覚し会社側から多額の損害賠償を請求される羽目になってしまう。


私財を売却し損害賠償を支払った後、彼女の元にはほとんど何も残らず


はほぼ無一文の状態で放りだされる事となる。しかし持ち前の優秀さで奨学金を得てこの帝都大学へと進学したのである


そんな事もあってか彼女はあまり過去の事を話したがらない、まあ無理もない話だろう


それに俺にとって彼女の過去などどうでもいいと思っていた。


そんな身の上と共に彼女の性格も徐々にわかってきた。


宮脇麗香はその見た目とは裏腹に非常に感情豊かな女性である


彼女を始めて見た時の〈クールビューティー〉という印象は完全に認識不足だったという事をすぐに思い知らされた


彼女はとにかくよく笑う、そしてよく怒る……いやよく怒るという表現にはやや語弊があるな


とにかく異常な負けず嫌いであり、よくスネるといった方が正しいのかもしれない。


先日もこんな事があった。昼時の学生食堂でいつもの様に学食を注文し彼女の前の席に着くと


彼女の注文したメニューに少し違和感を覚えたのである。


「あれ?今日は日替わり定食じゃないのだね、珍しいな」


「べ、別にいいじゃない、今日は唐揚げ定食が食べたい気分だったのよ」


少しムクれたような表情でプイっと横を向く


本来なら別に気にする事でもないだろうその日の気分で選ぶ食事のメニューを変えるなど至って普通の事だ


しかしこの宮脇麗香に関しては話は別である。なぜなら彼女はそれが決められたルーティーンの様に


必ず〈日替わり定食〉を注文していたからだ、その理由は

 

「自分で選ぶとどうしても同じようなメニューを頼んでしまうじゃない


それだとどんなに好きなメニューでも飽きが来るし栄養の片寄りも出る


だから私は日替わり定食を頼むのよ」


そんなどうでもいい事を眩しい笑顔でいう彼女の顔はとても楽しそうだった


そして忘れてはならない事実、彼女はかなりの頑固者である。


こんな些細な事でも自分の決めた事を曲げるには何か理由が存在するはずだ


俺は自分の目の前にある白いプラスティック製のトレイの上のメニューに視線を落とす。


〈今日の日替わりはチンジャオロースか……〉


綺麗に並べられたトレイの上のご飯とみそ汁とチンジャオロースをジッと見つめた。

 

ここの学生食堂のチンジャオロースにはパプリカも使用している為


赤や黄色、緑といった彩り鮮やかな色彩が美しく食欲をそそる、そこで俺は気が付いたのだ。

 

「今日の日替わり定食はチンジャオロース……ひょっとして君はピーマンが食べられないのか?」

 

俺の問いかけにビクリと反応する宮脇麗香、そのわかりやすい反応に俺は思わず苦笑する


彼女はその見た目に反して、女優の才能はない様だ。

 

「ピーマンが食べられないとか、子供みたいだね」

 

「何よそれ、別にいいじゃない、人には嫌いな食べ物の一つや二つあるのが普通よ⁉」

 

「生憎俺には好き嫌いはないけどね」

 

「ピーマン一つでマウント取ったつもり?そもそもピーマン何て食べられなくても全然支障はないわ


アレに含まれる主要の栄養素はビタミンCとビタミンE


そんなモノはキウイとか枝豆とか食べていれば十分補充できるのよ‼」

 

「おいおい、そこまでムキになるところか?俺も子供の頃はピーマン嫌いだったけど今は好きだぜ


まだお子様なのか君は?」

 

「気に入らないわねその言い方。どうして〈ピーマン食べる事が出来る〉というだけでそんな上から目線なのよ


そもそもピーマンを苦いと感じる舌の味蕾という器官が退化して鈍くなってきているから


苦みがおいしく感じるってだけじゃないのよ、いわばピーマンを美味しく感じるという事は


舌が退化しているという事に等しいの


つまり食べられない事は欠点ではなく寧ろ長所として受け止めるべき事実なのよ‼」

 

「わかった、わかった、もう君の勝ちでいいよ」

 

俺は苦笑いを浮かべながら両手を上げて降参のポーズを取った


しかしそんな俺の態度が癇に障ったのか、彼女は更にムキになる。

 

「何よその〈勝ちを譲ってやった〉みたいな言い方は⁉心から負けを認めた人間は


そんな態度を取らないわ、大体あなたは……」

 

ピーマンを食べられないという事だけでこれ程の理論武装をしてムキになる彼女の事を


何故か微笑ましく感じてしまっていた。俺も自分が変わり者で偏屈だという自覚はあるが


彼女も相当こじらせている、俺達はどうやら似た者同士の様だ。彼女にその自覚があるのかは知らないが。


そして彼女のもう一つ特徴的な事はこれ程の容姿をしていながらも


ファッションというモノに興味が無いという点である


服装はいつも質素な組み合わせで似たような物が多く、色目も地味なモノがほとんどだ


不思議に感じた俺は一度彼女に聞いてみたことがある。

 

「君はファッションとかにはこだわらないのか?俺もそういった事には無頓着な方だが

 

若い女性というモノは少なからずファッションに興味があると思っていたのだが?」

 

すると彼女は特に気にする様子も無く淡々と語り始めた。

 

「正直興味はないわね。そもそもファッションなんて〈流行〉だとか〈センス〉だとか


定義できない曖昧な基準が好きになれないの。


誰かが勝手に決めたモノに乗っかるなんてナンセンスよ、数値化できない基準に何の価値があるのか甚だ疑問だわ」


特に感情的になるでもなくアッサリとそう言ってのける宮脇麗香


確かに彼女の言い分には共感できる点は多いし同じ科学者を目指す者として


そういった思考は理解でき無くはない。そして何より彼女ほどの美人の発言という点に妙な説得力がある


本来説得力というモノに容姿は無関係なのだがそう感じてしまうのだから仕方がない


世間がいかに理不尽なモノかという一つの事例だろう。

 

だが人には適正というモノがある。足が速い、頭がいいといった生まれ持った資質はそれだけでその人物の長所となり


その者の人生に多少なりともプラス効果を与えてくれる。容姿なんてその最たるものだろう


男でも女でも容姿に優れているという事は人生においてかなりのアドバンテージを与えてくれる


特に女性という生き物はその為にかける時間と手間を惜しまない


メイク一つに何時間もかけるという価値観は俺には到底理解できないが


世間において女性の容姿がいかに重要かという事を示す事例としては実にわかりやすい


だからこそ宮脇麗香の言っている事に納得は出来るが違和感を覚える事も事実なのだ。

 

俺はそんな事を考えながら彼女の方に視線を移す。

 

俺がそんな事を考えている何て想像もしていないのだろう


俺の視線にも気づくことなく右手にコーヒーカップを持ちながら


窓の外に視線を向け物憂げな横顔を見せる彼女の姿はとても絵になる


知的な美しさとでもいうべきか、確かに彼女にはどんな美しいドレスよりも白衣が一番似合いそうだ。

 

そして何より驚いたことがある、宮脇麗香は〈お笑い〉が大好きだという点だ。

 

「意外だね、君が〈お笑い〉好きとは、テレビとか見るのかい?」

 

「ええ見るわよ、まさか〈テレビ何て低俗なモノであり見る価値はない〉


とか前時代的な考えを持っている訳じゃないわよね?」

 

「いや、そこまでは思っていないけど……〈お笑い〉とかバラエティー系はほとんど見ないからな」

 

そんな俺の言葉に彼女は軽くため息をつくと右手の人差し指を俺の顔の前に突きつけ睨む様に俺の顔を見た。

 

「いい、笑いが人間の脳や身体にいい影響を与えるって事は学術的に証明されているの

 

それを知っていて〈お笑い〉を見ないなんて人生最大のロスよ‼」

 

「いやいやその学説は知っているけれど、人生のロスって……そこまで大袈裟な事か?」

 

すると彼女は大きく首を振り再びため息をついた。

 

「わかってない、本当にわかっていないわね、だから貴方はそんなおかしな性格になってしまったのよ⁉


そもそも日本人に生まれて〈お笑い〉を見ないなんて愚者の極みといっていいわ、大体貴方はね……」

 

〈お笑い〉を見ていないというだけで人格そのものを否定されてしまった


そもそも〈おかしな性格〉という点では彼女もヒケを取らないはずなのだが


だがそれを口にすると更に苛烈な第二次攻撃が待っていそうなのであえて反論はしなかった。

 

それから小一時間、宮脇麗香教授による〈お笑い〉とは何か?という講義が始まった


大学生になって専攻していない講義をこれだけ聞く羽目になるとは思わなかったが……


そんな彼女の話を聞いている内にわかった事がある。


彼女は数年前のN―1グランプリという漫才の大会のチャンピオン〈ハンバーガーマン〉というコンビのファンであり


その大会の決勝の話を熱く語り始めた。

 

「でね〈ハンバーガーマン〉の凄いのは敗者復活から這い上がってね、それはもう……」

 

〈お笑い〉とは何か?という事を説明してくれるはずだったのだがいつの間にか


〈ハンバーガーマンの面白さ〉という内容に変わっていた。


もちろん俺はその講義内容を黙って拝聴した、その理由は言うまでもないだろう


ここで口を挟んだり異論を唱えたりしようものならば彼女の絨毯爆撃の様な反論が待っているからである


こんな事で心を焼け野原にされても虚しいだけである、そもそもこの議題で彼女と論争になった場合


俺の敗北は火を見るより明らかだ、ここは速やかな戦略的撤退が最善と判断したからである


そして俺が彼女の話を黙って聞いていたもう一つの理由


お笑いの事を熱く語る彼女が堪らなく可愛かったからだ。


そして次の日には〈ハンバーガーマン〉のDVDを持ってきた彼女が俺に手渡してきた。

 

「これを見て少しは勉強しなさい」

 

得意げにDVDを差し出す彼女の目は爛々と輝き鼻息が聞こえてきそうなほどであった


勉強なのかコレは?俺の頭にそんな疑問が浮かんだがそれを口にすることは無かった


その理由は……察して欲しい、俺は手渡されたDVDに視線を移した


そのDVDは市販されている様な物ではなく、テレビで放映されたモノを自分で編集してある物の様だった


そのDVDの表面にはマジックの手書きで【ハンバーガーマン爆笑集 新編集版①】と書かれていた


色々ツッコみたい所はあったが勿論そんなことをするはずもない、理由は……もういいだろう。

 

それ以来俺達の会話のバリエーションとして〈お笑い〉というジャンルが加わった


彼女は次々とDVDを持ってきては〈見ろ〉と命令し、次の日には必ず俺に詰問してきた


何処が面白かったか?何故面白かったのか?テンポや間といったところまで事細かく問いただされた


その都度俺は彼女の顔色をうかがいながら恐る恐る回答する


その答えが満足する答えであれば彼女は満面の笑みで応じてくれた。

 

「そうなのよそこが凄いのよ、貴方も少しはわかってきたじゃない、だからね……」

 

しかし俺の答えが少しでも気に入らないと蔑むかのような冷徹な視線を向けられた後、彼女のありがたい公開説教が始まる。

 

「はあ?貴方全然わかっていないわ、大体〈お笑い〉というモノはね……」

 

どちらにしても彼女の話に繋がるので同じ様なモノなのだ、俺は黙ってその話に耳を傾ける


それはとても不思議な感覚だった、本来興味のない事を一方的に聞かされるなど苦痛でしかないはずである


そんな事を黙って聞くなど以前の俺であれば考えられない事だった、だが俺は黙って彼女の話を聞いた


その理由は不快ではなかったからだ。いや寧ろ楽しく感じられた、何故だかはわからないがその空気が妙に心地よい。


そうしていると俺の顔が自然とニヤついてくる、すると必ず彼女がこう言うのだ。

 

「ねえ、私の話ちゃんと聞いている?」

 

「ああ聞いているよ」

 

「嘘よ、何だかニヤついちゃって、〈馬鹿な女だな〉とでも思っているのでしょう⁉」

 

「そんな事思ってないよ」

 

「嘘よ、絶対思っているわ、大体貴方はね……」


いつもこんな調子である、そんな彼女の有難い説法の甲斐もあってか


おかげで俺は今迄知らなかった〈天丼〉とか〈つかみ〉とかの専門用語を知ることが出来た


だが俺の今後の人生においてこの知識が役に立つ日が果たして来るのであろうか?

 

こうして俺達の奇妙な関係は続いた、大学でも俺達はいつも一緒にいる為


周りからは公認のカップルの様に思われていたようで俺にも彼女にもちょっかいをかけて来る人間はいなくなった


彼女はとにかくよく笑いよく怒る、感性は似ているのだが俺とは正反対の感情豊かな人間だ


その笑顔も怒り顔すらも悪くないと思えるから不思議だ、だが一つだけ気になったことがあった


俺は彼女の涙を一度も見た事がないのである。


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