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06_エバーアフター

 「ラークの国に行ってみる」と言った途端、彼は電光石火で動いた。伝令魔術を使い、うちの陛下と実家に即座に連絡をとり、わたしの出国許可をもぎとってきた。その間、約一時間。

 わたしが荷物をまとめてる間、ラークは鼻歌を歌いながら、上機嫌で鍋を磨いていた。


 そういえば、実家の弟から「姉上、どうかお幸せに!式には呼んでくださいね」という伝言も届いた。

 ……いや、結婚する予定はまだないから。勘弁して。




 ────そしていよいよ出発する段になった。


「じゃあいくよ」

「はい!」


 この国から一歩も出たことはないわたしは、緊張の面持ちで頷く。

 ラークが詠唱を口ずさむ。わたしたちの足元に魔方陣があらわれ、周囲の景色はすぐに、真っ白な雪山から深い常緑樹の森へ変わっていた。




 ++++++




 ラークの魔力は思った以上に強力で、長距離転移の魔術を繰り返し、その日のうちに彼の国に到着してしまった。普通の魔術師なら途中でぶっ倒れてしまうような距離なのに、彼は平気な顔をしている。

 どんだけ魔力が余ってるんだ……


 そうしてやってきた彼の母国、イムリット王国は、想像通りとても暑かった。イムリットは大陸南西の一帯をおさめる国で、大半が砂漠に覆われ、火山が多い。特産物に金があって、そこそこ豊かな国らしい。

 王都に降り立ったラークは、物珍しくきょろきょろしているわたしを見て、嬉しそうな笑顔になった。


「良かった。君はこの国でも平気そうだね」

「そうですね。あなたが雪山でも大丈夫だったように、わたしもあんまり問題ないみたいです」

「なら何の障害もないな。結婚しよう」

「いや、とりあえずイムリットを見に来ただけですから……」

「そういえばそうだった。王都はいずれ案内するとして、まずはうちに案内しよう。こっちだ」


 ラークはさりげなくわたしの手を取る。「迷子になったら困るから」と言われ、それもそうだと大人しく手を引かれて、のこのこついていく。

 ……その三十分後。わたしはこの国に来た事を激しく後悔することになった。




 連れていかれた先は、城壁の内側だった。その手前の城門の兵士は、ラークを見て恭しく礼をとってから、わたしたちを顔パスで通した。

 ……ここで少し嫌な予感がした。


「……あなたはイムリットのお城の関係者なんですか?」

「そうだよ。うちでは、しがない次男だけどね」


 なるほど。本人や家族が城勤めなのかもしれない。そんなことを考えながら城門から暫し歩く。そして、


「……これが、僕のうちだよ」

「え!?」


 立ち止まった男が巨大な建物を指差した。いやこれ、どう見てもお城本体なんですけど……うち……?勤め先では……?

 しかもその城は、一部が焼け焦げて倒壊し、修理の真っ最中だった。わたしの視線に気づいて、ラークは困った顔で笑った。


「ああ、あれね……。炎属性強めの婚約者候補を集めて、僕と茶会の席をもうけたら、なんか炎上しちゃって。幸い軽傷者が少し出ただけで済んだけど」

「……へ、へぇ。それは大変でしたね」

「でも君は、そんなことにはならないから素晴らしいよね」

「はぁ……」

「君はうちに滞在する予定になってるから、まずは家族に紹介するよ」

「そ、そうですね」


 嫌な予感はますます膨れ上がった。確かめたいことがたくさんあったけど、正直聞くのが怖い。

 今すぐ雪山に帰りたい。来たばかりだけど。ただ、もし今本当に帰ったら、いろいろ拗れて面倒くさいことになりそうな気がした。

 ならば、可能なかぎりことを穏便にすませて国に帰ろう。早急に……!


 お城に入って、わたしたちが通されたのは、美しく大きな広間だった。突きあたりの正面の壁際には、たくさんのひとを従えた、三十代半ばくらいの男性が、金銀細工の豪華な椅子に座っている。

 男性は、鮮やかなオレンジ色の瞳でわたしたちをじっと見つめ、威厳に満ちた低い声で言った。


「よく戻った、弟よ」

「兄上、僕の婚約者を連れて参りました。リディア・フロスト嬢です」

「!?」


 なんだとぉぉぉおおお!!?

 しれっととんでもないことをほざいた男を、わたしはがばっと振り仰いだ。だが、彼は「ん?」と小首をかしげて微笑んでいる。

 おい聞いてないぞ。婚約者ってなんだよ……!

 愕然としていたら、座っていた男性は大きく頷いた。


「でかしたぞ、ラーク。これで立太子式の準備に入れるな」

「(えっ、ちょ、待って……!)」

「ええ、兄上には多大なご心配をおかけしましたが、ようやく心から愛する女性を見つけました。僕たちは、相性も最高なんです」


 よくもペラペラと……。

 ふつふつと、隣の男を殴ってやりたい衝動が沸いてくる。けれど、さすがにここでは殴れない。だって、ラークの兄らしき男性の頭に載った、金ぴかの王冠。

 あのひと、絶対にイムリットの国王だよ……!




 ──わたしはなし崩しに、王弟ラーク・イムリットの婚約者になっていたらしい。


 ラークのことはかなり気になってたし、結婚にも傾いていた。でも騙し討ちはひどい……!

 さすがに頭に来て帰りたくなったが、わたしの魔力では、どう見積もっても雪山に帰る前に力尽きてしまう。

 なんであんな胡散臭い男についてきちゃったんだろうわたしは……。迂闊にもほどがある。


 その日、わたしはあてがわれた部屋から一歩も出なかった。

 焦ったラークが扉の向こうからどんなに呼び掛けても、断固として無視した。扉と窓を徹底的に凍らせ、誰も入ってこれなくして、泣きながら部屋に閉じこもった。


 ……その日。

 イムリットでは、史上初めて王城周辺に雪が降ったという。もちろん、わたしの仕業である。

 子どもたちと犬が、はじめて見る雪に大喜びして、はしゃぎまわってたと後から聞いた。




 明くる朝。

 ラークが謝罪と誠意をこめて用意した、心尽くしの朝食のにおいに負けて、わたしの籠城はあっけなく終了する。これは、わたしのせいじゃない。誘惑に弱すぎる胃が悪い。

 そして、こんがり焼けた魚とほかほかご飯が美味しすぎて、わたしはまた泣いた。




 +++++




「君を逃したら後がないと思って、かなり必死だったんだ。ごめんね、リディア」


 食べ終えたところで、ひどく申し訳なさそうにラークが謝った。

 彼の正体は、イムリット国王の年の離れた王弟らしい。長らく王位継承とは関係なく過ごしていたけれど、兄王に子が生まれなかったことで、弟の彼が次代の王に選ばれた、という話だった。


 イムリットでは、成人した王族が王太子として立つ場合、結婚していることが条件だ。だからラークはあんなに焦ってたらしい。

 つうか、目の前にいる、こいつのどこが「しがない次男」なんですかねぇ……!


 朝食を食べ終わって、また機嫌が下降しそうになったわたしの手を、ラークがぎゅっと握りしめる。


「聞いてくれ、リディア。僕は君に一目惚れだったし、僕の作ったものをおいしそうに食べる姿を見て、もっと好きになった。

 僕は君を一生愛すると誓う。君が望めば、温かいご飯やお風呂をいつでも用意する。だから結婚しよう」

「…………」

「頼む、僕の愛の女神」


 また歯の浮くような台詞を……

 わたしは小さくため息をついた。


「……………………いつか海も見せてくれますか?」

「もちろん。明日にでも」

「……………………仕方ないですね。いいですよ。あなたと結婚します」

「リディア、ありがとう」


 ラークはわたしにがばっと抱きついて、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。興奮した彼のまわりに、ポッポッと炎がともるのを見て、わたしは慌ててそれを打ち消す。


 あぁ、やっぱり彼とは相性がいいんだろうな……と苦笑する。その事実は認めざるをえない。そして自分が、彼の料理以外のところに惹かれはじめたことも。

 彼のアンバランスさに、どこか自分と似たにおいを感じ取ってしまった。ここまで来たら、温かい腕から逃げられる気がしなかった。




 +++++




 半年後、二人の結婚式は、国を挙げて盛大にとり行われた。

 華やかな婚礼の式典では、ラークが渾身の魔術で打ち上げた色とりどりの花火と、わたしが降らせた真っ白な雪の結晶がひらりひらりと舞い降りた。それは夢のように美しかったと、長らくひとびとの間で語り継がれることになる。


 その後、わたしは自分の国の保冷技術をイムリットに持ちこんで、王家や国民からいたく感謝された。その動機の半分は、おいしいものを食べたい自分の欲求に突き動かされてのことなので、誉められるとちょっと恥ずかしい。


 そして夫は今、わたしの隣でココナッツアイスを食べている。執務の合間の休憩らしい。わたしの近くにいると、ひんやりして気持ちいいのだそうだ。

 妻を冷風機がわりするのはどうかと思うけど……彼は今日も、凍らないお風呂を用意してくれるだろうから、まあいっか。


 なかば騙されてこの国に来たわたしだが、概ね幸せだ。

 ────そうしてわたしたち二人は、片時も離れることのない仲睦まじい夫婦として、イムリット王国の歴史にその名を残すことになった。



完結しました。

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