04_食べたい。今すぐ。
翌朝。ものすごくいいにおいがして目が覚めた。昨夜、晩御飯を入れてもらえなかったわたしのお腹が、くうくうとうるさく鳴いている。
急いで着替えてダイニングをのぞくと───そこには、夢のような食卓が広がっていた。
「うっわぁ……すごい……!」
パリッと香ばしく焼けたパンに、ハムとチーズが挟まっている。湯気が立ち上っているのは、冷凍マッシュポテトを使ったポタージュスープ。どれもこれも適温だ。おいしそう。
ローブを脱いでシャツの袖を腕まくりしたラークは、ダイニングテーブルの向こうで、貴公子のような上品な笑顔を見せた。
「おはよう、リディア。食材が少なかったからこれくらいしか出来なかったけど、どう?」
「とっても豪華ですよ……!ありがとうございます!」
視線はテーブルに釘付けのまま礼を言う。朝っぱらからガッツリ胃袋を掴みにきやがったなこいつ……と思いつつ。
わたしはいそいそとダイニングに座って、期待に満ちた目でラークを見上げた。ぶっちゃけ完全に策に嵌まっている。だが、彼はかなり上手だった。わたしを焦らす作戦に出たのだ。
「お手!……じゃなくて、待て!」
「………………わたし犬じゃないんですけど」
「あぁ、尻尾の幻が見えた気がして、つい……君がすごくかわいかったから……」
はは、と男は笑った。そんなことはどうでもいい。期待に胸が高鳴ってはちきれそう。食べたい。早く。料理が冷める前に。
「……(早く!早く!)」
「どうぞ、召し上がれ」
「やっほういただきまーす!」
やっと許可がでた。わたしは元気よく声を上げて、ハムとチーズを乗せたパンにかじりついた。
+++++
「最高でした……」
皿にあったものを残さず食べて、スプーンを置き、うっとり呟いた。おなかをさすって、ほう、とため息をつく。こんな人間らしい食事、いつぶりだろう。
幸せだなぁ、と思っていると、わたしの食べっぷりを興味深そうに見ていたラークが口を開いた。
「余韻に浸ってるところすまないけど、せっかくだから、今から買い出しに行かない?店を案内してほしいんだ」
「えっ」
「麓の町で食材を仕入れて、君の食べたいものを作ってあげようと思うんだけど……どうかな?」
「いいんですか……そんな……よろしくお願いします!!!」
最初は遠慮するつもりだったのに、気がついたら全力でお願いしていた。これじゃ、ラークを図々しいとか言えないよね……
しかしラークは「もちろんいいよ」と笑顔になった。彼から後光が射して見えた。眩しい。
……というわけで、わたしたちは麓の町にやって来た。平地だから山より降雪は少ない。多少積もった雪も道のそばにどかされていて、歩くのに支障はなかった。
ただしところどころ地面が凍ってるので、つるっと転ばないように気をつける必要はある。
「一応雪山用の靴を履いてきた」というラークは、南方出身ながら、案外危なげなく町を歩いていた。そして店に向かう途中、彼から「どういうのが食べたい?」と尋ねられた。
「えっと……」
わたしは、思いつくまま幾つか料理名を挙げる。ひとが食べているのを見て、羨ましいなと思いつつ、わたしの体質では到底おいしく味わえそうになかった料理たちだ。
ラークは、わたしが挙げた名前にうんうんと頷きながら、一緒に八百屋や肉屋をまわった。
……ちなみに、わたしの国は、魔術による保冷や冷蔵の技術にすぐれていて、真冬でも新鮮な野菜やお肉が手に入る。わたしは調理ができないから、火を通さずに食べられる物しか買わないんだけどね……
でも暑い国から来たラークにとっては、この技術がとても珍しかったらしい。
「暑いとすぐに食べ物が傷んでしまうんだよね。この技術をどうにかうちの国にも持ち込めないかなぁ……」
などとぶつぶつ呟いて、真剣に考えこんでいた。
買い物袋で両手がいっぱいになって、わたしたちは転移魔方陣で雪山の小屋に戻った。雪に埋もれかけた小屋の前に立ったラークは、
「僕たち、新婚さんみたいだね」
などとたいへんベタなことを言って、一人で勝手に照れていた。そして赤くなった頬を隠すように、「ただいま」と言いながらさっさと中に入っていった。
………………いや「ただいま」はおかしいだろう。普通そこは「お邪魔します」だ。
どうやら彼の頭は春爛漫らしい。一方、動揺したわたしのまわりには、ズシャァと激しいブリザードが吹き荒れていた。
そして、二日目の昼食。
わたしがリクエストしたのは、蕪と野菜の煮込み。豚肉のロースト。ブロッコリーのあっさりスープ。それらが、まるで高等な魔術のように、テーブルにお行儀よく並べられ、ほかほかと湯気を立てていた。
それを作ったラークは、かいがいしく肉やスープを取り分け、美しく盛りつけてわたしの前に並べてくれた。
「おいひい……!」
……お肉を一口食べて、思わず呟いた。食べながら話すなんて行儀が悪いとわかってても、呟かずにはいられない。もう一度言う。おいしい……!
ローストポークの外側はこんがり香ばしく、中はしっとり柔らかで、力を入れなくてもナイフがすっと通る。控えめにいって、極上の仕上がりだった。
蕪と野菜の煮込みは、色よく煮込まれた野菜に、黄金のとろりとした餡がかかっていて、これまた最高の出来。そしてブロッコリーのスープはあっさりしていながら、火加減も塩加減も完璧だった。正直、今まで生きてきて一番の食事だ。
涙ぐんで、ラークを拝みながら食事していると、彼も嬉しそうにこちらを見ていた。……ここで我に返った。さすがに、必死すぎる自分が、ちょっと恥ずかしくなってくる。
こほん、と咳払いしたわたしは澄まし顔を作って、昨日から疑問に思ってたことを尋ねた。
「……あなたは、どうしてこんなに料理がお上手なんですか?」
向かいに座ったラークも食事をはじめていたけれど、その食べ方は本当に品がよい。間違いなく、彼は貴族とか、それに近い身分にあるのだろう。
一般的に、そういう男性が自ら料理することはほとんどない。
しかし彼が調理するところを見ていると、意のままに炎を操るし、包丁さばきもプロ級だった。それがとても不思議だったのだ。
すると、彼は口元を布で拭って、小さく苦笑した。
「……僕は炎属性の魔力が強すぎて、小さな頃は、結界を張った離れで生活してたんだ。遠隔で家庭教師の講義を受けたりはしてたけど、本は燃えやすいから禁止されてたし、唯一の趣味というか、楽しみが料理だったんだよね。炎を制御する練習にもなるし」
「へえ……」
「侍女もいなかったから、基本的に自分のことは自分でやってたんだ。だから大抵のことはできるよ」
「なるほど……」
とんでもない登場の仕方だったわりに、彼が妙に生活感に溢れてるのは、そういう生い立ちだったからなんだ。
納得すると同時に、自分と似た境遇に少し親近感がわいた。その気配を察したラークが、すかさず尋ねてくる。
「それを聞くってことは、僕に興味を持ってくれたと思っていい?」
「いえ、ちょっと不思議だっただけです」
つん、と澄まして答えたけれど、彼はオレンジ色の目を細めて笑った。おそらくそうじゃないのがバレてるんだろう。