02_三日間の攻防開始
遭難者に求婚されたっぽい。意味がわからない。
「これって……ルイスが仕掛けたドッキリ?」
それにしてはいろいろ雑だ。激しく混乱していると、「それは違うよ」と男はあっさり否定した。
「僕は、炎属性が強すぎる特異体質なんだ。それに耐性のある女性を探してたんだけど、なかなか巡りあえなくて……」
「はぁ……」
「うっかり妻を燃やしてしまったら困るしね」
「それは困りますね」
属性は違うが、どこかで聞いたような話だ。
「だから君にさわってみて、君なら大丈夫か確かめたいんだ。ちょっとさわるだけ。いいよね?」
「いやダメでしょ!」
セクハラ親父のような台詞をほざいた男は、わたしの手に指をすっと伸ばしてきた。わたしは自分の手をばっと引っこめて避ける。
こいつあたまおかしい。距離感もおかしい。
「名前も知らない相手に結婚とか言われても、困るっていうか……!」
「僕はラーク。これで、名前も知らない相手ではなくなったね。結婚しよう」
「わ、わたしたち初対面ですけど!?」
「それなら、しばらくここに滞在するから、僕のことを知ってほしい」
何これ。おしかけ婿?
やだこわい……!
あまり他人と接触したことのないわたしは、完全に恐慌に陥っていた。とにかくこのわけのわからない男を遠ざけないと……!
わたしは急いで彼の足元に魔方陣を組み、自分史上最速の早口で詠唱した。噛みそうになっても何とか唱えきった。けれど、
「……ごめん、僕はもっと君と話したいんだ」
パリン、とガラスが割れるような音がして、魔方陣は男によって破られた。
自慢じゃないが、わたしは魔術師としてそこそこ優秀だ。それなのに、こんなにあっさり魔方陣を破られてしまうなんて……
呆然としているわたしの耳に、「まずは僕の事情を聞いてもらった方がいいかなぁ」と男の呑気な声が届いた。
……いや帰れ。今すぐ。
「とりあえずこっちで座って話そうか?」
「ここわたしの家なんですけど……」
何を勝手に。図々しい。
そんな思いの丈をこめて睨みつける。しかしラークは気にもせず、わたしを「まあまあ」と宥めた。
彼は自分に巻きついた毛布を剥がして立ち上がり、うちの簡素なダイニングの椅子をすすめてきた。そして、ちゃっかりもう一つの椅子に座る。
どうすればいいんだ。
相当迷った挙句、「話を聞くだけだから……」とわたしは自分に言い聞かせ、彼の向かいに腰かけた。途端に、ラークのオレンジの瞳が、うっとりと細くなる。
「リディア、君は美しい。まるで女神のようだ」
「ふぁっ!?」
思わず、椅子から転げそうになった。やることがなさすぎて読んだ、恋愛小説のなかでしか見たことのない台詞。本当にこんなキザな男がいるんだ……こわい。
心から怯えていると、ラークは訥々と語りはじめた。
「それで、僕の事情だけど……さっき言った通り、僕は炎属性が強すぎて、気をつけないとうっかり炎を出してしまったり、ものを燃やしてしまったりするんだ。
炎はわりと自在に操れるから、すぐに消せるんだけど、こんな体質じゃ普通の女性との結婚なんてまず無理で……」
「はぁ……」
それはそうでしょうね。わかるよ。うん。
「だから、僕も最近まで結婚する気はさらさらなかったけど……事情が変わって、僕は本家の跡継ぎに選ばれてしまったんだ。ただし、正式な跡継ぎになるには、結婚していることが条件で、妻を探す必要に迫られていてね」
「へぇ……」
ものすごくどうでもいい。そこでわたしは、あれ?と首をかしげた。
「あなたと同じ炎属性強めの女性なら、力が暴走しても平気なのでは……?」
「僕も最初はそう思った。……でもね」
そう言って、彼は物憂げなため息をついた。
「僕の国は、炎属性の強いひとがわりといるんだ。その子達は僕に燃やされることはなかったけど、そういう子の近くにいると、相乗効果で炎がばんばん出ちゃうんだよ……」
ラークによると、耐熱仕様の家が燃えかけて大変だったらしい。
なるほど、とわたしは思った。そういえばうちもそうだ。わたしと父様が一緒にいると、それだけで部屋が凍りついて、霜が降りてきたりする。
……父様、しばらく会ってないけど元気かなぁ。
遠い目をしていると、「それでね」という声で現実へと引き戻された。
「……いっそ逆はどうかなと思ったんだ。炎と正反対の、氷属性の強い子なら、僕がうっかり出した炎も打ち消してしまえるんじゃないかって。
それでいろいろ調べて、君の存在に辿りついた」
彼は、端正な顔にキラキラした笑みを浮かべてわたしを見た。いや、変に期待しないで。
「……実際、僕の魔力は、この小屋の中だとすごく落ち着いてる。きっと僕たちは相性がいいんだろう。だから結婚しよう、リディア」
「ひぃっ」
そういって、美形がずいっと迫ってきた。こわい。
「…………あなたの事情はわかりました」
「なら結婚してくれる?」
するわけないだろ。
「あのですね……あなたの状況はともかく、わたしはあなたがどんな殿方か、さっぱり!全ッ然!これっぽっちも!知りません。悪人か善人かの判断もつきませんし、そもそもわたし、誰とも結婚するつもりがないんです。どうぞすみやかに、お引き取りください!」
「そうか……」
しょんぼりした男は、諦めるかと思いきや、懐から何かをぺらっと取り出して、ふふっと笑った。
「あまり権力は使いたくなかったけど……これ、君の国の国王から。直筆サイン入りの手紙だ」
「!?」
なんで遭難者がそんなものを持ってるんだ。
思わずひったくって封筒を確かめるわたしの手が、ふるふると震えた。わが国王の魔力で封じられている。間違いない。本物だ。
急いで封を開けて紙を取り出すと、そこにはこんなことが書かれていた。
「リディア、断りきれずにすまない。三日間この男と過ごしてみて、その上でどうしてもダメなら求婚を断ってくれ。
不埒な真似はしないように、星神に誓約させたから、それは心配しなくていい。 国王」
「ちょっと、陛下ぁ…………!」
ひどい。なんて約束をしてくれちゃったんですか。
心のなかで、臣民にあるまじき呪詛を唱えていると、男はにっこりと笑いかけてきた。
「では、三日間よろしくね、リディア」
機嫌の良さそうな男の端正な顔。それを眺めながら、わたしは心から手元の手紙を破り捨てたくなった。
勘弁して。