僕らは非日常を求めている
たとえば僕の前にある水たまりが異世界に通じてるだとか。そしてうっかりそこに足を踏み入れてしまったりだとか。次に目が覚めたとき森の中だとか。
そんな大きな非日常は置いておいて、もっと身近な…、たとえば実は僕は大企業の跡取りで、とある事情で今まで庶民として生きてきただとか。そして、明日からはいろんな理由で跡取りとして生活するだとか。学校には車で通学。売店でブラックカードで支払い。できなくて万札を出して、「僕小銭は持ち歩かないからおつりはいらない」って言ってみたり。あ、あとはかわいいメイドさんなんてのもいいな。
…何が言いたいかというと、つまりはつまらないわけだ。現実が。
両親は平々凡々。母さんが最近父さんの小遣いを減らしたらしく、父さんがぼやいていた。妹の悠もいたって平凡。何がダメというものもなく、何がいいというものもなく、笑ったときに見える八重歯がかわいいくらいだ。
そして、僕。日常に刺激を求めるお年頃。小松将太。きっとすぐに忘れてしまうであろう名前なので、もう一度言っておく。小松将太。少しは覚えてもらっただろうか。
まぁ、ここまでずらずらと書いてきたわけだが、結論から言うと、僕はただの学生だ。勇者にはなれないし、魔法だって使えない上に、必殺技も持っていない。あえて言うなら、この前テレビでやっていた痴漢撃退の護身術は知っている。
財布にはポイントカードしか入ってないし、来ている服は制服だ。
ちょっとした非日常は求めていた。ただ、こんな非日常は求めていなかった。
「本日より将太様がこの世界を収める神となりました」
あぁ。どうして僕の体は透けているんだ?目の前の人は誰だ?これは夢か?聴きたいことは山ほどあるが、とりあえず一つだけ言わせてくれ。
―――冷蔵庫のプリンを食べ忘れたっ!
あの時から始まっていたのかもしれない。いつも食べるプリンを食べ忘れ、ワイシャツのボタンをかけ間違え…、傘を忘れ…。確かにいつもと違っていた。でも、極めつけがこれはないだろ。
「では、将太様。間もなく天界に向かわれます。下界に思いのこしはございませんか?」
―――ありまくりです。
僕の求めていた非日常は突然にやってきた。
さよなら。僕の日常。ただ、僕はこの時知らなかった。これが物語のほんの序章でしかないことを…。
と、言ったら続きそうなので一応言ってみた
―――――
僕、小松将太は人間だった。日本人だった。学生だった。そう、あくまで「だった。」つまり過去なのである。
「ねぇ、エリア4の惑星が聖英値上がってるんだけど」
神は楽そうと思っていた。みんなからあがめられて、好きなことして・・・。実際は責任重大な、それでいて残業だらけの仕事だった。
「はい、そちらは只今確認しております。・・・しかし、このままですと手を下さなければならなくなるかもしれません・・・。」
―――手を下す
天災を起こす。ひとえに天災といっても様々だ。地球でいうところの地震や洪水なんかはちょっとした天災だ。その上が隕石の衝突、そして惑星間の衝突・・・。つまりは地球をなくすということだ。
「せめて聖英値が900まで下がるとね~、いいんだけど・・・、無理かなぁ」
聖英値とは僕がいる、世に言う「天界」にどれほど環境が似ているかで決まる。200までが上界、800までが中界、それ以上が下界だ。
僕は、地球はそこそこきれいだと思っていた。それに海が多くを占めるから、人間が汚した陸地を考えても中界だと思っていた。しかし、僕の部下――イース――が前にも告げたよに、地球は下界だった。
そう、人間は海までも汚していた。いや、人間にその気がなかったとしても汚れていたのだ。
地球は今瀬戸際にいる。
聖英値が1000を超えると手を下さなければならない。地球は900から1100を行ったり来たりしている。今はまだ小さい天災で抑えることができた。しかし、もうそれも難しくなってきた。少ない年月ながら、もともと僕が生まれ、育った地球だ。それなりの愛情はある。どんなに小さくても天災が起きれは人が苦しみ、なくなる方もいる。間接的であれ、人を殺すのはためらわれる。僕がすでに人間でなくても。
「将太様。地球のほうはどうなさいますか。そろそろ、手を下しませんと・・・、ほかに示しがつかなくなります。」
イースは僕の葛藤をわかっている。どうにか期限を延ばしてくれていたが、もう、ムリらしい。手を下すこともまた愛情なのだ。聖英値が下がりきると惑星は死ぬ。ただ、死ぬのではなくほかを巻き込みながら、苦しみ死ぬのだ。だから、神は手を下す。少しでも被害を少なくするために。
「わかっている・・・。わかっているんだ。」
そういいながら僕は神災認書(天災を起こす時にかく書類。これがないと天災は起こすことができない)を出した。
―――どうするか
惑星を生かしたい。人間も生かしたい。矛盾していることは百も承知だ。これをかなえるにはリスクがいる。人間から地球を奪う。生物とは面白いもので、適応能力を持つ。人間はその恵まれた科学力を持って他の惑星に行くのだろう。人間にしたらそれができるまでに、優に100年は必要であろう。ただ、神である将太からすればそれは短い期間だった。
「はぁ。しょうがない、か・・・。帰れないとわかっていても、帰る場所がなくなるのはさみしいものだな」
僕のつぶやきを聞き取ったのかイースがこちらを向く。
「将太様は悲しいかもしれません。でも、地球を殺さないことで人間は生きることができる。生物は生きられる。人間が移った先に命をつむぐ。彼らに新たな故郷を作ることができます。」
イースには帰る場所がない。彼女も遠い昔に故郷を失っている。つらさや悲しさは十分理解しているのだろう。彼女の言葉は優しい。
「じゃぁ、僕も故郷がなくなってしまうから、僕とイースの故郷は天界にしようか」
イースが小さく微笑んだ。
人間にとっても、神にとっても心のよりどころがそこにあればいい。