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終末病  作者: 綴岐レス
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3.ライブラ-Cへようこそ

詩子先生に色々聞かれたい

1.


 ゆっくりと瞼を開けると、淡い光が寝起きの網膜を柔らかく刺激してくる。朝だ。

…見慣れた天井だ。昨夜は何をしていたんだっけ。何時に寝たのかもイマイチ思い出せない。


 今日はやけに身体が重い。ぼーっとする頭で考える。これは先日から服用している向精神薬が原因だろう。確か薬を貰った時に眠気を誘発するといった説明を受けたような気がする。それにしてもひどい眠気だ。これは起き上がれない。


布団の中でゴロゴロしながら、昨日の事を思い出す。昨日会った、聖部詩子という人。


 昼に買い物に出た時の事だ。

私は食材や日用品なんかの買い物を一通り済ませた後、疲れてスーパーのベンチに腰掛けた。

休暇を貰ってからというもの、体力がみるみるうちに減ってきていてちょっとした買い物でもこの具合だ。体調を崩したのは仕事のストレスが原因だったが、仕事のおかげで保っていた部分が金銭や立場意外にも有ったことを実感してうんざりしていた。



 数分か数十分か、日陰のベンチに腰掛けたままの私はいつの間にか眠ってしまっていた。

今日は時計を持っていない。携帯電話の類も家に忘れてきていた。敷地内に設置してある時計に目を凝らすと大した時間は経っていなかった。僅か20分程度の睡眠だ。


すると目の前に人が歩いてきて、突然こう言った。


「君、大丈夫か?」


 見上げると、随分身長の高い女性が立っていた。意思の強い声だ。男性口調なところがちょっとカッコいい。

白いラインの入った黒のドレスシャツにサイズの合った濃紺のパンツ、濃い臙脂色の丈の長いコートを羽織った姿は背が高い彼女によく似合っていた。そして何より目を惹くのが、白くて長い綺麗な髪だ。外人さんだろうか。日本語は随分綺麗に聞こえる。瞳の色は青。


…それにしてもよっぽどやつれているように見えるんだろうか。赤の他人にそんな事を言われるなんて思いもしなかった。少し遅れて、長身の美女に返事を返す。


「あ…はい。ちょっと疲れちゃって。心配には及びませんので」


すると女性はこう言う。「私はな、こういう事をやっているんだ」コートの内側から名刺を取り出すと、目の前に差し出してくる。「はぁ、どうも」受け取った名刺に目をやる。


”ライブラ-C” ”心理カウンセラー 聖部 詩子”落ち着いた雰囲気のデザインに診療所の名称だろうか、それと住所に連絡先までしっかり書いてある。だけど…


「カウンセラーさん…ですか」


とてつもなく怪しい。さっきの好印象はどこへやら。私は寝ぼけ眼を強引に覚醒させるつもりで立ち上がる。さっさと適当にあしらって離れなきゃマズイ気がする。詳しくは知らないがこんな営業の仕方があるとは思えない。


「訝ってるな、無理もないか…まぁ、気が向いたら来るといい。安くしておくよ」


すると女性はこちらの態度を見てか意外にあっさりと引いてくれたようだ。私の返す言葉を待たずに踵を返すと悠然と去っていく。


「変わった人だなぁ…」


私は現在、会社を休職中だ。精神を病んで近くの病院にお世話になっている。とはいえ先生は全然で、初診でアンケートを沢山書かされていざ診察となったら言う事も的外れ。まぁ自分でも納得できないなんてよくある話なのかもしれないけれど、よく分からない薬を沢山出されてすっかり嫌になりものの数回で行くのをやめてしまった。

薬の副作用でかなり苦しい思いもしたがもうあの病院には行く気がしない。


聖部詩子…セカンドオピニオンに決めるにはちょっと普通じゃない出会いだ。だけど、あの美女と話をするのはいい気分転換にはなるだろう。そっちの気はないが、あれは同性の私から見ても素直に綺麗だと思う。いや、浮世離れしているレベルだ。




気付けば私は、診療所のドアをノックしていた。

時刻は夕方。昼間に出会った、聖部詩子の診療所『ライブラ-C』を訪れていた。

私もつくづく呆れたものだ。正常な判断とは思えないが、なんとなくすがるような思いで身体が動いていた。


「こんばんは~…」




2.



 病室にて。

『大学時代の友人』を装って病室に入った詩子は思案する。

先日助けたこの女性、詩井怜が何故あれほどの力の発生源で生きていたのか。

彼女は失血量で気を失ったのではなく、切った事に対するショックで気を失ったようだった。あの時、浴槽の中に溶け込んだ血はまだ少なく斑模様を描いていた。どうやら何らかの『力』の発動の後、怜は手首を切っている。


「やっぱりこの子自身の『力』に間違いない…か」


調査に割ける時間はあまりなかったが、大体の事は把握できた。

まず、詩井怜は一人暮らし。両親は健在だが交流はほぼ途絶えている。現在は仕事で心を患い休職中。

恋人と一時期同棲していたが離別。相手の男性の情報までは追えなかったが、その内把握できるだろう。


詩子は怜の額に手を当てると、すっと目を閉じて意識を集中する。


『-アクセス』


『異能持ち』相手になんとも無防備に入ってしまったが、まぁ…なんとかなるだろう。なんせ私は。




ほどなくして私は怜を見つけることが出来た。

現実と遜色ない世界の中で、彼女は日常を過ごしていた。


まあ有り体に言えば、彼女は今、街の大型スーパーのベンチでうとうとしていた。


なんというか、ふんわりとしたファッションだ。私とは対照的だが、彼女の容姿にはよく似合う。


長めだが軽そうなゆったりとしたスカートが膝辺りまで伸びている。

上は薄いピンクのタートルネックにロングのカーディガンを羽織っている。

茶色混じりのショートヘアはくりんとして童顔をさらに強調していた。

素直に可愛らしい。どうにも患者として以上に、入れ込んでしまっているようだ。不覚。



意識不明の夢の中でまで彼女はどうやら疲れているようだった。


少し前に見つけてから様子を伺っていたが、足取りの遅さ、億劫そうに腕を伸ばして食品を手に取る様、よろけてぶつかってしまった人に謝っている。えらく低姿勢だ。


休職中による運動不足からくる体力の低下、精神的な疲労まで再現しているようだ。

夢の中でさえ開放されないとはな。


彼女の痛みを慮りながら、近づいていく。どうやら眠っているようだ。先程スーパーのカレンダーで確認したが季節はもうじき初冬。陽はまだ高く気温は若干高く感じるがあまり寝ていると身体に悪いだろう。おそらくこの夢は風邪を引いても再現される。

可哀想だが起こしてやろうと近づく速度を早める。


すると、どうやら目を覚ましたようだ。時計を持っていないのか設置されている時計に目をやっている。彼女の目の前に立ち、声をかける。


「君、大丈夫か?」





彼女の意識は現実世界を模倣して再生されていた。


急ごしらえの診療所を近場の空き店舗に適当に構えて、彼女を待つ事にした。

他人の意識の中ではあったが、意識するだけでその空き店舗は現実世界の私の診療所と遜色なく形作られた。彼女に渡した名刺が彼女にこの場所を意識させたおかげだろう。何の干渉も必要とせず、瞬時に出来上がったそれをみて安堵した。


随分と訝しんでいたがどうやら、興味を引く事に成功したようだ。早いうちに彼女はやってくるかもしれないな。


再現された私の診療所に入って、お気に入りの椅子に腰掛ける。


すると、診療所のドアをノックする音。


「早いな!」まあ、好都合だ。


弱々しい挨拶の声が聞こえる。


私はドアを開いて迎えてやる。


「ようこそ。そういえば、名前を聞いてなかったな」詩井怜がそこにいた。


思えば強引な割り込みだったが、彼女は何か腹を決めたらしく意外なほど落ち着いていた。


「詩井、怜です。よろしくお願いします」


「聖部、詩子だ」


笑いながら、怜は言った。


「じゃあ、詩子先生ですね」


やめて。


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