1.繰り返される望み
怜ちゃん怪しげな先生とお話しする
「それはな、怜。君の望みかもしれないぞ」
私が今朝の出来事を話すと、先生、聖部詩子は真剣な顔をして意外な事を言ってきた。
「望みって、ドアを開ける事がですか」どんな人間なんだ私は。軽く睨みつけてやる。
「鈍いな怜、つまりだ。君は一人を恐れているんだ。君が人恋しいとは中々めでたい話じゃないか」
そんなことはない。私は一人の方が好きだし他人のペースに合わせるのは非常に億劫で仕方がない。
「そんなわけないですよ。私は一人の方が気楽でいいし」
視線を逸らしながら室内を見渡す。テーマは無国籍、とでも言うようにどこの国の民芸品かよく分からない置物らしきものが所狭しと置いてある。かと思えば熊が鮭を加えた例のアレだの狸の置物だのと節操が無い。
壁には奇怪な形の壁掛け時計が沢山掛けてあって見た目に騒がしい。電池は抜かれているようで様々な時刻を示しながら沈黙していて実際には無音だ。視線を戻すと、分厚いハードカバー(何語かすらわからない)が無造作に積まれているデスクに出来た本の断崖の隙間から、詩子先生はこちらをニヤニヤと見つめている。
「何笑ってるんですか、もう」膨れて見せるほどの活力はないが、不機嫌そうに言ってやる。
「いやね、詩井怜23歳の来るべき春を祝福しているんだよ、もう第2子が生まれたぞ」
妄想が暴走し過ぎだ。相手もいないのに何を気の早いことを。いや…
「先生の暴走癖はともかく、とりあえず薬ください。まだダメっぽいので」
それは君が決めることじゃないんだがな、と言いつつもカルテに何かを書き込んでいく。いつも思うがアレはなんて書いてあってどう読むのだろう。
「詩子先生、カルテって何語で書いてるんですか?やっぱりドイツ語とか?」
「詩子はやめろ。ちなみにコレは英語と日本語だぞ。見せないが」
開示法とか知らんのか、この先生は。
「ドイツ語で書くのは年配の先生方とか、大学病院なんかのエリート医師達に多いようだが、よく知らん。大体面倒なんだよアレ。読めん奴いるから」
詩子さんぶっちゃけ過ぎです。そうそう、薬の話の前にこれも話しておこう。
「そんなもんですか。ところで先生」
「ん?」カルテを置いて何やら雑誌を読み耽っていた先生が顔を上げたので、ちょっと目を逸らす。
「気になる人が、いるんですよねぇ…実は」
「…そりゃ、おめでたいね。いいねえ若いって。私ももう5つ若ければなぁ」
祝福されてしまった。恥ずかしくて顔を俯けたまま、詩子先生の容姿を思い浮かべる。この人は自称年齢不詳の癖に自分を行き遅れみたいに語る。贔屓目に見ても美人だし三十路前でも通じるだろう。無造作に束ねた髪やどうにも不精っぽい所を改善すれば貰い手はどこにでも居そうなものだ。
「それじゃ、薬出しておくから、今日はもう帰んなさいわ」
挨拶をして席を立つ。随分長居をしてしまったがココはこんなんで成り立っているのだろうか。
…
詩子は出ていった怜を見送った後姿勢を崩すと、診察室の出入口を見つめながら煙草に火を点ける。
「気になる彼が『渡る』まで、あと3日。怜。思い出せるのか、君に」
『終末』までに思い出してもらわなくては、仕事が増える。怜、自力というものは君自身の望みを追い求めなければ湧き上がらないんだよ。
詩子ちゃん渡るってなんなの