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社交界は騒がしいようです 中編

あまり進まぬ

 建国祝賀会中盤、お酒も入り、参加者の気持ちも上がってきた頃、突如カラーンカラーンと鐘の音が響いた。それは王族が入場した時と同じもので、基本的には彼らの入退場の時にしか使われないものだとソイニに聞いた。宴はまだ終わる時間ではないのになぜ、と思ったのはギルバートだけではなかったようで、周りがざわついた。


「粛に!」


 国王陛下の低く響く声が会場を反響し、今までの騒がしさが嘘であったかのように静寂が訪れた。参加者の視線が一気に上座で立ち上がった国王陛下に向けられる。昨年孫が生まれたというのに、国王陛下はそんな老いも感じさせぬ張りのある声で続けた。


「今日は初代国王ナベーリウスが蛮族に打ち勝ち、この土地を平定しためでたい日だ! そんな素晴らしい日を祝うために、特別にゲストを招待した!」


 わぁっと会場が騒がしくなる。口々にまさか、と呟く嬉しそうな声が聞こえた。ギルバートにはなにがなんだか分からなくて、つい隣のヴィヴィアナに助け船を求めた。すると彼女は少し口角を上げて笑うと、騒がしい周りに掻き消されないように小さく背伸びをして耳元で、すぐに分かりますよと囁いた。なぜかいつもよりも鮮明に聞こえて、耳がとても熱くなった。それが恥ずかしくて、耳を見られないようにと横を向いたら目の前にヴィヴィアナの顔があった。いつもよりもずっと近くて、目を見開いてしまう。綺麗な瞳から目が離せなかった。


「期待して来た者も多かろう! そして、余はそれに応えよう!」


 パンッと国王陛下が手を鳴らすと、またカラーンカラーンと鐘が鳴る。ギルバートは音に便乗して目を逸らした。そして、視線の先の二階の入場口がゆっくりと開かれた。

 入場口から現れたのは真っ青なドレスを着た一人の女と、黒い礼服を着た男だった。男の手にはバイオリンが握られていた。二人は一階へと続く踊り場へと降りると、女が中央に立ち、男は一歩下がった場所でそれを見つめていた。二人とも髪が温かな日差しのような金髪で、既視感の覚える色だった。

 わぁっともう一度会場が歓声に沸いた。それは、先ほどよりも比べようもないほど大きなものだった。しかし、男がバイオリンを構えると、一瞬にしてその声は止む。しん、と僅かな呼吸の音さえ目立ってしまうほど会場は静かになった。

 そして、歌が響いた。それは、男のバイオリンではなく、女のものだった。静寂な会場に高い声が満ちる。その声の美しさに、ギルバートは神が降臨したのだと思った。凛とした高音。耳に入った音が直接胸の中に流れ込み、その歌声を聞くだけで身体が、心が、満たされる。途中から合わさったバイオリンの音と絡み合い、まるで天上の音楽を聴いている気分だった。呼吸を忘れて、少し苦しくなり、息を吸うと空気が澄み渡っていて、今まさに天にいるのではないかと錯覚してしまう。曲が終わったとき、大きな拍手が聞こえて、ここが建国記念祝宴の会場だと気付き、驚いた。耳にはまだ、あの美しい歌声が残っている。そして、もっと聞きたいと、心が叫んでいる。

 ここまでの歌声と演奏を聞くと、いくら記憶を失くした世間知らずのギルバートでも舞台上の二人が誰であるか分かった。女性は十年前から『神の歌声』と名高かったヴィヴィアナの叔母。そして、バイオリンの男は幼少期から数多の楽器を操り、数々の名曲を作り出したヴィヴィアナの兄だ。

 続けざまにバイオリンが流れ、二曲目が始まる。先ほどは荘厳な曲だったが、今度は静かな導入だった。ギルバートはヴィヴィアナの家族を改めて見てみようと思ったが、次の音楽に心が満たされ、すっかり忘れてしまったのだ。

 ――――そうして数曲が演奏され、彼女たちは一言も発することはなく、国王陛下に一礼をしてその場を去った。その素晴らしさに魅入られ、放心した観客を残して。

 数人の話し声が聞こえたが、ほとんどないようなものだった。会場は演奏が始まる前のように静まり返っている。


「どうでしたか?」


 未だに彼らが去った舞台を見つめていたギルバートは横から話しかけられ、びくりと肩を震わせた。顔を向けると、ヴィヴィアナが得意げに笑っていた。


「私の叔母様とお兄様はすごいでしょう?」

「ああ……」


 すごいという言葉で片づけていいのか。否。その一言では表現しきれぬほど壮大で、繊細で、優美な演奏だった。正直、なにも言えなかった。だが、その反応こそがヴィヴィアナにとっては正解だったようで、変わらず心ここにあらずという状態だったギルバートを見て、満足そうだった。家族を自慢するその様子は、なんだかいつもよりも幼い。嬉しそうな表情が可愛らしくて、少し、笑ってしまった。

 心はまだ演奏の余韻に浸ったままだが、ヴィヴィアナを見つめていると、その視線がまだ二階の入場口に在ることに気が付いた。少し、寂しそうな表情をしている気がする。


「前に、会ったのはいつなんだ?」


 きっと家族が恋しいのだと思ってそう聞いた。すると、ヴィヴィアナは少し目を見開くと、すぐに誤魔化すように笑った。


「手紙のやり取りをしていますから、最近も会った気分ですわ」


 それが強がっていると、鈍いギルバートでも流石に分かった。恐らく会いに行かないのはギルバートのためだ。そんな気を遣うことないのに。手を伸ばしかけると、


「流石はルトルカスでした!」


 まるでギルバートとヴィヴィアナの会話を遮るように男が間に割って入ってきた。顔は紅潮していて、興奮しているのがわかった。そして、その男の声を皮切りに未だ静かにあった会場の目がヴィヴィアナに向いた。彼らはヴィヴィアナに気が付くと、押し寄せるように人が集まる。


「今度、私のパーティーに兄君を招待したいのですが!」

「叔母君の次の公演予定はご存知ですか!?」

「まるで神々が降臨したかのように神々しく……」


 ギルバートはヴィヴィアナを守るべくその身体を引き寄せたが、それでももみくちゃにされる思いだった。だが、考えてみればそんな状態になるのは必然だった。感動的な公演で参加者を魅了した二人は早々に立ち去ってしまった。ルトルカスは殆ど貴族と付き合いをしないと聞いているし、そうすれば取り入りたいものの矛先が親族であるヴィヴィアナに向くのは当然だ。ヴィヴィアナは慣れた様子だったが、こちらの都合をまるで考慮しない人間を対応するその笑みは、少し引き攣っているようにも見える。

 周りの人は遠慮がなくこちらに寄ってくるし、会場は一時混乱状態だった。彼らは感情を抑制するように幼いころから訓練されている貴族たちだ。普段ならばこんな行動をするわけがないが、今は頭に血が上っているのだろう。自分が何をしているのか正確に理解していないはずだ。昔、両親がルトルカスの公演を見た後、あれは魔性だと言っていたが、その意味を今身をもって実感している。


「叔母君だけでなく、ヴィヴィアナ様も素晴らしい歌声をお持ちと聞いております! ぜひ! 我が家で一曲!」


 ふと、一人の若い男がヴィヴィアナの前に現れて、そんなことを言い出した。他のものたちは、先ほどいたヴィヴィアナの叔母や兄のことばかりだったのに、この男だけは、ヴィヴィアナ(・・・・・・)を見ていた。若い男は勝手に手を掬い、その指先に、口づける。それは社交辞令にも見えたが、その瞳の奥にくすぶる熱がギルバートにはそう思わせてはくれなかった。だから見上げるその瞳が、ヴィヴィアナを映していることが、堪らなく、許せなかった。


「近寄るな」


 自分でも予想以上に冷たい声だった。声量は大きくなかったはずだが、その一言で、周りの声がぴたりと止んだ。近くにいたものたちは、自然と一歩下がっていた。男の手がヴィヴィアナから離れて、ほっとした。しかし、会場の空気が一瞬にして氷のように冷え切ったのは誰が見ても分かることだった。熱に浮かされていた参加者たちは冷水を浴びせられたかのように静まり返ってしまった。


「だ、旦那様……」


 ヴィヴィアナの震え声にこれはさすがにまずいとギルバートも気が付いた。今日は建国記念祝宴。つまり建国を祝う日だというのに、こんな雰囲気にしてしまえば、この宴に不満でもあるのかと国王陛下が黙っていないだろう。だが、この場を収拾させる手が思いつかない。特訓でこんな事態になるだなんて予想だにしなかったから、予習なんてもちろんしていない。先ほどの参加者たちは通常よりも無遠慮だったとはいえ、罰に処されるような失礼に当たる行為はしていない。若い男だって、社交辞令を行っただけだ。だから、責められるのはギルバートだけである。

 参加者たちの冷めた瞳が肌に痛くて、いっそ逃げてしまおうかと思った。だがそんなとき、「ハハッ!」という笑い声が響いた。全員がその声に目を向けると、そこには第一王子がいた。クツクツと堪えるように笑っている。


「お前たち、そこまでにしないか」


 人波が勝手に分かれてできた道を通りながら王子はそう言った。


「伯爵が愛妻家であるのは周知の事実。愛する人を困らせるものがいたら誰だって怒りたくもある。そうだろう? それになんだい、先ほどの騒ぎは? 感動をするのは分かるが、君たちは建国を祝いに来てくれたのだろう? それよりもルトルカスの歌が重要だというのかい?」


 王子の言葉に皆が首を振った。中にはとんでもございません、と口に出すものもいた。すっかりはこの場の雰囲気は王子が持って行っていた。だが、王子の言葉が少し軽口のようにも聞こえたからが、参加者の反応は悪いものではなかった。全員がやっと目を覚ましたようだ。パンッと王子が手を叩くと、また音楽が流れ始める。


「さあ、宴を再開しよう! ナベーリウスを称えよう!」


 わぁっと歓声が上がり、建国記念祝宴は改めて始まったのだった。ギルバートは舞台に上がった王子と目が合った。その瞳が、今のうちに行けと言っているのがよく分かった。


「行こう」


 ギルバートはヴィヴィアナの手を取って会場を後にした。

ルトルカスはヤバいですね。

兵器レベルです。

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなルトルカスから嫁いできた妻を冷遇していたとか、伯爵家はどうなってんだ…
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